Happy Criminal Detective.

   


「そういえば、現実の斑目ってどうなったのかな。私と祐介、相当ヤバい状況だったけど……」


杏が言った言葉に注文したカフェオレを飲んで自分を落ち着かせようとしていた葵依はそう言えば、とパレスに逃げ込む前のことを思い出した。予想外の出来事が連続で起こってすっかり忘れていたのだ。

斑目が隠していた秘密を暴いてしまった手前、奴が杏を放っておくはずがない。斑目がどう動いてくるか、今一番の不安要素だ。最悪、組織からの殺し屋が来る可能性だってある。


「それなら、ここへ来る前に連絡を取った。俺は、高巻さんを追いかけていた事になってる。それと君らの説明通り、シャドウとの事を本人は知らないようだ」

「あいつ……なんて?」

「女子高生くらい捕まえられないのかと、警備会社に愚痴っていたよ。でも、怒りが収まらないようで、“全員告訴してやる”と言っていた」


キョロリと少しだけ目線を泳がせて言う祐介に全員が“告訴”という穏やかでない言葉に表情を歪める。呑気にしている暇はないだろう。それに恐らくだが、斑目のいう全員の中に祐介も入っているのだろう、と考えた葵依とコナンは表情を険しくさせた。


「相当警戒されてんぜ、それ……」

「告訴とか……必死すぎでしょ。実は、まだなんか隠してるとか?」


竜司と杏が怪訝そうな顔をすると祐介がまだ猶予はあると言った。


「動くとしても個展を終えてからだろう。期間中に醜聞が立つのは向こうが損だ」

「告訴を回避するためには、その前に改心させなきゃだね」


斑目を改心させるまでの期間は、前と変わらず個展が終わるまでになりそうだ。
そこまで話していると唐突に祐介がモルガナについて聞いてきた。
マイペースな彼の質問に毒毛が抜けたのかさっきまでの重い空気はなくなり、和やかな空気へと変わった。
四人と一匹のやり取りを見ながら葵依はチラリと隣に座るコナンを見やってから考えた。

このまま祐介をあばら屋に帰しては彼の命が危ない。
確かに祐介の言う通り、斑目は個展が終了するまで手を出してきたりはしないだろう。
しかし、組織の連中はどうだろうか?奴等は疑わしいと思った相手は一般人であろうと殺しに来る。

そう考えると、葵依の表情は自然と険しくなり向かいに座っていた暁が怪訝な顔をして葵依のことを見た。


「(やっぱり、喜多川をこのまま帰すのは駄目だ。だとしたら誰かの家で寝泊まりさせないと……けれど誰の家に?暁は保護観察中で居候の身、竜司の家は母子家庭で他人の面倒を見れるほどの余裕は無い…杏に関しては性別の不一致で却下)」


葵依自身の家もダメだ。
あの家には色々と他人に見られると厄介な物がありすぎる。
そこまで考え、ふと一人だけ頼める人物が思い浮かんだが、アイツにだけは頼りたくない葵依は眉間に深く皺を作って、それを誤魔化すようにカフェオレを煽った。


「とりあえず今日はどうするよ?」

「もう解散しよう」


暁の言葉で解散することになり、それぞれ席を立ち会計を済ませて店を出た。
杏と竜司が先に帰り、俯いて立っていた祐介も帰ろうと足を動かそうとした時、葵依が彼の腕を掴んで引き留める。


