取り引き

   

本当は来るつもりは無かったが、なんとなく…そうなんとなくレモンパイが食べたくなったのだ。

心の中で言い訳しながら店の扉を開けて中に入る。すると可愛らしい店員が真っ先に葵依に気づいてやって来た。


「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「一人です」

「カウンター席とテーブル席どちらがいいですか?」

「えぇっと……混んでなければテーブル席がいいです」

「かしこまりました。こちらへどうぞ!」


可愛らしい店員に連れられテーブル席へと向かう。
別にカウンター席でも構わないけど、あまり店員が近くにいるという事が苦手だったりする。別に疚しい事をしようとかしているわけではないが、落ち着かないのだ。だから大体はテーブル席を選ぶ。流石に葵依も混んでいたら遠慮はする。

机の上に置かれたメニューを開かずにいると案内してくれた店員が来た。


「ご注文お決まりですか?」

「レモンパイと、アイスティーで」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


店員が軽く頭を下げた後、カウンターへと戻っていきそれを見送ってから店内に目を向ける。
今日はシフトが無い日と言うのは知っているので安室の姿は当然ない。

いなくて良かった、と思っていたら不意に服の裾がクイッと引っ張られた。なんだろう?と引っ張られた方を見ると、前に精神暴走について聞いてきたコナンが葵依のことを見てた。


「ねぇお姉さん、僕ここに座っていい?」


コナンが葵依の隣の席を指差してそう言った。
なんで数ある席の中から私の隣を選んだ?と不思議に思いながら首を傾げていると彼は葵依が返事をする前に座ってきた。


「あらコナン君、こんにちは」

「梓さんこんにちは!」

「一人?」

「蘭姉ちゃんが部活で遅くなるからポアロで待ってて、って」

「そうなんだね。アイスコーヒーでいいのかな?」

「うん!」


店員――梓さんの様子からしてこの子は常連客らしい。それにしてもこんな小さい子がアイスコーヒー……別に人の好みに口出す気はないけどカフェインとか大丈夫なんだろうか?

梓がコーヒーを淹れにいくと、コナンが葵依の方を向いて話しかけてきた。


「お姉さんだよね?米花シティビルの爆弾を解除したのって」

「……前に精神暴走の事を訊きにきた子だよね。どうしてそう思うの?」

「僕のこと、覚えててくれたんだ!」

「そりゃあね」


雑談をしながら何故この子供は爆弾を解体したのが葵依という事を知っているのだろうかと考えつつ不思議に思ってコナンの事を見下ろしていれば、ふと思い出した。

そういえばあの時、松田刑事と一緒に子供がいた。
もしかして松田刑事といたのは彼だったのではないだろうか?


「……もしかして、あの場に松田刑事と一緒にいた?」

「うん」

「あんな危ない所にいちゃ駄目じゃん」


そう言ってコナンの額を指で突くとコナンはごめんなさぁい、と可愛らしく謝ってきた。
葵依は反省してないな、と思っていると注文していたアイスティーとレモンパイ、それからコナンのアイスコーヒーが運ばれてきた。

葵依がレモンパイを食べ始めるとコナンもアイスコーヒーを飲み始めるが、すぐに口を開いた。


「あの時、お姉ちゃんが解体をしてくれたから蘭姉ちゃんも無事だったんだよ。ありがとう」


蘭姉ちゃんって誰だ、と思いながらどういたしましてと返す。


「……お姉さん、怖くなかったの?」

「まさか、怖かったよ」


苦笑しながら返してコナンに目を向ければ彼はジッとこちらを見ていた。その目は真実を見極めようとしているように思えた。
見た目の年齢とどうにも一致していないように思えるこの子供、ギフテッドか何かなのだろうか?

