被害者との接触

     


「そっかぁ……」


暁の返事に女性は残念そうに言うと考えるような素振りを見せ、ブツブツと呟き始めた。
葵依が彼女の呟きに耳を澄ませて盗み聞く。


「被害者がいて、初めて事件になる。虐待がないとなれば……書きようもないか」


それを聞いた葵依は彼女が記者なのだと察した。
まあカメラを首から下げている時点でそう言った職種の人なのだろうとは思っていたが、何故彼女は斑目について探っているのだろう。

そう思った葵依は彼女を見ながら、斑目の門下生の事を探ってみるか、とも考えた。


「時間取らせて悪かったね。アタシ記者やってんの。何か面白そうなネタとかあったら、ここに連絡くれる?」


そう言って女性は葵依に名刺を渡し、颯爽と去っていった。
随分と元気でパワフルな人だなぁ、と思いながら去っていった彼女を見送りながら渡された名刺を仕舞うと、暁達は駅へ向かう為に足を動かした。


*****


家に帰った葵依がまず始めたのは斑目について集めた情報を見返すことだった。マウスを動かして文章を流しつつ、写真の確認もする。

そして眼疲労から視界が霞んできた頃、机の上に置いて充電していたスマホが着信を告げた。誰だ?と訝しみながら画面を見ると相手は竜司だった。

充電コードを抜いて通話ボタンを押す。


「もっし〜」

『……よお、ちょっといいか?』


無理に平静を装っているような違和を感じさせる声で訊いてきた竜司に葵依は作業の手を止めて電話に集中することにした。


「なんか、怖い声してるけど……何かあった?」

『怖い声ってなんだよ…。それより斑目の事でヤベーことが分かった』

「ヤバい事?」


一体なんだ?と思いながら聞けば、なんと斑目の門下生の数名が盗作を断れずに自殺した弟子がいるという事を告げられ、葵依は眉間に皺を作ってパソコンにあるファイルを開く。


「自殺?それ、どこからの情報?」

『ネットの掲示板。しかも公になってないってことは圧力を掛けたに違いねえよ』

「…(ネットの情報か、鵜呑みには出来ないけども、まぁ)それが本当なら他にも被害者が居そうだね」


資料の中から弟子達の名簿を出して、生きているか死んでいるかの確認をすれば、竜司の言う通り4分の1が死亡している事が分かった。しかもその中の数名が不明と明記されているのが気になった。


『ああ、やっぱり俺、斑目の奴を許せねえ!!』

「……竜司の怒りは分かったよ。それで、この事暁達に話したの?」

『いや、まだだ』


なんでもこれからチャットで暁達に話すようだが、葵依はチャットには不参加が多いので先に電話で教えてくれたらしい。

気を遣ってくれたことにありがとう、と素直にお礼を言えば彼はどういたしまして、お休み、と返してきて通話を切った。

通話の切れたスマホをジッと見ながら葵依は考える。

世界から注目される巨匠と持て囃されてはいるが、結局はただの画家で一人の男だ。
そんな男が警察に圧力を掛けることは通常出来ないだろう。もし掛けるとしたら自殺した門下生の遺族にだ。

