休み明けの活動

   

GW(ゴールデンウイーク)を終え、学校に登校したその日の放課後、屋上に集まった葵依達は、一昨日の米花シティビルの事を話してから次の目標(ターゲット)となる大物について話をしていた。


「ロクな書き込みがねえ。恋人やら親への愚痴ばっかだ。パレスを持ってそうな大物の依頼、来そうな気配もねえし……」


誰が立ち上げたのか知らないが竜司は怪盗お願いチャンネルの書き込みを見ていたようでうんざりとした様子で座っている椅子を揺らす。
葵依はクッキーを頬張りながら彼等の様子を見つつ、目ぼしいニュースが無いだろうかとスマホでニュース欄を漁っていた。


「ネット……限界あるね。これで名前や居場所までって言っても……」

「自力で探すしかねーか?」


杏の呟きに答えるように行った竜司の発言に、机の上で毛繕いをしていたモルガナが呆れたように彼を見上げる。


「警察も見逃してる大物、足で見つける気か?」

「……だよなぁー。とりあえず、試験終わるまで待つか?もうチョイ様子見て、いよいよ見つかんなきゃ、そん時は……」


竜司が言いかけたその時、予期せぬ来客が訪れた。

全員が反射的に身体を強張らせ、モルガナは素早く竜司の顔を踏み台にして貯水タンクの上に身を隠す。


「あ……」


呆然と呟く杏の視線の先、屋上にやって来たのは、凛とした佇まいをした黒髪の少女だった。
この学校にいる生徒なら誰でも知っている、秀尽学園現生徒会長の新島真だった。


「ここ、進入禁止のはずだよ?」


涼しい顔をして如何にも生徒会長らしい注意をする真に竜司は露骨に表情を歪めた。


「……話、終わったらすぐ出るって。つか、会長サンがなんか用っスか?」


彼女は竜司の態度に気を悪くした様子もなく、その場にいる生徒の顔を見ていった。


「問題児君に、噂の彼女……それに訳ありの転校生。変わった組み合わせだなって思って」


サラリと自分を抜かされたことに葵依は苦笑したが、すぐに見逃されたのだろうと判断し事の様子を見守る。


「……っ!」


学校での自分の評判に表情を顰めた暁の隣で、真の言い方が癇に障ったらしい杏は不愉快そうに眉を寄せた。


「感じワル……」


杏の呟きが聞こえていただろうに真は気にすることなく暁に視線を止めた。


「ところで……。鴨志田先生と、色々あったみたいだけど?」

「まあ、それなりに」


表情一つ変えず、冷静に返答する暁。
しかし会話の矛先が暁に行った事と、話題が鴨志田という点で杏の機嫌が一気に悪くなっていった。


「この学校にいれば、嫌でも鴨志田先生と接点あるでしょ」

「ふうん?」


投げ遣りに言う杏にチラリと目線を向けた真だが、すぐにその視線は暁に戻され、ワザと相手を挑発するような口調で訊ねた。


「前歴のこと鴨志田先生が広めたらしいわね。バレー部員を使って。憎くないの?鴨志田先生のこと」

「……」


黙ったままの暁に、しかし隣にいた竜司は我慢ならずに苛立ちを隠そうともせず真の事を睨み付ける。


「さっきからなんなんスか?つか、こいつすげえ人間できてるんで」

「……竜司」


擁護するような発言をした竜司に、暁は少しだけ口角を上げて笑う。

それに対して彼女は悪びれる素振りも無く肩を竦めて見せた。


「あら、気を悪くさせたのなら謝るわ。鴨志田先生の件で動揺してる生徒も多いのよ」

「そうですか……生徒会長も大変ですね」


いつもと変わらない口調で暢気にそう言う葵依にその場の全員が何言ってんだコイツと言いたげな目を向けるが、真はそうなの、と返事をした。


「……どこから広まってきたのか心の怪盗団なんて変な噂も中々消えないし、大変なのよ」


心底疲れたと言いたげな口調で言われたその言葉に、一瞬顔を見合わせた杏と竜司。


「つか、もうよくねえっスか?話しかけられてると出れねえし」

「お、竜司のくせにまともなこと言うじゃん」


自身の中の怒りを鎮めるように少々茶化しながら言う杏に、竜司は口元をヒクつかせながら視線を向けた。

そんなやり取りを見せつけられた真は、俯きながら苛立たし気に吐き捨てた。


「悪ふざけに付き合わされる身にもなってよ」

「悪ふざけ……」


怪盗団の、自分達がした事を悪ふざけだと一蹴された事に怒りを抱いた杏と竜司。

しかし葵依はなるほど、と納得した。
周りから見れば迷惑な悪ふざけなのだろう。
余計な仕事を増やされたと、彼女は怒っているのだろう。

三年生ともなれば受験か就職活動で忙しい時期だというのに、こんな“悪ふざけ”のせいで時間を取られるなんて……と思っているのかもしれない。

なんて考えていると話が進んだらしく、真はさっきまでの苛立ちを隠し暁達に告げる。


「ここね。例の事故もあったし閉鎖する事になったの。誰かさん達が無断で入ってるって噂もあるしね」