なんて思いながら見続けていると彼が誰かに似ているように思えて小首を傾げた。


「……」

「どうかしたの?」

「ねえ、誰かに似てるって言われたことなぁい?」


そう聞けば彼はは?何言ってんだコイツ、と言いたげな顔をしてから首を横に振った。


「そう……私の勘違いだったのかな?」

「そうじゃないかな?言われたことないもん」

「ふぅん?そっか」


そう返事をしてからアイスティーを飲むと、残っているレモンパイを平らげた。


「ねえ、お姉さんって秀尽に通ってるんだよね」

「そうだけど、何かな?」

「この前、そこの先生が捕まったってニュースでやってたのを見たんだ」

「へえ……?」


子供だったらアニメを見ているだろうに、ニュースを見ていてしかも内容を覚えているなんてやっぱり彼は“一般的”な小学生とは違うらしい。


「その先生って急に人が変わったようになったんでしょ?」


首を傾げながら聞いてくるコナンに頬杖を突いて葵依は彼の言う事に相槌を打って返す。


「急に変わるなんておかしいよね?」

「人の心は移ろいやすいって言葉、知ってる?キッドキラーくん」


そう言えば彼は目を丸くさせた。
彼の反応が面白く、葵依は頬杖を突いたままジッと彼を見る。


「お姉さん、僕の事知ってるの?」

「さっき思い出したんだよ。あんなにデカデカと新聞の見出しに取り上げられてるのを見付けたらね」


それを聞いてあー、と目線を彷徨わせるコナン。
どうやら彼は自分がかなりの有名人という自覚が無いらしい。


「それで、小さな探偵さんはあの教師の心変わりが精神暴走と関係があるとでも思ってるのかな?」

「うん」


葵依の問いに即答したコナンに目を細めて彼を見ながら、結構鋭い子なのかなぁと頭の片隅で思いながらどう返そうか、と考えているとポアロに誰かやって来た。


カランカランとベルの音に釣られて葵依がそっちに顔を向ければ、やって来た人物に目を見開いた。

葵依の反応に怪しむコナンもそっちに目を向ければそこにいたのは安室だった。
コナンが口を開こうとしたがすぐに葵依が頬を赤くさせ、ぁ、安室さん!?と上擦った声を出したので目を丸くさせた。


「え!?安室さん!?今日はお休みだったんじゃないんですか!?」

「ああ、こんにちは葵依さん。そうだったんですが、梓さんから呼び出されまして……」


苦笑しながらそう言うとキッチンから出てきた梓がすいません、と謝りながら一枚の紙を手にしながら彼に何か聞いていた。

会話を盗み聞くとどうやら機材のトラブルらしく、安室はそれの修理の為に呼ばれたらしい。業者を呼んだ方が良いのでは?と思ったが、業者だと時間がかかるか、と思い直しながら前髪を弄る。

コナンはチラリと隣に座る葵依に目を向けると彼女は安室の登場に驚いているらしく、仕切りに前髪を弄ったりチラチラと安室のいる方に目を向けたりと忙しなくなった。

それを見てコナンは瞬時に園子と同類か……と半眼した。

修理が終わったのか安室がエプロンを付けて出てきた。
どうやらこのままバイトをしていくようだ。


「やあ、コナン君」

「こんにちは!安室さん」


明るく元気に挨拶をしたコナンはアイスコーヒーのおかわりを頼むと安室はニコリと笑顔でそれに応じて葵依の前にある空いた皿とグラスを二つ下げて行った。

そして安室はトレーの上にアイスコーヒーとアイスティー、シフォンケーキの乗った皿を持って戻ってきた。

頼んでいないものを持ってきた安室にコナンが首を傾げていると彼はニコリとまた笑みを浮かべ、アイスコーヒーをコナンの前に置き、アイスティーとケーキを葵依の前に置いた。


