5


親切心



銀さんはチョコレートを頬張りながら言った。
私達は24時間以内に『繋いだ物』を見つけ、元の世界へ戻らなければならない、と。
戻らなければ今の私達はもちろん、元の世界の私達まで消えてしまう…かもしれないと。

「『かも』じゃなくて、はっきり言えよ。大事なとこだろうが。」
「俺が消えたわけじゃねーから分かんねェよ。ただ、目の前で確かに1組は消えちまってる。」

頭の中がゴチャゴチャしてきた。
身体が消える?消滅する?
到底理解できない…信じられない。

「8組は『繋いだ物』に気付いて元の世界へ戻った。だが1組だけ気付けなかった。」

消えてしまったのは一番初めの二人だと言う。
彼女達には思い出が多すぎて、
何が自分達を『繋いだ物』か、はっきり分からなかったそうだ。

「で、そいつらは綺麗さっぱり消滅しちまったとさ。」
「そんな…」

言葉が続かない私を、銀さんは小さく笑う。

「その顔は違うな。アイツらは幸せそうだった。」
「幸せ…?消えるのに?」
「辿りきれないほどの思い出があったんだ、満たされてたんだろうよ。」

「ここが」と親指で胸をさす。

「不思議なことに、消滅した今もどこかで元気にやってる気がするよ。」
「キザな言い回ししてんじゃねェ。そいつらはどう消滅したんだ。」

土方さんが冷静に詰め寄る。

「終始その死んだ魚の目で見てたんだろ?詳しく話してみろ。」
「どうせ言っても信じねェよ。」
「言え。」
「……はァァ、」

銀さんは長い溜め息を吐いて、チョコレートの缶を閉めた。

「24時間経った頃、金髪の死神が来たんだ。で、女の方だけ連れて行った。」
「し、」
「死神…?」

それも金髪って…。

「パァッと光って、女はそいつと消えちまった。」

まさか…漫画じゃあるまいし。
……いや、
銀魂の世界が混じってるんだから、なくはないのかな。

「男の方の…俺は?」
「ああ知らない間に消えてた。」
「は!?おまっ、なんか俺だけ雑じゃね!?」
「仕方ねェじゃねーか。知らねェ間にいなくなってんだから。」

チョコレートの缶をタンスにしまい、

「まァそういうわけだから、早く見つけた方がいいって話だ。」

まるで迷い猫でも探させるかのような口調で言った。

「本当に消えちゃうんですか?…私達。」
「消える。24時間以内に見つけられなかったらな。」
「……、」
「あと天人の自分と顔を合わせたり、この街の物を飲み食いしたらな。」
「えっ!?」
「それは聞いてねェぞ。」
「だって言ってねェもん。」

『もん』…。

「よく昔から言うだろ?その土地の物を食ったらその土地に染まるって。」
「じゃあ私達は24時間飲まず食わずで…?」
「戻りたいならそれくらい我慢しろよ。」

えぇー……、
なんか色々と過酷すぎるんですけど…。

「ちょっと待て。」

落ち込む私の隣で、土方さんが銀さんを睨みつける。

「お前は食ってたじゃねェか。」

あ…!

「説明しろ。」
「そうですよ銀さん!銀さんはチョコを食べてたじゃないですか!」
「俺はそういうのを越えた人間なの。」
「越えた?」
「そ。」

しれっとした顔で返事する。
そしてタンスから再びチョコの缶を取り出し、私達の前に出した。

「お前らも食いたいならどうぞ?」
「え、いいんですか?」
「ただし食ったらすぐに天人の自分を殺しに行けよ。」
「こっ!?」

殺す!?

「一つの世界に同じ人間は存在できない。世の常だろーが。」
「なっ…!」
「言わば今のお前らはこの世の溢れ者。生きたいなら向こうを消すしかない。」

そんな……、
言ってることは分かるけど、消えるとか殺せとか…極端すぎるでしょ。

「なら坂田、お前が食っても消えてない理由は…」
「そういうこと。俺はここを気に入ったんでね。」
「銀さん…、」

自分を殺すなんて…。

「ここはいいぞ。困り事がありゃすぐに手ェ貸してくれる。」
“単なる江戸より何倍も便利で快適な街だ”

有意義だと話す銀さんに、言葉にならない感情が湧く。
それでも銀さんがいいのなら…いいのだろう。
私が何かを想うことは、筋違いだ。

「だがアレだな、今回のお前らは過去にも未来にも関係がないんだよな?」
「…ああ。出会って数時間の関係しかない。」
「なら消滅しちまうのも手じゃねェか?戻れるかもしれねェぞ。」
「ハイリスクすぎるだろ。"かも"でそんな賭けには乗れねェよ。」
「ま、そりゃそうだ。」

