The Time Bomb Skyscraper.

     

大きな爆発音と建物が揺れたことにフロア内から悲鳴が響く。

パラパラと天井から降ってくる砂ぼこりが目に入らないようにしながら天井を見上げると非常ドアの向こう側にいる松田に声を掛けた。


「松田さん、大丈夫ですか?」

「ああ、さっきのは下に仕掛けられたブツが爆発したんだろう。こっちは平気だから解体を進めるぞ」

「はい」


*****


『爆弾テロにより、米花シティビルからは幾筋もの煙が上がり…広場は逃げ惑う客、出動した警察や消防隊で騒然となっております!』


車の中でニュースを聞いていた安室は車を駐車場に着けると大きく深呼吸をし、車から降りた。

急いで米花シティビル前の広場に行くと小五郎は顔を青くさせながら目暮に縋るように彼の上着を掴む。


「警部!まさか、蘭は!?」

「落ち着け毛利君!あそこは蘭君のいる所とは違う場所だ!!」


気が動転している小五郎を落ち着かせようとしていると白鳥と一緒に森谷教授がやって来た。
その顔には相変わらず不敵な笑みと狂気に満ちた目をしたまま。


「安心しろ。アンタの娘が吹っ飛ぶまであと15分もある」

「貴様ァ!!言え!!どうやったらその爆弾は止まるんだあ!!」


落ち着いた声で言われたその言葉に小五郎が掴みかかるも教授は落ち着いた様子で彼を嘲笑う。


「あれは特殊な爆弾でな…たとえ解体出来ても、最後の一本が運命を分ける…最後の一本がなあ…」

「な…?」


教授の言った事が理解出来なかったのか、小五郎は信じられないものを見るような目で目の前の犯罪者を見ていると安室が小五郎の手を離させる。


「先生、落ち着いてください」

「安室……」


突然現れた青年に教授は興味ないと言いたげに鼻を鳴らすと、未だに煙を上げ続けるビルを見上げた。

愉し気に笑みを浮かべていると教授は突然、肌の上を蛇が這っているような悪寒に襲われた。

なんだ?と思いながら周りを見ると先ほど現れた青年がこちらをジッと見ていた。
ただ見ているだけなら何も可笑しくはないのだが、彼の目には殺意が見て取れた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、教授は身動きが取れなくなる。
首も絞められているかのように、息苦しくなっていく。

しかし彼は不意に教授からビルへと見るものを変えた。
あの殺意が見え隠れした目が自分から離れたことにホッと息を吐いた教授は自分のしている腕時計に目を向けた。

0時まで、残り5分を指した時計に教授はまだ5分もあるのか…と思うと、また一つビルの一部が爆発した。


*****


ピッ…ピッ…と規則的な音が聞こえてくる中、コードを切る音が静まりきったフロアに響く。


「切りました…」


緊張から出てきた汗を袖で拭いながら言うと松田は近くで落ち着きなく抜け道が無いか探し回っているコナンに目を向けつつ、設計図に目を戻す。


「何とか間に合いそうだな…後は残りの黒いコードを切れば、止まるはずだ」

「黒…ですね」


葵依は黒と言われ、安室が潜入している組織を連想してしまった。それに苦笑しながら言われた通り、黒のコードを切るが爆弾のタイマーは止まらない。

なんで?と思いながら見ると、中にはまだ二本のコードが残っていた。
赤と青のコード。
恐らく、どちらかがブービートラップなのだろう。
松田は黒を切れば止まるはずと言っていた。
つまり、彼が持っている設計図にはこの二本は記されていないことになる。


「……おい?どうした?」

「松田さん、本当に黒を切れば止まるんですか?」

「何?……まさか」

「はい、タイマー…止まりません。赤と青のコードがまだ、残ってます」

「なんだと!?」


非常ドアの向こうから松田の声が聞こえたが、葵依はどうする!?と焦っていた。
自分一人であれば、博打に出られる。
しかしここには彼の愛する日本国民が残っている。

彼が愛する者たちを巻き込んでまで博打が出来る程、葵依は運が良いわけでもない。


どうする?どうすれば?何が正解?何が間違い?
これを作った犯人は何を考えて二本を書かなかった?
赤?それとも青?どっち!?


