A gloom of lust.

     

ジェスターとパンサーがアンと戦っている間、ジョーカー達もカモシダを相手に苦戦していた。パンサーとジェスターという戦力を欠いた状態でのカモシダとの戦いは厳しい物だった。

しかし、ここで弱音を吐く事は誰もしなかった。認知上のアンと戦っている二人もかなりの劣勢であることはジョーカーの後ろから聞こえる音で見なくても分かる。


「カモシダとの直接対決……パンサーとジェスターがいない厳しい状況だが、やっちまおう!」

「おう!」

「ああ」


モナの言葉に短く答えると真っ先にジョーカーが動いた。
ドラゴンの上に跨ってこちらを見下ろしてくるカモシダにはどうやっても攻撃が届かない事は分かっているので、ジョーカーはまず三ツ頭のドラゴンから片付ける事にし、狙いを付けた。

素早く動き、ドラゴンの足の間をスライディングで通り抜けると隙だらけの背中をナイフで切り付けていく。
しかしドラゴンの皮膚は硬く、あまりダメージは通らなかった。むしろ皮膚の硬さにジョーカーの腕が軽く痺れた。


「くっ!」

「ジョーカー!無理するな!!」


モナの言葉を素直に聞いてジョーカーはバックステップで距離を取ると、ちょうど鼻の先すれすれを太い蛇の尾が横切っていき、あと少しでも動くのが遅ければ顔を強く打たれていたことにジョーカーの口元が引き攣る。


「おらぁっ!!」


スカルがドラゴンの右足に向かって鉄パイプを振りかぶって思い切り殴打していく。
それに続くようにモナも左足をカトラスで斬り込んでいく。

二人の攻撃を同時に食らった三ツ頭のドラゴンは苦悶の声を上げた。
ドラゴンの声にカモシダが憎々しいと言わんばかりに顔を歪めてスカルを睨み付ける。


「ちょこまかと目障りな……喰ってしまえ!!」


カモシダの指示に牡牛の頭がグルリとスカルに狙いを付けると勢いよくその顔面を叩きつけてきた。


「スカルッ!!」


モナが土煙を上げる箇所にいたスカルに声を掛けると咳き込みながらも大丈夫だ!と返事があった。

スカルの無事に安堵の息が漏れるが、すぐにジョーカーとモナはこちらを睨み付けてくる牡羊と人間の頭を見上げてから顔を見合わせ頷くと二人は床を蹴り上げ、床に激突して目を回している牡牛の頭に攻撃を仕掛ける。


「食らえ!」

「このぉ!」


休ませる暇を与えない攻撃に牡牛は甲高い悲鳴を上げる。
牡羊と人間の頭がジョーカー達を攻撃しようとその長い首をしならせたり、口から炎を吐き出してきた。


「ハッ!……食らえ!」

「甘い甘い!……ほいっとな!」


薙ぎ払われるように振られた首と吐き出された火球を躱すと、ジョーカーがペルソナで攻撃し、モナは体力の削られたスカルの回復をする。


「サンキュー、モナ!!さっきはよくもやってくれたな!当たれ!!」



そう言ってスカルはショットガンを取り出し、痛みに動きが鈍っている牡牛に銃口を向け、狙いを定めると撃った。スカルの放った銃弾は牡牛の両目に命中し、牡牛は絶叫した。

耳をつんざくような悲鳴にジョーカー達は思わず自分の耳を両手で塞ぐ。
微かに耳鳴りがするがジョーカーはある事に気付き、急いで自分達の周りに目を走らせた。

そこにはさっきまでいなかった筈の全身ピンク色をした、パンサーが囚われた部屋で見た少女の姿をした存在が王の間にチラホラと現れていた。

どういうことだ?とジョーカーが警戒していると少女達の出現に気付いていないらしく、耳から手を離してガッツポーズをした。


「っるせぇな!……でもまずは一つ潰し……って、はぁっ!?」


人の頭をした首が取った行動にスカルが驚きの声を挙げた。
しかし、驚いたのはスカルだけでなくジョーカーとモナもそれを見て、驚きを隠せないでいる。

雄叫びを上げたその首は突然、ジョーカー達にではなく現れた少女達に向かって口を開くと、一人の少女を襲ったのだ。口に咥えられジタバタともがくように暴れる彼女を宙に放り投げると下からすくい上げるように少女を食らった。


