出逢いと報告

    

試験の最終日である14日、学校に行こうと駅のホームに行くと頭が痛いと言いたそうに片手で自分の頭を抱えながら大きな欠伸をしている竜司を見付け、その近くに暁がいることに気付いた葵依は彼等に駆け寄ろうとすると、誰かがいきなり腕に抱きついてきた。

え?誰!?と思いながらそっちに顔を向ければ、何かに怯えているような顔をした杏がギュウッと葵依の腕にしがみつくように強く抱きついてきた。

彼女の異常な怯え方に咄嗟に周りに目を走らせるがこちらに目を向けているような怪しい人物は見当たらない。

葵依はいつものようにヘラリと気の抜けるような笑みを杏に向けると急ぎ足で暁と竜司の二人に近づく。


「……葵依」

「大丈夫、とりあえず二人と合流しよ?」

「うん」


小声で会話をして二人に向けておはようと言いながら近づくと竜司が笑顔でおはようと返してきたが、杏の様子が可笑しい事に気付いた暁が表情を険しくさせる。

しかし竜司はそれに気付いていないらしく暁の鞄の中にいるモルガナと口喧嘩を始めた。
試験前に生物の蛭田に見付かったと聞かされていたが、反省していないのか、それとも見付からないように別の場所に隠れているつもりなのか、今日もいた。


「無用の長物って知ってるか?デカくても、スカスカじゃ意味ないぞ」

「んだと、コラ!?」


いつものように口喧嘩を始めた二人を放っておいて、暁は杏にどうかしたのか?と声を掛けると、杏はキョロキョロと周囲に細かく視線を走らせてからしがみついている葵依の腕に更に力を込めて抱き着く。

正直痛いが、これで杏が少しでも安心出来るのなら別にいいか…。と思いながら葵依も杏に目を向けていると視線を感じて後ろに目を向けた。

視線を感じたのは杏もだったようでその目に怯えの色を宿しながら葵依と同じように後ろを見ていた。


「また……気のせい…かな」

「……電車、来たし乗ろっか」

「うん……」


杏にしがみつかれている為、彼女の背中を摩ることが出来なかった葵依はそう声を掛けるとやって来た電車に乗り込み、葵依は自分達の前を暁に、後ろを竜司に、杏と葵依を囲うように立たせた。

そして周囲を警戒しながら電車から降りて、エスカレーターに乗る。
その間も杏は葵依の腕に抱き着いたままだった。

同性である私よりも暁や竜司に抱き着いた方が良いような気がするのは自分だけだろうか?

そう思った葵依はエスカレーターに乗りながらチラリと後ろに目をやると一人の男子がこちらを見てきていることに気付き、目を細めた。

状況から見て、杏のストーカーをしているのは彼だろう。
見たところ、自分達と同年代に見える彼はただジッと杏の事を見ていた。

しかし彼の目には悪意というか情欲というものが見受けられず、葵依は内心首を傾げた。
どうにも悪人には見えないその男子が気になった葵依は前に立つ暁に杏の事を任せると先に行くように囁いた。

それに驚いた暁は何か言おうとしたが、結局何も言わずに口を閉ざすと杏の手を優しく取り、まるでエスコートするかのような手付きでエスカレーターを上っていった。
何も聞かされていない竜司は暁と葵依を見てからムスッとした顔をしつつ、先に行った二人に着いて行った。


その後を追おうと動いた男子が葵依の隣を通り過ぎようとしたが、葵依が彼の腕を掴んで引き留める。

引き留められた事に驚いた彼はキョトンとした表情をしながら葵依の事を見てきた。

人目を引く美少年な彼が本当に杏のストーカーなのか疑問に思うが、杏達が動いたと同時に彼も動いた所から葵依は彼がそうなのだろうと確信していた。


「すまないが急いでいるんだ」

「すみませんが、そういう訳にもいきません」


そう言うと目の前の美少年はグッと眉間に皺を作るが、葵依はニコリと笑顔を張り付ける。


「少しでいいので、ちょっとお話しませんか?」

「いや、だから…」

「それとも、ここで貴方のことを痴漢だと大声で言ってもいいんですよ?」


彼の耳元でそう囁くと彼はチラリと先に行ってしまった杏を見てから葵依を見てから小さく舌打ちをして分かった、と頷いた。
その返答にありがとうございます、と礼を言うと葵依は彼の手を引いて地上に出た。