「祐介、ちょっといいかな。暁も残って」

「む、どうした?」

「葵依?」


呼び止められ、首を傾げる祐介とまだ帰っていなかった暁が不思議そうに葵依を見る。
コナンも葵依の隣に立ち、彼女を見上げる。


「祐介、センセイに電話した時……愚痴を言われた後、何を言われた?」

「……特に何も言われてないが」


そう言った祐介の目を見ていた葵依はすぐに嘘だと判断した。


「嘘、だね」

「嘘なんて――」

「さっき、瞬きの回数が多かった」

「瞬き?」


祐介の言葉を遮って言った葵依の言葉に暁が首を傾げればコナンがその質問に答える。


「うん。葵依姉ちゃんに対して何も言われてないって答えた時、祐介兄ちゃんが瞬きした回数が多くなってたんだよ」

「祐介は嘘を吐くのに慣れちゃったんだと思う。だから目を逸らすんじゃなく、相手の目を見て嘘を吐けるようになった。でも人って不思議でさ、表情や仕草に出ちゃうんだよ」


今回、祐介は瞬きの回数という特徴が出たみたいだね。

葵依が微笑んで言うと祐介は目を見張った後、気まずそうにそっぽを向いたがすぐに視線を戻すと疲れたように溜息を吐いた。


「……確かに愚痴を言われた後、俺は斑目に『しばらく家に戻ってくるな。今回の騒動、お前が撒いた種なのだからな』と言われた」

「「なるほど……」」


観念したように言った祐介に小さく呟いた葵依とコナン。
そんな二人を見て、暁は素直に凄いな……と思うと同時にどうして分かったんだろう、と疑問に思った。


「それで、祐介兄ちゃんはどうするつもりだったの?」

「俺か?……近くのマンガ喫茶やネットカフェで寝泊まりすればいいかと考えていた。常に財布を持ち歩いているから金の心配はない」


コナンの質問にポケットから財布を出しながら答える祐介。
葵依は祐介とコナンのやり取りを見ながらある人物にメッセージを送った。


――――――

少しの間だけ面倒を見て欲しい人がいる。

――――――


用件のみの短いメッセージを送ると暁が葵依に近づいてきた。


「どうしたの?」

「祐介が斑目に何か言われたって、どうして分かったんだ?」

「ああ、それは簡単だよ。だって愚痴を言われたって言った後、少しだけ視線を泳がせてたからピンと来たんだ。これは他に何か言われたなって」


そう言うと葵依のスマホが振動した。
スマホを確認するとさっきのメールの答えとして詳細を教えてほしいとあった。

葵依はすぐに相手に電話を掛けた。
すると数コール後、相手ーー明智は電話に出た。向こう側からざわめきが聞こえるということは人が多いところにいるのだろう。


『もしもし?』

「詳細は直接会って話したい。今、どこにいるの?」

『今は探偵の仕事で米花町に来てるんだ』

「なら、これからそっちに行くからどこかで落ち合おう」

『分かったよ。それなら……米花町駅近くのファミレスで落ち合おうか』


そう言って通話を切った明智に舌打ちすると、葵依はコナンと話している祐介に声を掛けた。


「今から祐介を預かってもいいって人に会いに行くから、米花町まで来てくれる?」

「そんな奇特な人がいるのか?」

「奇特って……まあ、否定しないけど」


驚いている祐介の言葉に苦笑で返す葵依は暁とコナンに目を向けて、二人も来るか?と訊ねるが暁は首を横に振って断った。


「悪いが、俺はそろそろ帰らないと怒られるからもう帰るよ」

「僕は家が米花町だから一緒に行くよ!」

「分かった。それじゃあ、また明日」

「ああ、気を付けて」

「ありがとう」


暁と別れた三人は電車に乗って米花町まで行き、ファミレスに入った。
店内をグルリと見渡せば、奥のボックス席で本を読んでいる明智を見付け、そちらに足を向ける。

葵依の後を着いて行く祐介とコナンは彼女が目指す席に座っている人物を見て、目をパチクリさせた。


「やあ、遅かったね」

「渋谷からここまでどんなに頑張っても時間はかかるからね」

「そう。まあ座りなよ」


ニコリと柔和な笑みでそう言ってきたので、三人は素直に座った。
明智が店員に追加で飲み物の注文をすると彼は葵依に笑顔のまま本題を聞いてきた。


「それで、僕の家で誰の面倒を見ればいいのかな?」

「まず自己紹介するもんじゃないの?」

「ああ、そうだね。――初めまして、僕は明智吾郎。一応探偵さ」

「俺は喜多川祐介、洸星高校2年だ」


お互いに自己紹介したのを見て、葵依は早速本題に移った。


「今回頼みたいのは彼、祐介の事」

「……もしかして斑目画伯の件かな?」

「明智さん、なんでそう思ったの?」


葵依が言ったことに対してそう返した明智にコナンが訊ねると彼はクスリと笑みを浮かべてから珈琲を一口飲んだ。


「今のご時世、どんな些細な事でもすぐにネットで拡散されるんだ。斑目画伯の住居に不法侵入した学生2人が現在逃亡中、ってネットに流れてるからね」

「何だと!?」

「2人、か……」


明智の言葉に祐介が声を荒げる中、逃亡中の学生2人について考えた。
まず一人は杏で間違いないだろう。しかしもう一人は?