強がりなのか、先程よりも固い声音でそう言い残し、真はこちらに背中を向け、ドアに向かった。


「楽しんでいた所、お邪魔してごめんなさいね」


そう言いながらチラリと葵依に視線を向け、真は屋上から去って行った。


「なに、アレ?」


腹立たしいとばかりに立ち上がる杏に、暁は眼鏡の位置を直しながら彼女が出て行った扉を見る。


「恐らく、俺達が件の怪盗団なんじゃないかって目星をつけてるんだろうな」

「マジ?」


暁の言ったことに竜司が言うと彼はコクリと頷き、貯水タンクの上から机に降りて来たモルガナが険しい表情で暁の言った事を肯定する。


「……アキラの言った通り、目つけられてるな。あのオンナ……なかなか頭がキレそうだ。用心しろよ」


モルガナの言う事を聞きながらさっきの事を思い出した杏が急に腹が立つと机を叩き、それを葵依がまあまあと宥める。


「……そう言えば」


その時、何かを思い出したかのようにモルガナが竜司に視線を向けた。
急に見られた竜司は何だよ、と言いながら不貞腐れたような顔をする。


「ちゃんと勉強もしろよ、特にリュージ。知性で解く罠だって少なくないだろうし。日常の行動すべてが力になると思えよ」

「そうだね、怪盗のためって思えば勉強だって……」


自信は無いようだがやる気はあるとばかりに両の手を握り締める杏だが、椅子から立ち上がった竜司はあと数日後に差し迫った試験の事を考え、ガックリと肩を落とし項垂れた。


「せっかく世直しすんぞって気合い入ったとこなのに、ノらねえなぁ……」


そんな彼を見て、モルガナは何かを企むようにニヤリと笑った。
それを見て悪い顔してるなぁ、と思った葵依はクッキーを頬張った。


「だったらその前に、オモシロい場所へ連れて行ってやろう。もともとワガハイの仕事を手伝うって約束だしな」

「あ?仕事?」

「ワガハイについてこい」


そう言って机から降りようとするモルガナの首根っこを、葵依が素早くとっ捕まえた。


「ギニ゛ャッ!?」

「学校から出るまでは暁の鞄に入ってないと駄目でしょー?」


ついこの間も校舎内に猫がいる、なんて騒動になったのだから少しは学習してほしいと思いつつ暁の鞄にモルガナを入れると移動を開始した。

学校から出る際、昇降口付近に飾られている掲示物の裏から紙切れが飛び出ているのに気付いた葵依はそれを素早く抜き取るとスカートのポケットの中に仕舞い込んだ。



そしてモルガナの案内で辿り着いたのは、渋谷駅の駅前広場だった。

地下鉄へ降りる階段の脇に身を寄せ合い、モルガナの指示でスマホを手にした竜司が怪訝そうな表情になった。


「こんなとこ連れてきて何だよ?」

「いいから言われた通りにしろ」


詳しい事は話さず、ただ指示通りにしろというモルガナに文句でも言いたげな竜司だったが、取り敢えずは言う通りにスマホを操作した。


「怪盗お願いチャンネル、出したぞ。こっからどうすんだ?」

「名前が曝されている書き込みを探せ」

「だから、大物の情報は書かれてねえって。言っただろ?しっかし、ネットに相手の実名曝すか?恐え恐え……」


怪盗団への依頼、悩みごとが書かれた掲示板を見ていく竜司と杏。
しかしその内容は、その殆どがどうしようもないくだらないものばかりだった。


「人の話を聞いてくれない……あ、コレ相手の名前ない」

「それ以前に、話聞かないってだけでターゲットにすんなっての。あ、チャットで悪口を言われる……これは名前あるぜ?」

「そんなのは放っとけ。もっと困っている書き込みはないのか?」

「『元カレが最近ストーカー化して困ってます。名前は、【中野原夏彦(なかのはらなつひこ)】』……。区役所の窓口係だって」

「役所のヤツがストーカーかよ……」


実名を曝している人は本当に困っていて警察も当てに出来ないという人もいるのだろうが、このチャンネルを見ている限り、どうも面白半分で書き込んでいる人が大半だな……と判断出来て、遣る瀬無いなと思いながら葵依はため息を吐いた。


「手頃だな。よし、ならイセカイナビを用意だ」

「即、パレス行くっつー話か?ま、俺ぁいいけどよ!」


途端にテンションが上がった様子の竜司に、杏が呆れた表情で待ったをかける。


「ちょっと、全会一致でしょ?どうする、暁、葵依?」


杏がここはリーダーとメンバーの意見を聞かなければと声を掛けると、二人は顔を見合わせて頷いた。


「行こう」

「ニャンコが何企んでるか気になるし、良いよ」

「そうこねえとな!」


二人の返答に竜司は歯を見せながら笑い、杏も異論は無いとばかりに一つ頷く。
その傍でニャンコって言うんじゃねえ!!と憤慨しているモルガナがいたが、何の説明もしてくれないのだからこのくらいの意趣返し、許してほしいものだ。