足早く動く人々を見ながら近くに暁達がいないのを確認した葵依は美少年と向き合った。


「それでは初めまして、私は秀尽高校2年の櫻井葵依と言います。それで単刀直入にお聞きしますが、最近私の友達が貴方にストーカーされてるような気がすると怯えているんですよ。今朝もその子は大変怯えておりまして…」


ニコリと笑顔を浮かべながらも疑惑の眼差しを目の前の彼に向ける葵依に対して、彼は目を見開いてから冷静に返してきた。


「その友人と言うのは今朝、君が一緒に居たアッシュブロンドの髪で碧眼の美しい彼女のことだろうか?」

「はい。私の大切な友達ですので、付きまとうような事をするのはやめていただきたいんです。もしも止めない、と言うのであればそれなりの対応を取らせていただきますが…」

丁寧な物言いなのに、その鋭い眼光と言われた内容に対し彼が狼狽えた。

「なっ、ストーカーのつもりではない。俺はただ、彼女の美しさに絵描きとして並々ならぬ衝動に駆られただけで、絵のモデルになってもらいたかったんだ」


そう言った彼の言葉に葵依は虚を突かれたように目を丸くさせると、なんだか頭が痛くなったような気がした。

しかしここで取り乱すことはせずに一回深呼吸をしてから口を開く。


「……つまり彼女を尾行しているつもりはなく、ただ絵のモデルとして観察しているうちに尾行のような感じになってしまった、と?」

確認するように言った葵依の言葉に対して彼はそうだと頷いて返した。


「…なるほど、理由はわかりました。しかし、貴方にそんなつもりが無かったにせよ、彼女が気味悪がっていたのは事実。せめて彼女にちゃんと理由を説明してから同意を得てからにしてください」

気味悪がられていたという言葉にダメージを受けた彼だったが、そうしようと納得した。が彼が話の通じる相手で何よりだ。これで逆上されたら面倒だが、伸してから近くの交番に突き出さなければならなかった。
そう思いながら葵依は警戒を解くように息を吐き出した。


