皮剥ぎ魔

   

人気のない路地、ベリベリと何かを無理矢理剥がすような音がやたらと大きく聞こえる。


「ほら、見てごらんよ」


青年がふふふと笑いながら片手を持ち上げながらこちらを見る。笑う彼の足元に視線を落とせば顔を剥がされた男性の死体が転がっていた。


「所詮、顔なんて肉の造形物。作りものにすぎないんだ」


彼は狂気の笑みを浮かべており、剥がしたばかりの血濡れの皮と同じく血に濡れたナイフを手に笑い続けた。

それを見ていたコナンは瞬きも忘れ、場の空気に呑まれる。


「はい、カット!」


監督の声にハッと現実に引き戻されたコナンは心臓が早鐘を打っている事に気付き、そっと自分の胸に手を当てる。


「映像のチェックに入るから5分休憩だ」

「ありがとうございます」


さっきまでの殺人鬼の顔でなく、にこやかな好青年な顔をして言う裕翔は椅子に座って水を飲む。


「凄い迫力ね……」

「うん、演技だって分かってても怖かった……」


撮影の見学に来ていた園子と蘭も裕翔の演技に呑まれ、怯えの表情を浮かべている。

まるで本当に人を殺した犯人を前にしたかのような空気にコナンはゾッと鳥肌が立った。


――あれは、本当に演技だったのか?


殺された男性はよく出来た人形だったようでスタッフが二人がかりで回収している。

それにこれは映画の撮影なのだから演技だと分かり切っているのに、コナンにはあれが人を殺したことのある人間の顔に見えて、裕翔に対して猜疑的になってしまう。

そんな時、裕翔のメイク直していたスタッフの脚がコナンにぶつかった。


「うわっ」

「おっと、悪い」


スタッフは謝ると急いでいるのか、さっさとどこかに行ってしまった。


「今のスタッフも結構なイケメンじゃない」

「そうかな?」

「蘭には新一君以外はどうせ芋にでも見えるんでしょ」

「な、何で新一が出てくるのよ!」


またいつものやり取りが始まったと思いながらコナンはさっきのスタッフを目で追う。金髪に紫のメッシュを入れていて人目を集めそうだなと思った。

それから撮影は問題なく終わり、見学者の殆んど帰る中、園子は裕翔のサインを貰うまで帰らない!と意気込んでいるので蘭とコナンは園子を一人にするわけにもいかないので苦笑しながらその場に残っていた。

裕翔が着替えの為に乗った車の周りには園子と同じ裕翔のサインが欲しい女性達が群がっており、数人のスタッフが車に乗り込まれないように押さえていた。

それを見たコナンはその熱意に乾いた笑みしか浮かばず、蘭と一緒に園子が戻って来るまで待つことにした。

待つこと30分、ようやくサインをもらえた園子がホクホク顔で戻ってくると蘭とコナンの二人からジト目を向けられ、苦笑しながら謝った。


「もう園子のこと置いて帰ろうかと思ったよ」

「あーん、ゴメンって蘭」


腕を組んでそっぽを向く蘭に園子が謝り倒していると、近くの路地から恐怖による何かが裂けるような叫び声が周囲に響き、その場にいた全員が動きを止めて悲鳴が聞こえた方に顔を向ける。

