純情の花園


▽if設定。微裏注意。本編1話の後日談で、降谷零に脆すぎる壁を蹴破られた先生編です。
(一万Hit記念企画/うた様リクエスト。ご応募ありがとうございました!)







ぽつりぽつりと小さな雨粒が窓を濡らしていく。今朝、何気なしにつけていたテレビから流れてきた天気予報の言葉を思い出した。

『日本列島に近づく台風の影響で大気の状態が非常に不安定となり、所により午後から激しい雷雨となるでしょう』

テストの採点のための休日出勤。休み返上で仕事をしているというのに、こんな日に大雨に降られて、びしょ濡れなど真っ平ごめんだ。スーツのクリーニング代だって安くはない。滲む景色の先、校門へ目を向ければ色とりどりの傘が足早に帰路に就いていた。

「みょうじくん、悪いけど先に上がるね」
「はい、お疲れ様でした」
「天気酷くなるみたいだから、早めに帰りなよ」

声をかけてくれたのは白髪の教員。甘いもの好きでいつもお裾分けをくれる嘱託のおじいちゃんだ。今日も机の上に一つ、銀紙に包まれたキャラメルを置いて帰る。「もう帰ります」と彼に笑みを返して、それを口の中へ放り込んだ。

平均点が八十点を超えるだなんて、テスト問題としては簡単すぎたかもしれない。これでは優劣をつけにくい。もちろん夏休み明けのテストだけで成績が決まるわけではないが、もう少し問題を捻れば良かった。まだまだ勉強不足だな、と次の解答用紙を捲った時…

「あ…」

氏名欄に書かれた名前に、ある夏の記憶が思い出された。

“降谷 零”

あの日、彼と密な接触を持ってしまったのもこの場所だ。抑えられない衝動をぶつけるかのように触れられた彼の柔らかい唇、絡められた熱い舌。それらが鮮明に思い出されて一瞬にして体中が熱くなった。

彼の想いを確認したと同時に、自分の気持ちも自覚してしまった。夏休みが明けて試験官として教壇に立った時、どんな顔をして生徒たちの前に立てば良いか分からなかった。自分に向けられた以前と変わらぬ熱の篭った視線に鼓動が速まって、極力目を合わせないように必死に取り繕った。周りの生徒たちがぎりぎりまで問題に取り組む中、早々に解き終わって時間を持て余していた彼はそんな自分を見て、口元に弧を描いていたのを知っている。

「よし、終わり」

案の定、彼の答案は文句なしの満点だった。流石と言うべきだろう。解答用紙を鍵付きの引き出しに入れ、厳重に管理する。鍵を回してロックが掛かった事を確認するため何度か引き出しを引っ張った時、突如激しい光と轟音が部屋の中に響き渡った。

「っ…!」

優しい音を奏でながら降り注いでいた雨はその雷鳴と共に一変し、バチバチと痛々しい音を立てながら窓に打ち付けている。慌てて外を覗き込めば、一瞬にして辺りは海のように雨水で覆われた。窓の桟には小さな透明の塊が積もっていて、霰混じりの豪雨であることが分かる。

近くに落雷したのか、気が付けば停電し部屋の明かりは消えていた。ここから見える車道の信号機も光を失っている。小さな着信音を立てて、机上に放置していたスマートホンに通知が表示された。電車の運転停止のお知らせだ。これは完全に足止めを食らってしまった。天気予報を信頼してもっと早めに仕事を切り上げるべきだったが、今となっては遅い。落ち着くまでここで待機しているしかなさそうだ。

「みょうじ先生…」

仕方ない、もう一度採点を再開させようと溜息交じりに解答用紙を取り出した時、背後から聞こえた声にぞくりとした。まさか…と振り向けば、そこには思った通りの人物が自分を捉えてこちらを見据えている。既視感だ。まるであの日と同じ状況。

「……降谷…」

ご丁寧にかちゃりと準備室の扉に鍵をかけて、こちらにゆっくりと足を向ける。この荒天で帰る手段を失ったのはお互い様だが、一体いつここに入ったというのか。彼が来る様な物音など聞こえなかった。いくら仕事に集中していたとはいえ、人が入ってくれば気が付くはずだ。そうだ、きっとあの落雷の時。それは偶然か必然か分からないが、恐らくあの時だ。そうとしか考えられない。

「先生、帰れなくなっちゃいましたね」

一歩一歩、確実に近づいてくる降谷はこの機会を待ち望んでいたとばかりに口元を緩ませている。二人きりになれたのが嬉しくて仕方ないという内心が見え見えだ。

「君は帰らなくて大丈夫なの?」
「こんな天気じゃ仕方ないですよ。それに生徒一人でいるなら問題ですけど、先生と一緒なら大丈夫でしょう?」
「そうだけど…」

空は重たい鼠色。通り雨だとしても、これでは当分上がりそうにもない。あれほど警戒していたというのに、まんまと近づかれてしまった。

「言ったよね。ここには立ち入り禁止だって」
「それは休みが明けるまでの話でしょう?」
「でも…」

取り繕うべき言い訳も思いつかない。彼を遠ざけたいのに、決定的な言葉も言えない。どんな態度、どんな言葉であろうと本気で突き放したいのならそうすれば良いのに、自分の気持ちを自覚してしまったからこそ、それが出来ない。自分の欲望に甘すぎだ。