しかし身内が自殺に追いやられ、圧力を掛けて黙っているように言われても逆らおうとする人間はいる筈。だとしたら金が動いた可能性も考えられるだろう。

そして生死不明と表示されている人物も気になる。

考えた葵依はチラリと時間を確認してからこれ以上考えても答えが出ないと判断し、パソコンの画面を落としてから制服を脱いで下着姿で布団に潜り込んだ。


*****


翌日の放課後、竜司の提案で新しいアジトとなった喫茶店に来た葵依は店内に暁しかいなく他の二人の姿が無いことに首を傾げつつ、彼の座っているテーブル席に着く。

そしているもんだとばかり思っていたモルガナも暁の鞄の中にはいなかった。


「お待たせ、他の二人とニャンコは?」

「そんなに待ってないから大丈夫だ。竜司とモルガナにはお使いを頼んでていないんだけど、杏に関してはわからない」

「そっか……。あ、おねーさん!アイスコーヒーを一つお願いしまーす」


丁度通り掛かった店員に注文し、葵依は杏から連絡が来てもすぐ分かるようにスマホを机の上に置いた。

竜司とモルガナが一緒にお使いということは行き先はミリタリーショップだろう、と判断した。

注文したアイスコーヒーが運ばれてくると同時に暁がスマホを取り出し、葵依のスマホにも連絡が来たので二人でスマホを確認した。


「ありゃ」


杏からの連絡では急遽、モデルの仕事が入って今日は参加出来ないという内容だった。


「モデルの仕事が入ったんじゃ仕方ないよね」

「そうだな」


暁の声が少し硬い事に気付いた葵依はアイスコーヒーを一口飲んでから彼にどうかした?と訊ねる。
訊かれた本人は驚いたように一瞬だけ目を丸くさせるが、すぐにいつもの表情に戻し、視線を少し彷徨わせてから小声で相談したい事がある。と言ってきた。


「相談?……何かあったの?」

「実は―――」


そして暁から聞いた話に葵依はこの場にはいない三島に対して舌打ちをした。

彼は一体何を考えているのだろうか。

怪盗お願いチャンネルで改心した人から連絡を受け、その人から改心させたい人がいるから会いたいと頼まれそれをこちらの許可なく、勝手に承諾されたというものだった。

なんでもその改心させたい相手が相当ヤバい人物らしくネットに実名を乗せることが出来ないとのこと。

それで直接会って話がしたいという事らしい。

しかしそれは相手側の都合でしかなく、こちら側にはデメリットしかない。

話を聞いた葵依は真っ先にそう思い、同時に罠の可能性も考えた。
怪盗団の知名度はそこまであるわけではないが、快く思わない連中もいる。
そういった連中が仕掛けてきた罠とは考えなかったのかと三島に言ってやりたいが、今この場にいない相手にうだうだと言ってもしょうがない、と頭を一度振ってから暁に話の続きを促した。


「今日の放課後、渋谷駅で待たせておくって三島に言われた」

「……ハァ?」


無意識にかなり低い声が出てしまったようで暁がビクリと肩を跳ねさせて葵依の事を凝視するが、葵依は内心で本当に彼は何を勝手な事をしてくれているのだろうか、と苛立っており、自分を落ち着かせる為にアイスコーヒーを一気に飲み干した。

ほんのりと口の中に広がる珈琲の苦味を味わいながら深呼吸をする。


「それで、相手の名前は分かるの?」

「それが……中野原らしいんだ」

「え、中野原?」


葵依が反復した名前に暁は恐る恐るといった様子で頷いた。
だとしたら、彼の改心させたい相手と言うのはもしかしたら斑目なのかもしれない。

そう考えた葵依は会う価値はありそうだ、とも考えるが暁の事を考えると実行するにはリスクがデカすぎるとも考えた。


「管理人は相手になんて言ったか分かる?」

「向こうから声を掛けるように伝えてあると言ってた」

「うーん……」

「やっぱり危ないか?」


悩むように顎の下に指を掛ける葵依に少し不安そうに訊いてくる暁に葵依は頷いた。


「リスクがデカすぎる。それにキミは自分の立場をよく理解した方がいいと思うよ」

「それは、分かってる……」


自分が保護観察対象である自覚があるのならまだいい。
本当は怪盗行為も止めて欲しいが、今のところ彼等を説得できる材料が手元にないのでこのまま様子を見るしかないのが葵依には歯痒い。


「それならいいよ」


彼の返事にニコリと笑顔を浮かべた葵依は少し考えてから暁に三島に中野原にどんな連絡をしたのかの確認をしてもらった。

暁は三島に連絡をするとすぐに返事は来た。


『猫を連れてる癖っ毛の奴を探せって言っておいたけど……どうかした?』


三島からの返事に葵依は頭痛がしたが、すぐにこれなら大丈夫かな、と呟く。


「葵依?」

「モルガナが戻ってきたら中野原に会いに行こう」

「え、でも……」

「勿論、会うのは暁じゃなくてわ・た・し♪」


ニンマリと悪戯っ子のような笑みで笑いながら葵依が言ったことに暁は驚くが葵依はまーかせて!と自信満々に言って竜司とモルガナが戻ってくるまでに準備をする為、一旦店から出ていった。