「あ、安室さん?私、注文してませんけど……?」

「僕の奢りです。この前大変な目に遭ったと聞いたので」

「ああ、ナルホド……」


彼が言っているのは米花シティビルの爆破事件の事だろうと察した葵依はフォークを咥えた後、ケーキに手を付けた。


「安室さん、買い出しに行ってきますのでお店番をお願いしますね!」

「はい、わかりました」


そう言って店から出て行った梓。
すると店内には安室、コナン、葵依の三人だけとなる。


「さて、ちょうどいいからコナン君に紹介しておこうかな」

「……え?」


安室がそう言うと葵依はまさか……と思いながらケーキを飲み込み、隣に座るコナンに目を向けた。


「コナン君。君の隣に座っているのは秀尽学園高校の櫻井葵依さんで、この前の米花シティビルで爆弾を解体したらしいんだよ」

「へえ、そうなんだ!」


さっき聞いたから知っている、とは思わせない態度をしながらコナンは葵依に目を向ける。彼女はジッとコナンの事を見ていた。

まるで探られるような、そんな目をしていてコナンはえ?と小さく声を漏らす。


「葵依さん、彼は江戸川コナン君で毛利探偵の元でお世話になっているんです」

「毛利探偵って、あの眠りのですよね?前に事件に巻き込まれたときに見ましたよ!」

「そう言えば先生に異議あり!って抗議してましたね」


葵依から聞いたことに安室がその時の事を思い出して苦笑するとコナンも思い出したようで苦笑していると蘭がやって来た。


「コナン君、お待たせ!……あれ?貴女、あの時の!!」

「え……あ、赤いカーディガンの子!」


蘭と葵依がお互いに指差すとコナンは知り合い?とこちらに近寄ってくる蘭に訊ねる。


「うん。あの爆破したビルの中で腕を痛めた私に声を掛けてくれた子だよ」

「腕はもういいの?」

「うん。痣が出来たくらいで骨に異常は無かったよ」

「よかった」


蘭からそう聞いてよかった、と言う葵依に蘭は嬉しそうにありがとう、と答えた。


「あ、私毛利蘭って言います」

「私は櫻井葵依。秀尽学園の2年生だよ」

「同い年なんだね」

「え!?蘭ちゃんって2年なの!?3年じゃなくて?」

「帝丹の2年生だよー!」


キャッキャッと楽し気に話始めた女子二人から離れたコナンは安室に話しかける為、カウンター席に座った。
彼は下げた食器を洗っていた。


「ねえ、安室さん」

「どうかしたのかな、コナン君」

「葵依姉ちゃんって何者?安室さんの協力者?」

「何を言ってるのか分からないなぁ。彼女はただの女子高生だよ?それに最近ここに通うようになったから紹介しただけさ。何でも知りたがる君にね」

「……それだけじゃないよね?」


食い下がってくるコナンに安室は笑みを浮かべると濡れた手を拭いてからチラリと女子二人に目を向けてからコナンに近づくと囁いた。


「そうだなぁ……うん、彼女は色んな事を知っているよ。色んな事をね……」

「ふぅん?……そうなんだ?(情報屋ってところか?)」


安室の最初に言った事が理解出来なかったが、すぐに彼女は安室の協力者なのだと察したコナンは蘭と楽し気に話している葵依に鋭い視線を向けた。

彼女が公安での協力者なのか、それとも組織での協力者なのか……。コナンにはまだ判断できなかった。

その様子を楽しむかのように安室は笑みを深めてコナンを見た。

一方、蘭と葵依は話が盛り上がっていた。


「ねえねえ蘭ちゃん、安室さんってかっこいいと思わない?」

「え?そりゃあかっこいいとは思うけど……」

「実は私、安室さんとここのレモンパイが目当てで来てるんだよね!」

「ええっ!?そうなの?」

「うん!だって安室さんってイケメンじゃん?なんかいい匂いしそうじゃん?しかも声までイケメンだし?それにレモンパイも美味しいし……もう目と口と耳が幸せになるっていうか……もうここに来てこの二つが揃ってたら明日も頑張ろうって気になれるんだよ!!」


そう力説する葵依に蘭は園子みたいと思ったが、好きなモノに夢中になれるのは良いよね、と相槌を打った。その力説する中にちょっと可笑しな部分があったような気がするが蘭は突っ込まなかった。

爆破されたビルの中、一人で爆弾の解体をしていた姿は落ち着いた大人っぽい子だと思っていたが、いざ話をしてみると女子高生らしく、明るい子なんだと思った蘭はこれからも仲良くしてくれる?と葵依に聞いた。

聞かれた本人はキョトンとした顔をしたがすぐに破顔するととても可愛らしい笑顔で頷いた。


「もちろんだよ!あ、そうだ!連絡先の交換しよ!」

「うん!」


交換し終えると葵依はニマニマしながら蘭ちゃんの好きな人ってどんな人?と好きな人がいる前提で聞いてきて、蘭は目を点にさせる。


「え!?い、いや……好きな人って……」

「えー?いないの?じゃあ気になる人は?」

「えっと……」


視線を斜め上に向けてどう答えようと困っていると葵依が目を輝かせてお?いるの?いるの?と身を寄せてきた。

そんなやり取りを聞いて見ていたコナンは思った。

あれで公安もしくは組織の協力者が務まるのか……?と。
園子のように恋バナの気配を察知し、興味津々といった様子の葵依にコナンは深く考えるのが馬鹿らしく思え、出されたアイスコーヒーを飲んだ。

それから数分後、蘭とコナンは夕飯の支度をしないといけないと言って帰っていき、買い出しから戻ってきた梓に安室がおかえりなさい、と声を掛けた。


「それじゃあ私も帰りますね!安室さん、また来た時そのイケメンフェイスを拝ませてください!!」

「は、ははは……僕の顔なんかで良ければ……」


拝み倒す勢いで頼めば、苦笑と言うよりも引き攣った笑顔で返事をした安室に葵依は内心ですいませんすいません!!と頭を下げまくっていた。

安室に会計をしてもらっていると葵依はチラリと安室に視線を向けたが、何も言わずにお金を渡して店から出て行った。

時計を確認するがミリタリーショップが閉店するまでまだ時間があった。
さて残り時間をどう過ごそうか、と悩んだが適当にぶらついてみることにしよう。
そう決めた葵依はその場から離れ、駅前広場に戻ってきた。

広場のベンチに座ってそう言えば、杏がここで拾った猫はどうなったんだろうと思った。
あの爆破に巻き込まれて死んでしまったのだろうか?それとも運よく助かって生きているのだろうか?

