もう一人の“居候”

   

あの後、高巻と櫻井と連絡先の交換した俺は疲労困憊の高巻を櫻井に任せて、竜司とこれからはすぐに集まれるようにした方がいいと言われ、今後は屋上に集まることになり、ついでにモルガナの面倒まで見ることになってしまった。

一応俺は佐倉さんの世話になっている身で、勝手に猫を飼うというのも反感を買いそうで少し戸惑ってしまったが、竜司も母親が猫自体を苦手としているらしく飼えないらしい。

電車に揺られ、どう説明すべきかと頭を悩ませながら帰れば店内には佐倉さん以外にテーブル席にパンクな服装の女性が、カウンター席にはカジュアルな服装の男性が座っていた。


「営業中だ。上に行ってろ」


怒っているような、ただ不機嫌なだけなのか、佐倉さんにそう言われて俺は少しだけ速足で二階に行こうとしたら男性と目が合ってニコリと微笑まれた。

俺はそれに驚いて会釈してそのまま二階に上がっていこうとしたら女性が先に店から出て行った。なんとなく彼女の後ろ姿を見ていたら男性に声を掛けられた。

声に釣られてそっちに目を向けると青みを帯びたミディアムグレイの瞳が俺の事を見ていて何故かドキリとさせられた。


「今の人は近所の診療所のお医者さんなんだよ。まあ、適当な診察をして聞いたこともない薬を処方するって噂があるみたいだけどね」

「余計なこと言ってんじゃねえよ」


佐倉さんの叱咤する声に男性は苦笑して肩を竦めると、彼の肩に掛かっていた髪がサラリと動いた。
なんだかそのやり取りが気安いように見えて、もしかしてこの男性は佐倉さんと仲のいい客なのだろうか、と思った。


「だけど知っておいて損はないと思うよ、惣治郎さん?」

「ったく、近所の連中がそう言ってるだけだろうが。関わり合いねえならそっとしておいてやればいいのによ…」


二人のやり取りを見ていたら鞄の中にいたモルガナが声を掛けてきて、二人からジッと見られてしまった。多分だけど、モルガナの声が聞こえたんだと思う。
現にカウンターの男性は俺ではなく俺の鞄に目を向けていたが彼は立ち上がってお金を置くと店から出て行った。


「……さて、帰ってメシの支度しねえとな…」


佐倉さんは少し間を開けてそう言うと店から出て行ってしまった。
俺はそそくさと二階に上がるとモルガナを鞄から出してベッドの上に下ろす。

モルガナはキョロキョロと部屋を見回すと、ここどこだよ!?と驚いていたがどこだと聞かれても俺が借りている部屋としか答えられない。
廃屋と言われ、怒ろうとしたら後ろから佐倉さんの声がして肩を跳ねさせた。


「ニャーニャーうるさいと思ったら…なんで拾ってきたんだ…!?」

「付いてこられたから…」


もう言い訳とかしてもしょうがないから正直に答えることにした。
別に投げやりになったわけじゃない。


「知らねえよ。うちは飲食店だぞ、動物はねーだろ…」


そう言ってから佐倉さんはベッドの上で身体を小さくさせているモルガナを見てため息を吐くと俺を見た。


「けど、世話する生きモンが居りゃ、大人しくしてるかも知れない、か…しょうがねえな…」


やれやれと言いたげに言われたことに俺はやっぱり佐倉さんっていい人だな、と思った。
なんだかんだ言いつつも、俺がやりたいようにやらせてくれるのだから…まあ関わりたくないから、と言われたらそれはそれだけど。


「ただし、開店中は騒がすなよ。店もうろつかせるな、つまみ出すぞ。俺は、一切世話はしないからな」


少し声をきつくさせてそう言うと佐倉さんは下に降りて行ってしまった。
彼の姿が見えなくなるとモルガナがここの城主か?と聞いてきたので、なんか違うような気がするが頷いておいた。