「彼女に対してもそうだが、君にも悪いことをしたな。見ず知らずの俺を一人で問い質すのはなかなか勇気が要っただろう。それほど彼女を大切に想っているんだな」

「え?……ええ、まあ、彼女は私の友人ですから」


彼に言われた事に対して言葉に詰まったがそう答えた葵依に彼は違和を感じたのか首を傾げた。


「ああ、今更ですがお名前を聞いてもよろしいですか?」

「すまない、自己紹介をしていなかったな。俺は洸星(こうせい)高校2年、喜多川祐介という。同じ2年だし、敬語はいらない」

「そうなんだ。じゃあ、遠慮なく喜多川君って呼ぶよ」

「あぁ、俺も櫻井さんと呼ばせてもらう」


お互いに自己紹介を済ませるとクラクションが鳴らされ、二人の近くに黒い車が着けられ、後部座席の窓が下ろされると一人の老人が声を掛けてきた。

その老人の顔を見た葵依は一瞬だけ目を細めたが、老人が気付いた様子はなくにこやかな笑顔でこちらに声を掛けてきた。


「やれやれ、いきなり車を降りたと思えば、呆れる程の情熱だな。結構、結構…」


その言葉は祐介に向けられたもののようで、彼は少しだけ目線を彷徨わせた。
祐介の態度に気付いているのかいないのか老人、斑目一流斎は楽しそうに笑っていた。

それを横目に祐介は葵依に自分の連絡先を差し出してきた。
後で連絡をくれ、という事なのだろうと思った葵依は素早くその連絡先をスマホに登録した。

そして祐介は斑目に呼ばれ、急いで車に乗り込み、去っていった。


「……あれが、斑目一流斎か」


そう呟いてからスマホで時間を確認すると、遅刻ギリギリな時間になっていることに気付き、葵依は駆け足で近道を使い学校へと向かっていった。


*****


試験を終えた放課後、渋谷の連絡通路に集まっていた。


「ンーッ、終わったー!」

「終わった…」

「終わったねー」


試験から解放されたと腕を伸ばして笑顔でいる杏とは逆に燃え尽きたと言いたげに気怠そうな竜司。

そんな正反対な二人を見ながらニコニコと笑顔でいる葵依と暁はそれぞれの反応に笑みを浮かべた。


「笑ってるけど、お前…どうだった?」


竜司に聞かれた暁はふいッと視線を逸らすと竜司と同じような声で終わった…と呟き、竜司は仲間がいたことが嬉しいのか、安堵したような笑みを浮かべる。

そんな男子二人のやり取りに呆れたような顔をする杏。


「しっかりしてよ、二人とも」

「てか、もう試験の話やめようぜ?嫌でも来週、答案が返ってくんだしよ。終わった事よりさ…」

「あー、そうだ!今朝の事なんだけどさ―――」


スマホを取り出して何かを話そうとした竜司の言葉を遮って葵依は杏達に今朝の事を簡単に説明した。

言葉を遮られたことにムッとした竜司だったが、今朝の事と聞いて黙って彼女の話を聞いた。


「―――っていう事らしくって、本人には悪気は無かったけど一度謝りたいって言ってたよ」

「そうだったんだ…」


葵依からそう聞いた杏はどこか安心したように息を吐くと竜司はハリセンを取り出して何度も葵依の頭を叩く。


「うぇっ!?なんでなんで!!?」

「お・ま・え・は!!またあぶねーことしてんじゃねえよ!!」

「イッタァ!地味に痛い!!?」


ベシベシと叩き続ける竜司は勝手に危ない事をしたことに対して怒っているらしく、ハリセンで叩く事を止めない。

暁も思うところがあるらしく竜司を止めようとはしない。

味方はいないのか!?と思っていると後ろから櫻井さんと呼ばれ、全員がそっちに顔を向けると、そこにいたのは片手に真新しい画材道具を入れたビニール袋を持った祐介が立っていた。


「…噂をすればなんとやら〜ってやつ?」

「俺の事を話していたのか?」

「今朝の事をね」


笑顔で話していると祐介は葵依から杏へと視線を向けた。
ジッと見られた杏はギクリと体を硬くさせるが、彼を見返す。


「櫻井さんから君を怖がらせていると聞いた。俺にそんなつもりは無かったが、不快な思いをさせてしまいすまなかった」


そう言って頭を下げた祐介に驚いた杏は両手を前で降って頭を上げるように言うと彼は素直に頭を上げた。

葵依は祐介が話やすいように暁と竜司の腕を掴んで離れると自販機で三人分のジュースを買って渡した。

訝しむように葵依を見てきた竜司に大丈夫、と言いながらジュースを開けて口を付けると暁も何も言わずにジュースを飲みながら杏と祐介のやり取りを見守る体制に入った。


「それに彼と朝話したから、彼が何を考えて杏ちゃんの事を見ていたのか知ってるから大丈夫だよ」

「だからどんな理由があって杏の事をストーカーしてたんだよ」

「それは今から本人が杏ちゃんに話すっしょ」


そう言って葵依は竜司に二人のやり取りを黙って見てれば分かる、と言外に言って二人に目をやる。


「車から見掛けて…追い掛けずにはいられなかった。君こそ、ずっと探していた女性だ!ぜひ、俺の…」


彼の言い方はまるで告白みたいだよなーと他人事のように思いながら二人のやり取りを眺めている葵依は隣で竜司がぶすくれた顔からニヤニヤと笑っていることに気付いたが何も言わずにジュースを飲み、暁の鞄の中に潜んでいるであろうモルガナがどんな風になっているのか気になった。

