きらきらと、いつだって輝いていた金髪は私の憧れだった。
発端は、私の通う泥門高校の入試の時。いくら偏差値が低いとは言え、お世辞にも頭がいいとは言えない私にとって、入試は緊張以外のなにものでもなかった。
「アメフト部に入ろう!」
部屋全体に通る大きな声。がちがちに緊張していた私の体は跳ね、自然とその声の主に目がいってしまう。不敵な笑みに、堂々と自信に満ちた鋭い瞳と、注目を浴びても物怖じしないでしゃんと伸びている背中。すごい。私にはひとつもないものを持っている。その日から、彼は私の憧れになったのだ。
かと言って、度胸も愛嬌もない私は学校全体から注目される彼に話しかけれることはなく日々を過ごしている。2年生になった今年、やっと同じクラスになれたと言うのに私からはなんのアクションも起こしていない。
「ねえ聞いた?アメフト部初戦勝ったらしいよ」
「そうなの?すごいね」
暗い私にも奇跡的に友達が出来て、その子からアメフト部の活躍を知らされる。いや、知ってはいる。知ってはいるんだけど、さも興味のないふりをしてふたつのゴミ袋を持ち上げる。堂々と応援すればいいものを、なにに怯えているのか私は陰からこっそりアメフト部の活躍を知っては喜んでいた。
「あっ」
焼却炉にゴミを運びに行ったら、思いがけない人を見かけて思わず声を漏らしてしまう。しまった。
「佐藤か」
「ひ、ヒル魔、くん…」
私の名前を覚えていてくれたとか、この人も普通に掃除をしてゴミを捨てに来るんだとか、常に誰かを脅していたりする訳じゃないんだとか、色んなことがぐるぐると頭を巡って、彼の名を紡ぐ声は震えてしまった。無言で私の手からゴミ袋を持っていくと、軽くぽいぽいと投げ捨てる。お、お礼を、言わなくちゃ。
「あ、アメフト部、勝ったって、聞いた、よ…おめでとう…」
「あ?あー、まだ初戦だけどな」
「でも、すごいよ、大会荒らしの網乃相手に…えと…あはは、じゃあ、練習頑張ってね」
「俺は網乃相手だったなんて一言も言ってねえがな」
ひゅ、と、喉から情けない音が鳴った。失言した。これじゃあ、私はヒル魔くん率いる泥門デビルバッツの試合を観に行きましたと言っているようなものなのに。当然聡い彼は気付いてしまったようだ。
「あ、あの、」
「テメーがこそこそ観に来てんのは知ってんだよ」
「そ、そうなん、だ…」
あはは、と、乾いた笑いしか出てこない。恥ずかしい。でも、正面から応援してるねなんて明るく言えるほど私はコミュニケーション能力が高くない。じわじわと頬が熱くなっていくのが分かって、情けなくて、私は逃げるようにその場をあとにした。
そんなことがあってから、私はヒル魔くんを避けるようになった。と言っても、別によく話していたわけじゃないからなんの問題もなかったけれど。でも、ちゃんと泥門の応援には行っていた。勝利が決まるや否や、余韻に浸っている観客を尻目にいつも逃げるように会場を出て行っていたらきっと彼も気付かないだろう。
そんな彼らも、ついに全国大会の決勝まで上り詰めた。すごい。友達の少ない私はもちろんクリスマスの予定などある訳もなく、決勝戦を観に行くつもりだった。
「あれ?」
楽しみだなあ、と1人で盛り上がっていたら机の中に見覚えのない封筒が入っているのに気が付く。なんだろう。開けてみれば、それは決勝戦のチケットだった。決勝戦はチケットを買わなければならないのは知っていたし、当日ちゃんと買うつもりだった。なのに、誰かが私にこれをくれた。いや、誰かなんて、そんなのは知っている。
「ヒル魔くんだ…」
ちゃんと見に来いよと、言われているようで体が熱くなる。ちゃんと観に行くよ。それに、ヒル魔くんたちが勝つって信じてるから。私はそれをしっかりバッグにしまい込んで、急いで家に帰った。
「…すごい」
私は思わず息を深く吐いた。決勝戦、絶望的と思える窮地から見事脱出して泥門は、優勝した。私はマネージャーでもなんでもないし、ただ応援していただけだけど、胸が熱くなって仕方がない。いつもはすぐに帰るけれど、今日はなんだか動けなくて他のお客さんたちと一緒にずっと拍手を送っている。事ある毎にアメフト部をアピールして、誰も見向きもしなかったのに、折れずに腐らずに、そして念願だった優勝を掴み取った。私もずっと願ってた。勝手に、ヒル魔くんの夢は私の夢とさえ思ってた。おめでとう。自然と出てきた涙はなかなか止まってくれなくて、私をいつまでもそこに留まらせた。
「よう」
「…ヒル魔くん」
お客さんがまばらになってきた頃、ようやく帰ろうと重い腰をあげた時、すでに着替えたヒル魔くんがやって来た。いつもならとても焦るけど、今日はなんだか違うみたいだ。
「おめでとう。凄かったね」
「まあな」
「…腕、大丈夫?」
「ああ。治したからな」
治ったじゃなくて治した、と言ってのけるあたり本当に彼らしい。ヒル魔くんとちゃんと話すのはこれが初めてなのに、不思議と落ち着いている。泥門が優勝して少し調子に乗っているみたいだ。私はなにもしていないのに。なんだか、いつもは言えないことまで言えてしまいそうで、これ以上口を開いてちゃいけない気がする。
「チケット、ありがとね」
「ああ」
「他の人たちは?」
「先に帰らした」
私の横にどっかりと腰を下ろしたヒル魔くんは、短く返事をしながら息を吐く。綺麗な髪。どこにいても目立つその髪が、私はいつも羨ましかった。ねえヒル魔くん、ヒル魔くんは、
「ヒル魔くんは、私の憧れだったの」
「…あ?」
「いっつも、すごいなって思ってた。言いたいことが言えて、やりたいことがすぐできて、それが、すごく羨ましかったから」
「ケケケ、急になに言ってやがる」
「そうだよね、私今ちょっと調子に乗ってるから」
だから、こんなこと恥ずかしがらずに言えるんだ。ヒル魔くんも、特に茶化すようなことはせずに聞いてくれる。
「ずっと、ヒル魔くんみたいになりたくて、いつも見てたよ。試合の時もね、キャッチとか走る子とかも凄いんだけど、ヒル魔くんのパスばっかり見ちゃってて」
「そりゃ告白か?」
「っえ!?こっ、こくっ…!?」
突然そんなことを言われて体が熱くなる。試合を見ていた時とは違うその感覚のせいで、私がどれだけ恥ずかしいことを言っていたのか理解して思わず黙ってしまう。こ、告白、なのかな…。いや、だって、私別にヒル魔くんが好きとかじゃ、ない、はず、だと思うし…。
「ケケケ、冗談だ」
「…もう」
「オメーはずっと俺を見てろ」
さっきまで正面だけを写していたヒル魔くんの瞳が、うろたえる私を捉える。それがとてつもなく恥ずかしい気がして、体の奥がむず痒くなる感じがして、その雰囲気に浮かされて、私もつい冗談めいたことを言ってしまった。
「ヒル魔くんのそれも、告白なの?」
「…さあな」
言われなくても、私はきっと君以外瞳に映らないと思うよ。私の言いたいことが分かっているみたいに、ヒル魔くんは満足げに深く背もたれに背中を預けた。この気持ちが憧れでなくなるまでは秒読みなのを、今の私たちはまだ知らない。
- 1 -
*前次#
ページ: