10


不変の世界



夢じゃなかったと気付き、
嬉しさに満たされた時間は、そう長く持たなかった。

「…はぁ、」

やっぱり寂しい。
ベッドへ寄りかかり、ぼんやりと天井を見上げる。

「私…、…いつかはちゃんと…忘れられるのかな。」

一緒に過ごした時間を。
土方さんのことを。

「忘れたくないのに…、」

忘れないと、前には進めない。

「……。」

土方さんはどうしてるんだろう。
私のこと、思い出したりしてる?
私みたいに寂しがったり……、また会いたいって…思ってくれてるのかな。

「土方さん……」

――ヴーッヴーッ
バイブ音が鳴る。
スマホを見ると、友達からの連絡だった。

『今日ランチ行かない?』

んー…そんな気分じゃないかも。
でもこのまま家にいてもボーッと考えるだけだろうし…

「…行こう。」

返事を打って、時間を決める。
『友達』はチョコレートバイキングへ行く予定だった、あの2人。"リッチ"と"セッチン"だ。

そうだ、そのことも謝らないと。
私、連絡もせずにすっぽかしちゃったから……。


「お待たせー!」

お昼前、待ち合わせ場所で2人と合流した。
会って早々、リッチが口元に手を当ててプププと笑う。

「今セッチンと話してたんだけどさー、私達ってヤバくない?」

ヤバい?

「何が?」
「昨日はチョコレートバイキングで今日はランチだよ?太る予感しかしないじゃん!」

あ…。

「その話なんだけど……」
「いや紅涙、ヘルシーな料理を頼めばセーフだよね?そうでしょ?」
「う、うん…たぶん。」
「「たぶんかーい。」」

2人からのツッコミに笑うと、セッチンが不思議そうな顔をした。

「あれ?どしたの、紅涙。なんか元気ないね。」
「……うん、ちょっと。でもその前に、」

私は2人に手を合わせて「ごめん」と謝る。

「昨日はごめんね。急に…行けなくなっちゃって。」
「へ?」
「何の話?」
「何って…チョコレートバイキングだよ。私、連絡しないまますっぽかしちゃって…」
「「……。」」

2人が顔を見合わせる。
小首を傾げ、クスッと笑った。

「やだもー、何言ってんだか。」
「行ったじゃん、一緒に。」
「え!?」

行ってない!

「メニューを全部制覇するって言い出したの、紅涙だよ?」

私!?

「でそれに乗っかってさ。私達も一通り食べたんだけど、最後は全員胸焼けして。」
「そうそう。帰りの電車が地獄だったっていうね。」

2人がケラケラと笑う。
私には欠片もない記憶を、さも一緒にいたかのように。

私は絶対…行ってないのに。

「写メも撮ったよね?」
「え!?見せて!」
「い、いいけど…」

セッチンがスマホを見せてくれた。
そこには、チョコレート類を前にして幸せそうな私が写っていり。

「なん、で…」
「本気で覚えてないの?」
「……うん。」

ここに写ってるのは…ほんとに私?
だっていなかったのに……、
土方さんといたのに、行けるわけないのに。
まるでドッペルゲンガーでもいるみたいな――

「まさか…」

まさかこれ、……天人の私?

「大丈夫?まだ昨日の話だよ?」
「う、うん……、」

向こうの世界で天人の取った行動がそのまま反映してる…?
欠けたピースを埋めるみたいに必要な場所だけ。
たとえこの世界に穴が出来ても、うまく辻褄が合うように。
でも…辻褄って……

「ありえないよね…。」

私の人生が誰かに干渉されてるような…そんなこと…。

「うん、ありえないよ紅涙。」
「他に余程のことがあって忘れちゃってんじゃないの?」

余程のこと…。

「…あった。」
「何があったの?」
「……、」

どう話そう。
そのまま話しても信じてもらえないと思う。

「聞かない方がいい?」
「あ…ううん、そんなことない。その…なんて言うのかな…。」

言葉を選ぶ。
2人は黙って待っててくれた。

「好きな人が出来たんだけど…、…もう二度と会えない、みたいな。」
「何それ…。…妻子持ち?」
「やめときな!」
「ちっ違うよ!そうじゃなくて…、…。」
「「?」」
「会いたくても…会う方法が分からないの。」

どうすればまた会えるのか…分からない。

「きっかけがないってこと?」
「ん……うん、そんなとこ。」
「ナンパだったの?」
「ううん、駅までの道を歩いてたら偶然会った…感じ。」
「ナンパじゃん。」

そう聞こえるよね…。

「でもナンパじゃないの。」
「ふーむ。…まぁ家の近くだったんならまた会えるでしょ。」
「…たぶんもう会えない。」
「なんで?」
「この――」

『この世界の人じゃないから』
そう言おうとして、慌てて言葉を飲み込んだ。

「この?」
「この…街にいるような人じゃなかったから。」
「謎すぎる!」

セッチンが頭を抱えた。

「なんだその男は!」
「紅涙の一目惚れなの?相当カッコ良かったんだ。」
「…うん。少し一緒に過ごす時間があったんだけど…思ってた通りの人で。」
「『一緒に過ごした』!?何なの紅涙!何したの!」