杏に好意を寄せているモルガナからすれば祐介は恋敵に思えているだろう。もしかしたら今にも鞄から飛び出したい気分なのかもしれない。

祐介の言葉に杏も告白と勘違いしているらしく、頬を赤らめて気恥ずかしそうにあっちこっちと目線を走らせた。


「やだ、ちょっと…」

「…俺の、絵のモデルになってくれ!」


なんだか甘い雰囲気?になってきたと思ったその瞬間、祐介が言った言葉に暁、竜司、杏の三人の頭上に?のマークが浮かび出た(杏に至っては目を点にさせてもいた)ような気がした葵依は唇を噛んで笑わないようにそっと目を逸らした。


「えっと……モデル…?」

「俺は、今まで納得いくものが描けなかった…。君から他の人にはないパッションを感じる」


暁の鞄の中からモルガナが怪しすぎるっ!と抗議の声を上げると竜司が代わりに二人の間に口を挟んだ。


「あー、いかがわしいスカウトじゃねえの?」

「協力してくれるのか?どうなんだ?」


竜司の事なんか眼中に無いとばかりに無視し、杏に一歩近づく祐介。
祐介の態度が頭に来た竜司が掴みかかろうとするが、咄嗟に暁が彼を後ろから羽交い絞めにして抑えるとズルズルと引き摺りながら離れていった。


「俺は斑目先生の門下生で、住み込みさせてもらってるんだ。画家を目指している」

「えっ!?」


祐介の言った事に驚いた杏が葵依の方に顔を向けるが、彼女は素知らぬ顔をしながら首を傾げて見せるだけで何も言わずに杏に近づいてきた。


「明日から駅前のデパートで斑目先生の個展が始まる。初日は、俺も手伝いに行くんだ。是非来てくれ。モデルの件…その時にでも返事をもらえると嬉しい」


そう言ってニコリと笑みを浮かべる祐介はポケットからチケットを取り出すと葵依に渡してきた。


「個展のチケットだ。……向こうの連中は興味無いだろうが人数分渡しておくよ」

「ありがとー」

「じゃあ明日、是非会場で!」


そう言ってチケットを受け取った葵依はそれを鞄の中に仕舞うと、祐介は杏に向かって嬉々とした様子で去っていった。


竜司たちと杏に対しての態度が分かりやすい彼に苦笑していると暁と竜司の二人が近づいてきた。


「アイツに何貰ったんだよ?」

「んー?明日から開かれる個展のチケットだよ」

「ふーん?………まさか行く気じゃねえよな?」


ついさっき祐介から貰ったチケットを鞄から取り出してヒラヒラと横に振る葵依。
彼女の持つチケットは祐介が言っていたようにしっかり4枚あった。
竜司は絵画に興味は無いらしく杏に声を掛ける。
杏は祐介が去っていった方に目をやったまま、少し考える素振りを見せるとポツリと呟いた。それは誰かに言うわけでもない独り言のようだった。


