Prologue

       

学校の廊下で隠そうともしないような大声で教師である鴨志田がこれから来る転入生の話を校長としていた。

それだけなら別に問題はないのだが、内容が悪い。

なんでも障害事件を起こした前科持ちだとか、保護観察処分の身となって地元の高校を退学処分にされたとか。

そんな話を聞いてしまった生徒達がヒソヒソと話し始め、噂話に尾鰭、背鰭と嘘が付け足されていく。


「ねぇ坂本ー」

「…あんだよ」

「さっきから彼の暴君が言ってる転校生、そのまんまだと思う?」

「さあなー、もしくは鴨志田がギャーギャー騒いでるだけじゃねえの?」


興味がないと言わんばかりの態度がムカついた葵依は竜司の脇腹に肘鉄を食らわせ、もろに受けた竜司は小さく呻いて脇腹に手を当てる。


「グッ、てっめ何すんだよ」

「なんか腹立った」

「こんにゃろ…」


竜司が拳を握りながら葵依を睨んでいると、葵依は何か言う前に自分のポケットの中にあるスマホが震えたことに気付き、そのスマホをポケットから少しだけ出して画面を確認すると一件のメールが届いた事が解った。

葵依はメールを開いて内容を確認してから何もなかったかのようにスマホを仕舞い、隣にいる竜司を見ると彼は葵依から目を離していた。未だに脇腹を摩っているところを見ると力加減を間違えたのかもしれない。それに対して心の中で謝罪したが声に出したわけではないので竜司にその謝罪は届いていないが、鴨志田への不満をブツブツ言っていた。

そして葵依は少しだけ顔を後ろに向けて前科持ちという転校生のことを話し続けている二人の教育者を見据え、目を細めてから顔を正面に戻して今思い出したと言わんばかりに声を出して手を叩いた。


「あ!そういえばやることがあったんだった!」

「は?いきなりだな…」

「すっかり忘れてたぜぇ…」


肩を落としてそう言う葵依に竜司はこいつバカだな…と言いたげな視線を向けた。


「というわけで、私は帰るぜ!!」


葵依の言い方がなんかムカついた竜司はスパン、と彼女の頭を平手で叩くと彼女は頭を擦りながらアバヨ!と言ってもう一度叩かれる前に走ってその場を離れた。

靴を履き変えて外に出た葵依は少しだけ早足で校舎を出て駅へと続く裏道に入り駅へと向かう。

すると前方から少し草臥れたスーツを着たガタイの良い黒髪短髪でメガネの無愛想な男-風見裕也-が歩いてきて葵依は彼とぶつからないように避けて歩き、ぶつかることなく擦れ違う。その際に彼のスーツジャケットのポケットからどこかの鍵を掏(す)った。


「渋谷駅、宇田川方面付近ロッカー、29」


小さな声でそう言うと葵依は瞬きを一回するだけで駅へと向かって足を進めた。


「今回も無茶ぶりかぁ…?」


小さく呟いた所で返事が返ってくるわけではないが、今までの事を思い出すと今回もそうなんだろうとすぐに察せたので、小さくため息を吐いてから電車で渋谷まで行き、風見が言っていた宇田川方面のロッカーに行き、29番のロッカーに掏った鍵を差し込んでロッカーを開けた。

中から出てきたのはA4サイズの茶封筒でかなりの厚さがあった。葵依は茶封筒を手に取るとその場で開けずに学生鞄の中に仕舞い、教科書とノートの間に入れて、更にその上からタオルを乗せて見えないように隠した。


「かーえろっと」


ロッカーの扉を閉めて葵依は家へと帰ることにしたが、乗るはずだった電車が脱線事故を起こしたと聞き、恐怖で戦慄した。


*****


『バスがお客を乗せたまんま逆走ですからね。公共の交通機関なのに。これじゃ、市民は安心して暮らせませんよ』


ワイドショーで司会者がそう言った所でパソコンを使って何か作業をしながら聞いていた少女-灰原哀-はパソコンから目を離してテレビに向ける。


「あら、また事故?最近多いわね」


そう呟くとソファに座ってテレビを見ていた少年-江戸川コナン-は険しい顔をしながら返事をする。


「あぁ、事故にしちゃ頻度が多すぎる」

「全く、暴走事故ばかりね。この辺でも起きないといいけど」

「怖いこと言わんでくれ、哀君」


そう言われた哀はそちらに顔を向けると両手にマグカップを持った家主-阿笠博士-が立っていた。
彼は持っていたマグカップをコナンと哀に渡してコナンの対面になるようソファに座ってワイドショーを見ては憂慮していた。


「あんまり心配ばっかりしてると身体に悪いわよ」


そう言って哀はリモコンでテレビのチャンネルをワイドショーからニュースへと変えた。
しかしニュースでは地下鉄が脱線してホームに突っ込んだ映像が流されていて、三人はその映像に目を見開く。