「よし、行こっか」

「確か名前と場所だったよな。まず名前っと……」


ナビに必要な情報を入力しようとした竜司に、今度はモルガナが待ったをかけた。


「いや、今回場所はいらねえ。代わりにワガハイの言う通り入力してくれ。キーワードは……メメントスだ」

「あ?何する気だよ?」

「いいから言われた通りにやれ。たぶんイケるはずだ」

「また、多分かよ……」


今までにも何度か聞いたそれに竜司はガックリと肩を落とすも、気を取り直して指示通りの言葉を入力する。


「えっと……メ・メ・ン・ト・スだっけか?」

《候補が見つかりました》

「反応した!?」

「ワガハイの思った通りだぜ!」


狙い通りだと笑うモルガナにどういう事かと訪ねる前に、ナビが起動する。
周囲の光景が歪み、パレスに入る時のような妙な浮遊感が彼等を襲う。

一瞬の立ち眩みを起こしたかのような感覚の後、先程まで沢山の人で溢れていた渋谷の駅前広場から人の姿が消えてしまった。


「人が、消えた……!それになんか……フワフワしてるっていうか……」

「見た目は渋谷でも、何か違う……」


辺りを見渡し唖然としている杏の隣で、葵依は落ち着いた様子で周囲に目を走らせる。


「ここが、中野原とかってヤツのパレスか?」

「半分正解、半分間違いだな。確かにここもパレスの一種だが、普通のとはちょっと違う」


そう言うモルガナは、座っていた階段の手摺りから地面に降りた。


「今から地下へ降りるぞ。ここのシャドウは地下に溜まってるんだ。何かに惹かれて集まるのかも知れないが、理由はよく分からない」

「地下って……どうやって入るの?」

「どうやっても何も、いつも学校行く時に使ってるだろ?」


モルガナの言葉に首を傾げる一行の中で、葵依はモルガナが言いたい事に気付き、チラリとすぐ傍にある地下へと続く階段に目を向けた。

暁も同じ考えに至ったのか、まさかと呟く。


「地下鉄?」

「さすがアキラ、正解だ!ついて来い!」

「あっ……待てよ、猫!」


颯爽と行ってしまうモルガナを慌てて追いかけ階段を降り、地下鉄の改札を抜けると景色がガラリと姿を変えた。

確かに地下鉄の改札口に違いないのだが、壁にも床にも天井にも大きく赤黒いヒビが入っており、太い鎖が張り巡らされている。

目の前に広がる不気味な空間に、先頭を歩いていた竜司は呆然となった。


「ンだよ、ここ……」

「あ、服が変わってる……」


葵依の呟きが聞こえた面々は自身の身体を見下ろし、やっと自分達が怪盗服を身に纏っている事に気が付いた。

異世界において怪盗服に変身すると言う事は、其処にいるシャドウに警戒されているという証拠でもあった。


「あっ、マジ変わってる!?」

「シャドウに気付かれてんの!?」

「とっくにな」


腕を組んでサラリと宣うモルガナも、怪盗服を着た二頭身サイズになっている。


「先に言えっての!」

「ここはまだ大丈夫だ。何度か来て調べたが、シャドウはこのフロアまでは上がってこない。でも、1歩でも奥へ進めば別だぜ。ウジャウジャさ」

「ていうか!メメントスって何なの?いい加減、説明してよ!」


少々混乱気味のパンサーの声に、モナは辺りを見渡しながら説明を始めた。


「……みんなのパレスだ」

「あ?みんな……?」

「前の城みたく、一人に支配されたパレスが出来上がるのは、歪みが並外れて強い奴だけだ。他の普通の大衆は、別々じゃなくて1つに融合した巨大なパレスを共有している。それがココ……メメントスだ」


モナの説明を受け、改めて辺りを見渡すパンサーは納得したように頷いた。