「やめ……っ」


バクリと食われる瞬間、認知の女子生徒の表情なんて分かるわけないのにジョーカーはその顔が涙を流しているように見え、咄嗟に手を伸ばし声を出してしまった。

バリボリと骨を噛み砕く音が聞こえる中、ジョーカー達は声を失くして見て、手を伸ばしていたジョーカーはその手を下ろし、ナイフを掴む手に力を込めた。

そして人の頭がゴクリと喉を上下に動かすと、両目を撃ち抜かれた御羊の頭が回復した。


「ははははは!無駄だ!お前等がいくら俺に傷を付けようと無駄なんだよ!!」


腕を組んで卑しい笑みを浮かべたカモシダを見て、モナがハッとした様子で周囲に現れた少女達を見る。


「回復だと……!?まさかアイツを食ったからなのか……?」

「つまり、女子はカモシダにとって食う対象としか見られてねえってことかよ!クソッ!!」


モナとスカルの声を聞いたジョーカーは頭の奥がスッと冷めていくような気がした。
怒りで頭に血が上るが、ジョーカーはサード・アイを使い、冷静に人間の頭をした首に目を向けた。

すると、盲執の頭という文字が浮かび上がりハートの形をした器とその中に入っている水も見えた。今までも見てきたシャドウたちの体力ゲージにジョーカーは目を細めると仮面に手を掛け、ペルソナを呼び出す。


「アガシオン!!」


金色の壷に入った青い妖精が盲執の頭に向かって飛びかかり、その鼻っ柱に頭突きを食らわせた。ハートの器に入っていた水も減り、体力を削れた事を視認したジョーカーはスカルとモナに指示を出す。


「あの人の頭……呼称を盲執とする!回復されると厄介だ、まずは盲執を潰すぞ!!」

「分かった!」

「ああ、任せろ!」


二人にジョーカーの言葉は聞こえたが、盲執の頭の呻き声でカモシダには届かなかったらしく、彼は馬鹿にしたような笑みでジョーカー達を嘲笑う。


「なんだ?無駄な抵抗の作戦でも立ててんのか?やれるもんならやってみろ!」

「ああ、なら遠慮なくやってやるぜ!!……ぶっ込め!!」


スカルが叫べばキッドが姿を現すと盲執の頭に突撃し、モナも風の刃で襲う。
盲執の頭を集中的に狙ってくる怪盗団にカモシダが舌を打つと牡牛と牡羊の頭が彼等の攻撃を妨害しようと動く。

角を使って抉るようにすくいあげようとしてくる牡牛の頭に、火球を連続で吐き出してくる牡羊、ドラゴンの背後に回ればその太い蛇の尾が薙ぎ払うように動いてくるので、三人の体力はジワジワと削られていった。


「チッ!やはり三人では厳しいな!!」

「つーかアイツ等は大丈夫なのかよ!?」


ボロボロになりつつも攻撃の手を緩めない二人の言葉にジョーカーが彼女達の方を見ればジェスターのペルソナであるマルガレータがクルリと一回転し、核熱が異形の姿をしたアンを襲っていた。

認知の存在であると分かってはいるものの、アンが痛めつけられているという光景は目を逸らしたくなるものだった。

ジョーカーはジェスター達の戦闘がまだ続きそうだ、と判断するとこちらに向かって吐き出された火球を横に飛び退いて躱すとアガシオンを呼び出し、盲執の頭に突撃させると盲執の頭が断末魔の声を挙げ、粉々に砕けた。

金の破片となって砕けた盲執の頭に目を限界まで見開き、カモシダが動揺した様子を見せているとドラゴンの体が横に倒れ、跨って乗っていたカモシダがジョーカー達の前に放り出された。