「…行ってみようかな」


その独り言が聞こえ、驚いた三人は彼女を見ていると暁の鞄の中からモルガナの声が聞こえてきて、葵依は耳を澄ませてみた。


「アン殿を狙うとは…ユースケ、その顔、覚えたからな!」


……うん、とりあえずほっとこう。
そう判断した葵依はそういえばと言って竜司を見る。


「んあ?んだよ?」

「さっき何言おうとしてたの?」


そう思いながら首を傾げれば竜司は思い出したように画面の着いたスマホを緩く左右に振った。

そこには三島が作った怪盗お願いチャンネルが開かれていた。

それを見せてから竜司が画面を操作していくが、表情は暗いままで肩を落とした。


「…ダメだ、大した情報ねえし。書き込みも減ってきてんな…」

「ワガハイ、一発屋で終わんのはご免だぜ?」


暁の鞄から出て来て彼の肩に両前足を乗せながら言うモルガナ。


「ジタバタしてもしょうがないよ」

「そうそう、果報は寝て待てって諺があるんだから焦る必要はないんじゃない?」


女子二人に言われ、竜司とモルガナは黙った。
そして葵依はキョロリと周囲に目を走らせ、どっかでお茶でもしようと皆を誘った。


「お茶って…どこで?」

「うー…ん、ちょっと隠れ家っぽいとこ♪」


そう言うとレッツゴーと言って歩き始めた葵依にそれぞれが顔を見合わせてから仕方ないなあと肩を竦めて着いて行った。

葵依の案内でやって来たのは以前葵依が快斗に連れて来られた新宿駅の中にあるカフェだった。

前と同じように店内にはあまり客がおらず、“話”をするには打ってつけの状態だった。

そして葵依は店の奥のテーブル席を頼み、そこに座った。


「こんな奥にカフェってあったんだ…」


感心したように言う杏と同じように驚いている様子を見せる竜司を他所にモルガナが鞄から頭だけを出して口を開いた。


「それでアオイ殿、こんな人の少ない所にワガハイ達を連れてきてどうすんだ?」

「あそこで怪盗の話をするには、耳が多すぎるからね」


そう言って葵依はジッと暁に目を向けた。
正面から彼女の目を見詰める暁は自然と背筋が伸びていた。
葵依はチラリと店員がこちらに来ることがない事を確認してから初めに、と口火を切った。


「前に言っていた取り引きだけど…結果は成立したよ」

「流石アオイ殿だぜ!」


嬉しそうに笑みを浮かべるモルガナに対して杏と竜司は素直に喜んでいたが暁だけは心配そうに葵依を見ていた。


「あと、報告はそれだけじゃない」

「カスタムしたモデルガンを買えるようにしてきたんだろ?」

「それとは別に、向こうで持ってきて保管してるもの…あるでしょ?」


葵依に言われ、暁達はモルガナが保管しているパレスで入手したものを思い出した。
パレスで金目になりそうだな、と思って持ってきたは良いけども換金に困っている品々に正直困っていた。


「その集めたモノも買い取ってくれるように“お願い”してきた」

「マジか!?」

「葵依スゴイ!」


その報告を聞いた竜司と杏が大きな声で喜んでいると店の入り口付近に立っていた店員がこちらを見てきたが、すぐに相手が学生という事で興味が失せたように視線を店の外に戻した。


「……ただし条件があるの」

「条件?」


条件という単語にモルガナが耳をピンと立てたが、葵依はそれを気にせずに言葉を続ける。


「買いに行くのはジェスター。売りに行くのはスカル。例えジョーカーやパンサーがスカルとジェスターの代わりで行ったとしても対応してくれない」


コードネームを使ってそう言うと皆は納得したように頷いた。


「以上が私からの報告でした」


そう言って芝居がかった動きでお辞儀をする葵依に竜司がお前よくやったな!!と褒めながら彼女の頭を撫でた。

葵依と竜司のやり取りを見ていた暁は彼女が何かを隠しているような気がして、ジッと笑っている彼女を見詰めていると竜司が口を開いた。


「そういえば、なんで個展行こうとか思ったんだよ?」

「まさか、あのユースケに一目ぼれ…」


モルガナがショックを受けたような顔をしてそう言うと杏がジロリとモルガナを軽く睨んでから否定する。


「そんなんじゃないっての!」

「そ、そうだよな?」


安心したように言うモルガナを見てから杏に目を向けると、彼女は前髪を弄ってから行ってみようと思った理由を話した。


「テレビの特集見てた時、結構いい絵だったし、タダ券あるならって思っただけだよ。それにあの時は違うかもって言ったけど…なんか気になっちゃって」


そう言って杏はチラリと葵依を見てきた。
杏の言葉に竜司もうーんと首を傾げ、暁も確かに気にはなるな…と呟く。


「それよりあと3枚貰ったコレ、どうする?たまには芸術でも鑑賞してみる?」

「ゲージツ、ねえ…」

「こうなりゃ全員で行くぜ!」


モルガナの言葉に全員が彼を見ると彼はにこやかに笑う。


「芸術の鑑賞は、人間の魅力や品性を高める。美術品の真贋を間違う怪盗なんてダサいしな」


それもそうか、と思いながらモルガナの言葉を聞いていると竜司がみんなで行くならいっか、と軽い返事をし、杏はみんなで行けることが嬉しいのか笑顔で、暁も心なし楽しみにしているように見えた。


