報せと換金



事件に巻き込まれた翌日、葵依は新宿に足を運んでいた。
帽子を目深く被り、少しだけ猫背になって上着のポケットに両手を入れて歩く様は素行の悪い女子にしか見えない。

キョロリと周囲を確認してから路地に入ると建物脇に置かれているポリバケツやゴミ袋を避けながら歩くと目付きが悪く無精ひげをそのままにした男性が壁に寄り掛かって煙草を吸っていた。

彼は葵依に気付くとギロリと睨み付けるだけで何も言わない。
葵依はその男性に近づき、ポケットに入れていた手を出し、ウェストポーチから膨らんだ長三封筒を一つ取り出して渡した。

男はチラリと差し出された封筒を見ると、受け取って中を確認すると口角を上げてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。煙草を地面に捨て、踏み潰しながら紫煙を吐き出して封筒をジャケットの内ポケットに仕舞うと葵依を見る。


「……今回は何が欲しいんだ?」

「頻繁して起きている精神暴走事件についての情報が欲しい」

「精神暴走なあ……。範囲が広い、もう少し狭めてくれ」


そう言うと男はジッと葵依の目を見てくる。
葵依は感情の無い目で男を見返しながら何を聞こうか、と頭を回転させる。


「……なら精神暴走事件の被害者に共通点があるかが知りたい」

「ほー、この事件は繋がってるって考えてんのか」

「それを知りたいから情報が欲しい。いつ頃用意出来る?」

「………来月まで待て」

「わかった。お礼はその時にでも渡す」

「ああ」


そう言って男に背を向けて去っていく葵依を見送りながら男はケースから新しい煙草を取り出すと口に咥え火を点けて煙を吸い込み、空に向かって紫煙を吐き出した。

煙草を咥えたまま葵依が向かった方向とは逆側に向かって歩き始めた。


*****


新宿の繁華街を歩きながらキョロリと周囲に目を走らせる。
休日ということもあり、人が多い。

今日の用事は情報屋と接触し、注文をすることだった。
それもたった今終え、今日はもう暇となった葵依は映画でも見るか、と映画館を見上げる。

今上映している物を確認してみると、最近CMで見かける一人で怪盗と諜報員をやっている男の話を見付けた。

それを見た葵依はその映画のチケット、コーラとポップコーンを購入し、劇場に入った。
席にはほとんど人がおらず貸し切り状態だった。
公開してから日数も経っているし、上映数も少なかったからそろそろ上映も終わるんだろうな、と思いながらコーラとポップコーンを手に席に着いた。

そして内容は思っていたよりも重かった。
謎の死でこの世を去った友人の真相を掴む為に友人がしていた怪盗をやって宝石や絵画を盗み、国家の為に諜報員として危険な組織に潜入しては情報を盗み、人の命を奪っていく。

怪盗として世を騒がす自分と諜報員として国に尽くす自分に苦悩する主人公に自身を重ねて見てしまうが、葵依はすぐにこうならないように気を付けよう、と思った。

今はそこまで深く入り込んではいないが、きっと彼等はこれからも怪盗としてパレスを探してオタカタを盗っていくと思われる。

もしも怪盗を続行すると話が出たら、抜けることは出来ない。
“秀尽学園への潜入”と“来栖暁の監視”が葵依に与えられた無期限の任務だからだ。
その監視対象である来栖暁が怪盗として活動を続けるというのであれば、葵依も近くで監視する為に続けなくてはいけない。

そして、続行するというのであれば報告もしなくてはいけない。
情報が集まったら上司(降谷)に“認知世界”の事も報告しなくてはならない。
しかしあんなファンタジーとしか思えない世界、現実主義者(リアリスト)な部分がある彼が信じるとは到底思えない。

写真や動画が取れれば証拠の一つとして渡せるのだが、すぐに合成と判断されるだろうと考え大きな溜息を吐いた。

映画を見続けていると主人公は信頼する上司に掴まり、軽蔑の視線を向けられている所だった。


『No way I can not believe my men were thieves(まさか私の部下が泥棒だったとはな、信じられないよ)』


落胆したように吐き出された言葉に主人公が顔を上げ、彼をリーダーと呼ぶが眉間に銃口を当てられる。


『Do not call me a leader. I do not know a thief.(私をリーダーと呼ぶな。泥棒に知り合いはいない。)』

『ッ……』


上司の言葉にグッと下唇を噛む主人公。
その打ちひしがれる光景を見ながら葵依はつまらないと言いたげにコーラを飲み、ポップコーンを頬張った。


*****


上映を終え、劇場から出た葵依はトイレに入り帽子を脱いで髪型を変えると、帽子を折り畳んでウェストポーチの中に押し込み、暁が着けているような眼鏡を掛け、トイレから出る。

スマホで時間を確認するとまだ三時だった。
このまま帰って家で過ごそうか、なんて考えながら歩いているとバササッと鳥が羽ばたく音が間近で聞こえ、次にズシリと肩に何かが乗った。

顔を動かしてそこに目を向けると赤い目をこちらに向けて首を傾げている真っ白な鳩が葵依の肩に乗っていた。

突然現れ、肩に乗られた鳩に葵依はビシリと動きを止めたが、すぐに周りからの視線に気付いて鳩を乗せたまま速足で人気のない路地に逃げた。

好奇の視線が無くなったことに安堵しながら肩に乗った鳩の前に手を差し出すと、鳩は素直に葵依の手に移動する。

壁に寄り掛かりながら鳩の頭を指の腹で優しく撫でながら考えた。

こんなに白く、人に慣れている鳩が野生とは思えない。だとすればこの鳩は誰かが飼っていると考えた方が良いだろう。

しかし鳩は一般的に野生と言う認識が大きい為、ペットとして飼う事が出来るが好んで飼う家庭は滅多にない。

その時、ふと葵依の脳裏に中学の頃に仲良くしていた男子が真っ白な鳩を飼っていたということを思い出したがすぐにその考えを否定するように頭を振る。


「……まさかねぇ?」


無いだろう、と思いながら鳩を見ていると小さく足音が聞こえ、ゆっくりとそっちに顔を向ければタイミングがいいのか何なのか、ちょうど思い出していた顔がそこにいた。

彼は驚いたように目を丸くさせながら葵依の事を見て、彼女の手に乗っている白い鳩を目にすると近づいてきた。


「えっと……その鳩、俺ん家のなんだけど……」

「そうなんだ……」


彼がそう言って手を近づけると、鳩は小さく飛んで彼の手に乗った。
自分の手に乗った鳩の頭を優しく撫でながら自分の肩に乗せた彼はジッと葵依の事を見る。葵依は彼の視線を受けながら彼が話すのを待つ。


