純情の初社
▽2019年Happy new year記念!降谷零(29)の時間軸です。
テレビから聞こえる除夜の鐘が新年の始まりを告げた。新たな一年の幕開けだ。
「なまえさん、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。今年も宜しくね」
降谷と交際を始めて早十年以上。高校を卒業してすぐに警察官の道を歩み始めた彼と、こうして共に新年を迎えるというのは初めてのことだった。彼はいつも年末年始の特別警戒や、初詣客の警備などに借り出されていたから。大晦日の紅白を見るのも、年越し蕎麦を食べるのも。毎年同じ事の繰り返しのはずなのに、彼が居るというだけで全てが新鮮だった。
年越し蕎麦に至っては、彼が手作りすると言い出したため一緒に作ったわけだが、なまえが切ったものは蕎麦とは言い難い太さになり、降谷に「これじゃ年越しうどんだな」と揶揄われ、もう絶対に手作りしないと心に決めたのだ。捜査の一環として喫茶店員に扮し、身を隠している降谷の器用さと比べないでいただきたい。と、一時は機嫌を損ねたなまえだったがそんなことはすぐに忘れたようで、その後はひたすら炬燵でミカンを頬張っていた。
三十代男性の一人暮らし。そこそこの広さのある部屋だが、流石に炬燵とミカン箱を置いてしまっては狭さを感じる。そんなことも降谷はなまえと身を寄せ合う口実にしていた。
「ほら、なまえさん。初詣行くんでしょ?準備して」
「えー、どうしよう。寒そうだなぁ」
大晦日、元旦と。降谷の休みが確定した時にはいの一番に「初詣に行こう!」と意気込んでいたなまえだったが、流石に炬燵の温もりから抜け出すのが億劫になったらしい。行きたくないと炬燵布団をたくし上げ、縮こまり始めた彼に降谷はそっと溜息を吐く。
「あんなに行きたいって言ってたのに」
「だってぇ…。でもなぁ、もう零くん休めないかもしれないしなぁ」
年末年始の休みが取れなかったこの十数年。年越しは実家で過ごしたり、寂しく一人で迎えていたりしたことを考えると、ここで行かないのはかなり惜しい。
「どっちにするんですか?行かないのなら、ここで僕のやりたいことをするだけですが」
「げっ……なにそれ、脅しじゃん」
「一体なにを考えてるんでしょうね。僕は何にも言ってませんよ?」
新年の始まりから、良からぬことを考えて口許を緩ませる恋人の頬っぺたを摘み、「意地悪」といえばさらに表情筋を緩ませる。ぎゅっと握るなまえの手を外して、抱き込むと観念したかのように大人しくなる。
「すみません。なまえさんが可愛くてつい…」
「……もう」
「でも、やっぱり初詣行きません?僕も楽しみにしてたので」
しゅんとまるで縋る子犬のような顔をして言われたら、行かないなんて返事は出来なかった。コートとマフラーを着込んで、外に一歩出ればすぐに吐いた息が白く変わる。
向かうのは都内でも有数の神社だ。なまえの自宅から徒歩十五分程度。道を歩けば同じように初詣に向かう人をちらほら見かけることができた。駅前を通り過ぎればさらに参拝客の姿が増える。
「うわー、すごい人…」
「これは結構待つかもしれないな」
電柱に掲げられたこの先150mという看板のところで足が止まる。境内は規制入場になっているようで、並んで待たなければならない状態だった。警備に当たっている警察官が待ち時間の目安を告げる。二人がいる場所からは約三十分かかるようだ。
「ほら、零くんの仲間がいっぱいいるよ」
「お勤めご苦労だな」
「こんなに寒いのに何時間もここにいるんだろうね」
もしかしたら、動き回っている彼らの方が寒さを感じていないかもしれない。この寒空の下、歩みを止めて順番を待つというのはかなり堪える。これでも厚着をしてきたつもりだが、カイロを貼ったり、温かい飲み物を飲んだり、もっと防寒するべきだったかもしれない。
「そういうなまえさんも寒そうだけど」
「えっ……だ、大丈夫だよ」