グルグルと考えが纏まらないでいると、葵依の近くに誰かがやって来た。

顔を上げると、そこには杏と竜司がいた。
二人は葵依の顔を見てから爆弾に目を向けると、その顔色を青くさせる。


「なんつー顔してんだよ…」

「もしかしてヤバいの?」

「竜司…杏ちゃん」


いつものように声を掛けて来てくれた二人に笑顔を見せると葵依は大丈夫だよ、と言った。


「これで最後なんだけど、ちょっと疲れちゃっただけなの…。大丈夫、私がこの悪しき魔物を退治してみせるから!」


いつものように言って爆弾を指差す葵依に二人は虚を突かれたような顔をした。
葵依は二人に対して居られると暗くなって見にくいから向こうに言っててほしいと言えば、二人は戸惑いながら頷いて元の場所に戻っていった。

二人が離れていくのを見てから後ろにいるであろう松田に声を掛けようとした口を開いた時、遠くから時計塔の鐘が鳴る音が聞こえてきた。


「……」

「0時か…クソッ」


後ろで苛立っている松田の声が聞こえてくる。
その時、一際大きな揺れが発生し、上から亀裂の入る音が聞こえ葵依は咄嗟にそこを見上げると天井が崩れてきた。

急いで爆弾を抱えるとその場から離れ受付カウンターの上に乗せる。
さっきまで自分がいた場所に目を向けると瓦礫に塞がれていた。

松田と子供は大丈夫だろうか?と向こうにいた二人を心配しながら爆弾に目を戻すとデジタル板には1:00と表示されている。
悩んでいる時間は、無い。

突き付けられた現実に葵依はここにはいない安室の事を思い出し、こちらを心配そうに見てくる友人二人を見て、博打に出る決心をした。


*****


「おい!葵依!!大丈夫か!?」


松田が声を張り上げながら非常ドアの向こうに声を掛けるが、向こうからの返答はない。
スマホもさっきの崩壊で落としたらしく、瓦礫の下敷きになってしまった。


「松田刑事…爆弾の解体は終わったの?」

「いや、まだ赤と青のコードが残っている。しかもそれはこの設計図に記されてねえ」

「えっ!?」


コナンは驚きに目を見開くと非常ドアを見る。
すると後方から瓦礫が崩れる音がし、二人揃って目を向けると救助隊が驚いた顔をしながら立っていた。


「せ、成人男性と少年を発見!」

「救助隊か…」


救助隊はコナンを抱き上げるとこの場から立ち去ろうとするが、松田がそれを止める。


「まだ中に人が閉じ込められているんだ、しかもドアが変形してるのか瓦礫で塞がれてるかわからねえが削岩機(さくがんき)を持ってきてくれ」

「は、はい!…急いで削岩機の用意だ!!」


隊員が指示を出すとドアを睨みながら呟いた。


「今日は結婚記念日だってのに…こりゃゆっくり味わえそうにないな…」

「え…!?」


その言葉にコナンは教授が言っていた3分間の意味が分かった。


「(そうか…あれは俺の誕生日を3分間味わえって事だったんだ…)」


それが解けた瞬間、コナンは連鎖するように教授と蘭のやり取りを思い出した。

ギャラリーで人の良い笑顔で蘭と話す教授。


『ほう…それは楽しみですな…。ではもうプレゼントとかも買ってあるんですね?』

『いえ、それは土曜日に…』


どこか照れたようにはにかみながら蘭は言った。


『彼、私と同じで赤が好きなんです!それに来月は2人とも赤がラッキーカラーなので…』


そして瞬時にコナンはどちらを切るべきなのかが分かった。
それを伝えようと非常ドアに行こうとした瞬間、またしても大きな揺れが起こり、天井から瓦礫が降ってくる。
流石にここが危険だと判断した松田がコナンを抱き上げる。


「松田刑事!!赤は罠なんだ!!青を切らないと爆発する!!」

「何っ!?」


しかし降ってくる瓦礫から避難する為に松田は下唇を噛みながらコナンを連れてその場から離れた。


*****


非常ドアの向こうから天井が崩れた音が聞こえてきた。

しかし葵依はそれを無視してコードにはさみを向けていく。


00:21


遠くから不安そうにこちらを見てくる人々。
小さく自分の名前を呼んでくる友人。

本当にこっちを切っていいのだろうか?

そんな不安が過るが時間は無情にも減っていく。


0:08


ギュッと目を瞑ってコードを切る。その時に頬を濡らしたのは自分の汗なのか涙なのか分からなかった。

そして恐る恐る目を開くとそこには00:02でタイマーが止まっている爆弾が目の前にあり、間違ってなかったんだ…と安堵すると一気に体の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「は、ハハハ…ぁ、青で良かったのか…」


力無く呟くと後ろからざわめきが聞こえてくる。
そっちを振り返ると瓦礫の影からこちらを見てくる人と心配そうに見てくる友人がいる。
葵依はそっちに向かって笑顔を見せながらピースサインを見せると、彼等は解体が成功したのだと理解し、歓声を上げた。

今になって膝が笑いだした葵依はふらつきながらも杏と竜司の近くまで歩いて行き、近くにいた杏に抱き着いた。


「もう、馬鹿!!なんであんな無茶するのよ!!」

「おぅふ…一番の功労者にそれはないと思います…」

「上手くいったからあれだけど、お前何やってんだよ!!」


杏に泣かれながら離すまいと強く抱きしめられながら二人からの説教を聞きながら葵依は笑った。


*****


外では時間が過ぎても爆発しないことに教授は信じられないと体を震わせていた。


「あ…あ……………ば…馬鹿な…!!」


ブツブツとあり得ない、何故だ?どうして、と呟く教授を白鳥がパトカーに乗せる。
パトカーの中でもブツブツと言い続けている教授を横目で見てから安室は救助隊と一緒にコナンとその後ろから葵依を抱きかかえた松田が出てくるのが見え、咄嗟に姿を隠した。