一体誰の事を指しているのだろうか?
葵依は斑目と遭遇していないからカウントされてることはないと思うが……。


「祐介、私と杏ちゃんが今日来ていたこと斑目に話した?」

「いや、話してない」


首を横に振って答える祐介を見て明智がふむ、と自身の顎に指を当てる。
彼の隣ではコナンも同じようにしながらジッと祐介と葵依を見ている。


「とりあえず、ネットの事は一先ず置いといて。本題に戻るよ」


そう言うと葵依は掻い摘んで明智に説明した。
画伯の怒りを買った祐介が家を追い出され、生活する場所がないこと。
そしてここ最近物騒な事件が多発しているのでネットカフェや漫画喫茶で寝泊まりさせるのは気が進まないという事。

葵依の説明を聞いた明智はなるほど、と呟いてから席を立った。


「少し電話をしてくるから待ってて。あ、それと喜多川君は一緒に来て」

「分かった」


そして店から出ていく明智と祐介を見送っているとコナンが声を掛けてきた。


「葵依姉ちゃんってさ。何者なの?」

「また唐突だね?私は秀尽高校に通うちょっと人とは違う高校生だよ」

「ふぅん?」


葵依の答えにコナンは胡乱気な視線を向ける。

ここで普通の高校生と答えたとしてもそれは嘘になる。
だってこの場にいる者は葵依が心を改心させる怪盗団の一員という事を知っているのだから。

だからこそ、彼女はちょっと人とは違う高校生と答えたのだ。


「じゃあ、怪盗になる前は何をしてたの?」

「どこにでもいる普通の高校生に決まってるじゃん」

「へぇ!普通の高校生って2階の窓から飛び降りて、無事でいられるんだね!」

「……何が言いたいのかな」


ニッコリと無邪気な笑みであばら屋から脱出した時の事を言うコナンに葵依は微かに目を細める。


「葵依姉ちゃん。もう一度聞くけど、何者なの?」

「……そういうキミこそ、何者なのかな」

「こっちが訊いてるんだけど?」

「キミが教えてくれたら答えるよ」


笑顔でのやり取りなのに、空気が冷えていく。
お互いに無言でいるとコナンが先に口を開いた。


「江戸川コナン。帝丹小学校に通う1年生で探偵さ」

「私は櫻井葵依。秀尽高校に通う2年生で怪盗の一人だよ」


葵依の返しにコナンが目を光らせる。


「怪盗は泥棒なんだよ?それに葵依姉ちゃんは住居不法侵入っていう犯罪も犯してる」

「それは違うね。私は友達の付き添いであの家に行き、祐介に玄関を開けてもらって入ったよ」

「ならなんで2階の窓から出たの」

「逃げる必要があったから。それは喫茶店で聞いたでしょ?」


葵依がそう言うとコナンはグッと眉間に皺を作ってから運ばれてきたオレンジジュースを飲んだ。
こちらを睨んでくるコナンから視線を外して、外にいる二人に目を向ける。
時々祐介が口を開いている所を見るに辻褄合わせをしているのだろうと想像出来た。


