世界最大のルビー

   

電車の中でチャットを確認すると志帆の家を出る少し前に杏が恩人だったらなんでも許せるものなのか?よくわかんなくなってきたと打ってきていて、その事に竜司がどうしたのかと訊ねていた。


『喜多川くんの話だと斑目、問題なさげじゃない?』


何やら悩んでいるらしい杏に二人が訊ねると鴨志田のときとは違うターゲットの印象に杏は戸惑っているようだった。


『斑目は悪い奴なんだって分かってるけど…被害に遭ってる人を実際に見てないからかな?』

『まあ、確かにそこは鴨志田の時とは違うよな』

『極論かもしれないけど、どんな悪い奴でも誰にも迷惑かけてないなら…私達が出てかなくても良くない?』

『迷惑かどうかは祐介が決めるって事か?まあ…そうかもな。俺だったら絶対に許せねえけどな!』

『どうあれ、祐介に連絡を頼む』

『うん、分かった。悩むのは真相が分かってからでもいっか。じゃあ明日の放課後、渋谷でね』


そしてチャットの内容を確認し終えると丁度駅に着いたので電車から降りた。
定期券を使って改札から出ると、正面の柱に張り付けられた【ホッパー奇術団、ラストショー】と書かれたポスターが目に入った。
それを見て、葵依は思い出したように鞄の中に手を入れると、昼間に貰ったチケットを取り出した。
チケットには今夜20時からの公演と記されており、折角貰ったのだから行こうかな、と考え、時計を確認する。

公演時間までにはまだ時間もあるので一度家に帰って着替えてからでも十分間に合うと判断すると、葵依は急いで家へと向かった。


「(そういえばチケットは2枚だし……アイツも呼んどくか……)」


嫌だけど、と思いながら葵依は歩きながら電話を掛けた。


*****


レースの透け感で少し大人らしさのあるネイビーのパーティドレスを着て、首長の激しくないネックレスを付け、軽く化粧をしてからパーティバックを持つと言えを出た。

会場とされている港ホテル前に着けば、入口に白いスーツを着た明智が立っていて葵依に気付くと誰もが振り返るような笑顔で手を振ってきた。


「今日は誘ってくれてありがとう、葵依」

「……ウワー」

「何がウワーなのかな?」


首を傾げて訊いてくる明智にナンデモナイと返しながら彼にチケットを渡すと彼は受け取って葵依の手を引き、ホテル内へと進んでいく。


「会場は5階らしいね」

「今日限りの公演だから、結構な人だろうね」


エレベーターに乗り込んで時計を確認すると、時刻は19:29となっていてまだ余裕があった。


「マジックショーなんて幼稚園以来だから結構楽しみなんだ」

「へえ、私はちゃんとしたマジックショーは初めてなんだよ」

「そうなのかい?」

「そうなの」


何せ、小さい頃から両親とセンセイに体術や各種武器の取り扱い、破壊工作に諜報活動、暗殺術など多くの事を叩きこまれていたのだ。マジックショーと言った娯楽など、自分には関係ない物だと思っていた。

しかし江古田中学で快斗に見せてもらったマジック、あれは素直に驚いたしワクワクもしたな。なんて思い出していればエレベーターは5階に到着し、明智にエスコートされる形で会場に入り、ウェイトレスの案内でテーブルに着いた。

キョロリと周囲を見ていれば葵依は自分に向けられる視線に気付き、そちらに目を向けるがそこに知り合いらしい人物はおらず、奇術団のメンバーだけがそこにいた。


「……どうかした?」

「視線を感じたんだけど……気のせいみたい」

「そう……。それにしてもホッパー奇術団か」


明智が頬杖を突いて会場内に目を走らせると口角を上げて笑みを浮かべた。
それに気付いた葵依が彼を見ると、明智は笑みを浮かべたまま葵依に顔を近づけた。


「会場内に見た顔が何人かいるんだよ」

「見た顔?」

「そう……捜査二課の人達がね」


キミの後ろのテーブルには警部が娘さんと一緒にいる。

明智に言われ、葵依がそろりと後ろのテーブルに目を向ければそこには中森警部と青子が座っていた。


「どうやら、怪盗キッドが現れると思っているようだ」

「……なるほどね。それじゃあ、そろそろ離れてよ」

「つれないなぁ」

「誰がつられるかっての」


半目になりながら明智の胸をそっと軽く押せば、彼は素直に元の位置に戻った。
そして会場内が暗くなり、ステージをライトが照らし出せばジョディ・ホッパーが挨拶の為に姿を現した。

