芽吹いた星の花


さく、さく、さくり。
緑色の草を踏み締めて、それから後ろを振り向いた。
町と外との境界線であるあの古ぼけた木の門は、その大きさからは想像できないくらい小さく見える。手を前に伸ばせば、すっかり隠れてしまいそうだ。
ミシロタウンの家々も、大きな研究所も、みんなみんな何もかもが小さくて、やっと見慣れてきた町の風景は、もう見えなくなってしまった。
そしてきっと、わたしがあの町の風景を見ることは、もうしばらくないのだ。

「ほんとにわたし、旅に出たんだぁ……」

小さく、ほとんど息を吐くように呟いてから、今度は上をむいた。青い青い空が、どこまでも広がっている。少し雲がかかっているけれど、それは町の外にふみ出したさっきとほとんど変わらない。
旅に出たなんて実感はないし、とても変な感じだ。さみしいような、これからのことを思ってどきどきするような。とにかく同じなのは、心臓がどくどくと大きく脈打っているということ。
つぅ、と視線を下ろして回りを見回す。
そこにあるのは小さな町とはうってかわって、緑の生い茂る101番道路。ガサガサ動く草むらには、きっと野生のポケモンがひそんでいる。
たたた、という軽やかな足取りは、きっとわたしとおなじポケモントレーナーのもの。
おんなじ空気で、地図の上の場所ではほとんどおんなじところにいるのに、101番道路とミシロタウンは、全くの別物。こうして歩いていると、それが本当によくわかる。
なんだか変な感じだ。
何処に行っても余所者で、周りの子供達の輪に入ることが出来なかったわたしが、こうやって他のみんなと同じように旅に出ている。今まで、周りの子達の一歩も二歩も後ろにいたわたしが、今はみんなと同じところに立っているのだ。
きっと、これはお父さんやお母さんのおかげなんだろう。
そう考えると、胸の奥の、ずぅっと奥のほうからじんわりと温かいものが出てきた。辛いこともたくさんあるけれど、その中に少しだけ楽しいことがあることを、わたしは知っている。少しだけ涙が出てきた。
涙は溢れてくるけれど、なんだか面白くて笑いがこみ上げてくる。変なの。変だけど、それでも不快な感じは全くない。
右手にある依綱の手の温度が気持ちよくて、安心する。ああわたしって、一人じゃないんだなぁ。わたしのことを思ってくれている人は、ちゃんといるんだ。
一人泣き笑いをしていると、服の袖を引かれた。

「アマノ? 大丈夫……?」

こてん、と首をかしげてわたしを見下ろしてくる依綱。
この子はいつも、わたしを心配してくれる。いつも、わたしを守ってくれる。やっぱり、依綱はわたしの支えで、一番のパートナーだ。改めてそれを感じた。

「なんでもないよ、大丈夫。わたし、ほんとに旅に出たんだなぁ、って思ってただけなの」
「ふぅん」

依綱はいつも通りの感情の感じられない声で言った。興味なさげな返事だったけれど、声にはそんなことがないと、しっかり表されている。
ぎゅう、と依綱の手を強く手をにぎって、それから進行方向……コトキタウンの方を向いた。
ミシロタウンの家々が小さく変わっていく代わりに、今度はコトキタウンの家々が大きく見えてくる。
ほんの数十分。依綱と普段通りに歩いているだけなのに、言葉に表しきれないくらい感慨深いものを感じてしまう。
なんて、幸せ。
これからのことに不安はいっぱいある。不安や恐怖ばかりしか感じられない。それでも今確かに、依綱と二人だけのこの道を、こうやって歩いていることはわたしにとってこのうえない幸せだと思う。
ずっとこうして歩いていられたらいいのになぁ、なんて。
思っていると本当に足の動きはゆっくりになっていって、依綱がわたしの手をひくかたちになっている。

「アマノ?」
「ご、ごめんね依綱。あの、なんにもないから」
「本当に? だってなんか変だから……」

依綱は綺麗な形の眉をよせて不思議そうに聞いてくる。そっか、確かに。そうなのだ。
わたしは今、変。いつも通りじゃあ、ないのかもしれない。

「……きっと、いつもと違うから、かなぁ。いつもと同じように歩いていても、向かっていく先がわからないところだから……。だからへんなのかも」
「旅、やっぱり嫌?」
「ううん。……嫌じゃ、ないよ」

嫌かどうか、それはわからない。嫌じゃなくて、怖いのだ。そもそも旅に出たいと言ったのはわたしなのだから。そんなことはなくて。
それでも怖いというのを言ってしまうのははばかられる。
それでも、このまま依綱の茶色の目を見つめていると、わたしが足を止めていた理由も、怖いと思うことも、全て筒抜けになってしまうように思う。

「もう、大丈夫だから。早くコトキタウンに行こ」

今度はわたしが依綱をひっぱるように前に向かって歩き出す。戸惑ったような依綱のことは、ちょっとの罪悪感を感じながら無視をした。