The fangs of an arrogant perpetrator.

    

しばらく車を走らせていると中野原のシャドウを見付けた時と同じ捻じれた空間を見付けた。

その捻じれた空間の前で車を止めるとジェスターは、隣に座るジョーカーに目を向ける。
ジェスターの視線を受け取ったジョーカーはコクリと一回頷くとジェスターは視線を前に戻して、アクセルを踏み込み、目の前の空間の中に飛び込んだ。

以前と同じ部屋に入るとすぐ奥に誰かがいるのが視認出来た。


「アイツがタカナシのシャドウだな」


モナがそう言うとジョーカー達は向こうに立つ人影に近づく。
秀尽の制服に身を包んだ高梨のシャドウは近づいてくるジョーカー達に気付くと俺は悪くない!と叫んだ。

その叫びにパンサーは顔を顰める。


「苛められんのは、言い返さない奴が悪いんだよ!」

「ンなの理由になるかっ!言い返したくても出来ねえ奴だっていんだよ!」

「相手が歯向かわないのを良い事に、弱い物苛めって、サイテー!」


スカルとパンサーの言葉を聞いた高梨は盛大な舌打ちをすると、先頭に立っていたジョーカーを睨み付けた。


「……ンだよ!お前らこそ、寄ってたかって!怪盗団っつーのは暴行集団かよ!なーにが正義の味方だ?全然分かってねえのにカッコつけてんな!」


苛立ちを込めて叫んだ高梨の身体が弾けて異形へと変貌した。
白いフォルムに青の帽子を被ったソレは、一言で言ってしまえば愛らしい姿をしていると言える。

しかし、目の前のシャドウからは見た目とは合わない強い殺気が漏れ出ていて、ジェスターは剣を抜いて構える。


「だから、俺は悪くない……悪くないっつってんだろおおぉ!」


叫んだ高梨のシャドウは右手を上げてジョーカーに向かって振り下ろした。
その動きに合わせてジョーカーの周囲が急に冷え始め、発生した氷が彼を襲う。


「うっ!?」

「ジョーカー!」

「大丈夫だ」


パンサーの声にジョーカーが返事を返す。
それに安心するがパンサーとスカルはキッと高梨のシャドウを睨み付けるが高梨のシャドウはその表情を崩さず、笑ったまま。

後方からモナがパチンコを打つがシャドウの頭上に表示されているバーがあまり減っていないことからそこまでダメージが通っていないことが分かる。

そしてシャドウがその場でクルリと回転して右手を上げると赤いボクシングのグローブが現れ、パンサーに襲い掛かる。


「きゃあっ!」


防御も取れないままその攻撃を受けたパンサーが大勢を崩し、その場に倒れる。
近くにいたスカルが彼女を救出するが高梨のシャドウは攻撃の手を緩めず、スカルを殴りつけた。


「くたばれぇ!!」


スカルもやられっぱなしという訳に行かずキッドを呼び出し、高梨のシャドウを攻撃すると高梨のシャドウはキッドの船に吹っ飛ばされる。

その隙に立ち直ったパンサーが立ち上がり頭を振ると、すぐにカルメンを呼び出してスカルを治療する。

スカルに吹き飛ばされた高梨のシャドウは頭を押さえながら何すんだよ!と怒鳴ると今度は真横から斬られた。


「ヒホッ!?」

「私の事も忘れてもらっちゃ困るんだよねー」


不敵な笑みを浮かべながらそう言うジェスターに高梨のシャドウは斬られた腕を押さえながら距離を取るが、今度は後ろから撃たれる。

そっちに顔を動かすとジョーカーが銃を持ってこちらを見据えていた。
繰り広げられる怒涛の攻撃に高梨のシャドウは咆哮を上げた。

すると部屋の空気が急激に冷え始め、ジョーカー達に氷が襲い掛かってくる。
氷の襲撃に怯み、隙が生じる。
そしてその隙を高梨のシャドウが見逃すわけもなく、さっきと同じ赤いグローブを出現させるとスカルを吹き飛ばし、今度は尻餅をついた彼を助けようと動いたパンサーを標的にした高梨のシャドウは黄色のグローブを出現させ、彼女も攻撃する。