戸惑いの声がチラホラ出てくる中、コナンは颯爽と悲鳴の発生源と思われる場所に駆けて行く。

後ろから蘭の呼び止める声が聞こえるがコナンはそれを無視して走る。

暗い路地を進んでいくとその場に座り込んでいる女性がいた。


「大丈夫!?何があったの?」


コナンが女性に駆け寄って声を掛けるも彼女はある一点を凝視していてコナンの質問に答えない。

何を見てるんだ?とコナンが女性の見ている方に顔を向けるとそこにあったものにコナンは声も出なかった。

大人しめのデザインのワンピースを着た女性が血だらけで仰向けになって倒れていた。……顔の皮を全て剥がされたそれは先ほど撮影で見た皮剥ぎ魔の被害者そのものだった。


*****


あのあとすぐに通報し、警察がやって来た。
発見者である水島恵梨香(みずしまえりか)は顔を白くさせながら佐藤刑事と話をしている。

顔を剥がされているため、被害者が誰なのかまだ分からないが所持品からすぐにわかるだろうと思いながらコナンは険しい顔で話し合っている伊達刑事と高木刑事を見た。


「ったく、酷いもんだな……」

「今回も皮が剥がされてますね……同一犯でしょうか?」

「いや、その可能性はあるかもしれないが……映画の模倣犯かもしれねえな」

「ねぇねぇ、同一犯じゃなくて模倣犯なの?」

「こ、コナン君!?」

「……まぁたお前か、ボウズ」


コナンの登場に高木刑事は驚き、伊達刑事はまたかと言いたげに苦笑した。
二人の反応を気にせず、コナンは質問を続ける。


「ねぇねぇ、なんで?」

「まだそうと決まったわけじゃねぇよ。もしかしたらそうかも?ってだけだ」


伊達刑事がコナンの質問に答えていると鑑識が近づいてきた。


「伊達さん。遺体の身元が判明しました」

「ああ、ご苦労」


鑑識から渡された袋に入ったカードを受け取った伊達はそれを見て顔を歪め、そのまま目暮警部の元へと行ってしまった。

伊達刑事が居なくなったのを見計らってコナンが高木刑事に同じ質問をすると、最初は言えないと言われたがコナンがしつこく聞くと高木はチラリと伊達刑事がいる方に目を向けてからしゃがんで小声でコナンに話し始める。


「実は、今までの遺体はドラム缶に入れられて焼かれていたんだけど、今回の被害者は皮を剥がされてるだけだからそうなんじゃないかって」

「今までのって……前にも同じように殺された人がいたの?」

「え?……あ!いや、その」

「……もしかして、テレビでやってた焼死体のこと?」

「あー……テレビで報道してないことだから内緒にしてね?」


苦笑しながら言う高木刑事にコナンは頷いて、教えてくれたことに対しお礼を言うと彼から離れて考える。
今まで身元不明の焼死体のニュースが流れたのは4件。

つい先日も大道寺重弘という無職の男が被害に遭ったのをニュースで見た。
ニュースで細かい所まで報道されていないのでただの放火殺人と思っていたが、被害者が皮を剥がされてから火を点けられて殺されていたということは高木刑事に聞くまで知らなかった。

殺害方法を報道しなかったのは犯人を見付ける為の一つだろう。

恐らく伊達刑事が模倣犯と言ったのはこの近くで皮剥ぎ魔の撮影が行われていたから。

映画の撮影を見た誰かが影響されて殺人を犯したのか、それとも全く関係のない別の誰かが殺したのか……。


「あれ?コナン君?どうしたんだい?こんな時間にここにいるなんて」

「え?……明智さん?」

「こんばんは」

「こ、こんばんは……」


コナンに声を掛けてきたのはKIDの黒真珠の時と喫茶店で会った明智吾郎だった。
彼はキョロリと視線を走らせてから首を傾げると、しゃがんでコナンに目線を合わせてきた。


「それで?小さな探偵である君はどうしてここに?」

「えっと、蘭姉ちゃん達と映画の撮影の見学に来てて……」

「ああ、なるほどね」

「明智の兄ちゃんはどうしてここに?」

「僕も君と似たようなものだよ。ここでバイトをしてる友人に見に来ないか?って誘われてきたんだ」

「そうなんだ」


そう話していると先ほどぶつかった金髪に紫のメッシュが入った青年が明智の名を呼びながら近づいてきた。
彼に気付いた明智が後ろを振り向きながら立ち上がるとやあ、と片手を上げる。


「ここにいたのか」

「知り合いを見付けたから少し話してたんだ」

「知り合い?」


そう言って青年は明智の足元にいるコナンに目を向けてきた。
榛色の瞳がコナンを見てきて咄嗟に笑顔で返す。


「この子は江戸川コナン君。4月の怪盗さんの事件の時に知り合ったんだ」

「ふぅん……?」

「コナン君。彼は一色一樹(いっしきかずき)。今日は星城裕翔のメイク係としてバイトに来てたんだよ」

「よろしく、一色の兄ちゃん」

「ぁ……ああ、よろしく」


一瞬だけ一樹がたじろいだように見えたが、一樹は明智に顔を向けた。


「お前、探偵王子なんだろ?この事件、さっさと解決してくれよ」

「警察の仕事を横から取るのはちょっと……」

「探偵としてどうなんだ?」

「僕は健悟さんから依頼されて推理してるだけだからね。どこかの探偵みたいにわざわざ自分を押し売るようなことはしないよ」


二人のやり取りを聞いてコナンは明智の言い分にムッとした。
警察の仕事というよりも事件を解決することが大事だというのに、何を言っているんだと。


「ん?そこにいるのは明智君かね?」

「おっと見付かった……これは目暮警部。こんばんは」

「君が来ているという事は明智警視からの指示かね?」

「いえ、今回は友人に誘われてきてるだけで健悟さんは関係ありませんよ」


苦笑しながら目暮警部に答える明智に目暮警部はふむ、と少し考えてから明智に捜査に協力してほしいと言ってきた。その申し出に明智は一瞬だけ嫌そうに顔を歪めたがすぐににこやかな笑顔を浮かべた。