銀さんは軽く笑って、

「俺としても『繋いだ物』に気付く方が好都合だし、せいぜい頑張ってくれよ。」

再びタンスにチョコレートをしまった。
けれど代わりのように、小さな木箱を取り出す。

「今度は何だ。」
「これはお前らの『繋いだ物』を入れる瓶だ。」

木箱を開ける。
中には小さな黒い瓶が入っていた。

「そこに入れるんですか?」
「ああ。歴代の奴らも、この黒い瓶に入れてきた。」
「へー…。」

なんか急に神秘的な物に見えてきた…。

「『繋いだ物』が分かったら報告に来い。俺がそれを用意してやるから。」
「なんでお前が。」
「金もツテもないお前らじゃ用意できないだろ?」
「…フン、そこで見返りを要求するってわけか。」
「ご名答。報酬は……そうだな、その服で許してやるよ。」

土方さんを指さした。

「えっ、隊服?」
「そ。上着だけでいいから。」
「こんなもんどうする気だ?」
「個人的に使うんだよ。」

ニヤッと笑う。
土方さんは呆れたように溜め息を吐いた。

「ダメだ、断る。」
「はァ!?おま、そんな服着てると目立つんだぞ?ここの真選組も同じ服着てんだし。」
「だったら脱ぐ。だがお前には渡さん。」
「なっ、安いもんだろ!?戻ってまた買えばいいじゃねーか!」
「断る。」
「…ああそう。ま、考えとけばいいさ。その時になって気が変わっても受けてやるから。」
「お前も他の見返りを考えとけ。」
「……。」
「……。」

二人が睨み合う。
…この状況、
初めのうちはニヤニヤものだったけど、結構面倒くさいな…。

「あ、あの行きましょうか!土方さん。」
「……ああ。」

立ち上がる。
銀さんは「いいか?」と念押しした。

「戻る期限は24時間以内。『繋いだ物』が分かったら俺のところに来ること。」
「わかりました。」
「戻りたいなら死に物狂いで探すんだぞ。もし分からなかった時は…」
「消えるんだろ。」
「ああ。だが生きる道はいくらでもある。」

真剣な目つきをして、

「分からなかった時は天人のテメェを殺せ。そうすりゃこの街で生きていけるから。」

そう言った。



「…土方さん、」

長屋を出て、土方さんと『繋いだ物』を探し始める。
とりあえずもう一度だけ私の道を辿ることにした。

「なんだ。」
「これ、まだ夢だと思ってますか?」
「…いや、さすがに。お前は?」
「私もです…。」

夢にしては設定が細すぎる。
夢にしては内容が複雑すぎる。

ただ、現実にしては……

「…酷ですよね。ダメな時は天人の自分を殺せ、なんて。」
「溢れ者呼ばわりだしな。こっちは元の世界を出たくて出たわけじゃねェっつーのに。」
「そうですよね…。…銀さんは戻りたくなかったのかな。」

まさか天人の自分を殺して、ここで生きていたなんて。

「よほど肌に合ってたんだろうよ。」
「でも新八君や神楽ちゃんを残してまで?」
「所詮ゴキブリみたいな奴だったってことだ。」
“環境が良けりゃどこでもいいんだよ、アイツは”

それはそれで銀さんらしいようにも思う。
だけどちょっと…寂しいな。

「土方さんならどうしますか?」
「どうとは?」
「もし『繋いだ物』が分からなかった時、消える道を選ぶのか、ここで生きるのか。」

土方さんは少し思案して、

「どうだろうな。その時にならねェと…今は想像もつかねェよ。」

浅く息を吐いた。

「紅涙はどうなんだ?」
「私は……」

消える?天人の自分を殺す?
…もちろん、

「消える道を選ぶと思います。天人の自分を…殺せないから。」
「強いのか?」
「え?」
「天人の紅涙が強くて殺せないのか?」
「あー…いえそうじゃなくて、"殺す"ってことが…出来なくて。」