ジェスターもなるほど、と頷きながらメメントスの中を見回した。


「言われてみれば、鴨志田の時と雰囲気違うね……」

「融合って……みんなのがくっついてんのか?赤の他人同士なのに……?」


訳が分からないとばかりに首を傾げるスカルに説明し始めたモナの言葉を聞きながらジェスターはメメントスという言葉がメメント・モリから来ているのだろうか?と考えた。

メメント・モリとはラテン語で自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな、という意味の警句。死を記憶せよとか死を想えなどと訳され、芸術品のモチーフとして広く使われている。

しかしここが集団的無意識だと言うのであれば、何故メメントスというのだろうか?
それとも名前の由来がメメント・モリではないというのだろうか?

そう考え込んでいると、説明が終わったらしくパンサーが首を傾げながら口を開く。


「要するに……。ここを使えば、パレスが無い人でも改心できるってこと?」

「その通りだぜ!まあ、手順が少しだけ違うけどな」

「けどコレ、だいぶ広いんじゃね……?歩きで行けんのか……?」


スカルの言葉を聞き、モナは改札から降りてジョーカー達から距離を取った。


「ついにこれを見せる時が来てしまったな……」


何をするつもりなのかと怪訝そうな表情で首を傾げるジョーカー達にニヤリと笑い、モナは突然腕を振り上げた。


「もるがなぁーー、変……身ッ!」


振り上げた腕で可笑しなキメポーズをとったかと思えば、叫び声を上げその場で高く跳躍したモナ。

するとモナの小さい体が白い煙に包まれたかと思えば、大型のワゴン車へとその姿を変じた。


「さあ、パンサー、ジェスター。レディ・ファーストだ」

「車……!?」

「あり得ねえ!!」

「すっごーーーい!!!」


驚愕し声を上げるパンサーとスカルに、興奮しているジェスター。
彼等にモナは簡単な説明する。


「認知が具現化する異世界の仕組みを逆に利用して、ちょいと修業した成果だ。ま、オマエラの変身と同じようなもんだな」

「服が変わんのと、車になんのは違えだろ!?」

「大衆の心の中には猫はバスに化けるって認知が何故だか物凄く広く浸透してんのさ」

「猫が……バスに……え?それ大丈夫?引っ掛からない?」

「ジェスター?」


しきりに大丈夫かと聞くジェスターにジョーカーが声を掛ける。


「いや……大丈夫ならいいんだけど……」


なんだかこれ以上突っ込んだらいけないような気がしてきたジェスターは頭を数回振ってさっきまでの考えを消した。


「なんでバス?」

「……知らね」

「つーか、城ん時からやれよ!」

「やれたらやってたさ!けど狭いし階段だらけだし、シャンデリアの上とか絶対無理だろ?」


そんなやり取りを終えると後部座席へのドアの所でパンサーとスカルが何やら揉め始めた。
どうやら先に乗ろうとしたスカルをパンサーが止めているようだった。


「ちょっとスカル!レディ・ファースト!」

「引っ張んなよ!危ねえだろ!」

「パンサー!広がっちまう!」


何が、とは聞かないがジェスターはなんとなく気になった事を聞いてみる事にした。


「これって自動運転なの?」

「いんや?誰かに運転されなきゃ走れねーぞ」

「そーなのかー」


ただ車に変身できるだけで、運転は自動運転ではないらしい。

怪盗なんてやってはいるが、普段はただの高校生なジョーカー達に車の免許などある訳もないのは分かり切ったことでジェスターは仕方ない……と首を振りながら運転席に乗り込んだ