「ねえ……」

「まだ何か聞きたいの?」

「葵依姉ちゃんは、悪い人?」

「…………」


彼の質問に葵依は答えることは出来なかった。
コナンがもう一度訊こうと口を開いたが、電話を終えた明智と祐介が戻ってきたので口を閉ざした。


「お待たせ。健悟さんから許可が貰えたから彼にはしばらく家に居候してもらうよ」

「それは良かった。――ありがとう」

「どういたしまして」


明智にお礼を言うと葵依は立ち上がって祐介に顔を向けた。
彼は眉を下げてすまないと言ってきたが、葵依はそれに対して大丈夫、と返した。


「気にしないで。しばらくは彼の家で寝泊まりすれば大丈夫だと思うから」

「ああ、まさか彼の同居人が警察……しかも警視とはな、驚いた」


そう言う祐介に明智はフフ、と笑った。
コナンは三人のやり取りを見て、これ以上話をすることは出来ないな……と判断して席を立ち、彼等は店から出て解散した。


*****


彼等と解散してから葵依はコナンが訊いてきた葵依が悪い人なのか?という質問について熟考していた。
あの時、葵依は正義と悪が何なのか、はっきりとしていないから答えることが出来なかった。

コナンの言う悪い人とは一体どういった人の事を指しているのだろうか?
葵依は自分の事を善人とは思っていない。

それに誰かの正義は誰かの悪となることも知っている。
だからこそ、コナンの質問にすぐ返すことが出来なかった。

延々と考えているといつの間にか自分の住んでるマンション前まで来ており、葵依は自分が考え込んでいた事に呆れ、溜息を大きく吐いた。するとスマホが震えたので取り出すと情報屋からの連絡だった。


――――――

いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。

お客様からご注文頂いた品が揃いましたので、担当の者が待機しておりますのでいつもの場所までご足労願います。

――――――


会う時とは違う丁寧な文章に胡散臭い、と思いながら鼻を鳴らし、着替えるため自分の部屋に向かって足を進めた。

しかし、思っていたよりも早く情報が集まったな。と感心するが、メールを見てから嫌な予感がする。


「……なんだろう」


そう思いながらスマホを手にとってメールにもう一度目を通してみるが、胡散臭い文章だけで暗号のようなものは見つけられなかった。そのままニュース欄に移動してみると事件とは全く関係なさそうな記事を見つけ、何となくそれに目を通した。


*****


ネオンの明りで光る渋谷を路地の奥から眺めながら煙草に火を点けて煙を吸い込み吐き出す。

壁に寄り掛かりながら大通りに目を向ければ仕事帰りのサラリーマンにこれから遊びにいくのか女子高生達が楽しそうに喋っては遠ざかっていく。通っていく人はみんな急いでいるのか?と聞きたくなるくらいスタスタと早足で歩いていて、見ているだけで目が回りそうだ。


「ったく、どいつもこいつも余裕ってもんがねえのかよ」


1人呟いて、これからやって来る取引相手の顔を思い浮かべる。
アイツもそこらを歩いてるガキと同じだろうに、身を置いてる場所が異様な娘。
最初の頃はこんなガキと取引なんざ出来るか!と怒りを覚えたこともあるが、アイツと取引するようになってもう4年目になる。
こんだけ長い付き合いになるきっかけはアイツが言った一言だったな。と昨日の事のように4年前の事を思い出す。


『別にアンタじゃなきゃいけない、なんてことはない。無理だというのなら他のを探すだけ』


この道では名の知れた俺の事をまるで格下に言うような言葉に頭にキた男は彼女と手を組んだのだった。
なんて思い出していると路地の奥から黄色いネクタイに赤いジャケットを着た猿顔の男が近寄ってきたので露骨に顔を歪めた。


「……なんでテメェがここにいるんだ。一昨日までアメリカを騒がせてたじゃねえか」

「いやぁ、ちょーっとお前の持ってる情報が欲しくなっちまってね☆」


茶目っ気たっぷりにウィンクする男に俺は舌打ちをしながら睨むように男に目線だけを向ける。
コイツが俺に求める情報は大抵宝石に関することなので集めやすいがいい加減、あの女狐に貢ぐのを止めた方がいいんじゃねえかと思う。まあ、人の生き方にケチ付ける気はねえが……。