当たり前だけど、私は今まで人を殺したことがない。
殺したいほど憎んだことはあっても、
どう近づいて、どう隙を狙って、どう殺すかなんて……現実的には考えられない。

「…土方さんは出来ますか?天人の自分を…殺すこと。」
「出来る。」

そ、即答…。

「必要があればの話だがな。」
「自分とは言え、罪悪感が湧きません?」
「湧かねェな、自分だから余計に。最大の自己犠牲ってだけじゃねーか。」

そういうものかな…。

「まァ殺して戻れるわけじゃねェし、殺すこともねェさ。」
「というのは…?」
「『繋いだ物』を24時間以内に見つけて戻りゃいい。だろ?」

…うん、

「そうですよね!」

最悪の場合を考えるには、まだ早い。
まずは探してからだ。

「24時間以内って明日のいつくらいになるんでしょうね。」
「俺達が会ったのは11時すぎだから…余分に見て10時くらいじゃねェか?」
「明日の10時までかぁ…。」

今は14時。
残された時間は少ない。
チャチャっと早く見つけてしまわないと。

……なんて意気込んでたのはいいけれど。


「何度見ても怪しいところなんてありませんね…。」
「至って普通の道だな。」

やはり変わった点はなく、『繋いだ物』らしき存在は見つからない。

「土方さんが来た道も歩きに行きましょう。」
「ああ。何か共通する部分があるといいんだが…。」

一度コンビニ前へ戻り、私達は再びスタートを切る。

「どっちから来たんですか?」
「そこの線路の向こう側だ。」

顎でさす先には、踏み切りがあった。

「あっちは住宅街ですよね?」
「いや?向こうは大通りだぞ。」
「え…」

私の世界では住宅地のはず…。
ということは、銀魂の世界が混じってる部分なのか。

「俺は大通りで事故処理してたんだが、気付くと周りに誰もいなくなっててな。」

話しながら線路を渡る。
渡りきって、極自然に瞬きした途端にパッと景色が変わった。

「わっ!」

近代的な家はレトロ感のある木造の家屋に、
今までなかった場所にはなぜかリサイクルショップが出来ている。

って、このリサイクルショップ……

「『地球防衛基地』だ!!」
「ッ!?何だよ急にデカい声で。」
「あっ、す、すみません。つい興奮しちゃって…。」

土方さんは私の視線を追い、リサイクルショップを見上げた。

「ああそうか、ここは銀魂の世界だな。」
「あの…ちょっとだけ入って行きません?」
「行かねェ。」
「ほんとに少しだけでいいですから…」
「ダメだ。忘れたのか?俺達には時間がねェんだぞ。」

そうでした…。

「だから寄るのは『繋いだ物』を見つけた後。いいな?」
「!!じゃあ早く見つけましょう!」
「そのつもりだ。」

フッと笑う。
その笑みを見て、少し心臓が跳ねた。
こうして一緒に歩いていると忘れてしまう瞬間がある。
土方さんは漫画の中にしかいない存在だってことを。

「あそこに見える道が大通りだぞ。」

指をさす。
交通量の多い道が見えた。
しかし行き交う車はやはりハイブリッドカーだ。

「土方さんが事故処理した車もハイブリッドカーですか?」
「いや違う。俺達の街で走ってるような普通車だ。」
「そうなると事故処理してる時はまだ自分の世界にいた、ってことですよね。」

どのタイミングでここに来てるんだろう…。

ひとまず大通りに出た。
土方さんが処理した事故は運転ミスによる単独事故で、車が電柱に衝突していたらしい。

「この電柱、車体に押されて歪んでたはずなんだが…」

電柱は真っ直ぐに立っている。

「元の世界とは違いますから。この世界では事故してないのかもしれませんよ。」
「…あ。」

一言漏らして、土方さんは怪訝な顔つきで固まる。

「どうしました?」
「今俺…なんかヤベぇことに気付いちまった気がする。」
「ヤバいこと?」
「俺達を『繋いだ物』、この世界にないんじゃないか?」

えっ!?

「な、なぜそんなことを?」
「元の世界にある"何か"のせいでここへ来たんだろ?だったらこの世界には――」
「あ……。」
「…な?」

二人で頬を引き攣らせる。
い…いやしかし!

「それでも他の人達は見つけて戻ってるんですから。」
「それはそうだが…」
「大丈夫ですって。きっとこの世界にもありますよ!」

そうじゃないと絶望すぎる。
私には初めから消滅する道しかないことになるんだから。

「土方さんは事故処理した後、どちらに向かって歩いて行ったんですか?」

辺りを見渡す。
通行人はいるが、私達を気に留めている人は誰もいない。

「確かここを右…いや、もうひとつ先を曲がった…はずだ。」
「なんだかあやふやですね。」
「あの時は撒くことに必死でな。適当に走ったせいで…あまり覚えてない。」

そっか、

「コンビニに辿り着く直前まで追われてたんでしたね。」

天人じゃないことがバレて、一般人に追われてたんだっけ。
なら逃げてる時は既にこの世界にいたってことか。

「さっき『事故処理の時に誰もいなくなった』って言ってましたけど、あれは…?」
「ああ、直前まで総悟達と一緒にいたんだ。だが顔を上げた途端いなくなってて。」

存在していたものが失くなった…?