「おう……。その、久しぶりだな。“小鳥遊(たかなし)”?」

「違うよ、私は櫻井葵依ってゆーの」


中学の時に使っていた名字を呼ばれたが、その名前の少女は仕事が終わった瞬間にこの世から消えている。

葵依の返事に驚いた彼、黒羽快斗は小さく戸惑いの声を上げたが視線を彷徨かせたあと、一つ咳払いをした。


「あー、ワリィ。知り合いに瓜二つだったから……」

「そーゆー時あるよねー」

「そのさ、櫻井さんさえ良かったら、このあと一緒にお茶でもどう?」

「おぉ?私みたいなのナンパしないでもっと可愛い子に声掛ければ?」


さり気なく断るが快斗は櫻井さんとお茶したいんだ、と食い下がってくる。

これは首を縦に振るまで粘ってきそうだと思った葵依は苦笑しながら彼の誘いを受けることにした。

そして快斗に連れられ葵依は新宿駅の中にあるカフェに来ていた。
ちなみにカフェに来ることになったきっかけの鳩は快斗と一緒に来ていたという寺井(じい)というお爺さんが籠に入れて連れて帰ってしまった。

女性向けの売り場の一番奥にあるその店は穴場なのか、人が少なかった。
好きなのを頼んでいいぜ、と笑顔で言う快斗の言葉に甘え、葵依はメニューを眺め、大きなクレープとアイスティーを注文する。

快斗もホットドッグとコーラを注文すると葵依を見た。


「しっかし、見れば見るほどそっくりなんだけどなぁー。親戚とかにいねぇの?」

「小鳥遊って名字の親戚はいないねぇー。似たような顔した人はこの世に3人はいるみたいだし、それじゃないの?」

「そうか?見た時は小鳥遊だと思ったんだけどなぁ」


いまだに葵依のことを小鳥遊茉莉と思っているようです疑いの眼差しで見てくる彼に葵依は笑顔を浮かべながら面倒くさいな、と思っていた。

葵依が“小鳥遊茉莉”として活動していたのは中学生を違法薬物の運び人にしていた組織を追う為、その組織の娘が通っている江古田中学校に潜入していた1年だけだというのに目の前の同級生だった彼はしっかりと茉莉のことを覚えていた。

当時、その娘は二年生で葵依は一年生として江古田中学校に入った。
運び人とされた被害者の共通点は大人しいか根暗、人付き合いが苦手、苛めにあっていたという三つだった。
そして葵依はその三つの共通点に当てはまるようにオドオドとしていて気弱な文学少女の“小鳥遊茉莉”という人間を作った。

そのまま娘とぶつかって目を付けられようとしたのだが、偶然その場に居合わせた快斗によってぶつかる前に助けられてしまったのだ。

その時の葵依は内心舌打ちをしていたが、彼が善意で助けてくれたのだと分かっているので葵依はお礼を言ってそのまま立ち去ろうとしたが、何が彼の琴線に触れたのか、彼はやたらと“茉莉”に接触してきた。

まあ、詳しく語るとかなり長くなるので中略するが色々とあって娘と接触することに成功し何度か運び屋をして、小鳥遊茉莉は使えると組織の人間に判断させた。
そして取り引きの日程を聞いた葵依は風見に密告し、取り引き当日、その現場に厚生労働省地方厚生局麻薬取締部の人間が乱入し組織の人間を数名捕らえる事に成功したのだ。

この事件は未成年者を使った違法薬物の売買としてニュースで大きく取り上げられた。

三年前の事だというのに、随分と昔の事のように思えてしまうと思っていると目の前で手が左右に振られ、肩が小さく跳ねた。


「おーい、考え事か?」

「なぁんで、君とお茶なんてしてんのかなぁって考えてた」

「俺が誘ったからだろ?」

「断ってもしつこそうだなぁって思ったからだよ」


ひでえ。まぁ、そうだけど……と口をモゴモゴと動かしながら目線を反らす彼を見ながら、そういえば事件が発覚してからやたらと茉莉の事を気にかけてくれていたなぁと思い出した。

彼は犯罪の手伝いをさせられていてショックを受けているだろうと思ったのか放課後になると毎日、茉莉に手品を披露してくれていた。

その技術はプロも顔負けと言っていい程のモノで、彼の手品をいつも楽しみにしていたものだ。

懐かしく思いながら彼を見ていると目の前にグッと強く握られた手が差し出される。
葵依は彼が何をしようとしているのか分かったが、キョトンとした顔を作り握られた手を見ればポンッと小さな音を立てて少量の紙吹雪と一輪の黄色の薔薇が姿を見せた。


「わぁ、凄い!手品?」

「あぁ。……やるよ」


そう言って薔薇を差し出す快斗に葵依はお礼を言いながらそれを受け取った。

黄色の薔薇の花言葉は【友情】【平和】【愛の告白】とある。この薔薇の意味は友情かな?と思いながら葵依は薔薇を見つめ、快斗はその様子を見ながら運ばれてきたコーラを飲んだ。

それから運ばれてきたクレープを食べながら話をしていい時間になったと言って快斗とは別れ、自宅へと帰った。

椅子に座りながら明日の事を考える。
明日はいよいよ理事会の日だ。しかし鴨志田卓は未だに警察から解放されていないようで学校に姿を見せていない。

明日、何が起こるのかなんて誰にも分らない。
鴨志田が廃人になっていないといいのだが……、と心配する葵依の目線の先にはテーブルの上に置かれた小さな花瓶に入った薔薇が一輪あった。


