殺人劇場

   

オペラハウスに潜入した四人はジョーカーを先頭にし、コナン、明智、最後尾にジェスターの並びで進んでいた。
周囲を警戒しながら進みつつパレスについて二人に説明もしていく。

しかし、シャドウに遭遇することなくパレスの最奥と思われる舞台上に来てしまった。


「へぇ、外はバイロイト祝祭劇場なのに中はプロセニアムなんて面白いね」

「バイ……?プロセ……?」


明智がふぅん、と関心しながら劇場内を見ながら呟いた言葉にジョーカーが首を傾げているとコナンが説明してくれた。


「あき……ジョーカー。バイロイト祝祭劇場っていうのはドイツにある木造のオペラハウスのことで、プロセニアムは客席と舞台を区切る額縁型の壁面のことだよ」

「……キミは難しい事を知ってるんだな」

「え!?あ、新一兄ちゃんから教えてもらった事をそのまま言ってるだけだよ?」


ジョーカーの言葉にあはは、と笑いながら答えるコナンに明智とジェスターが怪しむように彼を見つめる。

いくら教えてもらえたからとはいえ、小学1年生がすんなりと答えることが出来るだろうか?と。

しかし今はコナンよりもパレスに集中すべきと判断し、ジェスターは視線をコナンから客席へと向ける。

舞台から見る客席の数は多く、高さから見て5階まではあると予想される。


「……どういうことだ?」

「こうもすんなり来れちゃうと罠かって思っちゃうね」

「ああ」


そう言って立ち止まりながら周囲を見回してみるが、自分達が入ってきた扉以外に出入り口となりそうなものは無く、ジョーカーとジェスターは困惑する。

周囲を警戒しながらも考え込む二人にコナンが訊ねる。


「ねぇ、前に入ったパレスだと警備員とかがいたけど、誰もいないとかってあるの?」

「いや、パレスにはシャドウがいる筈なんだが……」


ジョーカーとジェスターが怪盗服になっている時点でこのパレスの主には潜入している事がバレているのだ。
それなのにシャドウが出てこないのは楽なのだが、正直に言って不気味だ。

ジョーカーがそう思っていると明智がスンッと鼻を鳴らした。


「……僕はパレスに入るのは初めてだからどうか分からないけど、ここは随分と血の臭いが濃いね」

「血の臭い?」


明智に言われ、三人も臭いを嗅いでみると確かに鉄錆臭い。
コナンとジェスターはその臭いに顔を顰め、血の臭いがよく分からないジョーカーは首を傾げた。


「言われてみると確かに血生臭いね」

「……よく分からないな」


ちょっと鉄っぽいような臭いはするけど、と言ってくるジョーカーにジェスターは苦笑しながら思った。こうして異世界で怪盗をしてはいるが、彼は血生臭い世界を知らない一般人なのだと。

改めて認識していると唐突に空気が冷えた気がしたジェスターはキョロリと顔を動かして周囲を見回すが、特にこれといったものは無かった。


「?……気のせい、かな」

「どうかしたのか?」

「……ううん。なんでもないよ」

「それじゃあ、一旦パレスから出よう」

「これ以上は私達がキツイし、その方がいいね」


明智とコナンは問題ないだろうが、ジョーカーとジェスターの二人は学校終わりに斑目のパレスにも潜っている為、体が限界を訴えているようで仮面の下の顔色は二人とも悪い。

ジョーカーの判断を聞いて、扉から一番近くに立っていた明智がドアノブに手を掛けて押すが扉は動かない。


「あれ?」


何度もドアを押したり引いたりして開けようと試みる明智の身体を横にずらすとジョーカーが体を思い切りぶつけてみるが、扉はビクともしない。


「閉じ込められたみたいだね」

「外側から鍵を掛けられたのかな」

「……痛い」

「だろうね!?」


コナンと明智が冷静に扉を見つめながら話してる前ではジョーカーが扉にぶつけた右肩を摩りながら呟けば、ジェスターがツッコミを入れた。

四人は舞台まで戻ると寄り掛かったり、最前列の客席に座ってここからどうやって脱出するかを話し合う。

出入口となる扉は一つだけだが、ジェスターが調べたところ壁の一部となっていてもう扉ではなくなっていた。非常ドアの一つでもあればいいのだろうが、生憎とここには存在しない。