「個展に行くって響きが、ちょっと大人な感じだね!」

「そうだね!」


杏の言葉に同意しながら明日は混むだろうなぁ、と思った葵依は動きやすい服装かつ場違いな恰好にならないようにして行こうと決めた。


「じゃあ明日、会場前に集合ね」

「チケットは今渡しとく?それとも明日会場前で?」

「んー、誰かさん失くしそうだし、明日会場前に集まってからにしよ」


杏が竜司を見ながら言えば見られていた本人がおいっ!?とツッコミを入れると全員が笑った。

その後、解散した葵依だったが暁に捕まって二人と一匹で話すことになった。


「どうかしたの?」

「さっきの報告のことだけど」

「何か分からない所あった?」


そう訊けば暁は首を横に振った。
では彼は何を聞きに来たのだろうか?私はこれから志帆の家に行きたいのに。
そう思いながら彼を見ていると彼は真剣な表情で相手から何を要求された?と訊いてきた。

その質問に驚いた葵依は目を丸くさせて暁を見上げる。
彼の目には黙秘は許さない、と言っていて嘘も通じないだろうと判断した葵依は小さく溜息を吐いた。


「相手からの要求は“言えない”」

「なんで」

「“それ”も要求の一つだから」


岩井は誰にも言うな、と釘を刺してきたのだ。
ここで暁に言っては取り引きを無かったことにすることになる。

しかし暁は食い下がって俺も黙っているから、と言ってきたが葵依は首を縦に振らなかった。

この取引は櫻井葵依が岩井宗久と行ったもので、リーダーである暁でも立ち入ることは許されない。

取り引きの内容を知っている人間が増えれば増える程、周囲にバレる危険も増す。

葵依はそれを知っているから頑なに喋ろうとはしなかった。

何が何でも口を割らないと察した暁はグッと自分の拳を強く握って分かった、とだけ言った。その声は若干震えているようにも思えたが、きっと気のせいだろう。


「大丈夫、私達の不利になるようなことにはしないから」

「………葵依」

「なに?暁」

「俺は葵依の事を仲間だと思ってる」

「私もだよ」

「だから、どうしても一人じゃ無理だと思ったら…頼ってくれ」

「うん、ありがとう」


葵依の返事を聞いた暁はそのまま帰っていき、葵依はその場に立ち尽くした。

仲間とか頼ってくれとか、馬鹿みたいだ。
口ではああ答えたが私は、××××は貴方達を仲間とも友人とも思ったことが無いというのに。……いや、思わないようにしているといった方が正しいか。

貴方たちは監視対象で、私は監視する者だから。
相容れることなんて、しちゃいけない。

私が唯一心を許せるのはあの2人達だけ…、まあ、1人は死んじゃったけど……。


自分の気分が暗いものになってしまい、志帆に会いに行く気になれなくなった葵依は疲れたように溜息を吐いて家に帰ることにした。

このまま志帆に会ったとしても、彼女の知っている“櫻井葵依”として振る舞える気がしなかったからだ。


そして家に帰るなりすぐにシャワーを浴びて頭もろくに乾かさないまま寝てしまった葵依はチャットで斑目について暁達が話している事に気付かないまま、眠ってしまった。


*****


翌日、雨が窓ガラスを叩く音を目覚ましに起きた葵依はグッと体を伸ばしてカーテンを開けると、やっぱり雨が大量に降っていた。


「うわぁ、本降りだ…」


呟いてから出掛ける準備をする為に洗面所に向かった。
まずは顔を洗ってから寝ぐせの付いた頭をどうにかしなくては……。

そう言えば昨日、寝ている間に葵依抜きでチャットを使って話をしていたらしく、チャットの一番上にNEWと表示されたスレッドを見付け、内容を確認した葵依はみんなも斑目一流斎が怪しいと思っているのかと前にみんなが言っていた事を思い出しちょっと呆れたが、何もかも鵜呑みにしてしまうよりか良い事だと思うようにした。