「先生……触れてもいいですか?」
「……駄目だよ」
「お願い」
「駄目だって…!」

手を伸ばせばすぐに届く距離。大きな掌に二の腕を掴まれて、その腕の中に引き込まれた。咄嗟に離れようと非難の声を上げれば、すかさずその唇を塞がれる。優しさの欠片も無い、粗暴で貪るようなそれに口の端から唾液が零れ出した。

「はぁっ……先生の唇、甘い…」

それはきっと先ほど食べたキャラメルの所為だろう。満足と言いたげにぺろりと唇を舐める降谷に体の芯が震えた。溢れんばかりの熱情に潤む彼の瞳を見つめて、これ以上は本当にまずいと頭では分かっていた。分かっていたはずだった。

「駄目って…言ったのに…」
「先生だって…物欲しそうな目をしてる」
「もう、やめてよ…」
「僕が欲しいんでしょう?いい加減、素直になってくださいよ」

腰を抱かれて、デスクに押し倒される。咄嗟に抵抗した拍子に積み上げていた解答用紙に手が当たり、ばさりと派手な音を立てて床に散らばった。「僕も先生が欲しい…」と耳元に欲情に濡れた声を注がれて身体中が粟立つ。

「みょうじ先生……好き」
「降谷…」

先程とは違った優しく啄ばむ様なキスを与えられて、気恥ずかしさが勝る。思わず顔を背ければ、剥き出しになった首筋をじゅるりと舐められた。

「んっ……」
「大丈夫。この雨で何も聞こえないから…」

無意識に声を抑えようと口元に寄せた手の甲をそっと外される。その手首にも口付けを落とされて、さらに羞恥心が煽られた。この先、自分の体がどうなってしまうのか。思わず、怖いと口にしたみょうじに降谷は笑顔を向け、何度も大丈夫と囁いた。

台風の近づくこの気候に加えて停電。空調の止まったこの部屋の温度は二人の熱も相まってじっとりと高まっていた。 しゅるりとネクタイを引き抜かれて、シャツのボタンが外される。インナーをたくし上げられて、みょうじの胸の小さな丸みは降谷の口内でくりくりと転がされていた。

「っ、やだ……あっ…」
「先生、可愛い」

必死に耐えようとする彼の姿が愛らしくて、口に含んだままくすっと笑う。そんな僅かな刺激にも感じてしまい、体がびくりと跳ねた。 机の外に投げ出されたみょうじの両脚の間、降谷の太ももにあたる彼のそれはスラックスの上からでも十分に分かるほどに反応を示している。ベルトを外して寛がせれば、彼の早まった欲望がじわりと下着に滲んでいて、独特な匂いが鼻をついた。

「降谷……もう無理っ…」
「すぐに楽にしてあげますよ」
「違うっ…そうじゃない!」

彼の“無理”がどういう意味かなんて分かっていた。でもそれはただの強がりだということも、完全なる拒絶の意味でないことも知っている。ただ心が堪え切れないだけだ。感じたことの無いほどの快感と羞恥に身体だけでなく頭がついていかない。生理的に溢れ出る彼の涙を掬い、初めてだという身体をこれでもかというほど時間を掛けて丁寧に解きほぐした。

見下ろす降谷の額から汗が伝い、みょうじの頬に落ちた。褐色の肌に手を伸ばせば、しっとりと吸い付く。張りのある瑞々しいその身体にゆっくり手を回し背中を抱きしめた。

「ふる、や……」
「先生……すごく綺麗です」

彼の烈しく突き上げる律動を全身で受け止める。彼の荒い息遣いが鼓膜を通して脳内に響いた。痛いとか、苦しいとかではなく、降谷の燃え滾るような想いに胸がいっぱいで仕方がない。迫り来る自身の限界を感じながら、身体の奥に弾ける熱い飛沫に目の前が眩んだ。


▽▽▽


いつの間にか電気は開通し、空調が戻っていた。雨はすっかり上がって、雲の隙間から柔らかな陽の光が降り注いでいる。 窓際の壁に背を預け、床に座り込む降谷に凭れ掛かり、身体を寄せる。彼の逞しい体は自分が寄り掛かったくらいではびくともしない。その証拠にシャツを羽織っただけの彼の上半身には綺麗に割れた腹筋が覗いていて、その筋に沿ってそっと指を這わせた。肩に回された降谷の手が労わるようにみょうじの身体を優しく抱き、彼の指に掬われた髪の毛が流れるように零れ落ちていく。

「先生……好き…」
「うん」

そんなやり取りをもう何度繰り返しただろう。それはみょうじに言い聞かせるかのように温かな音色で何度も囁く。彼と身体を繋げた瞬間、罪悪感を感じなかったわけではない。教師と生徒として、本来越えてはならない一線を遥かに越えてしまった。卒業した後ならまだしも、現役の高校生とだなんて。降谷の好きという言葉には責任は自分にあるのだと全てを背負い込んでいた彼に、まるで自分も同罪だと伝えているかのようだった。

「本当に好きなんだ…」
「うん、俺も。降谷のこと好きだよ」

指を絡ませて、降谷の掌を強く握った。少しだけ驚きを見せた彼の綺麗な碧い瞳が、すぐさま嬉しげに細められる。この事が公になれば強く罰せられるのは自分の方だ。でもそれはきっと降谷も望まないこと。これからずっと二人で隠し続ければならないからこそ、蓋をしてきた自分の正直な気持ちを打ち明けた。

「愛してます。みょうじ先生…」

降谷の頬に手を添えて、徐に触れたその唇は僅かながらに震えていた。
卒業までの二人だけの秘密の約束。きっと彼となら上手くいく―。




Thank you, 10000Hit…!!
2018.11.08

←back