「出発シンコー!」


後部座席に乗り込んだスカルが拳を上げてテンション高く叫ぶが、運転席に座ってハンドルを握っているジェスターを見てジョーカーとパンサーがギョッと目をいた。


「って、ジェスターが運転すんの?」

「誰かが運転しないと駄目らしいよー」

「マジかよ……」


緊張感のない声で言いながら自分が運転しやすいようにドライビングポジションを作っていくジェスター。納得のいく調整が出来たジェスターは次にルームミラーとサイドミラーを調整していく。その手慣れた感じにジョーカーが聞いてきた。


「ジェスター、もしかして運転の経験があるのか?」

「何言ってんのジョーカー。あるわけないじゃーん。知り合いがよく運転してるのを助手席から見てるし、知識としてはココに入ってるから……あとは慣らしていくしかないよね」


そう言いながら自分の頭を指で軽く突くジェスターはジョーカーに助手席に座る?と訊ねると彼は頷いて助手席のドアを開けた。


「さぁ、早くエンジンを掛けろ!エンジン掛けないと走れないぜ!」

「はーい」


急かすモナに返事をしていると、隣に座ったジョーカーがジェスターの手を見詰める。
どうやら運転の技術を覚えようというつもりらしい。
見ているだけでは覚えられないだろうから、今度教えようと頭の隅で考えていたジェスターはハンドルの付け根右横にあるボタンを押すとエンジンが掛ったかのように車が振動し始めた。


「あ、そこ、すげー気持ちいいぜ……」

「オイ、ゴロゴロ言い始めたぞ……気持ちわりー乗りもんだな!」

「ニャータリーエンジンをバカにすんなよ?エンジン全開!かっ飛ぶぜ!」

「かっ飛ぶぜ!!」


モナが言った事と同じことを言いながらアクセルを踏み込むと車を動き出しジェスターは、薄暗く不気味な空間を警戒しながら進んだ。

ジェスターの運転により線路の上を車で走るという映画のような体験をしつつ、不気味な地下空間を進んでいく。

道中、曲がり角の死角にいたシャドウを車で轢いては戦闘に突入したりはしたが、それ以外は特に問題は起こらなかった。

暫く進むと、線路が途中で捩じれて壁の中に吸い込まれている場所を見つけた。


「うおっ、なんだよこれ……?」

「ここだ……ここから入れる。この先からターゲットの気配がする。さぁ準備はいいか?ジョーカー?」

「ああ、行こう」

「OK!しっかり捕まっててね!」


ジョーカーの言葉に頷いたジェスターは、ギアを切り替えるとアクセルを踏み、勢いを付けて目の前の歪んだ空間に突入した。


突入した衝撃のままモナが元の姿に戻り、全員が綺麗に受け身をとって辺りを見渡す。
其処は何も無い広い部屋のような空間で、線路の終着点のように見えた。


「おっ、なんか居やがるぞ?」


すると、スカルが部屋の奥にスーツ姿で眼鏡をかけた一人の男が立っている事に気が付いた。


「アイツが、ナカノハラのシャドウらしいな」

「確か、区役所の窓口係がストーカーになったんだっけか?」

「どこまでワルか分かんないけど、誰かを困らせてんなら、何とかしなきゃ」

「まずは話を聞いてからにしようよ」

「ああ」


ジョーカーを先頭に、警戒しながら慎重に男に近付くと男が何やらブツブツと呟いているのが聞こえてきた。


「アイツはオレのモノだ……」


アイツ、というのが依頼主に当たる書き込みをした人物なのだろうが、オレのモノとは、随分と独占欲が強いらしい。いや、そうでもなければストーカー行為をしたりしないか、と考えているとこちらに気付いた中野原のシャドウが振り返った。