「またあの女から何か強請られたのか?」

「そう言うなよ〜」

「それで?何が欲しい?」

「話が早くて助かるぜ。……アン・ボニーの遺産が日本のどこかにあるって噂を聞いたんだが何か知らねえか」

「海賊の黄金時代に生きた女海賊の遺産、ねぇ……」


男の聞いてきた事に俺が自分の記憶にあるかと思い出しながら立ち上っていく紫煙を見ながら首を横に振った。


「ワリィが日本の海域のどっかにある“海底宮殿の中”としか聞いた事がねえな」

「それだけで十分!あんがとよ」


そう言って男は俺のポケットに札束を一つ突っ込んだ。
渡し方に呆れつつジロリと睨み付ければソイツは俺の耳元で小さな声で言った。


「お前、今ガキ相手に仕事してるんだって?」

「ああ、羽振りがいいんでね」

「おいおい、金に困ってるわけじゃねえだろ?」


俺の返事に今度は男が呆れたような顔をする。
最初こそアイツを金蔓として見ていたが、今では娘のように思っていたりもする。

求めてくる情報の種類から考えるとアイツは随分と危ない橋を渡っている事も分かるし、アイツの目はもう日向にいる人間のモノではないことから分かっていた。
なんでアイツがそんな事してるのか気になるがお互いに深入りしないことを条件に取引をしている。


「……俺が誰を客にしようがお前ェには関係ねえだろ?」

「そりゃそうだけどよぉ」

「さっさと行け、俺はこれからその“客”と会うんだ。お前がいると客が来ねえ――警戒心がこれでもかってくらい強いんでな」


そう言って男から目を離して、しっしっと払うように手を振ると男はワザとらしく肩を竦めて去っていった。

アイツが求めていた情報はジャケットの内ポケットの中にあるUSBに入れてある。
コレを渡すだけで俺の仕事は終わりだ。
次にアイツが依頼してくるまで他の仕事をしている、それが4年間過ごしてきたやり方だ。

なんて思っていると後ろから足音が聞こえてきてなんだ?と振り向くと、俺は横一線に走る銀色を咄嗟に上体を反らして避ける。

するとフードを目深に被った襲撃者は愉しそうに口許に笑みを浮かべ、手に持つナイフで再び男に襲い掛かってくる。


「チィッ!」


舌打ちをしながら攻撃を防ぎ、相手の懐に入って動きを封じようとするが背中に強い衝撃を受けて、俺はそのまま地面に倒れる。


「ざぁんねぇん……俺は前に“演じた”自衛官の本物の護身術を身に付けてんだよ」

「ゲホッ……」


背中の強烈な痛みに耐えながら立ち上がろうとするが、奴はそれを許さず俺の腹部、しかも鳩尾を狙って執拗に蹴りを何度も入れてくる。


「ガハッ!く、っそがァ……!」

「ははっ!!負け犬の遠吠えって奴?――うるさいんだよ!!」


反撃しようと腕を振り被ったが俺は首に重い蹴りを食らって完全に意識を落とした。


*****


誰もが寝静まる深夜。葵依が情報屋と会ういつもの場所に行くと何故か消防車とパトカーが数台止まっており、そこには松田と伊達、それに喫茶店の事件の時に見た刑事がいたのを見て、思わず眉間に皺を作ってしまった。

何かあったのだろうか?と思いながら見ていると肉を焦がしたような臭いが微かにした。ボヤ騒ぎでも起きたのだろうか?飲食店もある通りなので不思議ではないが、その臭いは本能的に嫌悪する類のもので葵依の腕にはプツプツと鳥肌が立った。