「オマエを廃屋に押し込めるわりには、話のわかるオヤジだったな。と言っても、フツーの人間には、猫の鳴き声にしか聞こえんみたいだけどな」


すると佐倉さんがもう一度やってきた。手にはミルクの入った皿を持って。


「まったく…可愛い声で鳴きやがるから…」


ブツブツそう言いながらベッドの上に皿を置くと俺に皿を洗っておくように行って階段の方に目を向けた。
俺もそっちに目を向けるとさっきの男性客が階段の手すりに腕を置いてこちらに向かって手を振っていた。
彼がどうしてここにいるのか、と首を傾げていると佐倉さんが紹介しとく、と言った。


「こいつは緑川惟(みどりかわゆい)。お前と同じでウチに居候してる男だ」

「さっきはどうも。緑川惟って言います。居候同士、よろしくな」

「はぁ…」


そう言って彼、緑川さんは右手を出してきて俺は彼と握手をした。
握手して分かったのは彼の手が硬かったということだった。


「そういえば、あの猫って名前あるの?」

「モルガナです」

「だってよ、惣治郎」


緑川さんに聞かれたから素直に答えると彼はニヤニヤしながら佐倉さんにそう言った。
俺も佐倉さんの方を見ると、佐倉さんはどこか拗ねたような感じになっていた。…なるほど、佐倉さんは猫が好きなのか。


「んだよ、名前、付けてやろうかと思ったんだがな…」

「残念だったな。ほら俺の紹介も終わったし帰ってメシにしようぜ」


そう言って佐倉さんを帰らせた緑川さんは俺に人の良さそうな笑みを浮かべるた。


「それじゃあ俺も帰るけど、何か困ったら相談くらいには乗るからね」

「ぁ、ありがとう…ございます」


ここに来てそう言われたのは初めてで、人の優しさに久々に触れた俺は思わず泣きそうになってしまった。
でも泣くわけにもいかないから何とか堪えてお礼を言うと、緑川さんは小さな声で何か呟いてから俺の頭に手を置いてきた。


「あの、緑川さん?」

「惟でいいよ」

「え?」

「ほら、俺もキミも同じ居候ってやつだから、仲間意識?っていうのがあるし、俺自身名字で呼ばれることに慣れてないんだよ」


だから俺の事は名前で呼んでくれていいよ、と言う緑か…惟さんに俺は頷いた。
すると惟さんは俺の頭をワシャワシャと撫でてきた。


「じゃあ、俺も帰るな。おやすみ」

「おやすみなさい…」


久々に言われた『おやすみ』に俺は嬉しくなって、美味しそうにミルクを飲んでいるモルガナを見た。
見られていることに気付いたモルガナは顔を上げて俺の方を向いた。


「どうした?」

「…オマエら、いつか訊いたよな?ワガハイが何者かって。正直言うとな…生まれの事は、何も覚えてない。異世界のゆがみにやられて失くしちまったんだ…本当の姿と一緒にな」

「正体は人間ということか?」

「そうに決まってる!猫がなんでこんな喋れんだよ。説明つかないだろ?」


それから俺はモルガナと話をし、世話をする代わりに潜入道具の作り方を教えてもらう事を条件に取引をした。

それから高巻と櫻井のことについても話した。


「アン殿は言わずもがな、だな。未だに実力が不明なのはアオイの方だ。ペルソナには目覚めてはいないだろうがあの動き、ありゃ素人のもんじゃねえ」

「というと?」

「ワガハイ達と同類かもしれねえ」


それを聞いた俺はあり得ない、と思った。
そもそも現代に怪盗なんて……そういえは二人ばかりいたな。
“怪盗キッド”に“ルパン三世”どちらも世間を騒がせる怪盗ということは俺も知っている。
けれど櫻井が彼等と同じかと聞かれると違うと思うとしか言えない。


「まあとりあえずアオイには注意しといた方がいいって話だな」

「仲間になるのなら、そう言った考えはあんまり持ちたくないんだが…」

「甘いな、ワガハイ達の世界に裏切りは付き物なんだぜ?」


そう言ったモルガナの目は真剣だった。


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