明日、杏に聞いてみようと思いながらボーっとしていると大型ビジョンにニュースが流れ始め自然とそっちに目を向けた。

昨今の小中学校の自殺者が増加していることや精神暴走と思われる事件がまた発生したというものだった。

自殺者の増加と聞いて葵依は志帆の事を思い出した。

彼女は鴨志田にされたことに耐えられず、飛び降りようとしたが……果たしてその場の勢いでの飛び降りだったのか、前々から考えていたのか、分からなかった。

もしも前から考えていたのだとしたら、きっと苦しかったのだろうな、としか思えなかった。

そう言えばあれから葵依は志帆の見舞いに行っていない。
杏は頻繁に足を運んでいるらしいが……話に出てこないところを考えると彼女も志帆に会えていないのだろう。

いつも通りに接してあげなさい、と先生は言っていたが……果たして“私”は志帆に対していつもどんな風に接していただろうか……?


試験が終わったら、一度志帆に会いに行こう。


そう決めた葵依はスマホを取り出してカレンダーを開くと、試験の最終日である5/14に志帆に会いに行く、と書き込んで保存した。


*****


それからブラブラと適当に歩いて時間を潰した葵依は渋谷に戻り、ミリタリーショップの前に来ればcloseと看板が掛けられていた。
葵依はそれに目をやってからドアに手を掛けて店内に足を踏み入れた。

すると、カウンターに寄り掛かりながら腕を組んだ岩井が鋭い、探るような目でこちらを見ていた。

ドアを後ろ手で閉めた葵依はニコリと笑みを返すと、岩井は訝し気に顔を顰めた。


「こんばんは」

「……それで?何の用なんだ?」

「言ったはずですよ?袋の中身を見ました、と」

「ああ、そうだったな。あれな、俺が極限までリアルに改造したカスタムガンだ」


岩井は素っ気なく答える。


「ギリ違法ですよね?あれ。一部のパーツは本物でしたし、もう少し手を加えれば実弾も撃てそうでした」


あえて相手の琴線に触れるように言うと帽子の鍔の影から葵依の目を見返してきた岩井は唸るように訊ねる。


「……脅しのつもりか?」

「まさか!」


おどけるように笑いながら答える葵依に岩井の眼光は鋭さを増す。


「監視カメラのデータは残ってんだぞ」

「そんなこと、何度も仰らずとも理解(わか)ってますよ……共犯という事で私に売ってくれませんか?」


葵依が笑みを崩さないまま告げれば、それこそ銃口のように鈍く光る岩井の目はジロジロと葵依のことを値踏みするかのように見てきた。

値踏みされていると理解っている葵依はその目を三日月のように細めたまま、岩井の目から外さない。互いに見つめ合う二人はまるで野生の獣のようで、目を逸らした方が負けることが緊張した空気で分かる。

そして―――。


「その銃はくれてやる」


そう言って葵依のウェストポーチに目をやった岩井に葵依は腕を組んだ後、自分の顎に指を掛けて笑みを崩さないまま口を開く。


「口止め料ということでよろしいですか?」

「ああ、妙なことチクんなよ?」


岩井の言葉にカメラが設置されている場所に視線を向けた葵依はもう一度岩井に目を向ける。


「そうですか、ありがとうございます……」


そう言うと同時に葵依は岩井と体が触れそうなくらいまで距離を詰めた。
彼が咥えたままの飴の、人工的な苺の甘ったるい匂いが鼻腔を擽った。


「では、他にもありますよね?見せてくれませんか」


ニコリと笑顔のまま告げた言葉に、驚いたらしく岩井はその鋭い目を一瞬だけ見開くと小さく舌打ちをすると葵依から離れ、店のシャッターを閉め、ドアを施錠すると向き直って言った。


「……奥で話そうか?」


言いながら顎で店の奥にある扉を指すと岩井は葵依に背を向けて歩いて行った。
ミリタリーコートに包まれた背中は広く、大きい。全くぶれない歩き方から体幹の強さが計り知れて、葵依は警戒し、距離を保ちつつその背に着いて行った。

ここからが本番だ。
失敗は許されない。

自分に言い聞かせながらカウンターから奥へと入り、バックヤードへ通された。中を見渡してみるがここにはカメラが置かれている事は無く、代わりに商品のカタログやノートパソコン等が乱雑に置かれている。