少し震えてしまった声に気付なければ良いと思ったが、それは無理な話だろう。その証拠に降谷は自分自身の首に巻いていたマフラーをするすると外してなまえにかけてやってるのだから。彼がつけていた薄手のマフラーの上に二重に巻いたそれは、かなりもこもことしていて見るからに暖かそうだ。
「でも、これじゃあ零くんが寒いよ」
「僕は平気。こうするから」
着ていたダウンコートのチャックを一番上まで閉めて、外気の侵入を避ける。マフラーには敵わなくとも、これでだいぶ寒さを凌げる。
「それに、なまえさんに風邪ひかれると困るから」
「どうして?」
「僕はいつも傍に居てあげられるわけじゃないし。なまえさんが弱ってる時に居てあげられないなんて、僕が耐えられない」
なまえの手を握り、そのまま自身のポケットへ突っ込み、もぞもぞと指を絡める。そんな大胆な行動に出た降谷に抗議の声を上げるも、笑顔と言う名の武器で一掃される。
確かにここは人混みだし、案外気づかないかもしれない。しかし、ここが外だと言うことがなまえの羞恥心を煽る。それでも新年早々、彼の甘えを突き放す気にもなれなくて、仕方ないとばかりに握り返せばお互いの冷え切った手先がじんわりと温まっていった。見上げれば、線の細い三日月をバックに彼の溶けそうな笑顔が視界に映る。そんな時、唐突にかけられた言葉に現実に引き戻された。
「あれ、安室さんじゃないですかー!」
「ほんとだ、ポアロのにーちゃんだ!」
「安室さーん!こっちこっちー!」
振り向けば、恰幅な老人と子供が数人。声をかけてきたのは、頬のそばかすがチャームポイントの男の子と、大柄の男の子。そして、ボブカットの愛らしい女の子だ。"安室さん"ということは、潜入先での知り合いだろう。ここは彼に任せていた方が良さそうだ、となまえは降谷の陰に身を隠した。
「君たちも来ていたんだね。もうお参りは終わったのかな?」
「うん!だって私たち、年越す前から並んだんだもん!」
「にーちゃんおっせえぞ!」
「あはは、そうだね。ついのんびりして出遅れたよ」
「ここからだとまだかかるんじゃないですかー?この先も随分並んでましたよ」
「年明け早々急ぐこともないしね。ゆっくり行くよ」
子どもたちに話しかけられ、すぐさま声色を変えた彼には違和感しかない。目の前にいるのは恋人のはずなのに、そうでないような錯覚。自分の愛する“降谷零”が一瞬でどこかへ消えてしまったような気がして、少しだけ恐ろしさを感じた。でもそれが警察庁のエリート、そして潜入捜査という難しい任務を与えられた彼の技量だろう。
「……っ!」
身を潜めた彼の陰からそっと様子を伺うと、大きな眼鏡をかけた男の子と視線がかち合った。何かを見抜くような鋭い眼光。おそらく小学生のはずなのに、大人びたその視線に背筋がぞくりとした。まずい、とすぐにまた身を隠そうとした時、その子どもらしい明るい声に話しかけられる。
「おにーさん、安室さんのお友だち?」
こんな無垢な瞳を無視するわけにもいかず。答えを考えあぐねるも、しっくりした答えが見つからない。降谷と自分は恋人同士だが、安室とはどうなのかと聞かれると困る。それに彼が“安室として”どのような回答をするかも検討がつかなかった。彼に誘われてバイト中のポアロに足を運んだことは何度かあるが、それはいち一般客として。こんな親密な様子を誰かに尋ねられたことなど一度もない。「友だち」という間柄を肯定して、何か彼に不都合が生じる可能性がないわけではない。とりあえずは曖昧な返事を返しておくしかなかった。
「あ、うん…まぁ…」
「おや、それにしても貴方たちは随分と仲がよろしいのですね」
「えっ……」
眼鏡の男の子を誤魔化せたと思えば次は明るい髪色の男性に話しかけられる。降谷よりも背が高くて、柔和な笑顔を浮かべる男性に、きっとこの男の子の保護者だろうと察した。全然似てないけれど。
しかし、その男の目線は二人の両手が入ったポケットにあった。思わず手を引けば、逃がさないとばかりに力を込められ引くに引けない。抗議の目を向けても彼の表情は一切変わらず、男の方に向いていた。違うのは、その声と瞳の温度。なまえの存在を完全に覆い隠すように、降谷は体をずらして男と対峙した。