「ぅ、嘘だろ……?全日本で、優勝の……」


そう言って床の上に散らばる破片を見下ろすカモシダ。
牡牛と牡羊の頭は盲執の頭が砕かれた影響なのか、グッタリと床の上に伸びており、ドラゴンの体もピクリとも動かない。王の間に現れた少女達も悲鳴を上げて消えていった。


「チャンスだ!!」


モナの声に銃口をカモシダに向けると、彼はキッと憤怒に目を吊り上げ、ジョーカーを睨み付ける。


「こんなことして許されると思ってんのか?俺様はなぁ……!……カモシダなんだぞ!?」

「それがどうした」


激昂しているカモシダに対してジョーカーが淡々と、一切の感情を消し去った声で返せば、カモシダが狼狽え始める。


「え……!?だから!俺様はカモシダなんだっ!俺様は王なのだっ!」

「人の事、見下してるくせによ、今のお前……すっげぇダセぇ」

「黙れっ!!」


スカルの言葉にカモシダが力の限り叫ぶ。
それに対してジョーカーが舌打ちをし、モナが顔を顰めた。


「まだ叫ぶ元気はあるみてぇだな。ならこっちも、本気でやってやる!」


そう言ってモナが攻撃を仕掛ければ、ジョーカーとスカルもそれに続いてカモシダに容赦なく攻撃を仕掛けていく。
王の間にある柱や壁を足場に総攻撃を食らわせれば、カモシダは地面に倒れるが、すぐに立ち上がった。意識を取り戻したドラゴンも同じように立ち上がると、カモシダはまたドラゴンの背に跨り、怒声をジョーカー達に吐き捨てる。


「もういい!!お前等はここで殺す!!殺してやる!!!」


殺意の籠った目がギラギラとジョーカー達を射抜き、牡牛と牡羊の頭が残ったドラゴンが怒りの咆哮を上げた。


「このままじゃ埒が明かないぜ……どうする、ジョーカー」

「……先にオタカラを頂こうか」

「なるほどな……。なら、誰かがあのテラスからカモシダのオタカラを盗っちまおうぜ」


その作戦にジョーカーとスカルは頷き、カモシダの気を引くために残りの首を潰すように攻撃を再開させた。


*****


アンへの総攻撃が終わり、マルガレータのフレイで攻撃すれば彼女はよろめきながらもジェスターとパンサーを殺気立った目で睨み付けてきたかと思うと、いきなり近くにいたピンク色の人影の首に向かって持っていた武器を横に薙いだ。

すると首は呆気なく飛ばされ、人影はふらりと後ろに傾き床に倒れる前に霧散した。

アンは新しい血でテラテラと光る武器を持ち直すとニヤリと笑みを浮かべ床を力強く蹴り、近くにいたジェスターに襲い掛かってきた。咄嗟に刀で攻撃を弾いてみるも力も速さもジェスターの上をいくのか防戦一方となってしまう。

先程までと動きの切れが違う事にすぐに気が付いたジェスターは舌打ちをしてからバックステップで移動するがアンは笑みを浮かべてジェスターを追い掛ける。

しかし、一方的にやられるつもりのないジェスターはジャケットの内側に手を入れるとホルスターに収納していた銃を手に取ると、追ってきていたアンの眉間に銃口を当てトリガーを引いた。