「誰だ、お前ら!」


中野原の目は血走っていてまともな状態ではないとすぐに判断出来た。


「アンタがストーカー男ね!?相手の気持ち、考えた事ないの?」

「あの女は俺の物なんだよ!俺の物をどう扱おうと、俺の勝手だろ!俺だって“物扱いされた”んだ!同じことをやって何が悪い!?」


パンサーの言葉に自分勝手な理屈で反論する中野原に、スカルはビシッと指差し宣言する。


「自分がやられたからって人を物扱いすんな!ふざけやがって……。テメーみてえな迷惑ヤロウは、改心させてやる!」

「俺より悪い奴は幾らでもいるだろ!」


しかし自らの非を認めようとはせずに自分よりも悪い奴はいると叫ぶ中野原は思い出したように口にした。


「そうだ、“マダラメ”……俺から全てを奪ったアイツはいいのかよ!!」

「マダラメ……?」


ジェスターはマダラメという名前を聞き、すぐ思い浮かんだのは数多くの名作を発表している日本画の巨匠として有名な斑目一流斎(まだらめいちりゅうさい)だった。


「……マダラメ?なに言ってんだコイツ?」


スカルが首を傾げると、中野原の身体が弾けて異形へと変貌した。


「構えろ!くるぞ!」

「ジェスター!」


ジョーカーの呼び声にジェスターはすぐに戦闘態勢に入った。


「俺の物を取んじゃねぇよ……やっと手に入れたんだ……。……世の中、やったもん勝ちなんだよッ!コイッ!ブッ倒してやる!」


真っ直ぐに切り揃えられた前髪で目元を隠し、頭に二本の角を持つ小鬼のようなシャドウとなった中野原に、ジョーカー達は武器を構えた。


「一気に決めよう!」

「おう!」


その言葉を合図に戦いが始まった。

ジョーカーが先行してペルソナで物理攻撃をし、パンサーがカルメンの炎で焼いて行く。
シャドウが炎から逃げようと動けばその足元に容赦なくジェスターが銃弾を撃っていく。

その連携の取れた動きにスカルとモナは唖然としてしまった。


「アイツ等、連携……上手くなってね……?」

「ああ、正直ワガハイのサポート要らないような気がしてきたぞ……」


二人が話しているとジョーカーが鋭い声でスカルの名を呼んだ。


「お、おう!奪え!キッド!!」


何もせずに見ているだけにはいかないとスカルも自身のペルソナを呼び出し、目の前のシャドウに雷を落とすとシャドウは悲鳴を上げて目を回したらしく、その場に蹲ってしまった。

これを好機としたジョーカーは一斉攻撃の指示を出す。
怒涛の勢いで繰り出される攻撃にシャドウは成す術もなく倒された。

戦闘が終わり、シャドウの姿から元のスーツ姿の男性の姿に戻った中野原は項垂れながら謝罪の言葉を口にする。


「もう許してくれ……。俺、執着心が止めらんなくなってた。悪い先生に使い捨てにされてさ……」

「悪い先生?」


首を傾げるジョーカーに、スカルはさっき中野原が言っていた名前を思い出した。


「アレか?さっき言ってたマダラメってヤツ」

「ああ、そうだ……」


スカルの問いに頷いた中野原を見ながらジェスターは自分の顎に指を当てて考える素振りを見せる。

それが気になったジョーカーが知っているのか?と訊ねると彼女はん?うん……と判断に困るような返事をした。
詳しい事は後で聞こうと考えたジョーカーは目の前の中野原に視線を戻した。

