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俺を見た彼の目には確かな意思と決意が宿っていた。自然と呼吸が浅くなる。心拍数が上がっていく感覚がした。
「話したいことがあるんだ、なまえ…」
話したいことなんて言わなくてもわかってしまう。それだけ付き合いが長くなっていた証拠だ。
「なに?」
冷静を装って返す。声が少し震えていたのは気づかれなかっただろうか。いつも鈍感でそれに苛立つこともあったけど、今日限りはそんな彼の性格に感謝したい。
「俺、回りくどいの好きじゃないから単刀直入に言うけど……別れよう」
嗚呼、やっぱり。鈍器で頭を殴られたような、ってこういうことを言うんだな。わかっててもやはりショックは大きかったようだ。頭を締め付けられたような、独特な苦しさを感じる。
「どうして?そんな急に…」
「ごめん」
昨日まで普通に楽しく何事もなく過ごしていたはずなのに。一緒にたくさん話して笑って、今までと変わらない日常だったのに。どうして。なんで。そんな疑問ばかり頭の中を駆け巡る。
「俺、なんかしたかな?悪いとこがあるなら直すよ。だから、そんなこと…」
「違うんだ、なまえ。なまえが悪いわけじゃないんだ」
「だったらなんで…」
「俺、好きな人ができたんだ」
ビニール袋が滑り落ちる。手先の感覚がなくなって、さーっと冷えていくような気がした。
「なまえだってわかるだろ。俺たちだっていい歳なんだ。いつまでも男同士付き合ってるわけにいかない」
不毛な関係だってわかってた。それでも永遠を信じてた。“男同士”なんて今更…。だからこそ、そんなこと言われたら何も否定できないじゃないか。
「好きな人って…」
「あぁ…この間、会社の先輩に紹介された子だよ」
そこからはあまり覚えていない。
とにかくその場から逃げたくて、とりあえず「荷物は今度取りに来るから」と。それだけを告げて部屋を飛び出した。どこを歩いても彼と作った思い出ばかりで苦しい。一緒に歩いた道。一緒に入ったお店。一緒に見た景色。全てが鮮明で、徐々にモノクロに変わっていく。 もっと知らないこと、見たことないもの。たくさんの経験を彼と積みたかった。不器用でぶっきらぼうで愛想のない彼だけど、たくさん愛してくれたし、たくさん甘えさせてくれた。大切で大好きでかけがえのない人だった。
なんで、なんて。悪いところがあれば直す、なんて。あんなに未練がましく言わなければよかった。かっこ悪い。彼の心がもう別のところへ行ってしまったのだから、悪あがきしても仕方ないのに。それでも必死に繋ぎとめようとしたのは、この気持ちが本物だったからだ。
あの角を曲がればいつも彼と行ってた喫茶店がある。
『ポアロ』
何度も二人で行ったし、待ち合わせもした。あそこのコーヒーがオリジナルで美味しいんだって、いつも言ってた。だからあの店を選んでた。俺はコーヒー飲めないけど、彼が好きだっていうから。
ぼんやりそんなことを思い出しながら歩いてたら突然聞こえた切り裂くような声。
「危ないっ!」
それはどこかで聞いたことのある声だったような気がした。
2018.08.04
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