コナンと明智が二人で客席を見て来てくれたが隠し扉も無かった。


「……もしかして、八方塞がり?」

「もしかしなくてもそうだろうな」

「私としては上の階を調べてみたい所だけど……」

「俺とジェスターだけなら何とか跳び上がって登れるかも?」


そう言うジョーカーの言葉に苦笑しながら奥舞台を調べている明智とコナンに目を向ける。子供のコナンであればどちらかが抱きかかえれば登れるだろうが、明智もとなると正直厳しい。

うーん、と頭を悩ませる二人を他所に探偵である二人は奥舞台を調べていた。

舞台というわりには使われている様子は無く、木箱や樽が無造作に置かれている。


「こう見てると舞台というよりも物置みたいに使われてるんだね」

「奥舞台を使う事はないってことかな?」

「こんなに物で溢れてるし、そうなんじゃないかな」


ガタガタと木箱を動かしたりしながら調べていると子供一人がようやく通れそうな通気口を見付けた。

通気口の大きさから通れるのがコナンだけだと分かっているが明智は主舞台で頭を悩ませている二人に通気口を見付けた事を報告する。

通気口を見付けたという報告にすぐさまやって来た二人だが、通気口の大きさを見て肩を落とした。


「この大きさじゃ私もジョーカーも通れそうにないね……」

「絶対につっかえる」

「だよね……」

「この通気口、僕だったら通れそうだし、僕が行ってくるよ!」

「危ないからダメだよ」

「ああ、何があるか分からないし、戦える俺かジェスターが行った方がいい」

「大丈夫だよ。危ないなって思ったらすぐに逃げてくるから!」


そう言ってジョーカーとジェスターを見上げてくるコナン。二人は危険だと分かってはいるものの他に道は無いのも事実。二人は互いに顔を見合わせてから仕方ないと溜息を吐き出した。


