B1


自分勝手


「ッ!」

振り下ろされた刀を、後退してかわす。

「…くく、無駄なことを!」
「っ、やめて!仲間を斬りたくない!」
「"仲間"?笑わせる!どこまでもおめでたい頭だな!」
「仲間でしょう?!時間は短くても、っ、危ない任務にだって皆で出撃した!」
「ッ!貴様らのような存在と一緒にするな!!」

何度も斬り掛かられ、何度もかわす。

まずい…息が上がってきた。
この人も引く気配ないし…、このままじゃ駄目だ。

斬るしかないの?

…だけど、

『母は父を追うように死んで…兄と私は、仇を討つことだけを考えて生きてきた!』

この人が死ねば、あの子は独りになる。

支え合った、
たった一人の存在が消えて。

「くっ…、」

何か他にあるはず。
策を、もっと策を考えないと…。

また一振りをかわしたその時、

---ガシャンッ

「っ?!」

私の背中に倉庫のシャッターが当たった。

「命乞いも終わりだ。」

まるで手を広げるように刀を真横に向ける。
私を見下げて笑い、

「安心しろ、綺麗には斬ってやる。」
"晒し者にしないといけねーからな…!"

勢いをつけるように後ろへ引いた。

もう…駄目だ。
私はこれで終わりなんだ。

どうして斬れないんだろう。
"自己犠牲"なんて言えば響きはいい。

だけど、

『真選組はただの人殺しよ!』

その言葉をいつも、
どこかで恐れているだけかもしれない。

"ここで斬ってしまえば、また真選組は人殺しになる"

違うって言えるのに。
それをちゃんと伝えられる自信がない。

私たちの信念だけじゃ、伝わらない。

何のための刀なんだろう。
何のための私なんだろう。

私は…、


「死ねェェェっっ!!」


何を、守れたんだろう。

「っ…、」

ヒュッと風の切れる音。
性に瞑った目は、

「ッが、ァっ!!」

男の呻き声で開いた。
振り上げていた刀がガチャリと落ち、男は私を見たまま口から血を流した。

「え…、…?」

男の腹部には、銀色に光る切先。
少しだけ見えていたそれが引き抜かれると、崩れ落ちるように男が倒れた。

そのせいで、
男の背後に立っていた人が露わになる。

「あっ……、」
「……。」

月を背負い、
右手にまだ紅く濡れた刀を持って、


「……紅涙…、」


私の名前を、呼んだ。

「ひじ…かたさん…」
「…怪我は…、」

鋭く私を睨んで、握っていた刀を投げ捨てた。

「怪我はねェのか?!」

屈んで、私の肩を痛いぐらいに掴む。
私は「ありません」とその手に自分の手を重ねた。

「ありがとうございます、…土方さん、」

安心させるように微笑めば、土方さんはさらにグッと強く握った。

眉をきつく寄せて、
唸るように私を睨み続ける。

「なんで…、」
「…?」
「なんで斬らなかった?!」

その問いに、私は少し目線を下げた。

「それは…」
「また斬らないつもりだったのか?!」

…"また"…?


「お前はっ…どうして自分を守らない?!」


半ば叫ぶように、土方さんは言った。


「どうしてっ…生きようとしない…っ!」


"生きようとしない"

「それは…違います。」
「違わねェだろうーが!今も、この前も!」
「……土方さん…?」

"この前"…。


「お前は何も言わない!俺にっ何も言いやしねェ!!」


…はじめて見た。
こんな…土方さんの顔。


「何のために俺がいるんだ!俺が傍に…っいるんだよ!」


すごく怒ってるのに、
…すごく、悲しそうで。…泣きそうで。

「…ごめん、なさい。」

私は、
それを抱き締めることしか出来なかった。

首に両腕を巻き付ければ、土方さんは片膝をついた。

「…お前は…、謝ってばっかだな…。」

私の背中に腕を回さず、
ただ抱き締められるままにしている土方さんが言った。

小馬鹿にした言い方でもなく、責める口調でもなく。

何の感情もない声が私に話す。

「ごめんなさい…、」
「……紅涙は…どんな風に過ごしてたんだ…?」
「え…?」
「俺に言えないもんを抱えたまま謝り続けて、お前は…楽しかったのか?」

…それは…何をさしてるの…?