*****


理事会の予定となっていたその日、緊急の全校朝会が行われた。
全校生徒が体育館に集められ、ざわついていた。


「いきなり朝礼とかなんなの……」

「どうせこの前の飛び降りの話でしょ?」

「言われなくても自殺なんてしねーっての」

「いちいちそんな事で朝礼とかメンドイんだけどー」


そんな生徒たちの気怠そうな声を聞いていたのかいないのか、校長が先日の事件について話し始める。その数十秒後に突然、体育館の扉が勢いよく開いた。
音につられて目を向けると、教員の一人が慌てた様子で校長に駆け寄り何かを耳打つと、校長はザッと顔色を変えた。


「何だと……!?」


マイクが拾った声にただならぬ気配を感じた葵依は盗聴器のスイッチを入れる。
そして校長は今しがたやって来た教員を連れて体育館から出て行ってしまった。

突然の事に生徒は勿論、教師たちも動揺している。
その隙に葵依は片耳に手を当て、インカムから聞こえてくる声を聞き逃さないよう、耳に神経を集中させる。


『さっきの話は本当なのか!?』

『え、ええ、先程警察から連絡がありまして、鴨志田先生が…その、生徒への暴言、体罰、女子生徒への性的嫌がらせを自白、そして物的証拠も十分にあるという事で逮捕され、送検された、と……』

『そんな馬鹿な……』


盗聴器でそれを聞いた葵依は鴨志田が自身のしてきたことを自白したと言う事に驚いていた。
今までの鴨志田であれば一切認めようとはしなかったし、自分から告白すると言う事も絶対にしないだろう。

だというのに、彼は自白したというのだ。
つまり、鴨志田卓の心が変わったと考えていいのだろう。

葵依がそう考えていると教頭が朝礼は中止だと言って生徒達を解散させ、教師を集め始めた。恐らく鴨志田の事で話をするのだろう。

朝礼が中止と言う事に生徒の口から文句が出るが、暁たち四人は体育館の隅へ集まった。


「一体、何だってんだ……?」

「うん。飛び込んできた先生が校長に何か伝えたらこれだもんね……」


訳が分からない、と首を傾げる竜司と杏を見ながら葵依はスマホを操作してニュースを確認するが、鴨志田に関してのニュースは無かった。


「……とりあえず今は教室に戻ろう。また放課後に集まって話そう」

「そうだね」

「うん」

「んじゃ、放課後に屋上な」


暁の言葉に各々教室に戻っていき、先生が戻ってくるまでの間、自習という放送が流れた。


*****


放課後、怪盗団は屋上に集まった。
生憎、誰も鴨志田の情報を得ていないようで浮かない表情をしていて空気が重く感じられる。


「……もしかして鴨志田の奴、廃人になったとかだったりして」

「まだそうと決まったわけじゃ……」


竜司の言葉に杏が自信無さそうに否定するが、彼女もそう考えていたのか俯いてしまった。
暁は二人の様子を見てからモルガナに目を向けるが、モルガナも初の試みで鴨志田がどうなったのか、わからないと首を振った。

重い空気の中葵依だけはスマホを操作し、公開されているニュースを一つ一つ確認していた。
そして目当てのニュースを見付けると、スマホの画面をみんなに向けた。


「これ見て!」

「あ?なんだよ……」

「どうしたの……?」

「これ、鴨志田の事が書かれてんの!」


葵依の言葉に全員が反応し、バッと葵依のスマホ画面を見た。


“元オリンピック金メダリストの男性教職員、生徒に対して虐待と性的暴行で逮捕”

都内にある私立高校の生徒に暴言、体罰、性的暴行をしていたとして、傷害罪及び強制性交等罪の容疑で元オリンピック金メダリスト、鴨志田卓(35)を逮捕した。

高校に通う女子生徒の飛び降り自殺未遂の件で事情聴取をする為、鴨志田容疑者に任意同行をしてもらったが、知らないと無関係を貫いていた。
しかし翌日、まるで人が変わったかのように生徒への暴言、部活部員への教育という名の体罰、女子生徒への性的な嫌がらせ、そして飛び降りようとしていた生徒の原因も自分だと言う事を自白した。

警察は他にも余罪があるとみて裏付けを進める方針である。


その文章を読んだ全員は鴨志田が改心したのだと、理解した。
実際に鴨志田の様子を見たわけではないからはっきりとは言えないが、人が変わったかのようにという部分を見ると、パレスが消えた影響なのだろうとモルガナが言い、彼に起きた現象について、モルガナが見解を述べる。


「今回、パレスが消えても廃人化は起こらなかった。つまり……シャドウが死んじまう前に説得して、現実の本人の元へ返してやればいいってことだ。そうすれば、廃人化は起きず改心させられる」


どうやら、シャドウを殺さずに説得し本人の元へ返すというのが、廃人化のリスクが限りなく低い改心の方法らしい。それを聞いて、竜司が拳を高く振り上げた。


「ちゃんと自白だけを狙えるってことだな?面白えじゃねえの!」


興奮した様子の竜司に葵依は苦笑した。
暁は苦笑している葵依を見て、あれ?と違和感を覚えた。
彼女と知り合ってまだ短いが、暁は葵依が竜司と同じように興奮してはしゃぐと思っていたのだが、彼女はそういった様子は見せずに苦笑するだけで大人しかった。