銃声と共にアンとジェスターの視線が合わさるがそれも一瞬のことで、タラリと彼女の額から血が流れ、その目から光が消えた。

そしてアンが前のめりに倒れてくるとジェスターはその体を受け止めようとはせずにサッと躱すと彼女の体はうつ伏せになって床に倒れた。

頭部から血が広がり、小さな水溜まりを作った。
それを軽く見るだけでジェスターはすぐにカモシダの方に顔を向けた。


「ぁ……ジェスター」

「戦いはまだ終わってないよ」

「ぅ、うん……」


床に倒れている歪んだ自分の姿を見ないようにしながらパンサーはジョーカー達の方へと駆けて行った。


「……偽物とはいえ、友人を殺すってのはキツイなぁ」


小さくぼやくがジェスターはすぐに頭を振って、気持ちを切り替え、持っていた銃をジャケット下にあるホルスターに仕舞うと、ジョーカーの元へと駆けた。


「ジョーカー!」

「ジェスター、そっちは終わったのか」

「なんとかね!こっちはどう?」

「あんまりだな」

ジェスターの問いに答えるジョーカーはカモシダの方を見て顔を歪めていた。彼の視線を追うようにジェスターとパンサーの二人もそっちに目を向けると牡牛と牡羊の首に妨害され、四苦八苦しているスカルとモナ、パンサーの三人がいて、カモシダはドラゴンの背で腕を組んで、こちらを見下ろしていた。


「……どうするの?」


質問にジョーカーは王冠を先に頂いてしまおうと考えていることを告げ、作戦内容を二人に教えるが、ジェスターはチラリとカモシダを見る。

作戦自体は悪くないが、相手の目が六つもあることから難しい事も分かった。
そこでジェスターはカモシダが玉座の前から動いていない事に気付いた。どうやら三人の攻撃で足が使えなくなっているらしい。焼け爛れている所をみるにパンサーが執拗に燃やしたのだろう。


「……ドラゴンを潰すと同時に王冠も頂いちゃう?」

「え?」


ドラゴンの具合を見て、思わず口から出た言葉にジョーカーから何を言ってるんだ?という視線を貰うジェスターは苦笑しながら胸ポケットから一つの黒いスイッチを取り出した。


「それは?」

「んー……汚い“花火”の着火ボタン?」

「“花火”……?」


ジョーカーは理解出来ないようで首を傾げては訝し気にジェスターの手の中にあるスイッチに目を向けるとパンサーの鋭い声が二人に掛けられる。


「危ない!!」


パンサーの声に二人がバッと顔を向ければこちらに口を開けて突進してくる牡牛の顔が迫って来ていた。飛び退こうと足に力を込めた瞬間、真横から強く押しやられ、ジェスターは牡牛の軌道上から逸れることが出来たが、彼女を押したジョーカーは逃げ遅れそのままバクリと牡牛の口の中に飲み込まれていった。


「ジョーカー!!!」


態勢を直して牡牛に喰われた彼の名を呼ぶが、当然ながら返事はない。
しかしすぐに牡牛の口と喉が大きく膨れ上がり、鋭利に尖った氷が多数飛び出てきた。

それに驚いていると、開かれた口からジョーカーが飛び出してくると叫んだ。


「相手は怯んでる!ジェスター、やってくれ!!」

「――了解」


どんな花火なのか、とか詳しい説明も聞いていないのに、と思いながら着地したジョーカーを見てジェスターは口角を上げながら玉座に向けてスイッチを押した。

するとスタンバイ状態となっていた爆弾のランプが青から赤へと変わり、爆発した。
上空へと上げられる豪華な椅子に目を剥きながらそちらを見たカモシダに隙が出来た。
突然の爆発に驚いていたモナがハッとして今だ!と判断し、スカルの頭を踏み台にして急いでテラスへと駆け上がるとカモシダの頭上で輝いている王冠を盗った。


「ああっ!?俺様の、一番大事な……ぁ!!」


頭を抱えてから盗られた王冠に目をやるカモシダは動揺のあまりドラゴンの背から落ちた。それを好機と思ったジェスターは満面の笑みを浮かべて両手を大きく広げた。


「さあさあ、私ジェスターの花火はまだありますよ?――特とご覧あれ!!羽根付き蜥蜴は味わいやがれ!!」


芝居がかった口調で言うとジェスターはシャンデリアにスイッチを向けるとスイッチを押した。大きな爆発によりシャンデリアの支柱が壊れ、ドラゴンに向かって落下し、その巨体を貫いた。


