パレスの下見

  

噴水の見える脇道を通り、オブジェの上を渡っていると警備員の姿をしたシャドウが一人、見回りをしているのを見付けた。


「この辺りにも、警備員がいるな……」

「おい、スカル」

「留まってたら見付かっちゃうよ」


オブジェの上から警備員の様子を見ていたスカルにモナとジェスターが注意を入れると、彼は唇を尖らせながらわーったよ、と不貞腐れたような態度で返事をした。


そのまま美術館の開いた天窓からモナが用意しておいたロープを使って降りた一同は美術館の中が静かだということに違和感を覚えた。


「……静かだな、不気味なくらい」


外にはあんな長蛇の列を作るほど、沢山の人が並んでいたというのに、美術館の中には人の気配が一切しなかった。

その異様さにジョーカーもモナの言った不気味という言葉に頷く。

そして美術館の中には当たり前と言っていいのか、額縁に飾られた沢山の絵が飾られていた。

違和感があるとすれば、その全てが人物画だということだった。風景画や抽象画が一切ない。もしかしたらそういうフロアなのかもしれないがどうにも可笑しい。

そして入り口の一つをシャッターで閉じ、もう一つには緑色のランプが入り口の左右に3っつずつ付けられている事からあれがセンサーなのだと察した。


「(まあ、美術館なら当然“有る”だろうけど……こんなに分かりやすくていいの?こっちとしては助かるけど……)」


パンサーの指摘で人物画が蠢くように歪んで動いている事に気付くが、スカルがパレスなんだからビビることじゃねえだろ?と返すがモナが首を横に振る。


「いや、パレスの在り様は、主の心の在り様だ。調べておいた方が良いかもな……」


モナの言葉通りジョーカーが近くの絵に近づいてみると、説明書きの欄を見付けたスカルがそれを読み上げるが意味が分からなかったらしく、首を傾げた。


「……名前と年齢?なんだこりゃ?」

「絵のタイトル……じゃないよね?作者の名前かな?」


情報が全く足りない為、うーん?と首を傾げるスカルとパンサーを他所にジョーカー、モナ、ジェスターの三人は黙ったまま歪んだ絵を見詰めた。


「……別の絵も見てみよう」


ジョーカーの指示に一同は頷き、隣のフロアへと移動していく。ジェスターも絵から目を離して着いて行こうとした際、緑色に光っている明かりに目を向けてからジェスターはキョロリとフロア内に目を走らせるが、ここにも警備員の姿が見えないことが気になった。

罠だろうか?

なんて考え込んでいるとパンサーがキョロリとフロア内を見回しながら口を開く。


「もしかしてこのフロアが人物画のコーナー……なんて事、ないよね?」

「これも名前と年齢が書かれてる……全部そうなのか?」

「美術館というパレスに並ぶ、人間の絵、か……」


ばらけて絵画の説明書きを読んでいたメンバーの言葉を聞きながらジェスターも近くにあった絵画を見上げては別の絵に目を走らせる。

どれも同じような構図ばかり。しかも自分を見ているのでは?と錯覚させるほど、描かれている人達の目線はこちらに向けられていた。


「なんか、こう人の絵ばっかり並んでると、気持ち悪いな……」


そう言いながら近くにやって来たスカルは本当に気持ち悪そうに口をへの字に曲げていた。それを労うように彼の背中を数回叩いてから集合するとパンサーが可笑しい…と声を漏らす。


「斑目先生って、作風が多彩な事で有名なのに……。飾られてるのは、同じような人物がばっかり…個展の時とはまるで……」


悲し気に目を伏せたパンサーになんて声を掛ければいいのか、分からなかった。

そう思いながら目を動かせば、メメントスで出会った中野原によく似た、眼鏡を掛けた男性の絵を見付けた。説明書きのプレートを読んでみるとそこには中野原夏彦と書かれており本人で間違いなさそうだった。

ジェスターが中野原の絵を見ている事に気付いたジョーカーが中野原……?と呟きながらこちらに近づいてくると自然と三人も近付いてくる。


「いやいや、おかしいだろ!?なんでアイツの絵がココにあんだよ!」

「このプレートに書かれていたのは、描かれている人の名前と年齢だったらしいな」


スカルの動揺にジョーカーが冷静に対応しているのをBGMにジェスターは考えるが……答えを出すには、まだ情報が足りない。

情報が足りないまま考えても仕方がないので進んでいくと、怪盗団はとある人物が描かれた絵の前に辿り着いた。艶のある濃紺の髪に、鼻筋の通った精悍な顔立ち、常に美と向き合う純粋すぎるその眼差しには見覚えがあった。