「僕で良ければ喜んで」

「ではこっちで話そう」


そうやって目暮警部に連れてかれる明智を見送るとコナンは一樹に話しかけた。


「ねぇ、一色の兄ちゃん」

「ん……なんだボウズ?」

「裕翔さんの演技ってすごいよね。どんな風にやればあんな風に出来るのかな?」


そう聞かれた一樹は少し考えてから話し始めた。
なんでも裕翔は今回の役作りの為に大量の資料を読み、刑務所で服役中の受刑者と面会もしてきたのだという。


「へぇ、凄いんだね」

「あと、これは噂だが役作りの為に色々とやってもいるらしい」

「色々?それって何?」


コナンがそう聞けば一樹はチラリと警察と話している裕翔を見てからコナンに視線を戻し、口を開く。


「簡単だ。例えば学生の役なら学校に通い、会社員なら働き、昔の人間……例えば侍とかなら当時のように暮らす……つまり演技の為ならどんなことだってやるって噂だ」

「そうなんだ……」

「ああ……っと悪いが呼ばれてるから行ってくるな」

「はぁい」


警察に呼ばれ、その場を離れていく一樹を見送ってからコナンは先ほど聞いた話を思い出しながら考える。

星城裕翔は演技の為ならどんな事だってやる。
それを聞いてコナンは裕翔の今回の役を考え、もしかして…と思いながら裕翔に目を向ける。

近所で殺人、しかも自分が演じている殺人鬼と同じ方法での殺人が起こった事に困惑や戸惑いの表情を浮かべている裕翔はどう見ても無関係に思えるが、コナンはこう考えてしまう。もしかしたら星城裕翔は今回の役作りの為だけに、人を殺したのでは?と。

そう考えていると少し疲れた様子を見せる明智が戻ってきた。


「一樹は、事情聴取かな?」

「うん。さっき刑事さんに呼ばれて向こうに行っちゃったよ」

「そう」

「ねぇねぇ、明智の「被害者の身元や死因が知りたいんだよね?」ぅ、うん」


言葉を遮って言った明智の言葉にコナンは頷き、明智はしゃがむとポケットから手帳を取り出して教えてくれた。

被害者の身元は持っていた学生証から小鳥遊茉莉と判明。
秀尽高校に通う生徒のようで今は学校に問合わせ中との事。

死因は判明していないが、明智自身は生きたまま顔の皮を剥がされたことによる外傷性ショックだと考えていると言い、死亡時刻は検死解剖の結果待ちとのこと。

「待って!殺されてから皮を剥がされたんじゃないの!?」

「体に刺し傷も無ければ首を絞められた索条痕(さくじょうこん)も無し、頭部に殴られた跡も無かったからね。僕はそうだと思うよ?」

「それじゃあ、犯人は生皮が欲しかった……?」


自分で言ってコナンはゾッとした。
人間が同じ人間の皮を欲しがるなんて異常だ。


「さあ、生皮狙いだったのかは分からないけどね」


そう言って立ち上がった明智は証拠をどこで処分したのかと考え始め、コナンも何か証拠になりそうなものは無いだろうかとキョロキョロと忙しなく顔を動かして証拠となるものを探すコナンは唐突に視界が暗くなったことに驚き、目を丸くさせる。

そして、斜め後ろに立っていた悠翔が声を掛けてきた。ライトを背にしていて逆光となっているので彼がどんな表情(顔)をしているのか判断できない。


「刑事の真似事かな?」

「ぁ、えっと……うん」

「別に真似事をすることは悪くないけど、今は事件が起きたばっかりで危ないから止めといた方がいいよ」

「うん……ごめんなさい」


優しく注意してくる裕翔にコナンが謝ると視界がいきなりクリアになり、裕翔の姿がはっきり見えた。


「……ぇ」


《目障りなガキがウロチョロしてんじゃねえよ》


金の瞳だけが爛々と輝く裕翔に恐怖を感じたコナンは後退り、彼から離れた。


「どうかしたのかい?顔色が悪いようだけど……」

「ぁ、明智の兄ちゃん……」


心配そうにこちらを覗き込んでくる明智にコナンは何でもない、と首を振りながら答える。
明智はそれを正直に受け取らずにコナンが来た方向に目を向けると裕翔がジッとコナンの事を見ている事に気付いた。