「ギャアアアアアアアアアアアア!!?」


断末魔と共に牡牛と牡羊の首を持ったドラゴンは闇に弾けて姿を消した。


「やった……!」

    
厄介だったドラゴンの退場にパンサーが小さくガッツポーズをとって声を漏らす。
モナは盗った王冠を手放さないようにしながらグッタリとしているカモシダから距離を取りつつ、猜疑的な目でジェスターを見るが彼女はスイッチを床に落とすとそれを踏み潰した。

粉々に砕かれたスイッチを放置して刀を抜くとジョーカーが叫んだ。
 

「今だ!」


彼の声を合図に、戻って来たモナを含む五人は攻撃態勢へと移った。防御力が低下しているのか、先程よりもダメージが入っているのが分かる。作戦は成功したようだ。


「っしゃ!いい感じだぜ!」

「このまま一気に倒しちゃお!」


スカルの雷とパンサーの炎がカモシダを襲う。しかしカモシダは倒れず、抵抗するように金の剣を構えると素人のようにめちゃくちゃに振り回した。その攻撃の一つ一つが重い事にジョーカーは気付き、チラリとメンバーに目を向ける。ここまでの戦闘でそれぞれ体力が限界らしく、肩で息をしているのが見えた。

しかしサード・アイで見る限り、カモシダもあと少しで倒せる。
そう判断したジョーカーは銃でカモシダの足を狙い撃つ。

数発外したが銃弾はカモシダの太股と脹脛に命中し、カモシダは痛みに呻きながらその場に蹲る。


「これで、決まり!!」

「グァッ!」


そう言ってパンサーが鞭を振るえばカモシダの頬を強打し、カモシダは床の上に倒れ、動かない。
カモシダの様子に総攻撃が仕掛けられると思ったスカルがショットガンをカモシダに向ける。


「ざまぁねぇな!」

「く、くそぉッ……!」

「行くぞ!!」


その言葉に頷いて総攻撃を掛ければ、カモシダは抵抗という抵抗も出来ないまま一方的にやられていき、倒れた。

ジョーカーがサード・アイで見ればハートの器は灰色に変わり、ひびが入っているのが視認出来る。つまりカモシダを倒すことが出来たのだ。


「そのまま寝てな!」


スカルが締めくくるように言うが、カモシダは床に倒れたままピクリとも動かない。
それを見て戦闘が終わったのだと、判断した一同は小さく息を吐き出す。


「これで終わったみたいだな……うわっ!?」


モナが持っていた王冠が倒れていたカモシダによって奪われた。
そのま逃げようと思ったのか、バルコニーの方まで走っていき立ち止まる。しかし、ここは高い塔の上だ。バルコニーから飛び降りるなんていくらシャドウでも、自殺行為なのだろう。狼狽え、満身創痍となっているカモシダの後姿を眺めながら、パンサーがわざと足音を立てながら近づいた。その足音にカモシダの体が大袈裟なくらい跳ねる。


「どうしたの?逃げないの?」

「くっ……」

「逃げたらいいじゃない……。運動神経、バツグンなんでしょ?」


彼女の挑発にカモシダは窓の外に目をやり、自分の置かれている状況を受け入れられないのか、表情を歪めて喚き出す。


「昔からそうだ……ハイエナ共が、期待という名の押し付けばかり……!そいつらの分までやってやってるんだ!見返りを求めて何が悪い!」

「言い訳かよ……。お前のその歪んだ心、俺等がなんとかしてやるよ」


流石のスカルも、もう怒鳴る気力もないのか呆れて首を横に振った。


「ぬぅっ……」

「怖い?……今アンタは、志帆と同じ景色を見てるんだよ。きっと志帆も怖かった……。でも、飛び降りるしかなかった……。アンタはどうするの?飛び降りる?それとも、ここで……死んでみる?」


親友を死の淵へ追いやられたパンサーの怒りは計り知れない。殺してしまいたいくらい、目の前の男が憎い。彼女の表情から、声色から、それは痛いほどに伝わってきたジェスターは口を挟まない。いや、挟めなかった。