それにさっきからイヤな感じがして心臓も早鐘を打っている。

知り合いの警察に見付かると面倒なことになるのは確実なので現場が見れる建物の裏階段を上って小型の双眼鏡を使ってそこから覗き見ると葵依は自分の目を疑った。


「……何、あれ」


そこにあったのは一つのドラム缶。
その周りに水溜まりが出来ているのであのドラム缶が発火元だと思われる。

それだけだったら、どっかのバカがドラム缶の中に火を入れたと思えるがそのドラム缶の中にあるモノに葵依は自分の目を疑ったのだ。

ドラム缶の中にあったのは金色のネックレスを付けた焼死体だった。
大きさから考えて成人済みの男性と思える。

その死体はドラム缶に押し込まれるような形で入っているらしく鑑識が数人がかりでドラム缶から出そうとしていた。


「………殺人、か」


双眼鏡を下ろして呟くと、今日の取引は無理だな。と判断した。

これだけ多くの警察官がいるのだ。
彼ももうここから立ち去っているだろう。

葵依はスマホで『急な用事が入ったので、お願いしてたものはまた後日受け取りに行きます』と誰かに見られても可笑しくない文章でメールを作り、相手に送信した。

葵依は焼死体を見てからドクドクとやけに大きく聞こえる心臓の音を聞きながら大きく息を吐いた。学業にアセット、それから怪盗と複数もやっているせいできっと気が張り詰めてもいるんだろう。

今日は湯船に温かい湯を張って、体を温めながらマッサージでもしよう。それから前に教えてもらった梅昆布茶を飲もう。葵依はそう考えながら警察に見付からないように帰宅した。

しかし、翌日になっても相手から返事がくることは無かった事にまたしても心臓がドクリと嫌な音を立てた気がした。


*****


モヤモヤと気持ちのまま放課後になってしまった。
しかし葵依は頭を数回振ってからアジトにしている連絡通路まで行くと彼等に駆け寄る前にキョロリと周囲を確認した。昨日の様子から今日も来ていると思ったがどうやらコナンは来ていないようだった。そのことにホッと安堵してから暁達に駆け寄る。

全員が揃ったのを確認するとモルガナが祐介の為とおさらいも兼ねて基本的な説明を始めた。

パレスの説明をしていると祐介が俺達にもパレスが存在するのか?と訊いてきた。

強い欲望の持ち主にはあるそれはペルソナという力を得た自分達にも生じるものなのだろうか?と葵依も疑問に思っていた事なので、ジッとモルガナに目を向ける。

視線を受けるモルガナは葵依に対してだけ険しい顔をしたが説明を続ける。


「……いや、万人にある訳じゃない。主に強い欲望、歪んだ主観の持ち主が持ってる」


そう言いつつモルガナはチラリと葵依の事を目だけで見てきたので葵依は警戒されてるみたいだな、と頭の隅で思った。

やはり彼の前で鍵開けをしたことは失敗だったのかもしれない。しかしあの時は杏の安否も関わっていたので猫に任せられなかったのが本音だった。

いくら怪盗活動とはいえ、“友人”が危ない橋を渡っている時に悠長になんてしていられなかった。


「(まあ、猫一匹……始末するのは楽だけどね)」


何て非道な考えが過るがその後が更に面倒になるな、と考え、止めておこうと思い留まった。そう始末するのは楽だが、モルガナがいなくなったことにきっと彼等が何かしら行動を起こすのは簡単に想像出来てしまった。


「殆ど悪党だろうぜ。鴨志田とか斑目とか、そういうエグい奴等な」

「逆に、ペルソナ使いにはパレスは無い。生じるワケが無いのさ。ペルソナ能力は、自分の心の本音…要は自分のシャドウと向き合って制御する力だ」


軽い調子で言う竜司の言葉にモルガナは続けた。


「なるほど、制御出来てる間は歪むことは無いしパレスが出来るワケも無いってことか」

「……アオイの言う通りだ」


やはりモルガナは葵依に対して警戒心を持っているようで声が固かった。

それからイセカイナビの説明となり、四人は話を進める。
その間もモルガナからの視線は向けられたままで葵依の動きを観察しているようにも受け取れる。


「そんなに見られてると穴開いちゃいそう」

「アオイ、お前、何者なんだ」


昨日、コナンにされた質問と同じ問いに葵依は内心ウンザリしながら答える。


「ある時は秀尽の生徒、またある時はザ・ファントムのメンバー……だよ」

「………」


いつも通りの調子でモルガナに答えると彼はその目付きを更に鋭くさせた。それははぐらかすな、と言っているようだが馬鹿正直に答えるつもりはないのでニッコリと無邪気な笑みをしてから暁達の方に顔を向ける。


