初雪と純情


▽付き合い始めてしばらく経ってからの二人。







ことりとテーブルに置いたマグカップが音を立てた。先ほどまでテレビには昼のワイドショーが点いていたが、ゴルフの中継に切り替わったため消してしまった。部屋の中にはベランダに留まったスズメの鳴き声と、降谷が捲るページ音だけ。暖房の効いた暖かい部屋にふたりぼっち。特にやることもない冬の休日はゆったりと時間が流れていく。

ワイドショーに拠れば、今朝は東京でも初雪が舞ったらしい。全く気づかなかった。それもそのはず。訳あって今日は二人して遅くまで寝ていたのだから気づくはずもない。確かに今日は寒いな、と。天気予報アプリで現在地の気温を確認すれば、たった5度しかない。そりゃ冷えるわけだ、と足元のブランケットを掛け直し、指の先を擦り合わせた。

「ねぇ、零くん」

不意に声をかければ緩慢な動きで降谷の瞳がなまえに向く。その碧の透き通るような瞳にとくりと心臓が揺れるのは、いつまでも彼に恋してる証拠だ。

「零くんは寂しくなることないの?」
「どうしたんですか、突然」

読みかけのページにリボンを掛け、ぱたりと閉じたそれをテーブルに滑らせた。

「僕だって寂しいと思うことくらいありますよ」
「そういう時、零くんはどうするの?」
「そうですね…まぁ、本を読んだり。料理をしたり。別のことに没頭しますかね」
「ふぅん」
「あとはなまえさんに甘えたり」

柔らかな笑顔がこちらを向く。手を伸ばせばいくらでも届く距離なのに、二人の間にはちょうど一人分の空間が空いていた。

「もしかして、寂しかったんですか?」
「え?」
「僕が読書ばかりしてるから」
「……別に寂しいってわけじゃ」

まるで彼の読書タイムを邪魔してしまったようで居た堪れない。ブランケットごと脚を抱え込んで、膝の上に顎を乗せて目を逸らした。

「じゃあ、甘えたかった?」

じりじりと本音を追い詰められて、上手く呼吸が出来ないような気がした。その瞳に観念して時間をかけて「……うん」と頷けば、くすりと笑った彼は良く出来ましたとばかりにその大きな掌でなまえの頭を撫でる。そして、そのぽっかりと空いた空間をずいっと詰めた。ふんわりと漂う彼の心地好い匂いにチクチクしていた心が和らいでいく。

「なまえさん、こっち」
「うわっ」

ぐいっと肩を引き寄せられてバランスを失う。綺麗に掛けておいたブランケットが乱れて、冷んやりした空気が隙間から入り込む。慌てて見上げればVネックのニットから覗く彼の綺麗な鎖骨が視界に入って、諦め半分にそこに額を寄せた。

「甘えたかったならそう言えば良かったのに」
「言えないよ。そんなの…」
「昨夜も可愛かったけど、今も十分可愛いですね。なまえさんは」

「そういうこと言わなくていい!」と一瞬で顔を真っ赤にさせながら、降谷の太ももを抓りながら抗議した。無駄な贅肉のない彼のそれが摘めるわけもなく、フリだけになってしまったのが余計に悔しい。

「事実を言ってるだけですよ」
「だ、だったら…!」
「ん?」
「零くんは…かっこよかったよ。いつもかっこいいけど……でも、あぁいう時はまた違うでしょ。男らしい、っていうか…」

昨晩の情事を思い出して、頬を染めながらそんなことを言うのは反則だ。言葉を探しながら紡ぐ彼に、こんな真っ昼間から止められなくなりそうだと必死に自制する。ついさっきまで自分の方が圧倒的有利に立っていたはずなのに、彼のたった一言でこんなにも崩れてしまうなんて。本当に“好き”という感情は諸刃の剣だ。ぼそりと「俺、あぁいう時の零くん…結構好きだよ」と少し挑発的に呟く彼に完全に立場は逆転した。

「なまえさん、それ以上は駄目です」
「どうして?先に零くんが言ったんじゃん」
「そうですけど!でも…そんなこと言われたら…またシたくなる…」

くっついていた彼の体を離して、物理的な距離を置けば落ち着けると思った。でも、そんなこと自分の思い違いだ。彼の肩を掴んだ両手が痛いほどに熱い。

昨日だってあんなに愛し合ったというのに。最後は気を飛ばしてしまった彼を思い出し、これ以上は彼の体に負担をかけすぎてしまうと自分の本能にブレーキを掛ける。

「じゃあ……俺がシたいって言ったら、いいの?」

それなのに、そんな欲情に濡れた目で見られてはもう無理だ。我慢できるはずもない。

「零くん?」
「……なまえさんの、馬鹿」

我慢できなかったのはお互い様。そんな自分の弱さを彼の所為にして悪態付く。あまりにも子どもすぎる自分をどうか許してほしいと、幸せそうに弧を描くその唇にはじまりの口づけを落とした。




2019.01.13

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