吹き飛ばされ、目を回している二人に舌打ちをしたジェスターは床を強く蹴りあげると高梨のシャドウに斬りかかり、シャドウと目を回している二人の距離を開けて、そのまま全体重を掛けて剣を振りぬくとジェスターの頭上をツボに入った妖精のようなものが通過し、高梨のシャドウに突撃していった。後ろを見るとジョーカーが自分の仮面に手を当てていた。
どうやらあの妖精のようなものは彼のペルソナのようだ。
なんて考えていると高梨のシャドウがバランスを崩したらしく、その場に倒れた。

転がってきたチャンスにジェスターは銃口を高梨のシャドウに向ける。
向けられた銃口にギクリと体を強張らせた高梨のシャドウを見下ろしているとジョーカーも銃を手に駆け寄ってきて、回復したスカルとパンサーも高梨のシャドウを囲むように立つと銃口を向ける。


「……」


銃口が自分を狙っているというのに、高梨のシャドウは何も喋ろうとしない。
さっきまで盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとか俺は悪くないと喚いていたのが嘘のようだ、とジェスターは頭の隅で考えながら引き金を引いた。

全員での総攻撃を受けた高梨のシャドウはそのまま倒れ、人の姿へと戻った。
それを見ていると終わったな、とモナが呟いて近づいてきた。

高梨のシャドウに目を向けてみると彼の表情には怯えが色濃く出ていて、その金の目からはポロポロと涙が溢れ出ている。


「だ、だって……やらないと、また俺が……!もう強請(ゆす)られるのは、嫌なんだよおおぉ!!」


頭を抱えて俯きながら叫んだ声にスカルは意味が分からないと首を傾げる。
パンサーも肩を竦めては首を横に振った。

ジョーカーがどういうことかと訊ねれば高梨のシャドウはその場に座り込みながら頭を抱えたまま左右に振る。
まるで虐待に怯えるような反応にジェスターは黙って彼の言葉に耳を傾ける。


「あいつをやらなきゃ俺が……俺は……もう誰にも苛められたくないんだ!」

「ああ、なるほどね。この人に命じてた裏ボスがいたってわけか」

「テメー、情けねえなぁ。言い返さないヤツが悪いじゃなかったのか?」


高梨のシャドウが言ったことに得心がいったパンサーが頷き、スカルは心底情けないと言った風に彼が戦闘前に言った言葉を告げると彼は青白い顔を更に青くさせて一番近くにいたジョーカーに縋りつく。


「なあ頼む!俺を、俺を助けてくれ!!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で懇願してくる高梨のシャドウを見下ろしながらジョーカーはその手を振りほどこうとはせずにただ一言、分かった、と言って頷いた。