カルメンを背後に召喚したパンサーの、仮面が無くなった素顔には激しい怒りの感情が浮かんでいた。そして、召喚された深紅のドレスの踊り子、カルメンの手には二つの赤く燃え盛る炎が揺らめいている。

このまま復讐の道に進んでしまうのだろうか?
だとしたらそれは、少し悲しいな、と思ったジェスターは感情の無い目で前に立つパンサーを見詰めた。

ジェスターは復讐を殺すと言う形で遂げた者の末路を知っている。だからこそ、悲しいと、残念だと思った。


「う、うぅ……」

「ひと思いにトドメ刺しちまうか?まあ任すぜ」

「やめてくれぇ!!頼む!やめてくれぇぇぇー!」

「みんなッ……アンタにそう言ったんじゃないの!?けどアンタは平気で奪ってったんだっ!」

「ひぃッ……!」


パンサーの号(さけ)びと共に、火球がカモシダの横を掠り壁へと当たり、黒い焦げ跡を付ける。その怒りの声に、カモシダはガックリと肩を落としてその場に座り込む。


「わ、分かった……俺の……負けだ!」


そう言って、オタカラである王冠をジョーカーに投げて寄越し、彼はそれを片手でキャッチした。


「トドメをさせよ。そうすれば、現実の俺にもトドメをさせる……。勝ったお前らには、その資格がある」


すっかり力を失ったカモシダに、パンサーは怒りの炎を向けた。


「杏……!」


スカルの抑制も空しく解き放たれる炎。それは、再びカモシダを掠って床へと叩きつけられる。


「廃人になられたら、罪が証明できなくなる……」

「アン殿は優しいな……」

「……ぇ?」


殺してやりたいほどの怒りを抑えて、震える唇で、パンサーは答えた。カモシダは頭を垂れて泣いている。ジェスターはモナの言った言葉に疑問しかなく思わず声を出してしまったが、小さな声だったので誰の耳にも届く事は無かった。

殺さないだけが優しいとは限らないのに、どうしてモナは優しいと言ったのだろうか?
ジェスターにはそれが理解出来なかったが、今はそれを考えることはせずにパンサーの様子を見る。


「俺は……負けた…。これから、どうすればいいんだ……」


蚊の鳴くような声で押し出された問いに、固く口を閉ざしていたジョーカーの唇が動いた。


「自分で考えろ」


突き放すようなジョーカーの言葉が、重く重くカモシダの胸に突き刺さる。カモシダはゆっくりと顔を上げ、目の前に立つ怪盗達の姿を見た。


「わかった……俺は、現実の俺の中に帰ろう……」


カモシダの身体が光に包まれて消えていく。これで、現実の鴨志田にも変化が見られる筈だ。光の粒を見送って、ジョーカー達は互いに顔を見合わせた。
鴨志田のシャドウは消滅した。カモシダの言葉通りであるなら自分の元へと帰ったのだろう。


「これで……よかったんだよね……?」

「そうだよ、きっと」


自信のない声でパンサーに訊かれたジェスターは答えた。ほっと息をついて勝利の余韻に浸る。……なんて、そんな暇は無く、突然の地響きと一緒に城が揺れ始めた。これはどう考えてもただ事ではないだろう。
爆弾の火薬の量を間違えただろうか?とジェスターは不安になるがいやに冷静なモナが口を開く。


「オイオイ、長話をしてる暇はないぜ。ここはすぐに崩壊するぜ」


モナの声に全員が驚きの声をあげて出口へと駆け出した。
自分のせいでの崩壊では無い事にジェスターはホッとしたが、すぐに脱出するために走り出しジョーカーに着いて行く。


「死ぬ!死ぬってば!」


柱が崩れ、天井が落ちてくる。モナはいつの間にか猫の姿に戻っており、ジョーカーの肩に飛び乗ると余裕の表情で後方の3人を見た。


「うおっ!テメ!ズリィぞ!」

「ニャーァ!」

「くっちゃべってないで走る!」

「走ってるっつの……うぉっ!」


外にさえ出られればいい。そう全速力で駆け抜ける中、スカルの足がもつれ転倒する。


「竜司ッ!」

「久々でもつれただけだ!」


体勢を立て直し、すぐに脚を動かす。元陸上部エースの脚が崩壊していく城内を駆け抜け、光の先を目指した。
現実世界へ帰還するには城の入り口を目指す必要がある。
塔から外へ抜け出したところでモナがジョーカーの肩から飛び降り、前を走るスカル達を追い越して帰還ポイントまでの道を先導する。