「怪しいですね…その瞬間。」
「そうは言っても大したことをしてねェんだがな…。」

思い起こすような顔つきで、土方さんが懐へ手を入れる。
けれど、

「チッ、そうだった。煙草キレてるんだったな。」

懐から手を抜き出した。
何度となく見ていた仕草に思わずクスッと笑う。

「そろそろ我慢の限界ですか?」
「ああ…禁断症状が出そうなくらいに。」

相当じゃん…。

「やたらと煙草の自販機は目に付くし…、」

言われれば煙草の自動販売機がある。

「もう何でもいいから煙が吸いたくて仕方ねェ…。」
「ちょ、ちょっと土方さん、しっかりし――」

「そこの兄さん、」
「「!?」」

男性の声に二人で振り返る。
温厚そうな雰囲気を持つ初老の男性が、「すみませんね」と微笑みながら会釈した。

「チラッと話が聞こえまして。これ、良かったらどうぞ。」

煙草の箱を差し出される。

「えっ、これは…」
「そこの自販機で買ったものの、間違えましてな。吸ってもらえると有難い。」

男性は私達が天人でないことに気付いていない。
土方さんは差し出された煙草を穴が開きそうなほど見つめていた。

「譲ってもらっても…いいのか?」
「どうぞどうぞ。」

これは貰いそうだな…。

「……いや。ありがたく貰いてェとこだが、」

あら?

「手持ちの金がねェんだ。…悪いな。」
「あーいりませんよ、この程度。気にせんでください。」

「ほれ」と言って男性は土方さんの手を取り、煙草を握らせた。

「こうすれば、これはもうアンタの物。ああそうだ、ライターも付けてあげよう。」
「いや、だが――」
「遠慮しないでくれ。困った時に助け合うのは当然のことです。」
“同じ愛煙家なら特にですよ”

じゃあ、と言って男性は立ち去った。

「なんか…ビックリするくらい良心的な人ですね。」
「ああ…。」

小さくなっていく男性の背中を見ながら、
『困り事があればすぐに手を貸してくれる街』だと言っていた銀さんの言葉を思い出した。

「これ…、」

土方さんは手にある煙草をじっと見つめる。

「見たことのない銘柄だな。」
「記念に持っておきますか?」
「…まさか。」

箱のラッピングを開け、

「吸うに決まってんだろ。」

煙草を1本取り出した。
それを口に咥えようとした動作に、

「待ってください!」

私は腕を掴んで阻止する。
土方さんは目を丸くした。

「なんだよ。」
「もしかしたらダメなんじゃないですか?煙草。」
「あァ?」
「その煙草、ここの世界の物ですよね?吸えば消滅しちゃうかもしれませんよ。」


『よく昔から言うだろ?その土地の物を食ったらその土地に染まるって』


「たかが煙だ、問題ない。」
「でもこの世界の物じゃないですか。そんな軽い考えで吸うのは危険ですよ。」
「ならこの世界の空気はどうなる?」

空気…?

「空気もこの世界の物だろ。それを吸ってる俺達はまだ消滅してない。」
「だ、だけど空気と煙草は別物で…煙草は作られたものですし……。」

言いながらも自信がなくなってくる。

身体の中で消化しない物なら大丈夫なの…?
でも煙草の煙で病気にもなる。
それだけ身体に影響するってことは、この世界の物を取り入れることになるんじゃないの…?

「……、」
「……。」

…分からない。
分からないけど、

「やっぱり我慢した方がいいですよ。」

少しでも消滅する可能性があるのなら、手は出さない方がいい。

「土方さんも言ってたじゃないですか。『"かも"でハイリスクな賭けには乗れない』って。」
「っせェな。」
「!」

苛立った声音に、うんざりした目つき。
私に対するわずらわしそうな態度。

「…もういい。向こうで吸ってくる。」

土方さんが背を向けた。

「えっ、待っ――」
「ついてくんな。」
「!!」

初めて壁を感じた。
違う、初めて壁を作られた。

「俺が消えてもお前には関係ない。」
「っ……」
「お前はお前で『繋いだ物』を探せ。じゃあな。」

背を向け、歩いて行く。
私からどんどん離れていく。

…うそ、本気?
ついさっきまで一緒に頑張ろうとしてたのに、こんな簡単に別れちゃうの?

「土方さん……、」

呼んだ声は誰にも届かない。
知らない世界の中に、何事もなかったように埋もれて消えた。


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