「……コナン君。ちょっと向こうで何か飲みながら話そうか」

「え、うん……」


コナンを連れて明智が来たのは大通りにある自販機の前だった。
少し離れた場所には規制線が張られ、野次馬が多く集まっている。

明智は野次馬達の視線を気にした風も無く、自販機で珈琲とオレンジジュースを買うとコナンにジュースを差し出した。


「ありがとう」

「どういたしまして……それにしてもキミは蘭姉ちゃんって人と一緒にいなくていいのかい?」

「え?……あ!、アハハ」


事件の謎を解くのに夢中になっててすっかり蘭の事を忘れていたコナンは乾いた笑いで誤魔化そうとするも、明智にはバレバレで苦笑されるだけだった。


「それにしても星城裕翔は凄い俳優なんだね」

「そうだね。役作りの為に服役中の受刑者に会いに行っちゃうくらいだもん」

「彼のプロ意識には感服しちゃうね」

「スタッフの人にも話を聞いてみようか?」


明智の提案で二人は近くで沈んだ表情を浮かべているスタッフ達に話しを聞いてみた。


「すいません。少し話しませんか?」

「え?えぇ、いいわよ」


一番近くにいた女優に声を掛け、他愛のない話をしてから明智は星城裕翔について訊いてみた。


「共演してる星城裕翔さんって貴女から見て、どんな俳優さんでしょうか?」

「うーん、そうね。完璧主義者な所があるような気がするわ」

「完璧主義者……ですか?」

「ええ、なんでも演じるには本物じゃないと意味が無い、みたいな事を控室で呟いてたって誰かが言ってたのよ」

「本物じゃないと意味が無い、ですか」


明智がそう呟いて離れた所にいる裕翔に目を向けると女優がそれに、と言った所で口籠ってしまった。
言おうか迷っているようだ。


「それに?何なの?お姉さん?」


コナンが詰め寄って聞けば彼女は少し困ったような顔をしてから声を潜めて二人に話してくれた。

星城裕翔は自分以外の役者は程度の低いモドキばかりと思っている。と。


「彼のイメージダウンになるだろうから内緒でお願いね?」

「ええ、話してくれてありがとうございます」


彼女に御礼を言ってそこから離れると明智は誰かを見付けたようでそちらに駆けて行った。
規制線の下を通って人混みの中に消えていった明智をポカンとしながら見ていると、彼は葵依の手首を掴んで連れてきた。――見ていたコナンからすれば葵依は引きずられているようにも見えたが。


「ちょっと!いきなり連れてきてなんなの!?」

「え?そこにいたから、つい?」

「つい?じゃないよ!!こちとら疲れてんのに……」


いきなり連れて来られた葵依は明智に対して憤慨しているが明智は全く反省している様子を見せない、むしろ葵依の様子を見て愉しんでいるように思えたコナンは明智が人をおちょくって楽しむ人という事を知った。

憤慨している葵依をなんとか宥め、コナンが事件の概要を葵依に話す。
それを黙って聞いた葵依はジロリと明智を睨んだ後、額に手を当てて大きな溜息を吐いた。


「つまり、犯人の検討は付いているが証拠が無い為、立件できないってこと?」

「まぁ、そうだね」

「ふぅん……。本物にばっかりこだわってて自分以外はモドキか……」


そう言った葵依は星城裕翔にもパレスがありそうだな、と考えてしまった。
ついさっき斑目のパレスから帰還したばっかりでどうにもそっちに思考が持っていかれてしまう、と自分に呆れているとふとコナンが呟いた。