「……小さな探偵君」

「なに?ジェスター」

「今回は他に方法が無いからキミに頼むけど、本当に危ないと思ったらすぐに戻ってきて」

「うん」

「それから護身用にコレを持って行って」


そう言ってジェスターは自分のモデルガンをコナンに手渡した。本物と瓜二つに見えるそれにギョッとするが、すぐにそれがモデルガンだと気付き、ホッと息を吐く。


「一応、この世界ではモデルガンでも本物に近い見た目をしていれば殺傷能力も着くから銃弾は出るから扱いには気を付けてね」

「うん……わかったよ」


コナンは何か言いたげにジェスターを見上げるが、彼女は何も言わずコナンは黙って渡されたモデルガンを服の中に仕舞った。


「開いたぞ」


通気口を開けていたジョーカーの声にコナンがジョーカーに近づき、通気口内に潜り込んでいく。

コナンが通気口の中に入って行ったのを見送るとジョーカーがフラリとよろめき、近くに立っていた明智がその体を支える。


「大丈夫かい?ジョーカー」

「ぁ、ああ、すまない……」


明智に支えられながらジョーカーは頭を押さえた。


「ジョーカー。頭、痛いの?」

「頭痛もだけど、眩暈と耳鳴りもする……」

「仮面外してもらってもいい?」


ジェスターがそう言うとジョーカーは素直に仮面を外した。黄色っぽいくすんだ顔色とジョーカーの言った症状を考え、ジェスターは彼が貧血を起こしているのだと判断した。


「顔色悪いね。ちょっと休んでた方がいいんじゃない?」

「そう、だな……」


そう言うとジョーカーは明智に支えられながらその場に座り込んだ。


「とりあえず、小さな探偵さんが戻ってくるまで大人しく待ってよう」


ジェスターもそう言うとジョーカーの隣に腰掛け、大きく息を吐き出した。


*****


細く狭い通気口をなんとか通り抜けたコナンはふぅ、と軽く息を吐いて通気口の外に出ると風が吹いた。

周囲を確認してみるとテラスガーデンのようだった。
犯人追跡眼鏡の望遠鏡機能を使って遠くを確認しようとしたが、眼鏡はうんともすんとも反応しない。


「え?……電池切れかよ」


眼鏡が使えないことに苦い表情を浮かべるコナン。
なぜ、こうも使いたいときに使えないことが多いのだろうか、と考えていると突然後ろから蹴り飛ばされた。


「ぐぅっ!?」


小さな体は前にゴロゴロと転がり、壁に当たる事で止まった。蹴られた背中がズキズキと痛むのを感じながらコナンは体を起こし、蹴ってきた人物に目を向ける。

ついさっきまで自分が立っていた場所には裕翔がズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた。


「裕翔…さん?」

「なぁんでガキがここにいるわけ?キミ、どうやって入り込んだの?」

「えっと……僕、迷子で」

「ふぅん?」


コナンが不安げな顔をしながら言うも裕翔は興味無さそうに見て、コナンに近づいてくる。


「とりあえず、嘘つくならもう少し演技力磨いて来なよ」


そう言うと裕翔は更にコナンの事を蹴ってきた。
まるでボールを蹴るように小さな体を蹴っていく裕翔にコナンは体を丸くしてやり過ごすことしか出来なかった。


「程度の低い演技って見ててイライラするんだよ、ね!」

「がっはぁ!」


鳩尾に深く食い込んだ靴先に苦悶の声を上げながら床に倒れるコナン。
それを見て嘲笑う裕翔はポケットから手を出すとナイフを手の中でくるくる回して遊びだす。


「さってと、ついでにキミの皮も剥いでみようか」

「ケホッ、剥ぐ…?」

「子供の皮を剥いだことはまだ無いからね。丁度いいからキミで練習させてもらうよ」

「…裕翔、さんが一連の犯人だったの?」


蹴られた鳩尾を手で押さえながら立ち上がるとコナンは裕翔を睨み付けながら訊ねれば裕翔はキョトンと目を丸くさせたが次にはニヤリと撮影の時にも見た狂気に歪んだ笑みを浮かべた。

その笑みにゾッとしていれば裕翔は言う。


「何を当たり前の事を言ってるのさ?今の僕は皮剥ぎ魔(レザーリッパー)なんだから当然だろ?」


その言葉に本能的に逃げないといけないと判断し、痛む体に鞭打って裕翔から逃げるように駆けだした。


「ハハハ、鬼ごっこかい?いいよ、10秒だけ待ってあげるよ!」


裕翔はそういうとゆっくりとカウントダウンを始めた。
後からじゅーう、きゅ−う、は−ち、と減っていく数字にコナンは焦燥感に駆られる。

相手はナイフを持っている殺人鬼。
キック力増強シューズも使えず、時計型麻酔銃も使えない状況では裕翔と対峙したとしても結果は見えている。

ジョーカー達の元に戻ろうにも通ってきた通気口は裕翔の後ろで危険を冒してまでジョーカー達の元に戻る事は出来ない。

テラスガーデンをひたすら走り、一つだけ空いている窓から建物の中に入り込みまた走るが強く蹴られた鳩尾がズキリと痛み、バランスを崩して転倒してしまった。


「うわっ!」

「あーぁ、いったそー」

「うぐっ」


いつの間に追いついたのか裕翔がニヤニヤと笑いながらまたしてもコナンの事を蹴り転がす。

するとコナンのジャケットからジェスターに渡されたモデルガンが滑り出た。


「へぇ?子供なのにそんな物騒な物持ってるなんて、怖いねー。まぁ、さっさと殺しちゃえばいいだけ、だけどね」


そう言ってコナンに向かったナイフを振り下ろす裕翔。
迫りくる刃先にコナンは咄嗟にモデルガンを握り、ナイフに向かって引き金を引いた。

一発の銃声と手から離れ、床に落ちる刃の欠けたナイフ。
裕翔は右手首を押さえながらコナンを睨む。


「このガキ…ッ」


コナンはふらつきながらも立ち上がり、銃口を裕翔に向けながら少しずつ後退していく。

裕翔はコナンから目を逸らさずに新しいナイフを取り出すと床を強く蹴ってコナンの事を殺しにかかってきた。

向かってくる裕翔の足に向かって発砲したコナンは裕翔から逃げる為、残り8発残ってるモデルガンを握って必死に駆けだした。


*****


奥舞台で体を休めていた三人はコナンの戻りが遅い事に、襲われているのでは?と心配になって来ていた。


「さてと、休憩も終わりにして探偵さんのお迎えにでも行ってこようかな」


そう言って立ち上がり、体を軽く伸ばすとジェスターは両手を腰に置いて3階部分の客席の手摺りに目を向けると1階部分と2階部分の境目となる高さにある通路の中央に立った。