*****


葵依が店を出て行ってから数分後、やけに疲れた顔をした竜司がやって来た。


「おかえり」

「おー……」


力無く返事をしながら竜司は葵依が座っていた席に座ると店員にコーラを注文した。

店員が居なくなると竜司の鞄からモルガナが出て来て、俺の鞄に移る。なんだかモルガナも疲れているように見えた。


「何かあったのか?」

「いや、あの店長の目力というか圧力というか……」

「リュージは情けない事にあのミリタリーショップの店長に気圧されたんだ」


モルガナから話を聞いた俺は苦笑しながら竜司にお疲れ様、と労いの言葉を掛けると竜司が頼んだコーラが運ばれてきた。

竜司はそれを早速飲むと葵依はまだ来てないのか?と聞いてきた。杏に関してはチャットで知っているので何も言わないのだろう。

俺は葵依は準備をする為に少し出ている、とだけ言うと竜司とモルガナは首を傾げたが、丁度タイミング良く俺のスマホに着信が入る。

画面を確認すると相手は葵依だった。


「もしもし?」

『こっちの準備はもう少しで終わりそうなんだけど二人は戻ってきた?』

「ああ、今戻ってきて休んでもらってる」

『そっか、なら……後10分したら店から出て来てくれる?』

「分かった」

『じゃ、また後でね!』


プツリと通話が切れると竜司が葵依か?と聞いてきたので頷く。俺はスマホの液晶に出ている時計を確認してから10分後に店を出て葵依と合流することを伝える。


「アイツ、何の準備してんだよ?」

「これから怪盗団として人に会うことになってて、彼女にそれを頼んだんだ」

「はぁっ!!?」


竜司は今初めて聞かされたことに驚きの声を上げるがすぐさま周りの視線に気づいて、口を押さえる。

周りは興味を無くしたようですぐに視線は無くなった。誰もこちらを見ていないと確認したモルガナが昨日の連絡か?と聞いてきたので俺は素直に頷き、葵依に相談したら彼女が自分の代わりに依頼人に会うことになった、のだと改めて説明した。

それを聞いて竜司は物言いたげな顔を作ったがコーラを飲むだけで何も言わない。

少し気まずい空気になったが時間となったので二人は店から出る為、会計を済ませ店から出ると俺達は声を掛けられた。

そっちに顔を向けるとそこには黒を基調とした、レース、フリル、リボンに飾られた華美な洋服、スカートはパニエで脹らませ、靴は厚底のワンストラップシューズ。長い銀髪はふわふわとした癖っ毛。
その銀髪をリボンやヘッドドレスで飾った見知らぬ少女が立っていて、俺は人形のような格好をしたその少女に見惚れた。

しかし、目の前に立つこの少女……どこかで見たことがあるような?