その返答に高梨のシャドウはその顔に笑みを浮かべてありがとう、ありがとうとお礼の言葉を繰り返す。


「ほんと頼んだ……約束だぞ……」


念を押すように言った高梨のシャドウは光の粒子となってその場から消えた。
そして中野原と同じように彼がいた場所には光球が浮かんでいた。


「よし、ひとまずオタカラGETだな!」


モナの言葉にジョーカーは頷いてその光を手に取った。


「……ミッションクリア!この後はどうするの?まだ探索する?」


ジェスターが自身の髪を弄りながらジョーカーに訊ねれば彼は首を横に振って今日は引き上げようと言い、彼等はメメントスから引き揚げた。


*****


現実の駅前広場に戻ってきた暁達、葵依はここで解散だろうと思っていたのだが暁から少し話がしたいと言われ近くのファミレスに全員で行くことになった。

ファミレスでそれぞれが注文し終えると暁が口火を切った。


「葵依、前にあそこでマダラメについて知っている事を後で話してくれるということだったけど……聞かせてくれないか?マダラメが何者なのか」

「ふぇ?……あー、そういえば?」


真剣な表情で訊ねてきた暁に葵依は素っ頓狂な声を出してしまったがすぐに中野原のシャドウをやった時にそんなやり取りをしたような気がすると思い出した。

水を飲んでからスマホを取り出すと斑目一流斎の写真を出すと皆が見れるように机の上に置いた。


「誰だ?この爺さん?」

「あれ?この人って……」

「アン殿、知ってるのか?」

「……この人が“マダラメ”?」


それぞれの反応を見てから葵依は口を開く。


「一応言っておくけど、これは私の憶測だから鵜呑みにしないでね?この人の名前は“斑目”一流斎。彼が言った“マダラメ”と同じ苗字の人だよ」

「日本画家で有名な先生だよね?近々デパートで個展やるって」


杏の言葉に頷いた葵依に竜司は有名画家という大物の気配に目を輝かせるが暁が宥めるのを横目で見ながら葵依は説明を続けていく。


「さっき杏ちゃんが言ったみたいに5/15から6/8までの長い期間を使って彼の個展が開催されることがネットで調べたら出てきたよ」

「へえ、個展ってそんなにやるのか……」

「相手が世界の巨匠と言われている斑目一流斎だからだろうね」

「そんなに有名な人なのか?」


暁の質問に葵依は頷くとスマホの画面を一回触って画面が消えないようにする。


「変幻自在な画風で有名な人なんだよ。たった一人の人間でありながら多種多様な画風やイマジネーションを操ることから日本(ここ)だけじゃなく海外からも引く手数多な“先生”だよ」

「へえ、そんなに凄い人なのか……」


暁が感心したように画面に映る人の良さそうな老人を見ていると杏が眉間に皺を作って首を傾げた。

机の上に置いておいたスマホの画面を消して仕舞った葵依が彼女にどうかしたのかと訊ねると彼女は違うんじゃないかな……と呟いた。


「違うって……何が?」

「だからさっきの斑目一流斎が中野原の言っていた“マダラメ”とは同姓同名ってだけの別人じゃないのかなって……」

「まあ、中野原に確認取ったわけじゃねえしな」

「言ったでしょー?憶測だって」


杏と竜司の話を聞いていた葵依がそう言うと暁も確証もないしな、という事でこの話は終わり、それぞれが注文した料理が運ばれてきて、皆で食事をしているとモルガナがため息交じりに呟いた。


「しかし、今回の戦いは酷かったな……」

「あー……確かに」


恐らく相手に隙を突かれて何度も転倒されたことを言っているのだろう。杏と竜司はそれに対して目を逸らして何も言わない。


「装備も性能がいいものに変えた方がいいかもしれねえな」

「戦闘に関してはメメントスで鍛えられるが武器や装備に関してはそうもいかないしな」


モルガナの言ったことに暁が答えると竜司が何かを思い出したかのように顔を正面に戻した。


「なあ、そう言えばお前あん時のモデルガンどうした?」


今言うなよ……と思いながらモデルガンって?と皆から聞かれ、葵依は岩井から預かるように渡された紙袋の中に入っていたモデルガンの事を話した。


「……つまりその店主は違法な改造をしてるってことか?」

「一見しただけじゃ本物と見間違えるくらいだったよ」


それを聞いたモルガナはそれ、使えそうだな……と呟いた。
彼の呟きが聞こえた葵依は嫌な予感……と思いながら目を細めて鞄の中に身を潜めているモルガナを見ていると彼はニヤリと笑みを浮かべた。