今は、彼を改心させるのが優先だ。


「また物みたいに捨てられんのが恐かったんだ……」


俯きながら両手で自分の頭を抱えこむようにして首を振る中野原は、本当に苦悩しているようだった。

それに同情したパンサーが、先程まで彼に抱いていたストーカー男に対する嫌悪感を失くし、諭すように言う。


「そっちも身勝手なヤツのせいで苦しんでたってことか……。けど、だからって関係無い女の人、巻き込むのよくないよ」

「本当、その通りだよな。もうこの恋は終わりにするよ……」


パンサーが言ったことに力無く頷くと両腕を下ろしたシャドウ中野原の身体が、光の粒子を放ち始めた。

もうすぐ消えてしまうその直前に、彼は顔を上げて怪盗団の面々を見つめる。


「……なあ、お前らって改心させられるのか?そしたら、マダラメ……!アイツも、改心させてくれ。たくさんのヤツが犠牲になる前に……」


強い意思を持った瞳で言い残し、中野原は光の粒子となって消え去った。


「マダラメを……改心?」


首を傾げながら呟くパンサーにチラリと視線を向けたスカルは、中野原が居た場所に輝く光球が浮かんでいる事に気が付いた。


「ん?その光ってんの、なんだ?」

「オタカラの芽だな。放っておいたらパレスに育ってたかもしれない。ジョーカー、報酬に頂いとけ!」

「ああ」


モナに促され、ジョーカーは光球に近付き、それを手にする。
中野原のシャドウが消滅した事で歪みの薄れた空間を見渡し、スカルはモナに確認を取る。


「中野原って改心したんだよな……?」

「おそらくな」

「でも確認する方法なくない?」


不安だと言いたげな表情を見せるパンサーに、ジェスターが答える。


「実名だけじゃなく、役職までネットに曝したんだから改心してストーカーの被害が無くなれば、また書き込んでくれるかもしれないよ?」

「確かに、そうだな……」


同意するように頷くモナを見て、スカルは楽し気に笑った。


「しっかし、シャドウ相手に腕を磨けんのはいいな!ターゲット決まるまでの準備にもってこいだ」

「悩みを書き込んだ人たちを勇気づけてあげられるし、いいかもね」

「オタカラもゲット出来るし、売れれば報酬も入る」

「いい事づくめじゃねーか!面白そうだ!」


浮かれた様子のスカルを呆れたように見たジェスターだが、彼女は特に注意するでもなくただ小さく溜息を吐くだけだった。

強い力は人を惑わす魔力を持っている。
今のスカルはその魔力にやられているだけに過ぎない。

そう思う事にしたジェスターはジョーカーを見る。
彼はモナと何か話しているようだが、小さな声で話しているらしく会話の内容は聞こえない。


「……よし、今日んとこは目的達成だな!」

「待った、ちょっとだけ付き合って欲しい所がある」


目的を達成した事により、引き上げようとしたスカルをモナが止める。


「んだよ、まだ何かあんのか?」

「長くはかからん」


そう言って再び車に変身したモナを、ジョーカー達は互いの顔を見合わせながら首を傾げたがすぐ車に乗り込み、中野原がいた空間から再び不気味な地下鉄世界に戻る。

後部座席で背もたれに腕を置きながら寛ぐスカルが、その場の全員を代表してモナに訪ねた。


「んで?あと何がしたいんだ?」

「更に下の階だ。そこで確かめたい事がある。まずは下に降りられるホームを探そうぜ」

「はーい」


この場に留まったままではシャドウに襲われかねないと判断したジェスターは車を発進させる。

助手席で彼女の運転は見ていたジョーカーはジェスターの運転技術が素人とは思えない程手慣れていることに、またしても彼女は一体何者なのだろうか……と疑いの念が過る。

しかし、彼女を信じるとモナに言った手前すぐに彼女を疑うことはしたくないと思ったジョーカーは小さく頭を振った。

過ぎていく地下世界の風景を窓から眺めながら、スカルはふと思い至った事を口にする。


「そういや、前にココ来てんだろ?見取り図とか残してねェのかよ?」

「そんなもんは意味が無い。ここは入るたびに構造が変わるんだ」

「道が変わっちゃうってこと!?」


驚くパンサーに、モナは不思議な事じゃないと言う。


「パレスと違って、ここは途方もない人数の認知が融合した場所だ。常に変わり続けてるのさ」

「あー……つまり“パレス”は一人の、ココ“メメントス”は大勢の人の認知で構成されてるって事、かな?だとしたら複数人の認知が同一のものである筈が無いから、風景もその都度変わっちゃうね」

「そう言う事だ。……ジェスターは意外と物分かりがいいんだな」

「意外とは余計ですー」


モナの言葉に不貞腐れたように唇を尖らせるジェスター。彼女の言ったことを聞いて理解したらしいパンサーがなるほど、と頷いた。


「とは言っても、目的地はそう遠くない。頼んだぞ」

「はーい」


そう返事をしつつジェスターは考えていた。
さっきの中野原のシャドウをもしも改心させずに“暴走”させたら……。

それは今世間を賑わせている精神暴走事件に繋がるのではないだろうか?
例えば、ここでシャドウが死ねば現実世界のその人も死ぬ……。

そこまで考えたジェスターは誰がやっているのかは分からないが、ジョーカー達と同じ能力を持った誰かがここを利用して精神暴走事件を起こしているのではないかということにゾッとした。