岩井は表情を険しくさせたままドアを閉めると鍵を掛け、ドアを塞ぐように寄り掛かった。これで退路は塞がれてしまった。

鍵のかかる音に葵依が振り返りながら、背後の棚に寄り掛かって岩井と対峙した。


「……この前、お前と金髪のガキが持ってきた金メダル、あれは間違いなく本物だった。それだけなら訳アリと思っておいてやったが、今度は非正規のカスタムガンを売ってくれだ?」


相手を威嚇するような低い声で捲し立てた岩井は口に含んでいた飴を噛み砕いたらしく、棒だけを引き抜いて、視線だけで葵依を射抜く。

久しく向けられてこなかったその視線にゾクリと身震いを起こすが、葵依はニヤリと笑みを浮かべた。この身震いは決して恐怖から来ているものではないと理解しているからだ。

葵依の笑みを見た岩井は更に険しい顔をする。


「……何モンだよ、お前」

「ちょっと重度なガンマニア……と言っても信じませんよね」

「ああ、信じねえな」

「ですが、それで納得してください。私は“どうしても”店長が改造したモデルガンが欲しいんです」


勿論他言はしませんよ、と笑いながら言うと岩井は胡散臭いものを見るような目で葵依を見ていたが、何か思いついたのか考えるような素振りをしてから一言二言呟いてからニヤリとあくどい笑みを浮かべた。


「……なるほど」


そう言うと笑みを浮かべたままの岩井。今日初めて見るその笑みは決して“人の良さそうな”ものとは言えない部類だった。


「お前の望み、叶えてやってもいい」

「へえ……?」


突然言われた言葉に葵依は目を細めて彼を見る。
どういった心境の変化なのか知りたい所だが、彼にも思うところはあるのだろう。


「もちろん金はあるんだろう?一丁数十万円で取引してるシロモンだぞ」

「それに加えて貴方の気分次第で値段が変わったりもするんですよね?それでも買わせていただきますよ?欲しいので……」

「欲深いな……だが、ますます使えるぜ」


何に使えると言うのだろうか?なんて思いながら彼を見ているとどうにも碌なことではなさそうだ、と自分の直感が告げていた。


「まぁ、俺も鬼じゃねえ。場合によっちゃあ譲歩してやる。そうだな、例えば……」


そう言いながら近づいてくると岩井にトンッと軽く棚に押しやられた。葵依の顔のすぐ側に岩井の腕があり、少し上にはこちらを見下ろす岩井の顔。


「お前、俺のシゴト手伝え」

「内容は?」

「色々あるぜ?前にやってもらった運び屋もだが、証拠隠滅……。その報酬として特別メニューを案内してやる。ガキでも払えそうな良心価格でな」


葵依はその内容に一回だけ瞬きをすると、こちらを見下ろす目を見返した。


「……どうだ、悪い取引じゃねえだろ?」

「ええ、いいですよ。その取引、応じましょう」


即答した葵依に岩井はその顔から笑みを消し、こちらを探るような目をした。


「聞いてこねえんだな?俺が何を企んでるのかとかって」

「私には貴方が何をしようが知ったことではありませんので。私は貴方が扱っているカスタムガンが買えればいいのですから」


そう答えると岩井は愉快だと言わんばかりに喉を鳴らして笑った。


「そうか……。分かってるとは思うが、この事は誰にも話すな。お前は指示に従ってりゃ、それでいい。余計な詮索はするなよ」


岩井の言葉に頷いた。
そう言って葵依から離れた岩井は首の後ろを摩り、葵依はポケットからメモ帳を取り出すとスマホの番号を書いて千切ると、その紙を岩井に渡した。

紙を受け取った岩井はそれをズボンの尻ポケットに押し込んだ。
チラリと岩井の目を見れば、彼の眼光は鋭いまま確固たる意志がギラギラと光っているように見えた。

あの目はどんな事をしてでも目的をやり遂げようとする者の目で、葵依が嫌いで……好きな目だ。


「じゃあやるか、特別メニュー。ありがたく思え」

「ええ、ありがとうございます。それから追加でもう一つ」

「あ゛?」


まだあるのか、と岩井が機嫌悪そうに返事をするが葵依はニコリと笑みを張り付ける。


「カスタムガンを買いに来るのは私、買い取ってほしい物を持ってくるのは前一緒に来ていた金髪の彼だと覚えておいてください」

「………まあ、いいだろう」

「ありがとうございます」


これでパレスで入手し、モルガナに預けている物を換金出来るようになった。
まあ、買い取った岩井は大変だろうが、そこは任せよう。

そう考えた葵依は取引が成立したと確信し、嗤った。

    
201809101923