私は腕を解いた。
土方さんの眉間には相変わらず皺があった。


「俺はもう…知ってる。」


土方さん…?


「お前が…紅涙が一度死んで、ここにいること。」
"もうすぐ…お前が死ぬことも"


っ…!

「どうしてっ…」
「口の悪い死神に聞いた。」
「あっ…、」

もしかして…コウ君?
どうしてそんなこと…。
死神って…生きてる人にも干渉できるの…?

「俺は…紅涙を死なせないために来た。」
「土方さん…、」

土方さんは、
私が刺されたあの時間も、
私が斬られる今の映像も見たと言った。

だからこうして止められたと。

「あんな辛い体験を…お前はあの時の女すら庇って、言わなかった。」
「…庇ったわけじゃないですよ。」

ただ、
私が死ねば終わる話だろうと思った。

「済んだ話だと…思ってただけです。」
「……。」

それだけだったんですよ。

「私…、楽しかったよ…?」

土方さんに微笑めば、私よりも苦しそうな顔をした。

「そりゃあ最後の方は謝ってばっかりだった気がしますけど。」

ふふ、と苦笑して、嘘のように静かな夜に目を閉じた。

「…土方さんが知っている通り、私には時間がないそうです。」
"あとどれぐらいかは分かりませんが"

まさかこうして、
土方さんに話すとは思ってなかったな…。

「運が良かったんです。生き返られたんですから。」
「…。」
「だから…精一杯、思い出を作ろうと思って…。」

毎日が、
毎分が一生懸命だった。

一生懸命に、土方さんと過ごしていた気がする。

「離れてしまう前に、私の頭の中を土方さんで一杯にしようと思った。」

ぼんやりと見上げた月には、分厚い雲が迫っていた。

「んなの…てめぇのことだけじゃねーか。」
「…そうですね。…私、自分のことしか考えてなかった。」
「……。」
「だけど、…土方さんは、大丈夫だと思うから。」

ふっと小さく笑えば、ガシャンとシャッターが揺れた。

目を向ければ、
機嫌の悪い土方さんが「勝手なこと言うな」と拳を叩きつけていた。

「…"大丈夫"って何だ…!」
「……私がいなくなれば土方さんも悲しむ。それは分かります。」

"自惚れるわけじゃないけど"
私が言えば、土方さんは「当たり前だろォが!」と怒った。

…うん。
私だけが寂しいんじゃないのは、分かってるよ。

「だけどね、私がいなくなっても…あなたに未来はある。」
「…"未来"…だと?」
「はい。…いつかきっと、…大切な人は出来る。」

土方さんは込み上げる怒りを耐えるように歯を食いしばった。

私はそれを見ても、目を逸らさなかった。


「土方さん…。"絶対"なんて、未来にはないんです。」
"たとえ今、私の言ってることを理解できなくても"


私だけを想い続けてほしい。

……なんて、
そんなこと、とても言えない。

だから…せめて、


「未来のない私には、想い出が…欲しかった。」


私だけのあなたを持って、


「土方さんにはせめて、最後まで笑った私で…綺麗なままの想い出を持っていてほしかった。」


あなただけの私を残して、

「いつかに別れたような、ありふれた話に…したかった。」

空気と時間に溶けるように、消えるはずだったんです。


あの場所で待ってる
〜 ver.Black START 〜


土方さんは、
黙っていた私を許さないと言った。


「だから…お前は俺と生きる罰を受けろ。」


ここにある"私"を確かめるように、

強く、私を抱き締めた。


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