「この絵、アイツじゃねえの……?」

「喜多川祐介って書いてある。間違いない」


パンサーがプレートの字を見て呟いた。それにドッと汗が噴き出るような感覚を抱きながらジェスターがゆっくりと顔を上げて周りを見る。先ほどの中野原の絵に、今目の前にある祐介の絵――二人にはある共通点があった。中野原のいうマダラメが斑目一流斎というのであればの話だが。


「もしかしたらここにある人物画は全部、斑目一流斎の弟子なのかも……」


仮説でも点と点が繋がると嘘みたいに他の事も自然と見えてくるから不思議だ。

そう思いながら、ここに来るだけでも相当な数があった絵を思い出す。その絵が全部彼の弟子を示しているのだとしたら、一つの可能性が生まれてくる。


「ジェスターも気付いたか?ワガハイもなんとなく見えてきたぜ……。もう少し奥を調べてみよう。確信が欲しい」


モナとジェスターの言葉に驚いて、目を見張る。
ここに来るまでかなりの枚数があったが、パレスに入る前に斑目の住んでいるあばら屋に行った時、弟子は祐介ただ一人だった。

おそらく美術館内にある祐介以外の絵は元弟子達の絵なのだろう。

そう告げたモナの言葉にジョーカーは中野原の件と今回の件は関連性がありそうだな、と考え本人と話がしてみたいと考えた。

そのまま怪盗団は美術館の奥へと進み、エントランスに着くとパンサーがもしかして、と言いながらキラキラ光るこれまた悪趣味なパンフレットを一枚、抜き取ってきた。


「これ、多分ここのパンフレットだと思う」

「パレスのクセに芸が細けぇよなぁ……こんなモン、無視でいいだろ?」

「パンフレットってさ、館内案内地図……入ってるよね?」


スカルの言葉に呆れながらジェスターが呟けばパンサーはパンフレットを開いてみた。
そこには確かに美術館内の地図、半分が書かれていた。


「もしかして、コレにオタカラまでの場所まで載ってたりして!って思ったんだけどなぁ……」


残念、と肩を落とすパンサーにジョーカーが苦笑する。


「少なくとも、美術館の規模を知る参考にはなるだろうな。パンサー、お手柄だぜ!」


モナはそう言ってパンフレット、美術館の見取り図・上をパンサーに任せた。
しかし、この見取り図を見る限り、この美術館…かなり広い。


「……まあ、美術館だし…広いよね。ジェスターワカッテタ」

「……だな」


美術館の広さにげんなりとした空気を出すジェスターとスカルにモナが叱咤する。


「とりあえず、見取り図のもう半分を探すのは今度だ。今回の目的はマダラメの認知を確かめることだぜ」

「ああ、あの先生が本当はどんな人間なのか、結果次第では話が変わる」


ジョーカーの言葉に全員の気が引き締まり、探索が再開される。

そして、広間のような場所でひときわ輝く金の像を見つけた。
この美術館で初めて人物画以外の作品を見付けたことに、これは調べないといけないな、とモナが呟いた。

【無限の泉】と題されたその作品と説明書きを見て、ジェスターとモナの予想は確信へと変わった。プレートに記載されていた説明書きはこうだ。


『彼らは、班目館長が私費を投じて作り上げた作品群である。彼等は自身のあらゆる着想とイマジネーションを生涯、館長様に捧げ続けなければならない。それが叶わぬ者に、生きる価値無し!』