「りゅーじー、声大きいって」

「大丈夫だって。にしても」


葵依に顔を向けて大丈夫と言った後、竜司はジュースを飲んでいる杏を見た。
視線を向けられた本人は首を傾げて何?と聞いてきた。


「お前、鴨志田のシャドウ……よくガマンしたな?」


杏のペルソナ、カルメンが放った火球を鴨志田のシャドウに直撃させようとした時、彼女の目は憤怒に染まっていて、本気でシャドウではあるが“鴨志田”を殺そうとしていた。

しかし、杏は鴨志田を“殺さなかった”。

杏は竜司の言いたい事を察したのか、肩を竦める。


「私はただ……鴨志田に、直接謝らせたかったっていうか……」

「アン殿は優しいんだよな」

「クズ相手でも廃人化は寝覚めが悪ぃか」


そう言って笑うモルガナと竜司。
暁も杏を見て小さく笑った。

しかし葵依だけはなんで手を出さなかったのか、その理由パレス帰還後の自宅で考え、答えを出した葵依は三人の解釈が違う事に気付いており苦笑した後、あの場で鴨志田に手を下さなかったのが優しさだと思える純粋さを持っている彼等の事を羨ましく思った。

何せ葵依はとても思えなくて、竜司とモルガナが言うまで、そうと考え付かなかったのだ。


「いや、違うけど?」


三人の解釈にキョトンとした顔をしながら否定する杏に三人は固まり、葵依はやっぱりか、と思いながら杏を見る。
彼女はフェンスの向こうへと険しい視線を向けた。そこは丁度志帆が飛び降りようと立っていた場所だった。


「改心させた方が復讐になるしね。アイツのしたことを考えれば、生きてる間、永遠に頭下げ続けることになるじゃん?世の中、死ぬより辛い罰もあるし」


杏の意見を聞いた葵依はごもっとも、と頷く。

オリンピックで得た栄光と自分に向けられていた称賛の眼差しが一転し、軽蔑や蔑むものへと変わる。有名人という事もあり堂々と胸を張って世間を歩く事など…心臓に毛でも生えていなければ到底出来るわけないだろう。そして、自分で負った大きな傷を抱えながら一生、怯えて暮らすことになる。勿論、自ら命を絶って自由になるなど許されない。人の掌返しはいとも容易く行われることを知っている葵依は杏を見た。


「こわ……」

「……」


呟く竜司に無言で頷き肯定する暁とモルガナ。
杏の大事な親友があんな風にされたのだから彼女がこう怒るのは当然で、暁達だって怒りを抱いていた。が杏の怒りは彼等の想像よりも大きかったようだ。

死んで逃げられるよりも、後悔しながら自身の犯した罪に苛まれて生かす方がより復讐になると思ったのだろう、と葵依は杏を見ながら思った。


「ま、まあともかく、一件落着だけどよ……」


気を取り直すように竜司は再び話題を変えようと、真剣な表情に変えてモルガナに視線を向けた。


「なんであのヘンな異世界が鴨志田にだけあったんだ?」


竜司の質問に葵依も暁も杏もモルガナを見る。
“パレス”なんて概念、これまで見たことも聞いたこともなかった。
それが突然、自分が通っている学校の教師にその存在があることが分かり、いつの間にやら首を突っ込んでいて今に至る。
今この場でパレスについて詳しい事情を知っているのはモルガナだけで、こういった件については彼の情報だけが頼りだった。
竜司の質問に、モルガナは咳払いをひとつしてピンと背筋を伸ばした。


「別にあのカモシダに限った事じゃない。欲望で心に歪みが起きてるヤツなら、誰でも持ち得るモノさ」

「誰でも……」

「まあ滅多にはできねえ筈だぜ。今回のように、よほど強い歪みでもなきゃな」


何十億という人間がいる中、皆があんな世界を持ち合わせていたとしたら考えるだけでゾッとするが稀なケースであることが分かり暁たちは少しホッとした。

誰でも持ち得るという言葉に葵依はつい、あの人も持っているのだろうか……と考えてしまった。

日本の為、日々その身を粉にしてまで頑張っている人。
三つの顔を使い分けて生活する日々を過ごしている彼にも“パレス”があるのだとしたら、人間らしい部分があると、安心できるのかもしれない。もしくは失望してしまうのだろうか?


「…………欲望で歪みが起きている人なら、誰でも持ち得る……か」


口から零れた言葉は近くにいた彼にだけ聞かれていて、彼は不思議そうに葵依を見た。
葵依が悶々とした気持ちになっていると竜司が話を変えてきた。


「とりあえず、このメダルがいくらで売れるか確認しよーぜ?こんなの、さっさと売っ払っちまったほうがいいだろ」

「それで打ち上げでもしちゃう?」

「あ、それ賛成ー!」


杏の提案に葵依が乗る。暁とモルガナも特に異論はなかった。
提案に乗った葵依はどうやって売る気なのだろうか?と思いながら竜司を見る。

スマホを取り出した竜司がパレスで入手した金メダルの価値を確認しようとする。

作戦が無事に成功し、二人の退学も取り消しとなるだろう。
そして杏も鴨志田の呪縛から解放され、堂々と学校生活を送ることが出来るようになった。

提案された打ち上げは、悪い大人に打ち勝ち、困っている生徒を救った事に対する祝杯と、頑張った自分達へのご褒美なのだろう、と思いながら一安心したのか顔に笑みを浮かべて打ち上げについて話している彼等を見て、葵依は両手をグッパグッパと閉じて開いてを繰り返す。

人の心を改心させられるというこの力はかなり危険なモノと認識した。これは使い方を間違えれば、人を“殺す”ことも出来てしまうのだ。

そう、この力は…人の命を奪う事の出来る刃物や銃と同じ凶器なのだと葵依は思った。


「(そういえば、鴨志田の改心と精神暴走事件はどこか似ているな)」


私達は鴨志田のシャドウを説得し、本体の元へ返したことにより鴨志田が自分の犯した罪を認めさせることが出来た。

精神暴走事件の被疑者たちも自分でも自分のしたことの原因が分からないと言っていた。
もしかしたら、葵依達と同じようにパレスへ行く方法を持っている誰かがやっているのだろうか……と考え、すぐに考え過ぎだな、と自分の想像力に苦笑した。