「……まさか、アオイか?」


俺が内心首を傾げていると鞄の中にいたモルガナが信じられないと呟いた言葉に俺と竜司は眼を見開いた。

その反応が面白かったのか、葵依と思われる少女は悪戯が成功したと嬉しそうに笑った。


「やっぱりニャンコにはバレちゃうかー。そう、皆のアイドル葵依ちゃんですっ! 」


そう言ってクルリとその場で回転してからウィンクをする少女に俺達はすぐにああ、葵依だ。と納得できた。


「つーか、お前はなんでそんな格好してんだよ」

「暁から聞いてないの?これから依頼人と会うって」

「いや、それは聞いたけど普通に制服で良くね?」


竜司の言うことに葵依は呆れたような目をした。なんだか、すごく場違いな考えなのは分かってるんだけど、化粧と服装だけでこうも変わるって女子って怖いな。


「馬鹿正直に制服のまま会ったりしたら、通報された時、逃げられないよ?」

「通報って……」

「私達は"怪盗"を名乗ってるんだから逮捕されるかもしれないことを考えておかないと!」


通報に逮捕……。
その単語に俺は自分が逮捕された時の事を思い出した。


「怪盗を名乗ったからって……」

「捕まらない、なんて保証はどこにも無いよ。それに人の口に戸は立てられないとも言うんだよ?」

「確かにアオイの言うとおりだな。ここはアオイに任せてみようぜ」


モルガナの言葉に竜司は渋々といった様子で分かったと返事をし、俺は三島が相手に伝えていた内容を思い出してモルガナを鞄から出し、葵依に渡した。


「アキラ?」

「管理人が猫を連れてる癖っ毛の奴って伝えてるみたいだからニャンコには一緒に来てもらうよ〜」

「だからニャンコって言うなよ!!」

「はいはい、ニャーニャー」


ニャンコと呼ばれて憤慨するモルガナを抱き上げて笑いながら謝る葵依。見た目だけなら猫とじゃれあう少女なんだけど……葵依なんだよな。

そう思いながら俺は中野原のことを待たせてることを思い出し、葵依に伝えれば彼女は頷いて任せて!と言った。


*****


改札口付近でモルガナを抱きながら中野原が来るのを待つが、やはり格好が目立つのかやたらと好奇の視線が向けられる。


「君……」


葵依は目の前にやって来て声を掛けてきた男性に目を向けた。
スーツをピシッと来た彼は少し困惑しているような顔をしたながらも葵依が腕に抱えたモルガナに目を向け、葵依を見てきた。

優しそうな印象を与える中野原に、ストーカーをしていたとは思えないように思えた葵依は鴨志田と同じように改心が上手くいったのだろう、と判断しながら彼をチロリと見る。


「なんでしょうか?」

「えっと……中野原です。怪盗お願いチャンネルに書き込まれた、中野原夏彦。管理者から、連絡もらってる。猫を連れた癖っ毛のやつを探せって……君で合っているか?」


自己紹介をしてから声を掛けてきた中野原に葵依はニコリと上品な笑みを浮かべた。

その笑みに腕の中のモルガナが驚いていたが今は無視だ。


「えぇ、私で合っていますよ。それで、私に何の御用でしょうか?」


ゆったりとした口調で訊ねながら微笑む葵依に中野原はキョロリと周囲を警戒しつつ葵依に近づいて小声で話し始める。


「聞いていると思うけど、怪盗団に改心させて欲しいヤツがいる」

「えぇ、伺っております」

「……斑目って画家だ」

「まあ、あの斑目先生ですか?」


心底驚いた体を装えば、中野原は自嘲するように笑って肩を竦めた。


「ああ。私は斑目の、元弟子なんだ。住み込みで、絵の事ばかり考えてた。本気で画家になりたいって思ってた……」


視線を下に落としながら過去に思いを馳せているのか、眼鏡の奥にある瞳にうっすらと水の幕が張られる。


「少し上に、兄弟子が居てね。とても才能のある人だった。当然、斑目に目を付けられたよ。作品はみんな、斑目のモノにされた」


まあ兄弟子に限らずの話なんだがね。と吐き捨てるように言った中野原に抱えていたモルガナがヒデェな、と呟いた。

葵依はモルガナの呟きを聞きながら、中野原に続きを促す。


「その兄弟子ね……自殺したんだよ」


酷く落ち込んだ声で言われた言葉に葵依は一瞬だけ目を見開くがすぐに平静を装い、話に耳を傾ける。
中野原の話ではその兄弟子、中野原の目の前でシアン化合物を飲み死んだようだった。

シアン化合物での自殺は中毒死だが、実際には窒息死だと葵依は思っている。
それは経口することで血中の赤血球がシアンと結び付き、酸素を運ばなくなる為、窒息して死に至るからだ。