ジョーカーと明智も立ち上がり、彼女の近くに並ぶと上にある3階の客席を見上げる。


「……もしかして上に行く気?」

「そのとーり」

「なら、俺が行くけど」

「ジョーカーはここで探偵王子と一緒に待機しつつ体力回復しておいて」


スパッと却下されたジョーカーはどこかショックを受けながらも分かった…と返事をし、明智はそれに苦笑する。

ジェスターはキョロキョロと頭を動かすとジョーカーを呼んだ。


「どうした?」

「ちょっとここに立って、こう…指と指を咬ませてお皿を作って、中腰になってほしい」

「?…えっと、こうか?」

「うん、そうそう」


頷くジェスターとジョーカーを見て、彼女が何をしようとしているのか察した明智はなるほど、と二人を見てから3階部分の手摺りを見た。


「(確かにこの高さならその方法で行けそうだね)」


そう思っているとジェスターが助走をつけてジョーカーに向かっていくと彼女はジョーカーの手を踏み台にし、3階の客席まで飛んだ。

しかし疲労が祟ったようで手摺りに掴まったはいいもののしばらくぶら下がったまま。下からそれを見ていたジョーカーと明智はハラハラしながら見守っているが彼女は何とか腕力だけでよじ登るとふぅ、と息を吐いた。


「あーキッツ…」


下にいる二人に顔を見せて大丈夫という事を伝えるとジェスターはそのまま引っ込んで探索を始めた。

この階には出入りが自由に出来る扉が12もあって拍子抜けするほどだった。


「1階だけ入れるけど出られないってやつ?」


そう呟いてから近くの扉を少しだけ開けて外の様子を伺うが通路にシャドウの気配はなく、静まり返っていた。

この階にもシャドウはいないのだろうか?と思いながら扉を静かに開けて出てみると左側に階段があった。

その階段は上と下に行けるものでジェスターは試しに下に降りてみることにして、止めた。

こちらに向かって走ってくる足音が聞こえたからだ。


「(コナン、か?走ってるって事は追われてる?)」


陰に隠れて様子を見ると、襲われたのかボロボロになり怪我もしている。それを見たジェスターはすぐさま飛び出し、コナンを抱き上げると脇に抱えてその場から離れる為に走った。


「なっ?!むぐぅ」

「静かにして」


驚いて声を出すコナンの口を塞ぐと目の前にトイレが見え、そこに駆け込んだ。

手前の化粧室の中央に置かれたソファの上にコナンを放り投げるとジェスターは入口付近に身を隠し、殺気を隠そうともせずに近づいてくる者に警戒する。

コツコツと靴底が床を叩く音が次第に近づいてきて、ジェスターは無意識に唾を呑むと曲がり角からナイフを片手に血走った目をした裕翔が姿を現した。

彼は何かを探すように頭を動かしたが、すぐに舌打ちをして来た道を戻って行った。

殺気が遠ざかっていく様子にホッと息を吐くと沈んだ表情を浮かべているコナンに近づいた。


「とりあえずは大丈夫みたいだよ」

「ジェスター……」

「…怪我の手当て、しよっか」


コナンの前に跪いて顔を見上げながら訊ねれば彼はコクリと頷いた。
あちこちボロボロだが盛大に転んだようで特に膝が酷い事になっていたがジェスターは手早く消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻いていった。


「手慣れてるんだね」

「こう、包帯ってなんかカッコいいよね!!ってなってた時期があってね」

「ア、ソウナンダ……」


所謂中二病というものなんだろうと思ったコナンはそれ以上追求せず、強く握っていたモデルガンから手を離し、ソファの上に置いた。


「何があったのか訊いてもいい?」

「うん」


コナンに渡していたモデルガンを回収したジェスターが彼の隣に腰掛けると、コナンは通気口を抜けてからの出来事を話した。口を挟まずに黙って聞き、コナンが話終われば自分の顎に指を掛けて考える素振りを見せるが、すぐに自分の中で結論が出たようで一つ頷いた。


「ジェスター?」

「ちょっと備品保管室探しに行ってくるけど、キミはどうする?一緒に来る?それともジョーカー達の所に戻る?」

「………一緒に行く」

「危ないかもしれないよ?」

「今ここで戻るとしても同じだと思う」

「……それもそっか」

「ところでなんで備品保管室に行くの?」

「ちょっと欲しい物があってねー」

「欲しい物?」


コナンが首を傾げてみせるとジェスターはロープと簡単に教えてくれた。
劇場に取り残されている二人を脱出させるために欲しいのだと。


「どこから探してくの?」

「とりあえず、この階はパレスの主である裕翔がうろついてて危ないだろうから上の階から虱潰(しらみつぶ)しに探してくつもり」


そう言ってジェスターは外の様子を伺い、裕翔がいないことを確認するとコナンを抱き上げて階段を駆け上った。
抱き上げられた際、自分で歩けると抗議したのだが歩幅が違うし足を怪我してるから途中で転ばれても困ると言われてしまい、口を閉ざすしかなかった。