この謳い文句で抱いていた疑いが、確信へと変わった。


「弟子の着想を……自分のものにしてたって事!?」

「クソ、とんだ食わせジジイだ、あの野郎!」


パンサーとスカルが怒りの声を上げる。彼を信じていた分、その怒りは大きいだろう。
ネットに書き込まれた盗作は事実だったらしい。

班目は門下生とした弟子達の着想を自分のものとして発表し、これまで称賛を得ていたことは賑わっていた昨日の個展の様子から見て間違いない。

様々な作風を一人の人間が作り出しているという神業の裏には、着想を盗まれ踏み台にされ、棄てられてきた弟子達の存在があったということをここにいる五人は知った。


「飾ってあった人物画の数々は斑目一流斎の“認知上の弟子達”だったか……」


これまで見てきた絵についてのジェスターとモナの予想は最悪の事実として当たってしまった。

そして弟子は俺のモノという考えは鴨志田と同じようなもので、パンサーはギュッと自分の拳を強く握り締めていた。


「さらに“生きる価値無し”ときてるぜ、これ。多分虐待のことじゃねえの?マダラメ様の役に立つうちは置いてやるけど、駄目になったら……」


モナの言葉に一瞬沈黙が訪れた。これの一文は間違いなく『虐待』の噂に通じているだろう。


「まるで奴隷や道具じゃない!!」


鴨志田のパレスで見た奴隷と化していた認知上の部員の姿を思い出したのかパンサーが怒りの声を上げる。


「なんで祐介は黙ってんだ?庇う理由ねえだろ!?」

「引き取ってくれた、恩人だって言ってたよね……」

「だからってよ……!」


スカルは悔しそうに唇を噛み、パンサーは俯いた。そのまま全員が沈黙する。
しかしジェスターはなんとなく、本当になんとなく祐介の気持ちが分かってしまうような気がした。

きっと彼は信じているんだ。

今はこうでも、きっと自分の知っている優しい先生に戻ってくれる日が来るという事を。

彼と斑目がどんな風に過ごしてきたのかなんて赤の他人である自分達には解りもしないが彼が沈黙を貫き、庇うという事は多分そうなんだろうと思ったジェスターはそっと作品から目を逸らした。


「どうするよ?これもう次のターゲットは班目でいいよな?」


静寂を破ったスカルの怒りが混ざった問いに、ジョーカーをはじめとするジェスター以外の全員が頷いた。

賛同しなかったジェスターをスカルが睨み付ける。


「お前はやらねえのかよ!?」

「違うよ、一時の感情で……その場の勢いで決めず、まずは関係者に確認を取っ!?」

「んだよ、確認って!?」


怒りで頭に血が上っているのかスカルがジェスターの言葉を遮りながら彼女の胸倉を掴み上げた。
床から足が離れ、グッと首が閉まる苦しさに顔を歪めるジェスターにジョーカー達が止めに入るがスカルは訊く耳を持っていなかった。


「ぐ……実際に、悪事があ……たかどうか、ウラをと……いた方が確実に、追い……められ……」


息苦しいが自分の口からそう告げないと彼は聞かない。
そう判断したジェスターが途切れ途切れに言いながら、手を離させようともがくがスカルの手は離されない。このままでは窒息死してしまう。


「スカル!!ジェスターを殺す気!?」


パンサーの言葉にハッとしたスカルがパッと手を離すとジェスターの身体は床に落ち、倒れ込みながら首を押さえて咳き込むジェスターの背中をジョーカーが摩りながら大丈夫か!?と声を掛けてくる。


「スカル。怒りたい気持ちは分かるが仲間に向けるものじゃないだろ」

「ぁ、俺……」

「とりあえずジェスターの言う通り、情報を集めよう。俺達は相手の事を知らな過ぎる」


スカルを責めるような目でそう言ったジョーカーにスカルはよろけながら立ち上がるジェスターを見てから力無く頷いた。

気まずい空気のままパレスから退散したメンバーは再び祐介に接触することにした。杏がモデルの件で連絡を取り、それに全員がついていくという寸法だ。


「喜多川くん、どうしてあの人を庇ってるんだろう。一緒に住んでいるなら、本性を知っていても可笑しくないのに」


帰り道、そう言ってあばら屋を見上げる杏に、暁が彼女の肩に手を掛けた。


「大丈夫。明日の放課後、訊きに行こう」

「うん……」


頷きながらガードレールに腰掛けて自分の首を摩っては険しい顔をしている葵依に目を向ける。

ケホッとたまに咳き込む彼女は険しい顔をしながら膝の上に乗って大丈夫か?と声を掛けてくるモルガナに頷いていた。

自分が止めなければ死んでいたかもしれない。

そう思うとゾッとする。

仲間が、仲間を殺すなんて……。

改めて実感した恐怖に杏はキッと目尻を釣り上げて居心地悪そうにしている竜司に近づく。暁は杏の様子にサッと距離を取り、目を逸らした。

その瞬間、バチン!!と乾いた音がやけに大きく響いて聞こえたような気がした。

いきなり杏から強烈な平手をもろに受けた竜司はキョトンとした顔をしながら打たれた頬に手を添えて自分の前で憤慨している杏を見る。


「い、きなり何すんだよ……!」

「あんたこそさっき、自分が何やったか分かってんの!?早く大物をやりたくて焦ってるのは分かるけど、相手を……仲間を傷付けて良いとでも思ってんの!?少しは考えなさいよ!」