彼女は日本語で挨拶を終わらすと、奇術団のメンバーが様々なマジックを披露していく。
ステージで行われるマジックに切断や浮遊、脱出など迫力のあるマジックもあり、葵依はたびたび驚きの声を上げていく。

それを楽しそうに眺めていた明智はステージ脇から団長のジョディが姿を現したことに気付き、そちらに目を向ける。にこやかに客に挨拶していく彼女の胸元に大きくその存在を主張するように光っている宝石が着けられていた。


「(あれが世界最大のルビー、か)」


しかし明智は疑問に思った。
あれではルビーではなく、サファイアではないのか?と。

そう彼女が着けているルビーは赤ではなく青だったからだ。
ルビーとはコランダムの中で赤色を示すものの呼称。当然、透明感が高く、インクルージョンの少ない物が高価であるといわれている。ちなみに鉄やチタンが混入すると青色のサファイアになる。と明智が考えているとマジックショーも終わりに近づいてきたようでステージに大砲が設置される。


「さあ!ショーのフィナーレを飾るのは人間大砲!」


司会が声高高に言うと後方の観客席から煙幕が発生し、会場内の視線が一斉に向けられるとそこから人影――怪盗キッドが現れる。


「ショーのフィナーレは……私に任せていただこうか?」


澄ました言い方をしながらシルクハットの鍔を持つ彼に中森警部が驚きの声を上げる。
明智はチラリとその人影を見ながら葵依に目を向ければ、彼女は目を鋭くさせて人影を見つつ、鞄の中から小型の通信機を明智に渡してきた。

それを受け取った明智は袖口に通信機を取り付けるといつでも動けるようにするが、あの怪盗キッドに違和感を覚えていた。

前にセリザベス号で会ったキッドとは違う気がする。

そう思っているとキッドはジョディの着けている宝石には一切近づかず、会場から飛び出していった。


「逃がすな!追えー!!」

「ハッ!!」


中森警部の号令に会場に潜んでいた捜査官たちが一斉にキッドの後を追い掛けていく。
明智も少し考えてから彼等の後を追い掛ける為、会場から飛び出していった。

ホテルの廊下を走っているとキッドが使っているとトランプ銃とは違う、拳銃を取り出し威嚇するように中森警部の足元に発砲してきた。

発砲されたことに驚き、座り込む警部を見ながら明智は確信した。


「(あの男はキッドじゃない。成りすましだ)」


しかしキッドに成りすまして何をしようとした?
明智がそう考えていれば、警部達はキッドの偽物を追い掛けていってしまった。


「そうか……会場から警察を追い出す為か!」


会場内から警察がいなくなれば誰が得をするか、それは勿論ジョディ・ホッパー団長が所有する宝石を狙った者。しかしキッドは彼女の宝石を盗まないと警察にメッセージカードを送っている。であれば別の者があの宝石を狙っている。


「……しまった。このままじゃ彼女が危ない!!」


恐らく相手は複数人で来ているのだろう、キッドに扮した男が囮役として警察を会場から連れ出し、無防備となっているジョディを襲い宝石を奪う。さっきの偽物が銃を所持している事を考えれば、簡単に行きついた可能性に明智は通信機で会場に残った葵依に連絡をした。


*****


『あのキッドは偽物だった。恐らくアイツの仲間が会場内にいる筈だ』

「今回はキッドの成りすまし犯か……」

『ああ、それと相手は銃を所持している可能性が高い。充分に気を付けて』

「わかった。そっちも気を付けて」


会場に残った葵依は通信を切るとキョロリと会場内に視線を走らせた。すると客の数が少なくなっている事に気付き、耳に神経を集中させながら警戒していると奇術団のメンバー達がいるステージ脇からボンと何かが爆発するような音が聞こえてきた。