「そう言えば園子姉ちゃんが言ってたんだけど、星城裕翔がいる所は撮影現場だろうが薄汚い路地だろうが輝いて見えるって言ってたよ」

「それは俳優特有のオーラがあるってことかな?」

「多分?園子姉ちゃんは『彼がいるだけでそこは一気に舞台に早変わりよ!!』って興奮して言ってたけどね」


その時の事を思い出したのか、コナンはどこか疲れたような表情をし、乾いた笑みを浮かべた。
恐らく園子のテンションに付いていけなかったのだろう。

園子の事を知らない二人はコナンの様子に何があった?と首を傾げるが、コナンと葵依のスマホからナビゲーションを開始しますという音声が流れた。


「え?」

「は?なんで?」


咄嗟に葵依が自分のスマホを取り出すとナビが起動しており、画面に三つのキーワードが表示されている。


『星城裕翔』
『殺人』
『撮影現場』


それを見て葵依はさっきの考えが実現しちゃったよ……と遠い目をしたが、すぐに下から見てくるコナンの視線に気付いてそっちに目を向けると厳しい目をしてこちらを見てくるコナンと目が合った。


「何?小さな探偵さん」

「これが前に言ってたナビ?」

「そうだよ」

「ナビ?何の話をしているんだい?」


二人の会話についていけない明智に葵依は顔を反らして黙秘の姿勢を取るが明智はコナンの方を見て、彼に訊ねた。


「これって一体何のナビかな?コナン君」

「えっと、僕わかんない」

「分からないのにアプリを入れてるの?」

「いつの間にか入ってたみたいなんだ」

「違法アプリかな……」


そう言ってコナンのスマホ画面を見つめる明智を見て葵依は暁を呼び出すことにした。独断で彼にアプリの事を話しては駄目な気がしたので怪盗団のリーダーである暁に任せることにしたのだ。

簡単な説明を暁にすると彼はすぐに行くと返事をくれた。


『ありがとう!あと、ニャンコは置いてきて欲しいんだけどいいかな?』

『今はどっかに出掛けてていないから大丈夫だけど、どうして?』

『ニャンコがいると面倒なことになりそうだから……』

『分かった。今から行くから場所を教えてくれ』

『場所は米花町駅の近くだよ』


チャットを終わらせスマホの画面をナビに戻すと葵依は表情を険しくさせた。


*****


葵依からの呼び出しに暁は財布と定期とスマホを上着のポケットに突っ込み、モルガナが帰ってくる前にルブランを出る。

数日前に惣治郎から夜に出掛けてもいいという許可をもらっているので問題ない。……戻ってきた時にモルガナから責められるだろうがまあ大丈夫だろう。

そう思う事にして暁は電車に乗り、米花町へと向かった。
車内の窓から外を見ているとパトカーランプが見えてきて顔を歪めてしまう。

そして米花町に着く改札口を出ると葵依が駆け寄ってきた。


「一体どうしたんだ?」

「ちょぉっとジョーカーとしての判断が欲しくって」

「認知世界(あっち)関係?」


暁が訊ねると葵依は頷いた。
それならモルガナを連れて来た方がよかったのでは?と思った暁だったが葵依に案内された場所にいた二人を見て、連れて来なくて正解だったと改めた。


「彼がキミの言ってた助っ人?」

「そうだよ」

「ふぅん?初めまして、僕は明智吾郎」

「来栖暁だ」


お互いに名乗って軽く握手を交わすとコナンが近づいてきた。


「来栖兄ちゃん、こんばんは!」


興味深そうに見てくる明智とにこやかな笑みで挨拶してくるコナンに暁は葵依にどういう事?と訊ねる。


「私も巻き込まれたんだよ……あの探偵王子に」

「だからって俺を巻き込まないでくれ」

「しょうがないじゃん。ここでナビが起動しちゃったんだから」

「えぇ?」


ナビが起動したことに驚いている暁に葵依は自分のスマホの画面を見せた。
暁が画面を見ると確かにナビは起動していて、キーワードの所には『星城裕翔』、『殺人』、『撮影現場』と表示されている。


「殺人って……」

「だから言ったでしょ。ジョーカーとしての判断が欲しいって」

「この事、他の皆には?」

「言う訳ないじゃん」

「……」


暁は考えた。
まだ斑目のパレスを攻略できていないのに、新しいパレスに手を出すべきかを。
この事は自分と葵依しか知らないことで今なら知らないことにすることも出来る。

しかし、暁は二つ目のワードである『殺人』という所に引っ掛かっており、眉間に皺を寄せて悩む。今までは『淫行』と『盗作』だった、しかし今回は『殺人』だ。どう考えても今までの相手よりもかなり危険な相手だと想像出来る。