「っ……」


杏の言葉に言い返す言葉が出てこない竜司は杏から目を反らしてこちらの様子を伺っている。暁、モルガナ、葵依の三人は何も言わずに見ているだけだった。

ここで葵依が責めるような事を言ってくれれば、謝れるのに、彼女は動こうとはしないし何も言わない。

未だに怒りが収まらないといった様子の杏の目付きは鋭く、正直怖い。


「……わりぃ」

「それは私に言うことじゃないでしょ」


腰に両手を当てながらキッと睨み付けて顎でこちらを見ている葵依を指すと、自然と竜司の視線は彼女に向けられ、その細い首に目が向く。

さっきまでそこを摩っていた手はスマホを持っていた。

見ているだけで動こうとしない竜司に杏が更に目を鋭くさせると、竜司は慌てて葵依に近づいた。

暁とモルガナは竜司の邪魔にならないように杏の近くに移動すると二人の様子を見守る。

葵依は自分の前に立ってキョロキョロと目線だけをあっちこっちと忙しなく動かしている竜司を見ながら何も言わない。


「あー、その、えっと……」


片手を頭の後ろにやりながらしどろもどろになりながら、#nam1#と目を合わせると彼はごめん、と謝った。

その目は不安に揺れており、いつもの彼とは違うように見えた葵依は少しだけ間を置いていいよ、と彼の謝罪を受け入れた。


「大物をやりたいって気持ちが強かっただけの衝動的な行動なんだよね?」


確認するように訊けば、彼は戸惑いながらも頷き、もう一回謝るが葵依はそれを笑って許す。


「焦る気持ちは分かるからいいよ。それに次、気を付ければいいんだから」

「ああ、悪かった……」


何度も謝ってくる竜司に苦笑した葵依は持っていたスマホがPiPiPiと鳴りながら振るえ、画面を開き表示された名前に驚いて目を丸くさせた。

どうしたのだろうか?と思いながら竜司たちから離れつつ電話に出ると懐かしい声が耳朶を打った。


『……もしもし』


久しぶりに聞いた声には覇気が無く、それだけで落ち込んでいるという事が分かる。
電話向こうの相手に久しぶり、と返せば鼻を啜る音と一緒にうん、と返ってきた。


『ねえ、今……会えるかな』

「うん、今からお家に行ってもいい?」

『う゛ん……ま゛っでる……』


泣くのを堪えている声でそう返事をした彼女は電話を切ってしまい、スマホからは無機質な機械音が流れた。

スマホを仕舞って暁達に近付いた葵依は暁に用事が出来たと告げる。暁は心配そうに葵依の首元に目を向けてきたがニッコリと笑顔を浮かべて平気だと告げてから竜司に顔を向け、彼の背中を思いっきり叩いた。


「いってぇえっ!!?」

「ふふん、これでチャラにしてしんぜよう」


ドヤァと胸を張りながら言うと暁達は呆れたような笑みを浮かべ、竜司は叩かれた背中を摩った。


「じゃあまた明日!!」


そう言って手を振りながらその場を走って立ち去る葵依は後ろで彼等が自分に向かって手を振っているのをカーブミラー越しに見て、苦笑した。


*****


カーテンを閉め切った部屋は暗い。

私はベッドの上で頭からブランケットを被って自分の膝を抱え込むように座りながらさっき電話をした彼女が来るのをひたすら待ちながら特に何かがあるわけでもないのに目の前を見詰める。

チクタクと時計の針と外を走る車の音だけが聞こえてくる。

今、自分が何をしたいのかわからない。
そもそも何もしたくないのだ。

頭の中が真っ白になっててどうしたらいいのかが、わからない。

ギュッと強く目を閉じれば、やって来るのは真っ暗な世界。無性に怖くて―――だけど安心もできる世界。

なのに、私の目からは涙がボロボロ、ボロボロと溢れてくる。まるで涙腺が壊れてしまったんじゃないかって思えるくらい沢山の涙が流れる。

どれくらい泣いていたのか時間を見てないからわからないけど、ピンポン……と来客を知らせるチャイムが静かな家の中に響いた。

今、家には私以外誰もいない。

だから私はブランケットを被ったままノロノロと、遅い歩みで玄関へと向かう。

彼女じゃないかもしれない。
ドキドキと緊張と不安で速まる鼓動を無視しながらドアスコープから外を見れば鞄を肩に掛けて立っている葵依の姿があり、私は詰めていた息を吐きながら、玄関の鍵を開けた。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!葵依ちゃんでーす!」