急いでステージ脇に向かえばそこには死者こそいないものの重軽症を負った奇術団のメンバーが転がっていた。


「大丈夫ですか!?」

「私の事はいい!それよりもお嬢様がキッドと一緒に……!」

「キッド?彼がここに?」

「キッドはお嬢様を連れてどこかに行ってしまった!!それにワシ等を襲ってきた男もそれを追って上の階に……!」


老人に言われ、葵依が咄嗟に上に目を向ければワイヤーが一本垂れていた。葵依はスマホで救急に電話を掛けると、老人にすぐに救急車が来ますと告げると上の階へと向かった。

階段を駆け上っていれば、大勢が血相を変えて転がるように上から降りてきた。
スーツを着た男性やオシャレをした女性、中にはコックやウェイトレスがいることから葵依はキッド達が最上階の回転展望レストランにいるのだと判断した。

階段を上っている途中、壁や床に銃で撃たれた後がある事に気付き、太股に付けたホルスターからS&W M6P シールドを取り出すとしっかりと握ってレストランの入口付近の壁に身を寄せると物凄い勢いで回転している音が聞こえた。

何だ?と思いながら中の様子を伺うと同時にガラスが割れる音がし、窓にいた銃を持った男が外に放り出された。

男がいなくなるとキッドは持っていたスイッチを押してレストランの回転を止めると床の上に降り立った。

ここで出るべきかと足を動かそうとした時、後ろから肩に手を置かれ振り返るとそこには口元に指を当てて悪戯っぽく笑みを浮かべている明智がいた。


「……無事だったようで何より」

「心配してくれたのかな?だったらありがとう」

「どういたしまして」

「それと、もう少し様子を見よう」

「…………分かった」


明智に何か考えでもあるのだろう、と思った葵依はソッと中の様子を見続ける。
すると、ジョディが着けていた宝石を外して手に持つと、自嘲の笑みを浮かべてそれを眺める。


「この宝石のせいで団員達は傷つき、ショーは台無し……ホッパー奇術団は本当にこれがラスト公演になってしまったわ……」


ジョディはそう言うとどこか憑き物が落ちたような顔でキッドにそれを差し出す。


「これは差し上げるわ。お爺様には悪いけれど、これでやっと私も抜け出せる……。両親の命を奪った奇術の世界からも、この呪われたルビーからもね」

「ルビーは普通、赤なのにその宝石は青い……しかも名前は赤い涙(レッド・ティア―)……可笑しいとは思いませんか?」


ジョディはキッドの言った言葉にキョトンとした顔をしてから自分の持つ呪われたルビーへと視線を落とす。

そんな彼女にキッドが近づくとライターを取り出した。


「Red……これが意味するのは火。御覧なさい……」


そう言ってキッドはジョディから宝石を取ると、宝石の下にライターの火を近づけるとレストラン内の照明が落ちた。すると下から火を当てられた宝石は青から赤へと姿を変え、暗くなったレストランの天井に数枚の写真を映しだした。


「貴女の祖父、ジェームズ・ホッパーがこの世に遺した最後の、マジックだ!!」


影から見ていた明智と葵依も目の前の光景にただ驚いていた。
自分の孫だけに向けた奇跡、それはとっておきのマジックなのだろう。

天井に映された写真の中の少女はどれも輝かしく、心の底からマジックを楽しんでいるものばかりだった。
それだけで、ジェームズ・ホッパーが彼女を愛していたのかが伝わってくる。
明智はそれを見ながら一枚の手紙が混ざっている事に気付き、その文面を読む。

――――――
愛するジョディへ
お前にとってマジックは両親を殺した憎い敵かもしれん……。
ただ、今一度思い出しておくれ。
お前が初めて舞台に立った時の胸の高鳴りを……
人々の驚きの声を……
賞賛の拍手を……

この宝石が赤く輝く時、マジックの申し子ジョディ・ホッパーが蘇る事を願って……

ジェームズ・ホッパー
――――――

それは孫を愛する祖父の願いと想いが綴られた手紙だった。
ジョディもその手紙を読んだようで、その緑の瞳に涙を浮かべながら天井に映った写真を眺め続けている。


「すっかり忘れていたわ……。前はあんな顔してマジックをやってたんですね、私……」


そう言うと彼女は手の甲で涙を拭いながらキッドに顔を向ける。
さっきとは違い、明るい表情をしていた。その表情を見たキッドはライターの火を消し、仕舞うと宝石を少し振って熱を逃がすと、宝石はスッと赤から青へと戻った。