目の前で窒息の苦しみに悶え、死んでいく兄弟子の姿を思い出してしまったのか、中野原の顔色が真っ青になっていく。

彼がどういった経緯でシアン化合物を入手したのかは分からないが、わざわざ苦しむ方法で死ぬなんて……と思っていると青い顔のまま言葉を続けた。


「―――改めてお願いだ。斑目を改心させてほしい。一人の男の命を……救うためにも」


そう言って頭を下げた中野原に葵依は驚き、すぐに頭を上げさせた。こんな人の往来が激しい所で頭を下げるなんて目立つことしてほしくない。


「貴方が改心させたいという気持ちはわかりました。しかし、一人の男の命を救う為とは?」

「今も一人だけ、斑目の所に残っている若者がいるんだ」

「ユースケのことだ」


腕の中で険しい顔をしたモルガナが呟いた名前内心同意しながら中野原を見る。


「絵の才能があるばかりか、彼、身寄りが無くて斑目に恩義がある」

「まさに格好のカモということですね」


葵依の言葉に中野原は力無く頷く。
彼の態度から前々からそうではないかと思っていたが、やはり言いなりになるしか道はないということが分かり、葵依はモルガナの頭を撫でて気を紛らわせた。


「まだ斑目の所にいた頃、その彼に聞いたことがあるんだ。辛くないのかって」


そして祐介はこう答えたそうだ。
逃げられるものなら逃げ出したい、と。

本人から聞くことの出来なかった彼の本音を聞いた葵依は、自分の心の一部が彼を助けたいと、連れ出してあげたいと言っているような気がした。


「逃げ出した私が言うのもなんだが、自殺した兄弟子の悲劇を繰り返したくない……!せめて前途ある若者だけでも、助けられないかと……」


そして、検討してくれるよう葵依に頼むと中野原はもう話すことは無い。とばかりにさっさと立ち去ってしまった。

遠ざかっていく背中はどこか疲れているようにも見えた。その背中が人込みの中に消えて、見えなくなるまで葵依は見続けていると腕の中にいるモルガナが口を開いた。


「……マダラメの被害者から直接、頼まれたんだ」

「もう迷ってる暇は無いってこと?」


もう見えなくなった背中を思いながら葵依が呟けばモルガナは頷いた。さっきの話を聞けば暁達も斑目の改心に本腰を入れるだろう。

それが簡単に想像出来た葵依はやりきれないと言いたげに溜息を一つ吐いてから分かった、と言った。


「とりあえず私は着替えてくるから、モルガナは彼等と合流して説明しておいて。それから私は異論無しだよ」

「ああ」


モルガナを下ろし、葵依は着替え用のボードが設置されているトイレに行き、急いで着替え、化粧を落とし、顔を洗ってから鏡を確認する。

そこには顔を濡らした櫻井葵依が鏡に映っていた。ジッと鏡に映る無表情な葵依を数秒見詰めてから、大きく息を吐いた。


「……Take the Clown mask.(道化の仮面を被りなさい)。Deceive them.(彼等を欺きなさい)。“櫻井葵依”、貴女はあの人の犬なんだから」