4階に上がり、コナンを下ろしてから各部屋を確認していくも備品保管室は見付からなかったが館内パンフレットと思われる紙切れを2枚見付けることが出来た。確認してみると虫食い状態になっているし破れていてとても使えるとは思えなかったし、紙の大きさも違った。


「うーん……今回は何枚集めればいいのやら」

「こっちとジェスターが持ってるパンフレットの大きさが違うし、2枚とかじゃないかな?」

「うーん、この劇場があんまり大きくないから1枚だとは思うんだけど……」


大小それぞれのパンフレットを手に項垂れるジェスターを横にコナンは彼女の持つパンフレットの裏に赤黒いシミが付いている事に気付いた。


「ねぇジェスター。そのパンフレット、端っこが汚れてるよ」

「え?……赤黒い汚れとか、気味が悪いなぁ」


切れ端を裏返して見て顔を歪め、吐き捨てるように言うとジェスターは紙切れを重ねて折り畳むとジャケットの内ポケットに仕舞った。


「とりあえず、私達の目的は地図じゃなくてロープ。さっさと次を調べに行こう」

「そうだね」


二人は階段を上って5階に向かうと、廊下にはドラマや映画の広告ポスターがずらりと貼られていた。


「うっわ、壁が見えない……」

「たくさん貼ってあるね……」


二人は絶句しながら貼られたポスターを見た。
どのポスターにも裕翔の姿は描かれているが、ジャンルは全く違った。

学園ドラマや刑事ドラマ、仕事ドラマに歴史・時代劇ドラマと数は多い。


「これって星城裕翔が出演したドラマの数だけ貼ってあるとかかな」

「あの人ってかなりの数のドラマや映画、CMにも出演してるから多分そうだと思う……」

「人気俳優ってスゴイねー」


そう言ってジェスターはポスターだらけの廊下を歩いた。
コナンは近くのポスターに写ってる裕翔を見て、複雑そうに顔を歪めてからジェスターの後を追い掛けて行った。

手当たり次第に部屋を調べていくがそれらしい部屋は見付からず、二人は行き詰ってしまう。


「えー、備品保管室が無いとか詰んだ……」

「裕翔さんの中でそう言う部屋が無いって認識なのかな?」

「いやー、役者としてそれはどうなの?」

「だよね……ん?」

「どしたの?」


ジェスターが訊ねればコナンは左側を指差し、それにつられてそっちに目を向ければ隠れるように多人数用ロッカーが置かれていた。

ロッカーの前まで行って見ると、ロッカーには扉と鍵が付いているが、鍵は掛かっておらず簡単に開いた。


「何にも入ってないね」

「……全部開けてみよっか」

「じゃあ僕、下の5段見てくね」

「私は残り全部か……」


二人で手分けしてロッカーを調べていくと、ロープは見付からなかったがチューブラーテープと金属製のフック、それからナイフが見つかった。


「うーん、とりあえず欲しい物はゲット出来たから良しとするか……」

「え、ロープじゃないけどいいの?」


テープを持ってそう言うジェスターにコナンが訊ねると、彼女はテープの長さを見て、これでいい、と返した。


「これだったら長さも十分だし、ロープの代わりにはなるだろうから問題ないよ」

「ふぅん……」


見付けた物をまとめると二人は裕翔に見付からないように気を付けながら階段を下りて行った。


「大丈夫?」

「うん、僕はまだだいじょ―――っジェスター後ろ!!」

「っ!?」


3階まで戻ってくるとコナンの息が上がっている事に気付いて気遣うように訊いてくるジェスターに大丈夫だと答えようとしたが彼女の後ろから襲ってくる裕翔を見付け、コナンは声を荒げた。

コナンの声に反応してジェスターは咄嗟にコナンを抱えてその場から飛び退いた。


「チッ……ガキの他にも侵入者がいたとはね」

「星城裕翔のシャドウか…」

「ようこそ、僕の劇場に。……来てもらって早々で悪いけど、僕の為に死んでくれよ」


ちっとも悪いと思っていない裕翔が言うと、ジェスターは持っていたチューブラーテープをコナンに渡して答えた。


「まだやりたい事があるから無理」


ジェスターの返事と同時に裕翔が持っていたナイフで斬りかかってきた。的確に動脈を狙ってくる裕翔のナイフ捌きにジェスターは自分の武器を抜く暇をもらえず、躱していくしかない。