「もう一度やってみるわ!マジックも奇術団も……」

「ええ、それが良いでしょう。そして、この宝石は貴女の元にあるべきです」


そう言ってキッドがジョディに宝石を手渡し、手の甲にキスをする。
それを見ていた明智は葵依に囁いた。


「キッドに傷を負わせたい。……出来る?」

「やってみる」


葵依はそう言うと照準をキッドの脹脛(ふくらはぎ)に定め、撃った。
放たれた銃弾は狙い通り、キッドの脹脛を掠めた。


「っツゥ!?」


痛みに呻いたキッドは咄嗟にジョディから離れるが葵依はキッドを威嚇するように銃を撃っていく。キッドは自分が狙われていると察したようで割れた窓ガラスからハンググライダーで飛び去って行った。

そして明智はたった今、到着したように装いジョディに近づく。


「ホッパー団長!!ご無事ですか!」

「え?……ええ、私は大丈夫よ」

「それは良かった……しかし、これは一体?」


レストラン内の様子に困惑の表情を浮かべながら明智が訊ねればジョディはキッドが自分達を襲ってきた男から守る為にしたことなのだと説明した。
それを聞いた明智はなるほど、と頷いてから葵依に視線を向けると彼女は息を切らせたようにしながら二人に近づく。


「あ、こんな所にいた!ったく勝手にいなくならないでよ!!」

「ああ、ごめん。キッドが出たって聞いたら居ても立っても居られなくって……」


怒ってる葵依に明智は謝るとジョディを連れて5階に戻ってほしいと言った。葵依はむくれた顔をしながら分かった、と言うと少し困惑してるジョディを連れてレストランから出ていく。

一人、その場に残った明智はハンカチを取り出すと、床に落ちている血痕を拭いとるとそれを丁寧に畳み、チャック付きのビニール袋に入れるとジャケットの内側に仕舞い込んだ。


「さて、またキミに会える日を楽しみにしてるよ……怪盗キッド」


キッドが飛び去って行った窓際から外に目を向け、言った明智は踵を返しレストランから出て行く。

階段をゆっくりとした足取りで降りながら電話を掛ける。


「もしもし、健吾さん?少し頼みたいことがあるんですがーー」


従兄弟で警察官である健吾に電話を掛ける明智はワクワクと何かを楽しんでいる顔をしていた。


*****


「ってぇ、まさかあそこで撃たれるとはな……」

「油断なさるからですぞ。しかしそこまで深い傷ではないようですから縫う必要は無さそうです、坊ちゃま」

「おう……」


寺井(じい)の声を聞きながらキッド、――快斗は険しい顔をしていた。
彼はあの時、殺気を感じることは無かったし銃弾がジョディを狙っていないと分かったので彼女を置いて逃げた。

それに今思えばあれは威嚇射撃だったのではないだろうか。
怪盗キッドをあの場から追い出す為に撃ったように足元ばかりを狙った発砲。


「ーー終わりましたよ、坊ちゃま」

「ありがとな、じいちゃん」


手当てが終わり、快斗がズボンの裾を戻すと寺井は使用済みのガーゼを片付け、救急箱を持ってその場から離れた。
一人になった快斗は自分の足に付けられた銃創を思い出しながら、舌打ちをすると発砲してきた顔も分からない相手に宣言する。


「やられたらやり返すのが俺の流儀なんでね……覚悟してろよ」


そう言って息を吐き出せば快斗はマジックショーに来ていた茉莉の事をふと思い出した。
化粧をし、ドレスに身を包んだ茉莉は全く知らない女性に見えて本人なのかと疑った。

そしてそんな彼女に見惚れると同時に隣に立つ高校生探偵の明智に嫉妬もしていた。
中学の頃に話しをして、放課後にマジックを見せていただけの友人という関係だが、快斗は小鳥遊茉莉に好意を抱いていた。
惚れたきっかけは単純で、自分のマジックを目を輝かせて見ていた顔が可愛かったから。