それから現実へと還るまで、一心不乱に走り崩落する城から死に物狂いで走って脱出すると、ナビでパレスに潜入する時にいた秀尽高校から蒼山一丁目駅まで続く裏道に帰還した。

直前まで全力疾走していたので、それぞれ息も絶え絶えだ。
モルガナに至っては余裕たっぷりといった様子で自分の毛並みを整えている。


「ハァ、ハァ、ハァ…きっつ…」


切れた息に肩を上下させて杏が呟くと葵依がスマホを取り出して操作すると顔を上げた。


「ねえ、私のナビだとパレスに行けなくなってるけど、みんなのはどう?」


全く息が乱れていない葵依の声に皆それぞれのスマホを取り出し、赤と黒の悪趣味なアプリを起動させた。


『目的地が消去されました』


ナビの機械音声が路地裏へと響く。鴨志田の名前もキーワードも綺麗さっぱり消えていた。


「……本当だ、行けなくなってる」


どうやらカモシダ・パレスは本当に消滅したらしい。


「オタカラは!?」


モルガナがそう問うと、暁はポケットからそっとソレを取り出した。彼の手にあるのは王冠ではなく、学校でよく鴨志田の首から下げられていたキラキラと輝く黄金の証だった。


「なんだそりゃ……」

「……メダル?え、あの王冠は?」

「どうなってんだ……?」


竜司と杏が首を捻ってモルガナを見る。


「カモシダにとっての欲望の源が、それだったってことだ。ヤツの中じゃ、このメダルが、パレスで見た王冠くらいの価値があったってことだろ?」

「これ、オリンピックの……」


暁が手にしているメダルを見つめて葵依がポツリと呟いた。それに竜司がなるほどな、と息を吐く。


「あの変態野郎、過去の栄光ってのに、しがみついてただけってことか……」

「その道一本で生きてきたアスリートにありがちな事だね」


そう言う葵依はジッとその金メダルを見詰め、考える。
恐らく鴨志田本人も最初は屑ではなかったのだろう。純粋にスポーツを――バレーボールが好きで、心から楽しんでいたと思われる。
それがいつからか金や名声を得る為の道具と変わってしまったのだろう。

その経緯がどんなものなのか、知らないし知ろうとも思わない。
例え知ったとしてもそれはもう過去のことで変えられることなんてないのだから。

まあ、パレスでのカモシダの言動から周りの態度でそうなったのは想像出来るが、事実の確認をすることはない。

なんて考えているとまた話が進んでいた。


「あーモヤモヤしやがるぜ!今すぐ確かめらんねえの?」

「気になるな……」

「鴨志田の出方を待つしかないね……」


落ち着かせるように言う杏の言葉に二人は頷くと二人は学校に目を向けた。
改心が成功したのかどうか、今すぐにそれを確かめることは出来ない。明日以降の鴨志田の様子を見て判断することになりそうだ。自分達の退学が掛かっている二人からすれば今すぐにでも確認したいだろうが、ここは耐えてもらうしかない。

そう思いながらスマホを確認するが特にこれといった情報は無かった。


「しかし、揃いも揃ってシケたツラだな。喜べよ、大成功に終わったんだぞ?オマエらのおかげで救われた奴が必ずいる筈だ。自信もっていこうぜ」


モルガナの言葉に3人は少し困ったように微笑んで顔を上げた。


「モルガナ……」

「とにかく、待つか……。鴨志田のヤロウがどうなるのか、マジで退学なの、とか……」

「今は帰って体を休めよう」


暁の言葉に全員が頷いた。
何よりも、パレスに潜った事で全員が疲労困憊の状態だった。どうしても思考はマイナス方面に傾いてしまう。
今は鴨志田に良心が戻ったと信じて待つしかない。