こんな摩訶不思議な手段を誰もが持っているとしたら、それこそ情報が出回っている。

しかしどうしても引っ掛かる。と考えていると値段が出たのか竜二はマジか!?と驚きの声を上げたので葵依は顔を上げて竜司を見ると、彼は目を見開いて画面を凝視していた。


「最高で47万!?金メダルの価値ってそんなにするのかよ!?」

「ええっ!?」

「47……ッ」

「そんなにすんのかよ!?」


竜司の言った言葉に驚き、目を見開く三人に葵依は呆れた。


「りゅーじー、それって高価値の値段でしょ?……確かその値段って桜の通り抜け記念の金メダルじゃなかったっけ?」

「え、あ……そうだな……」


葵依に言われ、画面を確認した竜司は肯定した。
そして金メダルが高額という事実に驚き、まだ少しだけ放心している竜司に対して葵依はこめかみに指を当てて記憶を漁った。


「で、その次に高額なのが天皇皇后両陛下金婚式奉祝の金メダルの29万で、次にアポロ11号月面着陸記念純金メダルがぁ………22万だっけ?」


最後は記憶に自信が無いらしく首を傾げる葵依だが、三人は彼女の言った値段に声も出せなかった。
そして竜司は自分の手の中にある金メダルを恐る恐ると見て、顔を青くさせていく。

鴨志田がいつも首から下げていた物がそんな高額な物だとは思っていなかったからだ。


「そのメダルはそこまでの値段はいかないにしろ、ほとんどの金メダルには数万円以上の価値がつくから換金には気を付けた方がいいよ?」


サラリと言ってのけた葵依に絶句してしまう一同。


「………葵依のその知識も漫画?」

「うん!鑑定士が主人公の漫画なんだけどこれがまた面白くってね!持ち込まれた貴金属の査定から事件が発覚するんだけど、その主人公が知り合いの刑事と一緒に悪事を暴いていって謎を解いていくの!謎解きとその貴金属の歴史も詳しく描かれていて面白くってね!!」


暁の言葉に葵依はマシンガンの如く熱く語りだし、竜司と杏はいつもの葵依に強張っていた体の力が抜けていく。

竜司はそっと持っていたメダルを仕舞うと鞄から教科書を取り出して、丸めて思いっきり振りかぶり暁に熱く語っている葵依の頭を叩いた。

痛みに悲鳴を上げる葵依と怒る竜司のいつものやり取りに苦笑しつつも、モルガナも話に乗り出した。


「事態を見守る事には賛成だ。しかしな、ワガハイを巻き込んでおいて、作戦成功の祝杯を挙げないなんてナンセンスだ。それに怪盗の相談は美食の席でと決まってる。どうだ?」


そう言って纏め役に自然と治まっていた暁に視線を向ける竜司とモルガナ。


「う〜ん、そうだな……」


考える素振りをしだした暁に何かを言いかけた杏だったが、すぐにため息を吐いた。


「ちょっと、それ……まぁ、いいか。だったら行きたい所があるんだけど」

「どこだ?」

「志帆と葵依の三人で行きたいねって、前から言ってたとこ」

「あ、もしかしてあそこ?」


頭の痛みが引いた葵依が杏に聞くと彼女は笑顔で頷いた。


「俺は特に思いつく場所もねえし文句はねえよ…暁も杏が決めた店でいいか?」

「ああ、俺もそれでいい」

「ワガハイもアン殿に任せる」

竜司の言葉に頷く暁に杏の事を好いているモルガナは、彼女の勧める店に興味津々とばかりに笑って頷いてみせた。

異論が無いことを確認した杏は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「じゃあ、あとで確認しとくね」

「いつ行くよ?さっそく明日にでも繰り出すか?」

「連休の最後にしない?次の日からの学校生活に備えて、勢いつけるって意味で」

「ってことは、3日の憲法記念日だな」

「で、換金は誰がやるの?」

「物が物だけに、簡単に換金してくれるとこなんてそうそうないと思うよー」


杏の言葉にあっけらかんと難しいだろうと言う葵依に四人はさっき聞いた値段を思い出してビキリと固まった。

これがどこにでも売っていそうな指輪やネックレスといった貴金属であればそこら辺にある質屋でも問題ないが、今回換金しようとしている物はオリンピックの金メダルだ。
普通の質屋に出してすんなりと売れるなんて、とてもじゃないがあり得ない話だろう。

寧ろ怪しまれて警察の世話になる可能性がとても高い。これで金メダルに印字されている管理番号を調べられたりしたら誰の持ち物なのかもバレてしまう。

しかしそんな懸念材料なんて気にしていないといった様子のモルガナが得意げに笑った。


「任せとけ、なんでも買い取る店を知ってる。そうだよな、アキラ?」

「え?……ああ」


戸惑いながらも頷いた暁に違和感を覚えた葵依はジッと彼を見て、頭を痛めた。

警察に怪しまれる行動を一番してはいけない暁が換金に行くのは正直よろしくない。あまりにも悪手だ。彼は自分が保護観察中の身ということを理解しているのだろうか?