仲が良さそうに会話し、明智が茉莉に顔を近づけた時なんか変装している事も忘れて声を掛けそうにもなった。

しかし、自分が怪盗キッドとして来ている事を寺井からの無線でハッとして思い留まった。
マジックの準備をしながら二人を見ていれば、読唇術で明智が茉莉の事を葵依と呼んでいる事に気付き、快斗は眉間に皺を作った。

何故彼女の事を別の名前で呼んでいるのか、と考えていると自分の番となった為、マジックに集中する為に意識を切り替えてステージに立ちポールとして振る舞った。

それからは謎の組織の連中が用意したキッドの偽物が現れたり、舞台裏で奇術団を襲ってきたりジョディを連れて逃走したりと忙しなかった。と思い出しながら快斗は寺井の用意した車に乗り込んだ。

寺井の運転する車の中、流れていく風景を眺めながら今度はいつ茉莉と会えるかな、と考えた。


*****


警察の事情聴取に掴まる前に自宅に帰ることが出来た葵依は着ていたドレスを乱暴に脱ぎ捨てるとソファの上に放り、化粧や硝煙などを落とすため風呂に入り、パジャマに着替えて後は寝るだけ、と疲労の訴えてくる体を横にしようとベッドに腰掛けているとスマホがタイミングよく震えた。
誰だ?と思いながら画面を確認すると暁からの電話だった。


「(見計らったかのようなタイミング……)もしもし〜?」

『もしもし、遅くにごめん』

「平気だよー。それよりどうかした?」

『チャットは見た?』

「見たよー」


いつもの調子で答えれば暁は少しの間を開けてから葵依はどう思う?と聞いてきた。
その声には迷いがあり、彼も杏と同じように手を出していいのか決めあぐねているのだろうと察した。

そう感じた葵依はベッドに仰向けの状態で寝転がりながら天井を見上げて自分の考えを言う。


「私はどちらでもいいよ。斑目に手を出さずに静観するでも、斑目のパレスに潜入してオタカラを盗んで改心させるでも……。ただ、やるからには責任を取らないといけない」

『責任……』

「うん。とりあえずは暁もチャットで言っていたように喜多川君に連絡を取って、真相を確認してからでも遅くはないと思うよ」


葵依がそう言うと暁はそっか……とだけ口にする。


「やっぱり暁も今回の件は気乗りしない?」

『どうなんだろう……。もしかしたら俺達のしようとしていることは大きなお世話なんじゃないかって杏と同じ考えになったのは確かだけど』

「……まあ、パレスがある時点で歪んだ欲望があるのは間違いないよね」

『ああ……そうだな』

「それじゃあ明日、杏ちゃんの活躍に期待しよっか」

『杏が聞いたら怒りそうだな』


苦笑しながらそう言った暁におやすみ、と言って葵依は電話を切った。
髪が濡れたままだが、一度寝転んでしまうと起き上がりたくなくなるようで葵依は風邪引くかもなーと他人事のように思いながら重くなっていく瞼を閉じた。


*****


放課後、暁達は一階の自販機前に集まった。
暁と葵依はベンチに座り、竜司と杏は二人の近くに立っていた。
モルガナはすぐには見つからないようにベンチの下、暁の足の後ろに身を隠している。


「喜多川君から返事、来たよ。これから来てほしいって」

「そりゃ願ったりだ。最速で予定に入れやがったな、アイツ」


杏の報告に竜司は嬉しそうに笑みを浮かべ、杏はパレスで見たことの確認をしないと……と眉を下げていた。

すると葵依は向こう側に見える渡り廊下で三島が真に捕まって何か話をしているのが見えた。真の質問攻めに三島が困っているように見えたが、助けようとは思わなかった。
ここで口を挟めばこちらに火が飛んでくるのは目に見えているからだ。