「それにしても告訴まで発展するとはな……」

「ああ。昨日の様子からすると、本気で訴えるつもりだろうな」


暁と祐介がそう言うと杏が不安たっぷりな顔をして俯く。


「どうしよう……裁判なんてやられたら、私達に勝ち目ないよね?」

「まあ、陪審員も向こうに有利な人を揃えられるだろうね。こっちがとっても優秀な弁護士を雇わない限り勝てないと思っといた方がいいよ」

「……そっか」


葵依の言葉に杏の表情は更に暗くなったが祐介がまだ猶予はある。と口にした。


「6月5日の個展最終日までは向こうも身動きが取れないはずだ」

「それって昨日言ってた個展がどうのってやつか?」


竜司の言葉に頷きつつ祐介は腕を組んで言葉を付け足す。


「それもあるが、期間中に裁判など起こして自分の肩書にケチをつける愚は犯すまい」

「なら、それまでに斑目のオタカラを盗めばいい」


暁の言葉に全員が頷くと竜司が拳を作って自分の掌にぶつけて言う。


「告訴なんてゼッテーさせっかよ。こっちがテメエの本性を暴いてやるっての!」

「気合十分な所悪いんだけど、祐介の肩慣らしも兼ねて今日はメメントスに行かない?」


今日はまだ20日、時間はまだある。
焦って事を仕損じては元も子もない。

葵依がそう提案すればモルガナ以外が賛成してくれた。


「あれ?モルガナはさっさとパレスに行きたい感じ?」

「……いや、ワガハイもユースケの力がどのくらいのモノなのか知りたいし、賛成だぜ」


杏に抱っこされたモルガナは不服そうではあるもののメメントスに行くことには賛成らしかった。

しかし竜司がスマホを取り出して怪チャンを見てみるがあまりいい情報が無いようで肩を落としていた。


「ネットの方は相変わらずだな……」

「なら、三島がリークしてきた奴をやってみるか」

「え?どんなの?」


杏が興味津々といった感じに聞けば暁は話始めた。


「前に改心した高梨大輔という生徒がいただろ?どうやらその黒幕と思われる奴が秀尽の生徒である事が三島の調べ分かったらしいんだ」

「マジか!?三島の奴スゲェな」

「それで?そいつの名前は?」


祐介は関わっていないことなので首を傾げながら三人のやり取りを見ていたので葵依が高梨大輔の改心の事を軽く説明した。話を聞き終えた祐介は酷いな、と顔を顰めたがすぐに表情を戻した。


「そのいじめっ子もお前達が改心させたのか」

「うん。まあそのせいで彼は今黒幕に怯えて過ごしてるんだけどね」


肩を竦めながら言う葵依に祐介は彼も助けたいな。と言ったので葵依はそれに頷いておいた。

そして暁達の方に顔を向けると暁が申し訳なさそうに眉尻を下げて自分の鼻の頭を人差し指で掻いていた。


「どうしたの?」

「それが、黒幕の名前が分からないんだって」

「名前さえ分かればメメントスにソイツのシャドウが出るんだけどな……」


杏と竜司に言われ、ふむ……と葵依が首を傾げてから言った。


「それじゃあ情報を集めようか。どこまで分かってんの?」

「秀尽の学生って所だけだな」

「……それだけ?」

「ああ」


暁の言葉に流石に目をパチクリさせてしまったが、葵依は一回咳払いをしてから手を叩いた。


「よし、なら学校に戻ってその生徒を探そう」

「探すってもどうやってだよ?」

「今まで自分に従順だった部下がいきなり歯向かってきたんだからどこかでもう一度自分に従えって高梨を脅し続けてると思うんだよね。だから、校内か校外……しかも学校の近くで人気のない場所でやってると思うの」

「じゃあ、そこを重点的に黒幕を探せばいいのかな?」


杏の言ったことに暁が首を振った。


「いや、俺達はその黒幕の顔どころか名前すら知らないんだ。この場合、探すとしたら高梨大輔本人の方……だろ?」

「その通り!」


暁の言葉に笑顔で頷いた葵依に暁はそれぞれに高梨を探すように指示を出した。

ちなみに他校生である祐介には学校の外で脅されている生徒がいないか探すように言ったので彼が除け者にされることは無かった。


201812272244