そして――。


「葵依。この星城裕翔ってどんな人?」

「今を煌めく俳優様(トップ・スター)」

「この殺人って?」

「生きたまま皮を剥がして5人を殺した犯人かもってだけで星城裕翔が犯人とは決まってないよ」


暁の質問に明智が口を挟むと暁はその表情を更に険しくさせ、葵依にやろうと言った。


「やるの?」

「ああ」

「……なら今回の件は私と暁の二人だけでやろう」

「え……二人だけで?」

「そう、私と暁だけでやるの。他のメンバーは呼ばない」


葵依が言い出したことに暁は思わず絶句してしまう。
小声でのやり取りなので明智とコナンは二人が何を話しているのか分からず首を傾げる。


「今は斑目のパレスを攻略してる最中なんだよ。そこに新しいパレスが発見されたから行くってなっても皆には無理だよ」

「でも、ルールが……」

「ジョーカーがルールを優先するなら、これは無かったことにしよう。別に私達がしなくてもあそこの二人が犯人を見付けて、捕まえてくれるだろうから」

「だったら「でもその間にどれくらいの人が亡くなるかは分からないけどね」っ」


まるで突き放すような葵依の言葉に暁は頭に血が上るような感覚を覚えたが、すぐに深呼吸をして自分を落ち着かせ、近くにある葵依の目を見返す。


「……分かった。俺とジェスターの二人でやろう」

「良いんだね?」

「ああ」


そう答えると葵依はコナンと明智を見るが彼等は暁と葵依が二人で何かしようとしていることが聞こえたようでジト目を向けて来ていた。


「えっと……どうしたの?二人とも」

「暁兄ちゃんと葵依姉ちゃんだけで何かしようとしてるのが聞こえたよ」

「今さら僕達は指咥えて待ってろなんて言わないよね?」

「……この二人も連れてく?」


葵依に訊かれ、暁は杏の事を思い出した。
パレスに行こうとしてる時に自分も連れてってと言ってきた杏を竜司が追い払ったが、彼女は結局一人で入ってきたのだ。

あの時の二の舞になっては困ると思った暁は二人も連れて行こう、と答えた。


「それじゃあ、この人がどこを何と思っているかを見付けないとな」

「そこだよね」

「ねぇ、そもそもこのナビって何なんだい?」

「説明してないのか?」

「していいのか分かんなかったから」


そう返された暁は明智に簡単にだがナビについて話しをした。


「――ということがこのナビで可能なんだ」

「なるほど、対象の『本名』と『場所』が必要なんだね。彼がどこを何と思ってるか、かぁ……」


暁が明智に説明している間に葵依とコナンが手当たり次第にキーワードを入れていっていたが悉く外しており、《候補が見つかりません》というアナウンスがさっきから聞こえてくる。


「うあー、全然見付かんない……」

「星城さんに関係する場所だとテレビ局?」

《候補が見つかりません》


コナンが言った言葉も外れたようで彼は顎に指を掛けて考え込む。
暁は前回と今回のパレスの傾向を考えてみた。
最初は学校が城で今はあばら屋が美術館だった。
だとすれば今回もそう言った建物ではないだろうか?

そう考えて暁が撮影現場から連想した。


「……劇場、とか?」

《候補が見つかりました。ナビゲーションを開始します》


アナウンスが流れ四人に眩暈が起こる。夜空は色を変え、暁と葵依は怪盗服に変わった状態で道に立っていた。

眩暈に慣れていない明智とコナンは頭を押さえて蹲っている。


「二人とも、大丈夫?」

「な、何とか……」

「前は平気だったのに……」


そう言って立ち上がると明智はジョーカーとジェスターの恰好を見て驚き、コナンはパレスに入った事を察した。


「二人とも、いつの間に着替えたんだい?それにコスプレはどうかと……」

「コスプレじゃありませんー!ここに来るとこうなっちゃうんですー!」

「コスプレ……」


明智のコスプレという指摘にジェスターは違うと抗議し、ジョーカーは軽くショックを受けていた。

コナンは三人のやり取りに呆れつつ、周りを見てみると路地があった場所に煌びやかに存在を主張する場所を見付けた。


「……あれが星城裕翔のパレスか」


ショックから立ち直ったジョーカーがそう言えば、明智と言い合っていたジェスターも口論を止め、そっちに目を向けた。

そこにあるのは大きな木造建てのオペラハウスだった。


「ミッションスタートだ」


怪盗二人と探偵二人のパレス攻略が始まった。


201909291919