セッチンの興奮に、リッチが笑みを浮かべて首を振る。

「野暮なこと聞いちゃダメよ。聞くまでもない話じゃん。」
「ちょっ違うから!勝手な想像しないで、そういうんじゃないの!」
「違うの?」
「うん。その…一緒に歩いたり、話しただけ。」
「それが過去最高に楽しかった、と。」
「……うん。」
「ピュア!」
「気が合ったんだねー。それが紅涙の運命の人だったして。」

運命の人、か。

「だったら私、もう二度と運命の人に会えなくなっちゃった…。」
「なんで?そうとは限らないでしょ。」
「…限る。」
「ネガティブに考えないの。」

セッチンがポンと私の肩を叩く。

「人生、何が起こるかなんて分かんないよ?」


『世の中ありえないことなんてそうねェんだよ』


土方さん…。

「大切なのは否定しないこと。『出会わなければ良かった』なんて無かったことにしなかったら会えるって。」
「私もそう思うよ、紅涙。」

リッチは微笑み、力強く頷いた。

「その人が紅涙の人生に必要な人なら、必ずまた会える。」
「……そうかな。」
「うん。けど1日も早く会いたいなら、紅涙から行動しなきゃダメだね。」

行動…?

「行動って言われても…」
「同じ時間に同じ道を歩いてみるとか、何か再会に繋がるようなことあるでしょ?」
「うんうん。出来ることがあるなら何でもやってみた方がいいよ。出来なくて元々なんだからさ。」
「!…そう、だよね。」

『出来なくて元々』
確かにその通りだ。
何かしなければ、何も始まらない。

「少しでも可能性があるなら試してみなよ。諦めるのはその後でいいじゃん。」

…うん。

「うんっ、そうする!」
「よし紅涙!行ってこい!」

セッチンが言う。

「え?」
「やるなら早くすべきだよ!ランチなんてしてる場合じゃない!」
「で、でも」
「紅涙、覚えてるうちにしなきゃ。忘れると本当に二度と会えなくなっちゃうよ?」
「……そうだね、わかった。行ってくる!」

リッチとセッチンにお礼を言って、私は来た道を戻った。
あとから聞いた話だけど、私の背中を見送る2人はこんな話をしていたらしい。


「若いっていいねー。」
「いやリッチ、私達も同い歳だから。」
「ふふ、そうだった。…なんかさ、」
「うん?」
「私も昔、紅涙みたいなことがあった…気がするんだよね。」
「『気がする』?」
「よく覚えてないんだ、相手のこととか。ただすごく好きだったっていう余韻だけが残ってる、みたいな。」
「夢?」
「そうじゃないと思うんだけど…このあやふやな感じ、ちょっと紅涙と似てない?」
「似てる。やっぱ紅涙みたいに覚えてることはないの?」
「ない。変だよね。私も紅涙の話で…ちょっと切なくなったし。」
「じゃあランチで気分上げなきゃ!」
「だねー…。」
「…大丈夫だよ。自分に必要なら出会える、でしょ?そうじゃないならそれ以上の男に出会う!」
「ははっ、なんかセッチンが言うと説得力あるわー。」
「いえいえ事実ですから。りくサマは良い女ですもの。」
「うむ、良きに計らえ。」
「ふふ。」
「ふふふ。今は私より紅涙を応援しなきゃね。」
「その通り!紅涙がんばれー!」
「がんばって、…紅涙。」


2人と別れた後、私は家の最寄り駅まで戻った。
あの世界の始まりも、あの世界自体も、全てが私の自宅周辺。

「また行けるとすれば同じ方法だろうけど…」

あの日見た水溜まりは電信柱の下にない。
もしかして、水溜まりを作って再現すれば入口が開く…とか?

一度家に帰り、水を入れたペットボトルと微量のサラダ油を用意した。
それを持ってきて、人目を気にしながら電信柱の下に水溜まりを作る。

「少しだけ…ごめんなさい。」

サラダ油を一滴垂らした。
モワッと虹が出来、広がる。

「……、」

けれど、どれだけ見つめても単なる油の浮いた水溜まり。
風がなければ波立たないし、目に刺さるような光も出なかった。

偶然じゃないとダメ?
それとも土方さんの世界と同じ色じゃないから?
…それ以前に、向こうで土方さんが見ていないと始まらない?