そう思っていると竜二が待ったと声を掛けた。


「いやいやお前、自分が保護観察中だってこと分かってんのか?」

「分かってるけど……」

「分かってんだったら、お前が換金に行くのは止めとけ。換金には俺が行くからよ」


竜司の言った事に暁は少しホッとしながら任せてもいいか?と訊ね、それに対して竜司は任せろ、と自分の胸を叩く。


「じゃあお願いね」

「よっしゃ、今日は解散だな!」


楽しみだと言わんばかりに笑う竜司の言葉で解散となるはずが誰も屋上から出て行こうとしない。むしろ全員が葵依に目を向けていた。


「ん?え、何?どうしたの?」

「お前、金メダルの価値ってどんくらいかわかるか?」

「え?さっきも言ったじゃん。数万以上って」


竜司が何を聞きたいのか理解できない葵依は首を傾げた。
葵依の様子に杏が苦笑した。


「竜司が聞きたいのはあのメダルがいくらになりそうか?ってことだよ」

「あ、そういう事か」


ようやく納得したと言わんばかりに手を叩く葵依に暁も苦笑する。


「うーん、オリンピックのメダルって実はそんなに高額にはならないんだよね」

「え、そうなの?」

「うん。実際銅メダルなんて300円だし」

「「「「……え!?」」」」


安すぎる値段に四人は声を揃えて驚いた。
その反応が面白かったのか葵依は笑いながら言葉を続ける。


「銀メダルは約2万、そして金メダルは4〜5万なんだよ」

「え、じゃあさっきの47万ってのは……?」


竜司の質問に葵依は苦笑した。


「それは使われている金の量が多いからの値段だよ。全て金だけのメダルだと200万は超えるかもね」

「そうなんだ……。じゃあなんでオリンピックのメダルはその、安いんだ?」


質問攻めだな、と思いながら葵依は暁の質問に答えていく。


「それはメダルの素材が原因なんだよ。確か金メダルは約93%が銀で出来ていて、銅が約6%……残りの1%が金なんだよ」

「え、つまり誤魔化してるってこと!?」


杏の言葉に葵依は首を横に振った。
誤魔化してるとかそうじゃないとかではなく、資金的に厳しいのだ。

純金だと軽く200万を超えてしまう。
オリンピックで開催される種目が一つであればいいのだが複数あることを忘れてはいけない。
そして個人と団体戦に出場する選手に渡されることを考えると恐ろしい金額になる。

そんな高額な金を出せる都市なんてあるわけもないので銀メダルの表面を金で覆っているのだ。

あくまでメダルの価格は問題ではなく、オリンピックという世界舞台でメダルを獲得したという事実の方が選手たちからすれば大事だろう。

それに折角のメダルを売ろうとする選手は滅多にいない。
過去にオークションで売ったという珍しい例もあるらしいが……そこは割愛。

四人にそう話すと彼等は黙って竜司が取り出したメダルを見た。


「そう、だよね……。頑張って手に入れた金メダルに値段とかないよね」

「むしろ、自分はここまで出来るんだっていう証明だよな……」


杏の言葉に陸上部のエースだった竜司がしみじみとした様子で言った。
葵依は二人を見てから暁に目を向ける。
彼も金メダルに目を向けている。

自分はここまで来たんだぞ、という証拠として鴨志田も首から下げて見せびらかしていたのかもしれない。

そう考えると、彼は認めてもらいたかったのかもしれないな、と思った。


「ね……ッ!?」


葵依が口を開こうとした時、ゾッとするような殺気と視線が体を貫いた。
バッと屋上の入口に視線を向け、駆け寄り扉を開けるがそこには誰もいなかった。
急いで階段下を覗き込んでみるが、そこにも人影は見当たらない。


「どうしたんだ?アオイ?」

「今……何か感じなかった?」


近寄ってきたモルガナが首を傾げながら何も感じなかったぞ?と答える。
パレスでシャドウからの殺気を知っているモルガナがそう言うのであればあの殺気は葵依に向けられたものという事になる。

しかし、学校で自分に殺気を向けてくる相手に心当たりがない葵依は険しい顔をして不思議そうにこちらを見てくる暁達の元へと戻った。


*****


階段を降り、一階まで来た男子は屋上で見聞きしたことを思い出し、どうするか考える。
“計画”の事を考えると消しておいた方が得策だが、相手のうち三人は悪い意味で目立っている有名人だった。

傷害事件を起こし保護観察中の“来栖暁”。
元陸上部のエースで問題児の“坂本竜司”。
読書モデルで鴨志田の愛人と噂の“高巻杏”。

この三人が消えたとなるとまた警察の出入りが激しくなるだろう。
今でさえ鴨志田のせいで警察が学校近辺を見回ったり、生徒から事情を聴いたりしていて鬱陶しいのだから。

それに彼等と一緒にいた女子もただの一般人と思ってはいけないだろう。
微妙とはいえ、俺の殺気に気付き振り返ったのだ。

もしかしたら、アイツ等よりもあの女子を警戒しておいた方が良いかもしれない。
そう考えた男子は学校から出るとスマホが振動している事に気付き、ポケットから取り出し、ディスプレイに出ている名前にうんざりしながら路地に入ると電話に出た。


「何の用だ――ベルモット」


棘の含んだ声で電話の相手に言えば、彼女は気にした風もなく返事をする。


『あら、つれないわね?警察が貴方の通っている学校に出入りしているというから心配して電話してあげたというのに』

「心配?……ハッ!思ってもいないこと言ってんじゃねえよ……。警察も飛び降りようとした生徒の事で来てんだろう……まあ、逮捕された鴨志田の事でも出入りしてくるだろうけどな」

『なら、しばらくはコッチの仕事に集中でもする?』


ベルモットの提案に男子は少しだけ考えたが、やめとくと返した。


『あら?何故か聞いてもいいかしら』

「最近バーボンがここら辺に来ているらしくてな。“タリスカー”のことを探っているのか、別件で動いているのか知らねえが、関わりたくねえんだよ」


あのベビーフェイス野郎にはな。
本当に嫌だと言いたげに吐き捨てるとベルモットは声を上げて笑った。


『そう、それなら仕方ないわね。貴方は今まで通り、ジンからの連絡があるまで好きにしてるといいわ』

「言われなくてもそのつもりだ」


通話を切った男子はスマホを仕舞い、考える。

来栖達の事はしばらく様子を見るだけにしておこう。
アイツ等が完全に邪魔だと判断したその時は“タリスカー”として始末するだけだ。


「ただ、それだけだ……」


一人呟いた男子は駅に向かって歩いていった。


「……俺の邪魔をする奴は、消すだけだ……」


*****


後日、メダルの換金に付き合う事にした葵依は竜司の案内でセントラル街の脇にある路地に来ていた。その道中で換金の当ての話を聞いた葵依はなるほどねーと暢気な声を出す。


「買い手の当てってミリタリーショップだったんだ……」

「俺らがパレスで使ってる武器、全部そこで仕入れてんだぜ?」

「なるほどナー」


昨晩、必死に考えて出した答えがミリタリーショップという事に連絡を貰った時は何を言っているのだろうか?と思ったが、すぐに竜司の話を聞いて試してみる価値はありそうだと思った。