「アオイ。その改造モデルガンは戦いで強力な武器になるはずだ。モデルガンを売ってくれるように取り引きしてくれねえか」

「……難易度Sくらい難しい事言ってるの理解してる?モルガナ」

「ああ、だがアオイだったら出来るんじゃねえか?なあアキラ」

「え?……無理なら俺がしようか?」


葵依はジュースを一気に飲むとジロッと竜司を睨み付けてから間を開けて分かった、と言おうとしたが杏が待ったと口を挟んだ。


「大丈夫?相手は警察も来るような人なんでしょ?葵依だけで行かせるの?」

「あ、じゃあ俺が一緒に」
「竜司が来たら決まる話も決まらなくなるから一人でいいよ」


取り引きに同行を申し出ようとした竜司の言葉を遮って葵依が一人で行くと言えば竜司はムッとした顔をした。


「お前一人でどうにか出来んのかよ」

「出来る出来ないとかじゃなくて何とかするの。それにいつまでも私が持っているというのも可笑しいからね」

「……そーかよ」


不貞腐れたような声で言った竜司はドリンクバー行ってくると言って席を離れた。


*****


翌日の昼休み、何やらウンザリした様子の暁と憤慨している杏の姿を見付けた葵依は隣にいた竜司と顔を見合わせてから二人に近づいた。


「なんか機嫌悪そうだけど……何があったの?」

「あ、聞いてよ葵依!!」

「う、うん。聞く聞く!!」


怒り心頭といった杏に気迫に押されながらも彼女から話を聞くと朝から暁が真に絡まれたという話だった。

嫌味ったらしく学校には真面目に通ってるのね、とか杏のことを鴨志田の被害者と言ったとかと彼女から話を聞いた葵依はそりゃ杏が怒るのも当然か、と他人事のように思った。

しかし、真はこちらの神経を逆撫でるのが上手だ。
敢えて触れてほしくない事をずけずけと言ってきたり、根掘り葉掘り聞いてこようとするところ等、相手を苛立たせて口を軽くさせようという作戦なのだろうと思うと、彼女は警察官に向いていると思い、将来は警官になってあの人を支えてほしいものだと考えた。

その時の憤りを思い出したのかまたしても怒り出した杏を落ち着かせると昼休み終了のチャイムが鳴り、四人はそれぞれの教室へと戻っていった。


*****


2年D組の教室に入りながら俺は彼女から依頼されていた“彼”に目を向け、観察していると妙なものが机から出ていることに気付き、一瞬だけ目を疑った。

しかしそれを指摘せず敢えて彼に目を向けると伊達と思われる眼鏡の奥に見える一般人にしては鋭い目が印象に残った。

教卓に立つと委員長が号令をかけて生徒達がお願いします、と言って頭を下げると着席する。全員が着席したのを確認してから俺は教卓の上に持ってきた答案用紙の束を置いた。


「……それじゃあ、今日は小テストを行うよ」


俺の言葉に生徒達が一斉に絶望したような顔をしてワザとらしく騒いだり、溜息を吐いた。
その反応には慣れているので俺は特にこれといった思いはせず、もう一度教室内をぐるりと見渡した。
突然の小テストに頭を抱える生徒、今から机に入れる教科書を名残惜しそうに眺める生徒と皆それぞれ嫌そうな雰囲気を見せていたが、やはり一人だけ違うのがいた。

傷害事件という前歴持ちの生徒、来栖暁。
ソイツだけは周りの生徒のように絶望するでもなく、教科書を見るでもなく、頬杖を突いて窓の外を眺めていた。まるで興味ないと言わんばかりの態度に思わず目を細めて見るが、すぐに用紙を配った。全員に行き渡ったのを確認してからテストを始めた。

実際に資料で見た内容、そして校内で耳にする噂通りなのか少し観察するとしよう。

開始から10分。
授業をいつもちゃんと聞いていれば簡単に解けるテストだから、ちらほらと解き終わった生徒が手持ち無沙汰になってきた。来栖もその一人のようで頬杖を突きながら手にしたシャープペンシルを器用に回しながら外に視線を向けていた。教室内をゆっくりと歩きながら器用なものだなと思い、彼の机の下に目を向けて見れば黒い尻尾がユラユラと機嫌良さそうに揺れていて、詰めが甘いな、と思いながら口角を上げ彼の机が並んでいる列の最後尾に移動した。