鏡の中の自分に向けて言うと両頬をパチンと叩き、鞄から出したタオルで顔を乱暴に拭いた。

タオルを顔から放して、鏡に映った葵依はさっきとは打って変わってニッコリと無邪気な笑顔を浮かべていた。


*****


暁達が待機していた連結橋に戻ればそこにはモルガナから話を聞いた暁と竜司が険しい顔をして待っていた。


「お待たせ」

「おう……」

「ん?何?どしたの?」


ジッと葵依の顔を凝視してくる竜司に訝しく思いながら聞けば、彼はバツが悪そうにしながらなんでもない……と返してきた。


「アオイも戻ってきたし、アン殿からも返事が来たところで、今回のターゲットについて話すぞ!」


暁の鞄から頭だけを出したモルガナが仕切って話を進める。どうやら今回の件も全会一致で進めていくようだ。


「まず今回のターゲットはマダラメだ!見ただろ、あのパレス。前と同じだなんてナメてたら痛い目見るぜ?それに……アン殿の貞操が掛かってる!!」

「ん?」


何故ここで杏の貞操云々に話が繋がるんだ?と思って首を傾げるがモルガナは話を進めていく。


「やることはカモシダの時と同じだ。まずはパレスで潜入ルートの確保。その上で心を頂く予告状を出し、オタカラを実体化させて、頂戴する」

「はいはーい、質問!斑目って、俺らのこと知らねえじゃん?なんで警戒されてたわけ?」

「それは多分、誰の事も信用してないからじゃないかな?」


竜司の質問に葵依が答えるとモルガナは満足そうに頷いた。


「ああ、きっとそうなんだろ。知らない相手は全員敵扱いなのさ」

「もしくは自分の悪い噂が広まっている事を知って苛ついていた、とか」


暁の言った事に葵依はなるほど……と思う。
あそこは持ち主の気分次第で姿を変える世界なのだから、それもあり得るのか……と思っていると竜司が大きな溜息を吐いた。


「つまり、パレスが荒れてんの、もらい事故みたいなもんって事かよ……」

「なんにせよ、ワガハイ達はいい子ちゃんでいっとこうぜ」

「変な事してパレスの警戒度を上げる必要もないってことだな」

「ああ。オタカラが盗りづらくなる」

「それから今回は喜多川君の動向にも注意しないとね」


彼は斑目側の人間だから見聞きしたことは、すぐ斑目に伝わるだろうから。

葵依が竜司を見ながらそう言えば彼は複雑そうな表情をしてそっぽを向き、モルガナはその通りだな!と同意した。


「えっと、それで今回の期限って個展が終わるまでなんだよな……つまり6月4日?」

「おしい、1日早い。個展が終わるのはその翌日の6月5日……大体半月も猶予があるね」

「今回も予告状を出した後で決行だ。だから2つ戻って6月2日には潜入ルートを確定しないとな」


モルガナの言葉に全員が頷く。
個展終了まで18日。

それまでの間、どう動くかでこれからの動きが変わってくる。葵依としては秀尽での仕事がある為、下手を打って学校から立ち去るような真似はしたくない。

そう思いながらザ・ファントムの初仕事だ。絶対に成功させるぞ?と息込んでいるモルガナ達に目を向けた。


「とりあえず今日はどうするの?杏ちゃんがいない状態でパレスに行くのは止めておいた方が良いと思うんだけど」

「確かにな…」

「アン殿はモデルの仕事でいないんだったな」


戦力が心許ない状態でのパレス攻略は正直言って自殺行為としか言えない。

それを分かっているモルガナは今日は解散しようぜ、と暁に提案し、彼もその提案に賛成だったらしく今日は解散することになった時、葵依のスマホが震えた。


「じゃあ、今日はこれでお開きだね」

「ま、仕事でいねえんじゃしょうがねえよな」

「パレスは全員がいる状態、つまり最善の状態で挑むことにした方が良いだろうしな!」


そう言って別れると葵依はスマホを確認する。岩井からのメールでただ一言、仕事だ。と書かれていた。


「……はぁ」


つい出てしまった溜息は駅の喧騒に掻き消された。スマホを仕舞って葵依は暗くなった外に目を向けると一度家へと帰ることにした。


「そう言えばさっき女子高生が公園で殺された現場を見ちゃってさ……」

「うっそ、マジで…?」


擦れ違った女子高生の言葉に葵依は立ち止まり、彼女達の方を向いた。


「さっき米花町でパトカーが沢山止まってるから何かあったのかと思って見てたらさ。見えちゃったんだよね……」

「うわ〜、怖っ……」


すぐに人並みの中に消えていった彼女達を見ながら思う。ネットで米花町は現代のヨハネスブルクと呼ばれるほど、事件の発生率が高い。そんな事は前から知っているが、実際にそんな話を聞くと嫌でも気分が重くなってしまう。

その殺人が今回限りで済めばいいけど……。なんて思いつつ街の明りで星が見えない夜空を見上げ、今夜は物騒な夜になりそうだな……と自分の直感が言っていたが、そんなのは今更でしょ。と答えておいた。


201811291951