「もしこれが換金できるとなると、パレスで見つけてモルガナに預けてるヤツも換金できると思うんだよな」


そう言って鞄をポンと軽く叩いた。
そして竜司はミリタリーショップで換金が可能というのであればそこでパレスで集めてきた調度品も換金しようと考えているらしい。

葵依は上手くいくだろうか…と不安を覚えたが、竜司に任せているのだから任せてみようと決めると前方で不審な動きをしている黒服の男が二人いることに気付いた。
一瞬、訝しむように眉根を寄せて彼等を見た葵依は気付かれないようにしながら二人の会話を盗み聞く。


「――さっさとやっちまいましょう。通報が本物ならあの店には拳銃(チャカ)があるってことでしょ!」

「待て待て!ガサ状がまだ降りてねぇ。どうせすぐ出るだろうから、慌てんな。それにこんな狭いとこで、飛ぼうなんざ向こうも考えんさ」


聞こえた会話から彼等が何者なのか察した葵依は、そっと竜二に近づくとどうした?と葵依に聞いてくる竜二にんーん、と首を横に振ってからなんでもないと返す。

男達の脇を何食わぬ顔で通り過ぎるが竜司も男達の事を不審に思ったのか、そっちに目を向けようとするが男達に目をつけられて面倒な事にしたくはないので声をかけて竜司の気を引く。


「杏ちゃん、ちゃんと予約取れるかな?」

「それ、本人に聞かれたら怒られんじゃね?」

「だってあそこ、結構お高いし?」

「……マジで?」


他愛のない話をしながらすれ違い様に見えた男達の目付きの鋭さやさっきの会話からチャカという単語が出たことから、あの二人がソタイ、正式名称、組織犯罪対策課の刑事だと予想し、葵依は内心でまた間の悪い時に来たなぁ……とここ最近の自分の運の無さを嘆いた。

そして竜司は金メダルを売るということに緊張しているらしく、顔を強張らせながら店の扉に手を掛け、店内に足を踏み入れた。

話には聞いていたが、実際に来店したのは初めてな葵依は興味深そうに店内を見渡す。様々な種類と大きさのモデルガンや、サバイバルなどで使いそうな小道具、それから何故か自販機があった。


「……何故に自販機?」


滅多にこういう店に来ない葵依はキョロキョロと見ては竜司から離れて、あっちこっちと移動していく。

うろつく葵依を放置して竜二はカウンターの向こうでパイプ椅子に座って足を組み新聞を読んでいる不愛想な男に話し掛けた。


「チーッス」

「あ゛?……何の用だ?女まで連れてきやがって……」


不愛想な男はどうやら店長のようで、キョロキョロと店内を物珍しそうに見回す葵依をジロリと見てからその仄暗い眼光を鋭くさせて竜司を睨みつけた。


「買い取ってほしいものがあんだけど……」


そう言って竜司は鞄から金メダルを取り出してカウンターに置くと、店長は僅かに目を見開いたかと思うと、目の前に立つ竜司を怪しむように見てきた。


「金メダル?なんでお前がそんなの持ってんだ?ウチは偽物も盗品も買い取らねーぞ?」

「あー……えっと」

「彼の叔父がタンスの奥で埃を被って眠っているのを見付けたんだけど、要らないっていうから売りに来たんですよー」


そこら辺の説明を全く考えていなかった竜司の後ろからひょこりと顔を出して笑顔で気の抜けるような声で言う葵依を店長はジッと鋭い眼光で見てくる。

しかし葵依は店主の眼光に対して何とも思っていなかった。
殺気も敵意もない眼光に怯んでいるようでは彼のアセットなんて務まるわけがないのだ。

ニコニコと笑顔でいる葵依に店主は、今度は竜司に目を向けた。
店長の眼光にギクリと体を強張らせたが後ろから葵依にシャドウの方がおっかなかったよ、と言われパレスで自分を殺そうとしてきたシャドウの鴨志田を思い出し、不思議と目の前の店主が怖くないと思えた。

店主はただこちらを見ているだけで、殴ってくるわけでもなく、剣を振り下ろすでもない。
ただ、見ているだけだった。
そう考えると、さっきまでの緊張が嘘のように消えた。


「叔父だと?」


葵依の言った事に片眉を上げて竜司をいると、彼は緊張が消えた竜司はスラスラと嘘が口から出てくる。


「ああ、なんかもういらねえって押し付けられたけど、俺もいらねえし捨てるのもあれだと思ったから買い取ってもらおうと思ってよ。それに、これが偽物(パチモン)か本物かなんて、アンタなら分かるんじゃね?」

「…………見せてみろ」


さっきまで自分に対してビクついていた竜司の態度が変わったことが気になったが、彼の言った嘘にまだ不信感を持ちつつ、腰を上げた店長は金メダルを鑑定する。
そしてメダルが本物であると判断した店長は苦い顔をしながらも頷いた。


「……4万と5千でどうだ?」


提示された値段に竜司は思わず後ろにいる葵依を見ると、彼女は妥当な値段だろうなと小さく頷いた。


「ぁ……んじゃあ、それで」

「じゃあ決まりだな」


店長がメダルを仕舞い込むとレジを開けてそこから無造作に1万円札を4枚、千円札を5枚出して竜司に渡した。
竜司が渡された紙幣を財布に仕舞うと、不意に店長と葵依の二人が店の外へと鋭い視線を向けた。


「そろそろか……」


小さく呟いた店長はしゃがみ込み、カウンターの下から紙袋を取り出して近くにいた葵依に押し付けるように渡してきた。
押し付けられた紙袋を思わず受け取るとズシリとした重みがあり、葵依は何も言わずに紙袋を見下ろした後、ジッと店主を探るように見た。