そして解散となったが、葵依は暁に掴まっていた。
暁は真顔で腕を掴んでいて、簡単に外せそうになかった。


「花火のこと、聞かせてくれないか」

「ア、ハイ……」


それから葵依は暁になんで爆弾を持っていたのか、とかなんで2つもあったのかとか色々と問われたが、そこは嘘と真実を混ぜ込み説明した。

始終怪しまれていたが、暁はとりあえず信じてくれるようでそれ以上聞いては来なかった。そこで話は終わったが、葵依はあの時の事を聞いてみた。


「……そう言えばあの時、私の言った“花火”が何なのか聞かないでやれって言ってきたけど、なんで?」

「ジェスターのことを信じてみたかったんだ」


みんなを危ない目に遭わせるかもしれない、という考えはなかったのか?と思いつつの質問に暁は葵依の目を正面から見ながら答えた。

その答えに葵依はパチリと瞬きを一回してから暁を見た。


「……そっか」

「ああ……ただ、その“花火”がアレだとは思ってなかったけど」

「アハハ、驚かせてゴメン」

「いや、うん。とりあえずアレのおかげで窮地を脱せたとは思うから大丈夫」

「また使うことは無いけどね」


そう言って自分の後頭部に手を回せば暁は呆れたように半眼しながら苦笑し、別れた。

自宅に戻れば張り詰めていた気が解けたのかパレスでの疲労が一気に襲ってきて葵依はフラフラしながらもソファに座ると定時連絡の為、風見に電話を掛けた。


「――以上が来栖暁について掴んでいる情報です。後ほどメールでそちらに送信しますので確認をお願いします」

『ご苦労。しかし聞けば聞くほど普通の一般人にしか思えないな』

「探り始めてまだ浅いですからね。それからこれからはGPSを外して行動させてもらいます」

『何故だ?』

「この前もですが、今日も反応が消えたと聞きましたのでもう外しておこうかと。報告に関しても定時連絡でしますので」

『………分かった。それは私から降谷さんに伝えておく』

「ありがとうございます」


そう言って通話を切った葵依はソファの背凭れに寄り掛かって天井を見上げた。
その目には色濃い疲労が宿っていた。


*****


翌日、1限目後の休み時間、渡り廊下の近くで葵依は暁と竜司、杏の3人を待っていた。そこに蛭田がやってきた。


「あ、櫻井君。いい所に」

「何かありました?」

「そうそう、午後の体育の授業が自習になったから次の授業が始まる時に、クラスの子たちに連絡しておいてもらえるかい?」

「自習……ですか」

「よく分からないけれど鴨志田先生、昨日から警察で事情聴取を受けてるみたいでね、まだ戻ってきてないんだよ。あぁ、コレここだけの話だから」


その情報に葵依ははーい、と返事をしながら仕事が早い……と感心した。
昨日、警察に鴨志田卓が今まで行ってきた所業をまとめた資料を送っていたのだ。もちろん送信先の特定がされないように、様々なサーバーを経由したからすぐにバレることは無いだろう。それにそのパソコンはメールを送信した後、すぐに廃棄してある。


「彼等の退学の話も、保留になるかもね。よくは知らないけれど…。それじゃあ、よろしく」


そう言って去っていき、蛭田と入れ替わるようにして三人がやってきたので鴨志田が警察で事情聴取を受けているらしいことを伝えた。


「警察で事情聴取とか……自首か?」

「自首じゃなくて警察の人が来て、連れてったみたいだよ」

「それで学校中警察だの、鴨志田だの言ってんのか……」

「でも、なんで急に?」

「通報でもあったんじゃないかな?」


ひとまず、暁達の退学の話が流れそうというだけでも収穫だ。どうして急に警察が動いたのかは分からないと首を傾げていた三人だが、今は大人しく待とうということで落ち着いた。

    
201902171856