「なんだ、避けるだけで精一杯?」

「……」


返事はせずにナイフを躱し続けていると焦れた裕翔がナイフを斬りから突きに変えてきた。

それをチャンスと取ったジェスターはグッと拳を握るとダブルステップで前に踏み込み、ストレートを裕翔の顔を狙って撃ち込んだ。


「ぐっ」


ジェスターの拳が裕翔の顔に当たり、ふらついて後ろに下がる裕翔。その隙を逃さずにジェスターは追撃を繰り出す。

距離を開けないように右足を踏み込み、腰から右腕に掛けて上半身を回転させ、腕を伸ばし、拳を回転させて顎先を殴った。


「ぐぁ……」


ジェスターの攻撃をモロに喰らった裕翔はナイフを落とし、そのまま背中から倒れた。

起き上がる様子の無い裕翔にジェスターは小さく息を吐くと身体に入れていた力を抜いて右手を緩く振った。


「……瞬殺、だったね」

「ナイフを持った相手は一撃で倒さないと自分が危ないからね。でも一番安全なのは立ち向かおうとはせずに一目散に逃げることだから真似しちゃダメだよ」


そう言ってウィンクするジェスターにコナンは乾いた笑みを浮かべるしか出来なかった。

裕翔が倒れている間に二人はジョーカー達のいる劇場に戻った。その途中で劇場から出た時に見付けた階段が消えてることに気付き、ジェスターは眉間に皺を作った。


「ジェスター?どうかしたの?」

「……さっきはあそこに階段があったんだけど」

「壁しかないよ?」

「そうなんだよねー」


もしかしたらパレスが安定していないのかも?と考えたが二人を待たせていると思い、深く考えることは止めて劇場内に入った。

3階客席の柵から顔を覗かせてジェスターが下を見るとジョーカーと明智がすぐ下の客席に座っていた。

ジェスターはすぐに二人に声を掛けず、持ってきたチューブラーテープとフックを取り出した。


「それでどうするの?」

「梯子を作るんだよ」

「テープとフックだけで?」

「まあ、見てて」


疑わし気に見てくるコナンにジェスターは笑って返すとチューブラーテープを半分に折り、両端を止め結びし、紐を弛(たる)ませながら足を掛ける部分を作っていく。

左右交互に紐を弛ませながら結び目を作っていくジェスターを見ていたコナンは時間はかかったが簡易な梯子が造られていくことに素直に驚いた。


「よし、後はこのフックを先端に結び付けて……完成」

「……本当に梯子が出来た」

「ちょっと揺れて登りづらいだろうけど、贅沢は言ってられないよねー」


せっせと作った梯子は10m(メートル)程あり、ジョーカー達の元まで問題なく足りる長さだ。

ジェスターは服を柵に引っ掛けると外れないか確認をしてからジョーカー達を見下ろす。


「二人ともー!戻ったよー!」


大きく手を振って言えば、二人は揃って顔を上げた。


「この階からなら問題なく出れるみたいだよー!」

「そうか!なら後は俺達がどうやって出るかだな……」

「それならこっちに梯子があるから大丈夫だよ!」


そう言ってジェスターは梯子をジョーカー達の前に降ろした。いきなり降ってきた手作りの梯子に驚いていた二人だが、すぐにそれを上り始める。

揺れる梯子に苦戦していたがなんとか上りきった二人と合流すると、ジェスターはすぐに裕翔のシャドウに襲われたこととパレスが安定していないのかもしれないと報告した。

ジェスターからの報告を聞いたジョーカーは険しい顔をして考え込むが、すぐに考えが纏まったようで口を開く。


「星城裕翔との戦闘になる事も考えつつ、このパレスから脱出しないといけないな」

「そうだね。今回は下見のつもりで潜ってるんだから」

「それじゃあ、“出口”を探しに行こうか。探偵二人は俺達から離れないようにしてくれ」

「ああ、戦う力のない僕らは足手まといだろうからね。指示に従うよ」

「うん」


明智の言葉に頷くコナンは渡されていたモデルガンをジェスターに返した。

そしてこれからの行動が決まり、4人は星城裕翔のパレスから脱出する為、扉を開けた。


201911072228