「それって……私にはどうしようもないことじゃん…。」

元の世界へ戻った土方さんは、おそらく多忙。
私のことなんて一瞬で忘れたかもしれない。
光の干渉も頻繁に目にするものじゃないし、気に留めさえしないかも…。

「こうやって私が続けてても、土方さんが見ようとしてくれないと意味が……」


『諦めるのはその後でいいじゃん』


「…そうだよ。」

やれることは、やらなきゃ。
土方さんが同じことをしてる可能性だってある。

「また会いたいもん…。」

そのためなら何でもする。
同じことを何回だってする。

飽きるまで、諦めたりしない。

「次はコンビニに行ってみよう。」

と言っても、
さすがにコンビニの店先で水溜まりを作るのは気が引けた。

「何でもするって意気込んだのに…。」

早々に出鼻をくじく。
それでも光の干渉がなければ土方さんに会えない。

「どうしよう…、」

先に線路を渡ってみる?
私の世界では住宅街だけど、向こう側には何か他の良い場所があるかもしれない。
あっちで水溜まりを作ってみて、
ダメだった時はコンビニ前でこっそり水溜まりを作る感じに――

「…え?」

どこからか、フワフワと泡が飛んできた。
目の前に漂ってきたそれは、

「しゃぼん玉だ…。」

そう、しゃぼん玉。
光を受けるしゃぼん玉は、まだらにモヤモヤと輝いている。
その輝きは、

「光の…干渉?」

水溜まりのそれと同じ。

「そっか…、…水溜まりだけじゃないんだ…。」

これでもいいのかな?
それなら水溜まりを作るより罪悪感なく作れるんだけど――


「紅涙?」


……え?
心臓が大きく脈打った。
周囲の騒音が消える。
声音は私の頭で何度も再生された。

低い声、まだ記憶に新しい…あの声。

「……なん、でっ。」

振り返る。
そこに居た人が視界に入った途端、瞬きするのをためらった。
目を閉じると消えてしまいそうで。

「土方…さん……っ、」

着流し姿の土方さんが煙草を吸いながらこちらを――
違う、口に付けてる物は煙草じゃない。

「何……してるんですか。」
「……しゃぼん玉、飛ばしてた。」

しゃぼん…玉……?

「土方さんが…?」
「しゃぼん玉なら、お前も見る機会が多いんじゃねェかと思って。」

それって…

「私に……会いたいから?」
「…他に何がある?」
「っ…、」

胸の甘い痛みに息を呑んだ。
土方さんは小さく笑って、「こっち来いよ」と言う。
私は一歩ずつ確かめるように近付いた。
もしこれが夢でも、覚めることのないようにゆっくりと。

けど、

「遅い。」

辿り着く前に土方さんが迎えに来た。
足早に距離を詰め、ギュッと抱き締められる。

「信じらんねェな…。さすがに昨日の今日で会えるなんて思ってもいなかった。」
「私もです…、……土方さん。」

また名前を呼べる幸せ。
抱き締めた身体から体温を感じる幸せ。

「俺達、こんなに早く再会できていいのか…?」
「いいです、…会えたんですから。」

これは時間を費やせば解決できる問題じゃない。
むしろ会えない時間が長引くほど、私達は会えなくなる。
それこそ、一生。

偶然でも奇跡でも、なんでもいい。
会えたらそれでいい。

「…私の世界の映画に、素敵な名言があるんですよ。」
「名言?」
「『一番ステキなことは偶然起こる。それが人生だ』って。ほんとにそうですよね。」

まさか『銀魂』の土方さんに出会えるとは思ってなかった。
想い合えるなんて尚さら、想像もしなかった。
光の干渉が私達を繋いだなんて、考えもしなかった。

「人生は偶然で成す…、か。」

土方さんは一言呟いて、

「…そうだな、」

フッと笑う。
そして、

「まさに、しゃぼん玉じゃねーか。」

どの単行本にもアニメにもない、優しい笑顔で私に言った。




しゃぼん玉



「しゃぼん玉?」
「気にすんな。ところでそれ、どんな映画なんだ?」
「青い魚が子どもの頃に別れた家族を探して、大切な存在を見つけるお話です。」
「ネイチャー系か。」
「どちらかと言うとアニメ…ですね。」
「アニメ!?随分と考えさせられるアニメだな…。」
「今度持ってきます。一緒に見ましょうね。」
「ああ。…って、戻る気かよ!」
「もちろんですよ。」

私達はずっと一緒にはいられない。
元の生きる世界が違う。
おとぎ話のような結末は、今の私達にない。

それは、仕方のないことだ。

「…どうすんだ?また会えなくなったら。偶然は二度も起こらねェんだぞ。」

それでも、

「必ず会えますよ。次も、その次も。」

会い続ける方法はある。

「何を根拠に…。」
「二度目があった私達の出逢いは、もう偶然じゃありませんから。」

偶然を必然にするための約束をしよう。
2人を繋ぐ約束は、不確かな物すら形にできる。
あとは、お互いを想う気持ちさえあれば充分。

「ところで土方さんが戻った世界はどうなってたんですか?」
「俺のところは……」

これからは私達の手で奇跡を作ればいい。
割れないように、消えないように。
優しくそっと、誰にも壊されないように。

この先も、虹の先にいる恋人と逢うために。

そしていつか…
二人一緒に、虹のふもとで暮らせる日のために。





本編END
2019.04.25
*にいどめせつな*


- -

*前次#