葵依の視線に気付いた竜司が釣られるように彼女と同じ方向、向こう側の渡り廊下に目を向けると露骨に表情を歪めた。


「うわ、今日は三島が捕まってんのか?」


竜司の声に暁と杏もそっちに目を向けると彼等も表情を歪めた。
彼等の反応を見た葵依は真に対して随分と嫌われたな、と彼女に同情の目を向けてしまう。

校長からの指示で動いているだけで周りからこうも嫌われてしまうとは、彼女もある意味被害者なのだろう。

そう思っていると暁が見つからないようにバラバラに行動して斑目のあばら屋前で落ち合うことになった。

それぞれを見送ってから葵依も立ち上がって学校を出た。

他の生徒達と一緒に駅まで向かう途中、メメントスで見かけた高梨大輔を見掛けた。
しかし彼の表情はどこか暗く、周囲を警戒しているように見えた。

そのまま見ていると彼はまるで誰かから逃げるかのように駆け足で去ってしまった。
彼の様子が気にはなったが葵依は暁達を待たせている事を思い出し、渋谷へと急ぐ。

そして集合した暁達は今回の目的をザッと確認してから杏がチャイムを鳴らした。
すると玄関はすぐに開き、嬉しそうに笑顔を浮かべた祐介が出迎えたが、杏の後ろにいる暁と竜司を見ると怪訝そうな顔に変わった。

彼の変わり身の早さに葵依はそっぽを向いて苦笑する。
その時、電信柱の影に誰かが隠れてこちらを窺っているような気がしたが祐介の声に玄関の方に顔を向ける。


「高巻さんだけだと思っていたんだが?」

「監視だよ。お前が変な事しねえようにってな」


祐介の棘のある言葉に竜司が喧嘩腰になりながら答えると、祐介は呆れたように溜息を吐きながら自身の額に手を当てる。


「妙な勘ぐりは止してくれ。生憎と彼女に異性としての興味は微塵もない」

「ぇっ?」


はっきりと真顔で言い切った祐介に葵依はチラリと杏を見ると小さく驚いた声を出し、溜息混じりの声でそれはそれで複雑なんだけど……と呟いていたが、葵依以外誰もその呟きに気付く者はいなかった。

そしてアトリエへと案内された四人は、モデルとなる杏が部屋の中央の椅子に腰掛け、見学として付いてきている三人は壁際の椅子に腰掛けた。

嬉々とした様子で作業に入った祐介とは反対に杏は機嫌悪そうに足を組んで、頬杖を突いていた。

今回、表向きには杏が絵のモデルをし、雰囲気が和んできた所で本題を切り出す予定である。
しかし祐介の作業を邪魔するわけにもいかないので会話なんて殆どなく時間だけが過ぎていく。このままという訳にもいかないと杏が祐介に声を掛けるが絵を描く事に集中している彼は返事をせず杏とキャンパスを交互に見ては筆を滑らせていく。

それを見て葵依は彼の集中力の凄さに感心した。
しかし予定と違うと暁の鞄の中にいるモルガナが騒ぎだしたがお手上げだと竜司が肩を落とす。


「こんなんなるって分かるかよ」

「終わるまで待つしかないな」

「マジかよ、面倒くせえ……」


暁の言葉に三人は揃って溜息を吐いたが葵依はチロリと部屋の外に意識を向け、立ち上がった。


「どうした?」

「ちょっとこの家の構造を見てこようかなって」

「だったらワガハイも行く……」


葵依の言葉に便乗するようにモルガナが言うと暁は祐介に目を向ける。
声を掛けても全く反応しなかった所を考えると葵依が部屋からいなくなっても気付かないだろうと判断し、小声で見つかるなよ、と告げる。

もし祐介に気付かれてもトイレとか言って誤魔化せばいいだろう、と考えていた葵依はグッと親指を立ててモルガナを抱きかかえながら部屋を出て行った。

部屋を出た葵依とモルガナはキョロキョロとあばら屋内を見ていく。

一つ一つ部屋を確認してくがこれと言って怪しい物は見つからない。
そして二階に上がると随分と派手な襖を見付け、葵依とモルガナは怪しいとすぐに思った。


「うっわぁ……随分と派手な襖だね」

「ああ。それに……あれ、鍵か?」

「襖に南京錠かぁ、何が入ってるんだろうね」

「……さあな」


ジッと扉を見ていると階下から祐介の怒鳴り声が聞こえてきた。

また何か彼の琴線に触れるような事をしたのだろうと察して急いで最初の部屋の前に戻ると祐介の冷静な、しかし怒りを込めた声が聞こえてきた。


「二度と来るな。次は迷惑行為で訴えてやる」

「待てよ!話は済んでねえんだよ!」

「なら仕方ないな……。通報させてもらう。今日は高巻さん“に”モデルをお願いしたんだ。お前達を呼んだ覚えはない!」


祐介の声が本気だという事に葵依は舌打ちをした。このままでは本当に警察に通報されてしまう。
モルガナと顔を合わせてどうしようか、と頭を働かせたが竜司が突っかかりそうになったので仕方なく葵依は部屋に入って彼の頭を思いっきり叩いて止めた。