彼女が無事だったことに一安心した安室は同期である彼に見付かるわけにはいかないと判断し、彼はその場から立ち去った。


*****


あれからすぐに救助隊が来てくれた為、葵依達は米花シティビルから出る事が出来た。
しかし未だに笑い続けている膝のせいで上手く歩けなかったところを松田がやってきて、よくやったな、と褒めると抱き上げられた。…所謂お姫様抱っこである。

いつもであれば女子高生らしく抵抗していた葵依だが、今は30分以上爆弾の解体をしていたという事もあり、精神が疲弊していた。

その為、大人しく運ばれた葵依は外に出ると星の見えない夜空が見えた。
ストレッチャーに乗せられ救急車の中に入れられた葵依はストレッチャーの上で横になりながら竜司と杏はどこだろう、とボーっとする頭で考えて視線を走らせる。

すると二人はすぐ近くにいて疲れたかのように座り込みながら、問診票に記入していた。
二人が無事な事にホッとしながら葵依は近づいてくる人影に気付く。


「具合はどうだ?」

「緊張しっぱなしだったからか、すっごく眠いです…」

「そりゃあ爆弾の解体なんて、一般人がするもんじゃねえからな」


そう言って彼、松田は横になっている葵依の頭を撫でた。
まるで兄が妹にするように、あやす手付きで優しく撫でられると葵依は瞼が下がっていくのが分かった。


「なあ、葵依」

「何ですか?」

「お前、どうしてあの時“青”を切ったんだ?」


松田は葵依がどうして赤ではなく青を切ったのか、気になって訊ねてみた。
赤と青、どちらか切らなければならない状況ではあった。

青が好きだからという理由で切ったのであればそれもまた運が良かっただけ、と片付けられる。そう思っていた松田だが、葵依は聞かれたことにクスクスと笑いを零す。


「だって…“赤”は私が切ったら怒られるかなって思ったんですよ。“赤”は……ですから」

「え…?」


最後の部分が聞こえなかった松田は聞き返すが、葵依は疲れ切っていたようでそのまま眠ってしまった。

とりあえず目の前の少女が何かしらの理由があって、赤を切らなかったという事は分かったので松田はまあ、いいかと判断しもう一度葵依の頭を撫でると救急車から降りていく。

そして、これから勝手な事をしたことに対しての始末書を書かなくてはいけないことを思い出し、ウンザリしつつ自分の頭を乱暴に掻いたのだった。


*****


翌日、軽い検査を終えた葵依はその足で米花町に来ていた。
駅からスマホのナビを頼りに歩くと、お目当ての喫茶店を見付け入って行く。

喫茶『ポアロ』。
時間は午後3時を過ぎた頃で人もそう多くない。

カランカランとなるベルに気付いた安室が葵依の姿を見ると一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいらっしゃいませ、と接客用の笑みを浮かべた。


「お一人様ですか?こちらへどうぞ」


そう言って案内されたのはカウンター席だった。
葵依はすぐにそこに座るとアイスティーとレモンパイを注文する。

人も少ないからか飲み物とパイはすぐに運ばれてきた。


「ご注文のアイスティーとレモンパイです」

「ありがとうございます!!」


すると安室はカウンターの奥に戻り食器を片付けていく。
葵依はアイスティーを一口飲むとレモンパイにナイフを入れていく。


片付けが終わった安室は葵依の前に来ると葵依は口に入れたレモンパイを飲み込んでから安室に声を掛ける。

「そう言えば昨日は凄かったんですよ」

「へえ、そうなんですか?」

「はい。昨日の米花シティビルの爆破事件、私あれに巻き込まれちゃって…今さっき検査が終わったんですよー」

「それは災難でしたね」


どこか同情したように言う安室に葵依はニコニコと笑顔のままそうなんですよー、と返す。


「でも特に異常もないみたいなんで、明日からまた学校には行けますよ!」

「それは良かったですね」

「はい!!それにイケメンな安室さんを見れたので、明日からまた頑張れます!!」

「ははは…」


キャーと頬に手を当てながらミーハー全開な態度の葵依に苦笑しか出ない安室は新しくやって来た客の相手をする為、その場から移動した。

葵依はその背中をジッと見ながら一口大にカットしたレモンパイを頬張ると、仄かな酸味とレモンの香りが口の中に広がりとても美味しい。

レモンパイを堪能しながら葵依は明日からまた頑張ろう、と意気込むのだった。



The Time Bomb Skyscraper. ――― 時計仕掛けの摩天楼 終

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