12


真実の雨


「紅涙…、」

土方さんは何を隠しているのか、
私に何が起こるのか。

「何も…分からないのに…、」
「…。」
「何も言ってくれないのに…、"はいそうですか"って…別れるなんて出来ません…。」

たとえ、
この先の道で、
土方さんと私が離れ離れになって、

一人になってしまうとしても。

「別れられません…。」
「…どうしても…か?」
「…どうしてもです…。」

土方さんは「…そうか」と言った。
私は俯いて黙り込んでいた。

少しだけ静かな時間が流れて。


「じゃァ…全部、言ってやる。」


土方さんが言った。
私は顔を上げた。

「え…?でも…、」
"言っちゃ…駄目なんでしょう?"

私がそう話せば、土方さんは「あァ」と頷いた。
「でも」と続けて、

「お前を…傷つけずに済むのなら…言う。」
"そのためなら、何てことねェよ"

土方さんが小さく笑った。
私はその悲しそうな笑みに、見て見ぬフリをした。

ぽつりぽつりと、
土方さんの口から言葉が漏れていく。

「俺も…ずっと紅涙と一緒にいた。」
「私と…?」
「この世代と違う場所…。今からすれば、ただのずっと昔の話だ。」

土方さんは懐かしむように空を見上げた。
私はその横顔を見ていた。

本当に、土方さんと同じ。
悲しいほど、同じなのに。

「俺とお前は、どの世代に生きても、たとえどれだけ離れた存在でも、必ず巡り合う。」
「…そんなことって…、」
「あるんだよ、天命って。」

どんなになっても、
どんな形でも、

二人一緒になれるなんて。

私は口に手を当てて「嬉しい」と言った。

なのに、
土方さんはそんな私を見て、顔を横に振った。

「一緒になるのに、一緒にいてェのに、俺たちは一緒にはなれねェ。」
「…どういう…ことですか…?」
「必ず…、添い遂げられねェんだ。」

"俺たちは夢を見れないんだ"

土方さんはそう言って自嘲気味に笑った。
見上げている空から、ポツリと雨が当たった。

「これほど繋がった星なのに、必ずどちらかが先にいなくなる。」
「"いなくなる"…?」

土方さんはコクリと頷いて、


「死別するんだ、俺たち。」


目を閉じて、そう言った。

"死別"…?


「それが俺たちの宿命なんだ。」


私の頭はうまく動かなくて。
ただ土方さんが紡ぎ出す言葉を右から左に聞いていた。

「紅涙も会っただろ?俺とよく似た黒い布を被るジィさん。」
「…ジィさん…?」

あぁ…、
そうだ。

1番始めに、
私たちへ「別れろ」と声を掛けた人。

「あれも俺だ。」
「え…?」
「あのジィさんも、土方 十四郎。」
「あれが…土方さん…?」
「紅涙の前に現れた"別れろ"という男は、みんな土方十四郎なんだ。」

土方さんが言うには、

何世代にも渡って、
私を別れさせるために言いに現れたという。

「報われないこの輪廻を終わらせようと、俺たちは動いたんだ。」
「"輪廻"…。」
「あの世と契約を交わしてこの世代に一瞬だけ存在し、お前に伝えて、終われば消滅する。」
"まァ元の状態に戻るだけだけどな"

"死んだ後にしか気付けないから、自分たちが変えなければ繰り返される"

土方さんはそう言った。


人は実態のない状態になってもどこかに存在して、
誰かを失った強い悲しみを残したまま、誰と添い遂げることもなく死すれば、

その強い悲しみは後世にも残り、何度も繰り返されてしまうのだと言う。


理解、できない。
頭がいっぱいになってる。

どれから読み解いていけばいいのかすら、分からない。


「…、」
「悪ィな…ややこしい話しちまって。」

土方さんは困ったように笑った。
私は顔を横に振った。

「大丈夫…です。」
「そうでもなさそうだけどな。」

口角を上げて厭味に笑った。
私も小さく笑った。

「まァこれは理解してくれなくてもいい話だ。」
"俺の話だから"

そう言うと、またポツリと雨が当たった。

「肝心なのは、"死別"という俺とお前のことだ。」
「…。」
「過去の俺を見れば分かるが、悲しみを後世に残してるのは俺だ。」

土方さんが微笑む。

「俺が苦しむのは構わねェ。だがそれはつまり…、」
「私が…先に死んでいる…ということですか…?」

眉間に皺を寄せて、土方さんは静かに頷いた。

「俺は…お前に生きて欲しい…。」
「…土方さん…、」

土方さんは苦しそうに目を閉じる。


「もう…、お前が死ぬ様を…見たくねェんだ…っ。」


雨が、ぽつりぽつりと酷くなる。

私たちを打てなかった雨が、
地面の色を濃く変えていく。


「俺のせいで…っお前が死ぬのはもう耐えられねェんだよ!」


死して尚、

この人は苦しんで。


「俺といるせいでっ…お前はっ…」


何世代にも渡って。

自分のせいだと苦しんで。

「土方さん…、」

私のせいかもしれないじゃないですか。

現に、
私の死があなたを苦しめてるんですから。


「…、ごめん…なさい…、」

気が付けば、
私は土方さんを抱き締めていた。

「っ…紅涙…?」
「…、大丈夫…です。」

出来るだけ、
優しい声で、落ち着きを払って。

「もう…、私は…死にません。」
「それは…どういうことだ?」

私は抱き締める腕をギュッと強めた。

「もう…、土方さんを悲しませたり…しません。」
「…紅涙…、」

土方さんは私の身体を離した。

目の色まで同じ土方さんなのに、
この人は死んでいる存在だという。

もし。
私より先に土方さんがこの世を去ってしまえば、

どれほど悲しいだろう。
どれほど絶望だろう。

そんな想いを、
これ以上させたくない。

これ以上、
土方さんを悲しませたくない。


「別れます…、土方さんと。」


私のためじゃない。
死を免れるためじゃない。


「だから…、もう、安心して眠ってください…。」


私と、
あなたの胸が。


これ以上、

軋まないように。


この関係を、
その輪廻を。


終わらせよう。


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