*****


急な小テストを終えた暁は手持ち無沙汰となったので手に持っているシャーペンをクルクルと回して遊んでいた。

時々机の中に潜んでいるモルガナから余裕だな、と声を掛けてくるので暁はそれに笑みで返していると蛭田がそこまで、と言い答案用紙は回収されていった。

それから授業が始まり、教科書を片手に持ちながら教室内を歩きながら話す先生の声を聞きながらノートにシャーペンを走らせていた暁はいつもと変わらない学校での生活に慣れて来ていたため油断していた。

暁の近くを通った蛭田が机の中からはみ出してユラユラと揺らしていたモルガナの尻尾を強く掴んで悲鳴を上げさせたのだ。突然のことに暁は一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、すぐに顔から血の気が引いていった。
そんな彼を見下ろした蛭田はニヤリと口角を上げると小さく暁に囁いた。


「放課後、理科準備室に来るように……分かったね?」


そう言うと何事も無かったかのように授業を再開させた蛭田の背中を見ていると暁の前に座っている杏が心配そうに暁に視線を向けてくるが暁はそれに対して大丈夫とも気にするなとも言えなかった。


――やってしまった。


そう思うしかなく、逆によく今までバレなかったものだと彼の中のアルセーヌが呆れたように言ったような気がした。そりゃあ机の中が窮屈だからと尻尾を垂らしていれば見付けてくれと言っているようなもので、寧ろ一ヶ月の間続いたことが奇跡だった。

クラスメイト達は暁がナイフを隠し持っているという噂で警戒しているから猫がいても言及出来なかったみたいだが、蛭田は別だったらしい。川上の用に面倒事には関わりたくないという人だけでなく、態々首を突っ込んでくる人もいたのだと暁は知った。

そして暁自身も一ヶ月隠し通せていたことに大丈夫だろうと油断していた。

その後、急いで理科準備室へと向かった暁だが、準備室は鍵が掛かっているらしく扉は硬く閉ざされていた。

暁は仕方ない、と思いそのまま準備室の扉に寄り掛かりながら先生が来るのを待ちながら周りに目を向けてみる。今いる場所は特別棟の突き当りにある理科室の隣にあり、特別棟というだけあって放課後の人通りは少なく、生徒もあまり見かけない。

鴨志田のことで生徒達の関心は少しだけそっちに紛れてはいるけれど、一ヶ月過ぎても流れ続けている噂は正直言って不愉快だった。
ナイフだって持ってないし、人を殺したことなんてあり得ない。
そんな根も葉もない噂がどんどん大きくなっていくことは頭では理解していてもこう、あることないこと言われるのは気分が悪かった。いくら竜司や杏、葵依と自分の事を信じてくれる人がいたとしても気になってしまう。

今回の呼び出しだって本当はフケっても構わないが、真面目な学生を装うのであればそれは悪手だったし、彼の口振りを考えるとここでフケたら他の教師に報告されてしまうだろう。

そうなったら教師達は暁に容赦しないだろう。今だって生徒会長に目を付けられているというのにこれ以上警戒されてしまっては困る。

チラリと鞄の中に目を向けてみるとモルガナの耳はペタンと伏せられ、さっきからずっと黙ったまま鞄の中から顔を出さずにジッとしているのを見て、ルブランに帰ったら謝り倒されるんだろうな、と思いながらどうやって励ますか頭を働かせていると足音が近づいてきた。

頭ごとそっちに顔を向けると蛭田が笑みを浮かべながらやって来た。


「待たせてしまったようですまないね……ああ、キミの事は他の先生方に話してはいないから安心してくれて構わないよ?」

「……」


生徒会長と同じようにこちらを挑発するように言ってくる先生にムッとしてしまうが、先生は準備室の鍵を開けた。


「ああ、気を悪くしたかな」

「はい」


暁が取り繕うわけでもなく正直に答えると彼は視線だけ動かして暁を見てきた。視線を向けられた暁はその動きに爬虫類、蛇を連想した。失礼だと思うがその舐めるような視線は少しだけ気味が悪く思った。