それを気取られないように仮面の下、眉間に皺を作るジェスターは目の前に現れたシャドウを避けようとせず、アクセルを強く踏んで跳ね飛ばすことで誤魔化した。


車を走らせる事数分、来た時とは別のホームを見つけたジェスター達は車から降りて、モナも変身を解くとホームに降り立った。

ホームには下に続いているらしいエスカレーターがあり、其処から降りるのだろうと全員の足が自然と向かう。

するとガタンゴトンという日常で聞き慣れた音がホームに響き全員の足が止まる。。


「ちょ、ちょっと待て……なんか音しねぇか?」


その時、自分達がいるホームの向こう側、柱の間から見えたのは、隣のホームに停留した電車だった。


「電車、モロ営業中じゃねぇかコラァッ!!」

「ここは地下鉄だぞ?電車走ってんのは当たり前だろ?」


首を傾げながらさも当たり前のように言うモナに、パンサーは少々混乱気味に怒る。


「そうじゃなくて!ここ、パレスみたいなもんなんでしょ!?」

「ならこの景色が、大衆にとっての日常の光景ってことなんじゃないか?よく知らんが」

「こんな暗がりが……日常……?」


呆然と呟くパンサーの視線の先、停留していた電車は再び発車した。
パンサーと同じように呆然としながら見送ったスカルは、ハッとある事に気が付いた。


「つーか、俺らレールの上走って大丈夫なのかよ!?」

「同じレールに乗らなきゃ平気だろ。……ま、ワガハイ電車の事は詳しくないけどな」

「マジかよ……」


スカルはジョーカーに視線を向けた。
視線を向けられたジョーカーは彼の無言の訴えを受け、苦笑しながら運転していたジェスターを見る。


「へ……?えーと、結構走ってたけど、遭遇しなかったし大丈夫、じゃないかな……?」

「かなって……」


不安そうに顔を歪めるスカルを放っておいて、モナはさっさとエスカレーターに向かっていく。


「それより下のエリアに進もうぜ。そこのエスカレーターを下ればすぐだ」


半ば急かすような様子のモナに少しばかり怒りを抱いたスカルを宥め、ジョーカー達も再び歩き出しエスカレーターを下ると、両サイドに電車が通過して行く細いホームに出た。
ホームの先には、不可思議な模様が描かれた壁がその存在を主張していた。


「よしっ、あった!確かめたいのは、あの奥だ!」


壁を視界に入れた途端、モナはピンッと尻尾を立てて壁に向かい駆けて行く。
彼の後をジョーカー達は警戒しながら慎重に追っていく。


「……何ココ?なんか、ちょっとだけ不気味」

「つーか、行き止まりじゃねえか。こんなとこに何の用だ?」

「まあ、見てろ。多分コイツはただの壁じゃない。ワガハイの勘が正しければ……」


そう言いながらモナが壁に触れると壁は重い音を響かせながら回転し、下りエスカレーターと書かれた看板がある下の階への道を開けた。


「開いた……!」


パンサーが驚いていると、不意にジョーカーのポケットの中のスマホから機械的な音声が聞こえて来た。


《最深部に新規エリアが確認されました。案内情報を更新します》


その音声にジョーカーはポケットからスマホを取り出し、隣にいたスカルと共に画面を覗き込む。いつの間にか起動していたイセカイナビが、メメントスのエリアが拡張された事を表示していた。


「行けるエリアが増えたみてえだな……」

「見ろ!思った通りだぜ!」


スカルの言葉に興奮気味になりながらその場で飛び跳ねるモナに、困惑するパンサー。


「えっと、どういうこと?」

「前に一人で来た時は、触ってもウンともスンとも言わなかったんだ。けど、メメントスの一番下がこんな何の変哲もないフロアだなんて、妙だろ?」

「更に奥があったって事か」


スカルの言葉に頷き、モナは下のエリアに向かう為のエスカレーターを見つめる。


「カモシダのパレスが消えたし、現実でも騒がれて噂になってるだろ?メメントスにも変化があんじゃねえかと思ったのさ!」

「てか、どんくらい下まであんの?降りてみる?」

「いや、やめとこう。今回はそこまでのつもりで来てない。目的はもう達した、一旦戻ろう。説明はその後だ」


パンサーの言葉に首を横に振り、モナは戻るよう促す。困惑しつつもジョーカーはそれに頷き、ひとまず現実世界に帰還する事にした。


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