それに自分自身、メメントスで中野原が言っていたマダラメが日本美術界の巨匠と謳われている斑目一流斎であるのかの真偽を確かめるつもりだったのだ。

自分だけでは気付けなかった事も誰かが気付いて話してくれるだろう、とう判断した葵依はドライヤーのスイッチを入れた。


*****


そしてデパートの中で合流した。その時に全員からお前誰?と言われたがワザとらしく憤慨して葵依だと言えば、なぜか疑いの目を向けられつつ納得された。

今の葵依は端正なイメージのダブルの黒ジャケットをデニムスキニーと合わせて来ただけなのだがそんなに可笑しかっただろうか、後は雨だから裾を少しだけ捲ってちょっと肌を出しているけども…。

なんて自分の恰好が可笑しかっただろうか?と思いながら全員にチケットを渡してから暁がモルガナに鞄から絶対に出ないように言い聞かせているのを見ながら個展内に足を踏み入れた。


しかし個展内は葵依の予想通り、初日ということもあって沢山の人で溢れかえっていたので葵依は逸れた場合、駅の連宅通路に集まろうと言って皆は頷いた。

テレビでもよく取り上げられるほど、“超”が付く有名日本画家の個展であるのだ。普段芸術に興味が無くても、これなら行ってみるというミーハーな客も多数いるだろうし、話のネタにもなるだろう。


「来てくれたんだね!」


暁たちが人の多さに尻込みしていると、嬉々とした声が近付いてきた。四人が一斉に目を向けると、昨日出会った祐介がそこに立っていた。
祐介は暁と竜司を見て露骨に嫌そうな顔をし、それから葵依の方に目を向けて目を丸くした。


「君は…もしかして櫻井さん?」

「そうだよー」


ニコリと笑いながら片手を軽く振った葵依に祐介は信じられないと言いたげに彼女を頭の天辺からつま先までジッと見てから感嘆の溜息を洩らした。


「服装だけでこうも雰囲気が変わるとは…驚きだな」

「そうかな?」

「ああ、一瞬どこのモデルかと思ったくらいだ」

「あははは、お世辞上手いねー」


祐介の言ったことを笑いながらありがとうと言う葵依だが、実は暁達も思っていたことだった。

普段は中二病全開だというのに、何故か私服だとそう思えなくなるくらい変わるのだ。
前回の打ち上げの時も杏曰く大人っぽいワントーンコーデで、なんか負けた気分だったと言っていた。

それが今回はシックなファッションで来たものだから全員でお前誰だ!?と言ってしまったが、その時の地団駄を踏みながら葵依だよ!!と言われ、ようやく納得したのだった。

なんて思い出していると祐介は指でフレームを作るとそこから葵依を覗き見る。


「ふむ、少女のあどけなさの中に隠された大人の魅力…。なるほど、こういうのもいいかもしれない」


杏の前でも見せた彼の作品への“情熱”に杏と暁は呆れたように溜息を吐き、竜司はジロリと祐介を睨み付け、葵依は苦笑するしかなかった。


「高巻さんと櫻井さんは俺が案内しよう。お前たちは他のお客様の邪魔にならないようにな」


祐介は早口にそう言うと、葵依と杏を連れて踵を返した。
杏はモデルの件がある手前仕方がないが、巻き込まれるような形になった葵依はチラリと暁と竜司の方を振り返る。
暁はそれに心配ないと手を振り、仕方がないので不機嫌になった竜司と二人で展示を見て回ることにした。


201809221415