「クスッ……待ってたよ、葵依……久しぶり」


私を見て驚いた表情をしたけど、すぐに昔アニメで聞いたことのある台詞を言いながらニッコリと、まるで太陽みたいに眩しい笑顔を見せてくれる葵依につられて、私も笑った。


*****


久しぶりに会った志帆はまるで自分を守るようにブランケットを頭から被っていた。頬が痩け、目の下にはくっきりとした隈も出来ていた。

そして彼女の両目は白い部分が見えない程、真っ赤に充血してもいて、私は彼女がとても危うい状態なんだと察した。


「とりあえず、入って……」

「お邪魔しまーす」


志帆の言葉に葵依は彼女の家に上がり込む。
明かりが付いていないため、少し薄暗い家の中を進み志帆の部屋に連れてこられた葵依は大人しく座った。

志帆は膝を抱えながら向かい合うように座ると笑みを浮かべる。


「……」

「……」


何を話せば良いのかわからず、お互いに無言で見つめあう状態になってしまうが葵依は何も言わずに目の前に体を小さくさせて座る志帆を見てから葵依は口を開いた。


「志帆ちゃん、少し痩せたね」

「そうかも」

「ご飯、食べてる?」

「食欲、無いんだ……」


葵依の言葉に力無く笑いながら答える志帆に葵依は改めて彼女のキズがとても深いものなってしまっているのだと知った。


「あれから、ずっと杏が来てくれるんだけどね……会えないの」

「……」

「杏と会ったら、私きっと酷いこと言っちゃうから……」


だから、会えないの……。

そう言って顔を膝に埋めて隠してしまった志帆に葵依は何て言えば良いのかわからなかったが、葵依の予想では志帆が杏に向かって酷いことを言うことはないだろう。

きっとお互いに謝って、許してしまう。だから。

杏のせいで私は鴨志田に脅され続けてきたんだ!
なんで杏の為にここまで苦しむ必要があったの!?

そういった言葉を投げることはないだろう。
むしろ抱え込んで、杏にバレないように隠してしまう。

志帆は、人に嫌われることと人を傷付けることに酷く怯えている節があるから。


「……ねえ、志帆ちゃん」

「なぁに……?」


呼び掛けると隠していた顔を上げ、葵依を見てくる志帆の目はどこか虚ろだった。

葵依は彼女の横から近付く。
正面から近づくと怯えさせてしまう可能性があるからだ。


「辛い?」


葵依の短い質問。
しかし志帆は答えることは出来ず、視線を揺らせながら見上げることしか出来ない。

答えない志帆に葵依は言葉を続ける。


「私には志帆ちゃんの心を読むことなんて出来ないから、今、志帆ちゃんがどう思ってるのか知りたい」

「わ、たしは……」


不安そうに視線を動かす志帆に葵依は彼女が話すのを待つ。いつもとは違う、真面目な言い方をする葵依に志帆は躊躇しながらも口を開く。


「……辛い、かも……」

「そっか…」


葵依が返事をすると志帆はポツリポツリと小声でだが話始めた。

外に出ると誰かに見られてるような気がして怖い。
毎日ここに来てくれる杏の気遣いは嬉しいがもう来ないでほしい。
色々と考えて夜も眠れなくなった。

そう言った志帆に葵依はどうしたい?と訊いてみた。


「え……?」

「志帆ちゃんは今、何がしたい?」

「今は……葵依とお出掛けしたい、かな」


思ってなかった提案に葵依は目を丸くさせたがすぐにいいよ、と頷いた。


「どこに行こっか」

「トロピカルランド……いきたい」


おそるおそると声に出した場所に葵依は時間的に今からは難しいと判断し今週の土曜に行こうと提案すると彼女は驚いたように目を丸くさせる。


「いいの?」

「うん」

「……ありがとう」


嬉しそうに笑う志帆に笑い返す葵依は土曜日の予定を志帆と一緒に話して、外が暗くなると志帆の両親が帰って来たのをきっかけに葵依は志帆の家から自分の家へと帰宅した。


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