「いってぇ!!」

「このバカ!落ち着けっての!」


そう言ってから葵依はスマホを片手に持ちながらこちらを睨んでいる祐介に頭を下げて謝った。

突然現れた葵依に驚いた祐介だが、下げられた頭を見て少し考えてからスマホを仕舞った。


「今回は彼女に免じて通報は、止めておく。ただし……条件がある」


葵依は条件という言葉に表情を険しくしたが、すぐにそれを隠してから頭を上げる。
いったいどんな条件を出されるのだろうか、と思っていると杏が訊ねる。


「条件って?」

「高巻さんにモデルを続けて欲しい」


提示された条件は意外とまともなものだったことに葵依は安堵の息を吐く。
もっと無理難題なものを提示されるのではないか?と思っていたのだ。


「でも、さっき違うって」


杏が不可解な表情を浮かべながら彼に訊ねると彼は首を横に振った。


「あれは、俺が無意識に君に遠慮してしまっていたから……。けどもう、心配しなくていい。君が全てを曝け出してくれるなら……」


祐介の言い方にん?と思った葵依は一つの仮説を予想してしまいまさか……と呟く。
そして葵依が予想していた通りの事を彼は真顔で言った。


「俺も全身全霊を込めて、最高の裸婦画に仕上げてみせる!」


それを聞いて驚きの声を上げる暁と竜司、言われた事を理解したくないのか杏は絶句。
そして葵依はというと前言撤回、全然まともな条件じゃなかった……と天井を仰いだ。
通報しないことを条件に裸になれと言われるとは思ってもいなかった。