探るような目を向けられた店主は葵依に驚いたが、すぐに吸っていた煙草を手に持つ。その目は興味深そうに葵依を見ていた。


「それ、持って帰れ。メダルと引き換えに土産だ。……言っとくが中は見るなよ?次に来るときに持ってこい」

「……はーい」


何かを感じ取った葵依は何も聞かずにニコリと笑顔で返事をすると何か言いたげに葵依の事を見ていた竜司に近づき、彼の鞄を無遠慮に開けて、紙袋をそこに押し込んだ。


「話の早いヤツで助かるよ」


葵依の行動を見て小さく口角を上げた店長は、不意に店の外の気配が動いた事に気が付き表情を歪めた。


「……来やがったか」


その直後、店の扉が開き路地で見かけた男達がズカズカと店内に入って来た。


「岩井宗久(いわいむねひさ)だな?ちょっと話があるんだが……」


厳つい顔をした男が上から目線の偉そうな態度で店長――岩井に話し掛けているのを見ながら葵依は、彼等の気が岩井に向けられている隙に竜司の腕を引っ張り、店から出ようと扉に近づく。


「用件は分かるよな?」

「証拠あんのかい、刑事さん?」

「何だ、その態度は!」


二人と入れ替わるようにカウンターの前に移動した男達は葵依の予想通り刑事だったようで岩井に詰め寄るが、彼は余裕な態度で対応する。


「ガサでも何でも好きにしろ」

「……何だと?」

「警察に協力すんのは、市民の義務だからな」


疚しい事など一切ないという顔、けれども人を馬鹿にしたような表情も交えた顔で言う岩井に、刑事二人は訝しむように岩井を見た後、話し始める。


「あのタレコミは本当なのか?」

「ええ、そのはず……」

「さっさと済ませてくれよ?」

「テメェ……」


乗り込んできた以上、何も持ち帰らずに帰ることの出来ないという焦燥と苛立ちの感情が彼等の心を占めているのだろうと、男達の声を聞いただけで想像出来た葵依は情報の正確さを見極めずに来るからこうなるのだ、と二人の刑事を内心で馬鹿にしながら、絡まれる前に店から出る為、竜司の腕を引きながら外に出た。

刑事たちが追ってくる様子がないのを確認した葵依は竜司を連れてそのまま近くのファミレスに入った。

ボックス席に案内された二人はとりあえず珈琲とコーラを頼むと、すぐに運ばれてきた。
竜司はコーラに飲むと、ようやく一息つけるとため息を吐いた。


「つーか、なんであの店に刑事が来てんだよ?」

「まあ、渡された紙袋が関係してるのは確かだろうね。……失礼しますよ〜っと」


そう言いながら竜司の鞄から紙袋を取り出した葵依は中を見ようと紙袋を開けようとすると竜司が慌てて止めてくるので葵依は首を傾げた。


「あれ、気にならないの?」

「見るなって言われたじゃねえか」

「見ないとは言ってないよ?」

「……お前、はーい、って返事してたじゃねえか」


ジト目でそう言ってくる竜司にニコーっといい笑顔をしながらあれは次に持ってこいって言う言葉に返したんだ、と答えれば小さく屁理屈…と呟かれた。

しかし竜司の目は素直で気になると言いたげにチラチラと紙袋に向けられていて、葵依はニンマリと笑みを深めた。


「あれれ〜?ダメとか言いながら、竜司も気になってんじゃないの〜?」

「そ、そりゃあ……」


ニヤニヤしながら言えば竜司はバツが悪そうに目を逸らした。葵依はそんな竜司を居ながら彼の隣に移動すると紙袋を開け、上から覗き込む。

そしてそこに入っていたモノに葵依は目を細め、なるほどと納得した。
紙袋の中に入っていたのは重厚な輝きを放つ一丁のハンドガンだった。
蛍光灯の光を反射して黒光りするそれは、まるで本物のようにも見える。


「ほんも……ムガッ!?」

「声が大きい。残念ながらモデルガンだね。……でも、店内に置かれていたモノとは完成度が全然違うね」


驚いて大声を上げそうになった竜司の口を咄嗟に塞いだ葵依は見慣れている為、それが精巧に作られたモデルガンだとすぐに見破った。

しかし、本物と言われても大半の素人は信じてしまう程に、モデルガンの造りが他とは別格であった。だからあの刑事たちは本物の銃を売っている店がある、とかいう通報であの店に来たのだろう。

そう思いながら袋を閉じて竜司の対面に座ると珈琲を飲んだ。


「あのミリタリー屋……何モンだよ!?」

「さぁねぇ……。まあ、これを返しにあの店にはまた行くんだから、その時にでも聞けばいいんじゃない?」

「お前、俺に死ねってか?」

「別にそんな事言ってないじゃん。それにあの人、そこまで怖くなかったよ」


むしろシャドウの鴨志田の方は気持ち悪かったし、怖かった。と言えば竜司は確かに……と言いながらコーラを飲みほした。
飲むスピードに速ッ!?と思いながら葵依は岩井のことを思い出す。

あの男は一般人ではないだろう。
もしかしたら裏組織の人間かもしれない。
こっちを見るあの仄暗い目、あれは恐らく殺しもしている。

どうしようかな、と考えていると、竜司が提案をした。


「……なぁ、この銃、売ってもらえると思うか?」


竜司の言ったことに目を丸くさせて見ると、彼はジッと葵依の持つ紙袋に目を向けながら言葉を続ける。


「こんなスゲーもの、利用しない手は無いだろ?これだけリアルならパレスでの効果も期待出来んじゃね?」

「……怪盗、続けるの?」


まだ怪盗を続ける気でいるらしい竜司をジッと見つめる葵依。
怪盗を今回の一度きりという話は無かったからもしかしたら、とは考えていたがやはり彼は止めるつもりは無さそうだ。

もしかしたら他の二人も怪盗を続行するつもりでいるかもしれない。


「……まあ、その話は明日暁たちもいる時にしようぜ」

「そう、だね……」

「それに次に来るとき持ってこいって言われてんだから、返すときにあの店長に交渉してみようぜ!」

「……まあ、そうだね」


大丈夫かな、と思いながらも紙袋は葵依が持つことにした。
竜司に渋られたが、受け取ったのは私だからと納得してもらった。


201901112248

   
5月へ……