土煙を上げ、画面の殆どが灰色の煙で埋まっている。
そして衝撃が強かったのか前の車両が後ろの車両の上に乗っていた。

ニュースの見出しには地下鉄脱線事故 負傷者80名以と出ていた。


『これは事故直後の映像です。警察によると運転手は負傷したものの命に別状はなく、調べに対し、何故過剰にスピードを出したのか自分でも解らない。などと答えており、詳しい動機の解明が急がれます。また当局の取材によりますと―――』


アナウンサーの声を聞きながらコナンはここ最近頻繁に発生している“動機不明の事故”の数を哀に調べてもらった。


「ここ最近の事故、ね…」

「ああ、どうにもただの事故で済ませていい数じゃねえからな」

「まあ、すぐに出ると思うわ」


哀がそう言ってキーボードに指を走らせ始めたのを見たコナンはもう一度テレビに目を向ける。テレビには今日の特集として無差別連続凶行事件が取り上げられていた。


『そこで今日の特集です。今回の脱線事故も含め最近動機不明の不自然な事故が相次ぎ、各地で市民に不安が広がっています。一体、何が彼等を駆り立て凶変させるのでしょうか』


バス暴走死傷事故、コンビニ爆発物事件、トンネル内放火事件、ヨットハーバー燃料漏出、翼田リムジンバス突入事故、新都市交通あねはづる事故、内閣府サイバー攻撃事件、毒物混入事件、テレビ画面に出されたそれだけでも八件の事故と事件が立て続けに起こっていた。

コナンは画面を睨みつけながらこれらには繋がりがあるのでは?という考えが浮かんでいた。


「とりあえずここ一週間で起きた“動機不明の事故”のデータを出してみたわよ。それにしても一週間でこんなに起きてたなんて、怖気が走るわね…」


そう言いながら哀はコナンにパソコンの画面を見せ、コナンはその事件数に自分の目を疑った。


*****


落ち着いたジャズが流れるバーで一人の青年がバーカウンターの隅に座り、酒を嗜んでいた。

黒いシャツにパンツ、ジャケットにボルサリーノと黒一色に身を包んだ彼は目の前に置かれているグラスを見て、酒に浸った氷を指でクルリと一回だけ回した。

すると隣に誰かが座ろうとしていることに気付き、チロリと目線だけを向けるとそこにいたのは一人の金髪が似合う美女-ベルモット-だった。


「ハァイ、こんな所でどうしたのかしら?」

「あんたには関係ないだろう、ベルモット」


素っ気ない言葉を吐かれ、冷たい目と殺気を向けられながらも、彼女はそれすら楽しいと笑みを浮かべて青年の隣に座った。

ベルモットが自分の態度を見て楽しんでいると判断した青年は舌打ちをしてから自分の酒を一口飲んだ。

口内に広がる仄かなライ麦の香りと味わいを楽しみながら隣に座るベルモットに目を向ける。
どうやら彼女は自分が頼んだものと同じものを注文したようだ。


「貴方が珍しくお酒を飲んでいるから気になったのよ」

「……今日はそんな気分なだけだ」

「そう?にしてもオールドオーバーホルトなんて、何か意味があるのかしら」

「……」


答える気はない、と無言で訴えれば彼女はクスクスと上品に笑って運ばれた酒を飲んだ。

口当たりは硬く、味わいは独特、なのに後味は甘く官能的。
この酒はまろやかさを求める人には向かない“ライ”・ウイスキーなのだ。

パキリ、とグラスの中の氷が音を立てた時、一人の男を思い出した。
FBIの凄腕スナイパーで、青年の協力者の顔に傷を残した男。

――赤井秀一

不敵に笑う男の顔が浮かんだが頭を左右に振ってそれを消した。
すると片耳に入れたイヤホンから懐かしい声が聞こえてきた。

ここ最近は“仕事”が忙しくて聞いていなかったが、相変わらず気怠そうな声だった。


『ひでぇ事故だな…。80人も巻き込んだのかよ』

『保護観察中ったって、別に行動に特別な制限はない。法律守れってこと以外はな』

イヤホンから聞こえた言葉に聞いていた青年は保護観察?と内心首を傾げながら口元に笑みを浮かべた。
その笑みは人を馬鹿にする類のもので、彼の隣に座っていた美女は青年の様子に珍しいものを見たと目を丸くさせた。


「あら、何か面白いものでも聞けたのかしら―――タリスカー」

「俺にとっては面白いな」


タリスカーと呼ばれた青年はあとで探ってみるとしよう、と決めると残っていた酒を一気に煽り、席を立った。机の上には空になったグラスとお金が無造作に置かれていた。

店から出て行ったタリスカーを見送ったベルモットは口元に笑みを浮かべたまま酒を飲む。


「ふふ、背伸びしてるようでとても可愛らしいわね」


一人残った女の呟きにバーテンダーは優し気に微笑むだけだった。


201804272255

 
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