「理想のモデルで裸婦画が描けるなんて……っ!」


どうやら彼の中で杏がヌードになることは決定しているらしく、笑みを浮かべてキャンパスに目を向けているが、すぐに目を鋭くさせると暁と竜司を睨み付ける。


「勿論、お前等は入れないし、今日の話も忘れてもらう。そろそろ新作を先生に提出しないと、色々……不都合がある」

「ちょおーっと待った!!」

「どうした?櫻井」

「なんでいきなりヌードの話になんのか、いまいち理解出来ないんだけど!?」

「それが条件だからだ」


きっぱりと答える祐介に葵依は頭を乱暴に掻いて、そうだろうけど!と言っている間も祐介は話を進めていく。


「個展の会期中なら、昼は先生も不在が多いし、ここを好きに使えるな……。少し画材を足しておこう……」


ブツブツと自分の中で予定を立てていく祐介にようやく硬直が解けた杏が待ったと声を掛けるが彼はいい笑顔でもちろん待とう、と返事をする。


「君に合わせて、いつでも予定を空ける。個展が終わる頃までには来てくれ」

「違う……違うって!何、勝手に……っ!!」


顔を真っ赤にさせて杏が反論しようとするが、祐介は壁にかけてある時計を確認する。


「そろそろ先生がお戻りになる。今日はここまでだ。高巻さん、連絡を待ってる」

「ダメダメ!話終わってないから!」


しかし祐介は訊く耳持たずといった様子でこちらに背を向けると椅子に座って何やら作業を始めてしまった。

もう話すことは無い、といった態度に暁はため息を吐くと三人を連れ、廊下で待機して中の様子を伺っていたモルガナも回収し、あばら屋の外に出た。

外に出て、向かいの歩道に移動してからあばら屋を見上げていると、竜司が困惑した表情で暁を見る。


「おい、どうするよ?」

「そうくるとは、な」

「ああ、全くだ……クソ!今回は向こうが一枚上手だったぜ!」

「「簡単に納得すんなっ!!」」


男子二人の言い分に杏と葵依が怒ると二人は気まずそうにプイッと顔を反らした。

斑目の前のとんでもない問題が出来てしまったことに頭が痛いと葵依はため息を吐きながら自分の頭を押さえた。

杏の怒りは目の前にいる暁と竜司にではなく祐介に向けられているようで、未だにプリプリと怒っていた。


「頭おかしいよ、絶対!このままじゃヌードだよ!?」

「おのれ、ユースケ!」

「あの言い方からすると、彼の言ってる裸婦画はセミじゃなくてフル、なんだろうね……」


頭を押さえる手を離さないままそう言うとモルガナが全身の毛を逆立てて目を大きく見開く。


「フル、フヌヌード……?アン殿の……」

「いいからっ!」


何を想像したのか体をフルフルと震わせ始めたモルガナに杏が怒るが葵依はあばら屋に入る前に見た電信柱に目を向けた。そこには相変わらず人影が見え隠れしている。


「つか、個展が終わる前に斑目を改心させればOKって事じゃね?」

「でも喜多川君は斑目を恩人って思ってる。改心させる必要、あるのかな……?」

「それにまだ改心させる必要があるっていう決定打に欠けるよ」


竜司が言った事に女子二人からの意見を暁は黙って聞いていた。
杏のモデルを阻止するには竜司の言うように斑目の改心を決行してしまえばいい。
しかしそれは自分達の都合で改心させることになり、怪盗団結成時の気持ちと反してしまう。
暁がそう考えていると竜司が地面を蹴った。


「斑目だって、鴨志田と変わんねえ。野郎は親のいない祐介を利用してやがんだぜ?他の弟子たちと同じヒデぇ目に遭わされんの、見過ごせってのか?」

「けど、本人にそれでいいとか言われたままだと、なんか、悔しいっていうか……」


苛立った声で言う竜司に杏がそう言う。
彼女は鴨志田の事で耐えてきたから祐介に何か思うところがあるのだろう。


「とにかく、ゼッテー狙うべきだろ。斑目は待ってた大物だしよ。祐介の目も覚まさしてやろうぜ。俺らと……同じになっちまう前にな」


竜司の言葉に杏が頷く。
しかしこちらは相変わらず斑目についての情報を全くと言っていい程持っていない。


「とにかく、相手の情報も無いまま挑むのは無謀だって分かってよ」

「そうだな。表沙汰になっていないだけのこともあるかもしれない」


葵依の言葉に頷きながら言葉を繋げた暁に竜司は少し不服そうにしながらもそうだな、と納得した。

それから話をして個展で忙しくなればパレスの中を調べやすくなるかもしれないという事や、杏のモデルの件。

祐介の言っていた新作を先生に提出しないと色々不都合があるという言葉について。
もしかしたら別の個展で彼が描いた絵を斑目の新作として展示するつもりなのかもしれない。


「じゃあ早速、明日の放課後から動こうぜ」

「それなら屋上はもう止めておいた方がいいな」


暁がそう言うと杏も眉を寄せて頷く。


「あの生徒会長に見付かると面倒だもんね」

「それじゃあ、この前行った喫茶店にしない?丁度駅ビルの中にあるし、ここからも近いから」

「あ、でも人が多かった場合はどうする?」

「そん時は渋谷の連結通路にしよう。本当は人が多い所で集まるのは避けた方が良いと思うけどね」


葵依の提案により、怪盗団のアジトが学校の屋上から渋谷帝急ビルの喫茶店、もしくは連結通路へ移すことが決定し、帰ろうと足を動かすと首からカメラを下げた女性が行く手を塞ぐように立ちはだかった。彼女を見て葵依は電信柱の影にいたのはこの人か、と思いながら彼女を見る。

彼女は人の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、その目は獲物を狙っているかのように鋭い。突然現れた女性に暁達が戸惑っていると葵依が一歩前に出て、ニコリと笑みを張り付けて口を開く。


「私達に何か用ですか?」

「うん。見たとこ君ら、ただの押しかけファンって雰囲気じゃないよね。実は斑目の門下生と知り合いの人間を探してんの。昔、盗難に遭ったっていう【サユリ】って絵があるんだけどね……。当時の門下生が、斑目の虐待の腹いせに盗んで出てった……って噂を掴んだワケ」


何か、聞いた事ない?

そう訊いてきた女性に暁は少し考える。
【サユリ】という絵は祐介のスマホで見せてもらったから知っているがそれが盗まれているという事は初めて知ったので暁は首を横に振って知らないと答えた。


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