何か言うでもなくただクックックッと喉を鳴らして笑う先生の事を暁はよくわからない人だと思っている。
この人の纏う空気は独特で、他の先生方とは違うものを感じるのだ。そして時折誰も寄せ付けようとしない鋭い気配を纏っているような錯覚も感じる。

鍵を開けた先生は準備室の中へと入って行き、暁も黙ってその後を着いて行く。
明かりの点いていない準備室は消毒液のような薬品の匂いと窓辺に置かれた試験管やフラスコ、ビーカーと言った器具に奥にある水槽の水が循環する音が静かに響いて不気味だった。


「気を悪くさせたのなら謝るよ。すまないね」

「いえ……」

「上手く出来たら解放してあげるから安心してくれたらいい」

「……何をすれば?」

「まずは水槽にいる魚の餌やりと理科室の掃除かな。――ああ、荷物と猫はそこに。魚を食べられたら困るからね」


そこ、と先生が指差したのは準備室に置かれた椅子だった。
モルガナは飼ってる魚を食べたりしません、と不満を口にするが反応は薄く、蛭田はそう……とだけ言って束になったプリントを取り出すと赤ペンで何かを書き込み始めた。


「猫は雑食だ。インドの猫はカレーも食べてしまうそうだよ」

「うちのは賢いですから」

「あ、そう」


興味が無いといった反応に暁は悔しさから下唇を噛んだ。


「アイツ、失礼だな」


モルガナが鞄の中から顔を出してそう言うが蛭田には伝わらず、猫が鳴いているようにしか聞こえないだろう。
実際にモルガナの声が聞こえたのかボールペンを持った手を止め暁達に目を向けてくる彼に暁は、躾がなってないな、と言われたような気がして、モルガナにジッとしているように言い聞かせると腕を捲った。

水槽には何が飼われているのだろうと思いながらその前に立つとピラニアが4匹、水面近くまで上がってきた。熱帯魚でも金魚でもなくピラニアが飼われていた事に暁は驚き、数歩下がってしまった。

するとまたしても喉を鳴らして笑う声が聞こえてきてそちらに目を向ければ蛭田がとても楽しそうに笑みを浮かべて暁を見ていた。


「やはり驚いたね。大抵の生徒は学校の水槽と聞くと金魚や熱帯魚と言った可愛らしい生き物を想像するが、生憎と僕の趣味は変わっていてね。ここではピラニアを飼っているんだ」

「なんでピラニアなんですか?」

「ピラニアじゃなくても肉を主食とする生き物ならなんでも良かっただけだよ」

「……何故?」

「この世が弱肉強食という事を忘れない為さ」


うっそりと笑みを浮かべて言う蛭田に暁はゾッと得体の知れない恐怖を感じた。


「食うか食われるかの世の中……キミはそれを今体感中だろ?」

「……え?」


一体何の事を言っているのか分からない暁は困惑した表情を浮かべながら蛭田を見る。
彼は笑みを崩さないままペンを置くと暁に目を向けた。


「誰かが流した根も葉もない噂と実際に貼られたレッテルに呑まれるか、覆すか……」


僕はちょっと楽しみなんだよね。

そう言う蛭田に暁は自分が苦しんでいる事を楽しまれている事に怒りを覚えたが、ここで彼に何か言うのはマズいと第六感が警告していた。パレスやメメントスを体験している事で磨かれた第六感には何度か助けられているので暁は今回もそれに従って口を閉ざした。


「ああ、もしかしてまた気分を悪くさせたかな?」

「……」

「フフ、だんまりか。まあ構わないけどね……ピラニアにはそこの冷蔵庫にあるささみをあげればいいよ」


返事をしなかった暁の態度を気にした風もなく、蛭田はそう言うと置いたペンを持ってプリントに向き合った。
暁は遊ばれているような気がしながら水槽の隣に置かれた冷蔵庫を開けて中を見ると、ラップのされたビーカーが数個とチャック袋に入ったささみを見付け、ささみを数個取り出すと水槽の蓋を開けると、数回割いてから水槽内に落として入れた。