「えぇ、彼は僕の大切な人なので。目を離してしまうと仔犬のようにすぐに迷子になるので、こうして手を繋いでいたんですよ」
「なるほど、そうでしたか」
「それに彼は初対面の人間が苦手でしてね。あまりちょっかいをかけないでもらえますか」
さらに低くなる降谷のトーンにただならぬ雰囲気を感じる。背中から感じる彼の冷たい空気に、そっと彼のジャケットを握りしめた。
「それより、貴方たちも早く行った方がいいんじゃないですか?阿笠博士たちに置いてかれてますよ」
「そ、そうだね…昴さん、行こう!」
「えぇ。ではまた今度ごゆっくり」
子どもの駆ける足音が遠のき、彼らが去ったことを察する。その方向をじっと凝視していた彼の表情を恐る恐る伺った。
「……零くん?」
「ごめんなさい。見苦しいところをお見せしました」
「ううん、大丈夫だけど」
ぱっと振り向いた彼にはもう“安室透”の気配は感じられない。ここにいるのは紛れもなく、自分の恋人・降谷零だ。思わず詰めていた息を大きく吐き出した。
なまえを背に隠し、姿は見えていなかったにしろ降谷には彼の不安は十分に伝わっていた。握られた背中のジャケットだけじゃない。繋いだままだった掌の温もりが少し下がっていた。彼の緊張や恐怖を感じて、どうしてもあの男を早く遠ざけたくてあんな態度を取ってしまったが、それもまた彼の不安を煽ってしまったかもしれない。
「大丈夫だけどさ…」
「ん?」
「俺はもう“おにーさん”って歳でもないし、“仔犬”でもないんだけど?」
「そんなこと気にしてたんですか?でもなまえさんは童顔だからなぁ」
「それ、零くんには言われたくないんだけど」
自分が巻いてやったマフラーに顔を埋めるようにして。冷えて赤くなった頬をぷうっと膨らませるなまえが可愛くて仕方ない。そんなとこが子どもっぽいんだよなぁ、とは言わない。心の中だけで留めておいた。
「それに、迷子にもならない」
「わかってますよ。あれは咄嗟の言い訳。彼らを早く遠ざけたかったんです。特にあの男にはなまえさんを認知させたくなかった。怒ったのなら謝りますよ?」
「別に怒ってない。零くんのおかげで助かったし。ありがとね」
なまえが余計なことを口走らないように努めていたこともちゃんと分かっている。察しの良い彼だからこそ、自分の立場も身分も、仕事の内容も打ち明けることができるのだと、改めて感じた。
「まだ何か?」
「ううん、ただ…」
まだ何か引っかかることがあるのだろうか。いや、それにしては様子が違う。マフラーに口許は隠しているにしろ、目にほのかな笑みを浮かべているのはなぜか。
「ん?」
「“安室さん”だって」
「そんなに可笑しかったですか?“みょうじ先生”」
「あ!ひどい!」
自分の偽名がむず痒くて仕方なかったのだろう。そんな彼に昔の呼び方でささやかな仕返しをしたのはあまりにも大人気なかったかもしれないが、彼が見せる反応が可愛くてつい意地悪をしてしまうのは当然のこと。
「ほら、前進みそうですよ」
「そうやってすぐ誤魔化すんだから。そういうとこ本当に」
「僕の悪い癖、ですよね。わかってるよ」
ちらりと横目で笑みを送れば、彼は悔しさを滲ませながら下唇を噛み締めた。警備員の『ゆっくり進んでください』という案内により、境内に歩を進める。厳かなお堂が神聖さを感じさせ、背筋を正させた。
「零くんはお願い事決まった?」
「えぇ、もちろん」
「えー、なになに?」
「いつもと同じ」
「ふぅん」と口をすぼませた彼の純粋な瞳に見上げられ、「なまえさんは?」と聞けば「たぶん…零くんとおんなじ」なんて言うもんだから余計に愛おしさが募る。帰ったら冷え切った体を抱きしめて、たくさんキスしてやろう。
二礼二拍手。神様に昨年のお礼と新年のお願い事をこめて。
今年もまたたくさん笑い合える一年になれば良い。大切な人の温もりがいつまでも隣にありますように。
Happy new year 2019…☆
2019.01.01
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