水槽内では4匹のピラニアが我先にとささみに群がり食らいついていた。
それに対して嫌悪感を抱きながら離れると理科室の掃除をする為、準備室と理科室を繋げている扉をくぐって移動した。


*****


数分掛けて理科室の掃除を終えた暁は埃っぽくなった手を洗ったが、生憎とハンカチは鞄の中なので濡れた手のまま蛭田に声を掛けた。


「先生、終わりました」

「ああ、ありがとう。猫の件は僕とキミの秘密にしよう。もちろん他の先生にも言わない。さあ、キミを解放しよう……と言いたいところだけれど」


蛭田がハンカチを手渡してきた。手を拭け、ということだろう。
そう判断した暁は差し出されたハンカチを受け取って手を拭いているとハンカチの隅にK.Sとイニシャルが刺繍されているのを見付けて家族のだろうか?と首を傾げた。
先生の名前は知らないが蛭田のHが入っていないからそう考えるが面と向かって訊ねるには勇気が足りず、聞けなかった。手を拭き終わったがこのまま返すのも気が引けた暁は小さく洗って返しますと言うと蛭田に聞こえていたようで口角を上げた。


「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」


そう言った先生に頷いた俺は置いてあった鞄にモルガナが入ったのを見てから鞄を肩に掛けながらズボンのポケットにハンカチを押し込んだ。


――なんだか今日は度胸と器用さが上がったような気がする。なんとなくだけど…。


だから、また来る、なんて蛭田に言ってしまった。自分達の怪盗活動の為だ。
彼の手伝いをしていればモルガナのことも黙っていてもらえるだろうし、悪い事は無い筈だ。それにハンカチも返さなくてはいけない。

暁が内心で誰に向かってか分からない言い訳をしていると蛭田はまた笑みを浮かべて暁に言った。


「それじゃあ、次も餌やりを頼むよ」


その言葉を聞いた暁は失礼します、と言って準備室から出て行った。


*****


翌日、学校に来た葵依は耳に神経を集中させて周囲の会話に聞き耳を立てる。


「鴨志田ってアレ、精神暴走だったんだろ?」
「やべーわ…全然勉強してねえ…」
「あれからどうなったか聞いた?」
「つれー……昨日、徹夜だわ……」


鴨志田の話題もあるが、今日が試験初日ということもあってそっちの話題も上がっている。
しかし、鴨志田のことは精神暴走と思われていたのか…と思いながら歩いていると窓の外に目を向けてみたが全てを洗い流すかのように雨が強く降っていた。

試験期間の最中は集中したいだろうし、メメントスやターゲットについての話題は出ないだろう。

そう思いながら試験初日を終えた葵依は一度家に帰ると着替えるとウェストポーチを付けて、その中に紙袋を入れるとキャップを被って家を出た。


ミリタリーショップの近くに来ると、前みたいに警察が張り込んでいる気配は無かった。

小さく息を吐いてからミリタリーショップに入るとカウンターで新聞を広げて読んでいた岩井がこちらに目を向けて、やって来たのが葵依と分かると目を細めた。

葵依はドアの前に立ったまま店内に目を走らせるが、客はいなかった。
そして岩井の前に立つと彼は目だけを動かして葵依を睨むかのように見てきた。


「……お前か。また、妙なモン売りつける気か?で、何の用なんだ?」

「袋の中身を見ました……閉店後、また来てもよろしいですか?」


丁寧な口調と笑顔で告げると岩井はグッと眉間に皺を作り、訝しむように葵依を見る。
葵依は彼の鋭い目から自分の目を逸らさずにニコニコと笑顔を崩さずにジッと見続ける。
ここで目を逸らせば相手に侮られると経験しているからだった。


「……分かった」

「ありがとうございます。では、また来ますね」


そう言って店から出て行った葵依は自分の背中に鋭い視線が向けられていたことに気付いていたが無視した。

夜になるまでの間どうやって時間を潰そうかと考えたが、無性にポアロのレモンパイが食べたくなり、葵依は米花町に行くことにした。


201809021616