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嘘と真実



首が痛い。
痛ダルい。

「…ん、……?」

目を開けると、夜の景色に大きな川が流れていた。

ここどこ?
…ああそうだ、
私、おかしな世界に行ったんだっけ。
銀魂の世界と私の世界が混じったような場所。
そこで土方さんと一緒に『繋いだ物』を探して、河原で休むことになって……

「…夢じゃなかったんだ。」
「ん…?」

頭の上で声がする。

「ヤベェ…、寝すぎちまったな。」

互いにもたれ合っていた身体を起こす。
土方さんは自分の首を押さえ、眉に皺を作った。

「寝違えた…。」
「ふふ、わかります。私も首が痛くて。」
「ずっと変な体勢だったからな。ちょっと休むつもりが…」

携帯を取り出し、眩しさに目を細める。

「5時間くらい寝ちまってる。」
「5時間!?」

私もスマホを取り出す。
『23時』
ここの世界と同じ時刻かは分からないけど、眠る前よりかなり夜が更けたのは間違いない。

「どうしよう…時間ないのに。」
「心配ねェよ、『繋いだ物』は分かってんだから。」
「でもまだ確かじゃありませんし…」
「なら"確か"にする。」

土方さんが立ち上がった。

「坂田のところへ行くぞ。」
「こんな時間から!?」
「構やしねェよ。"分かり次第すぐに来い"っつったのは――」
「アイツなんだから、でしょう?」
「フンッ、分かってんじゃねーか。行くぞ。」

早いに越したことはない。
非常識な時間でも行った方がいい。
私もそう思うけど……

「あの、土方さん。」
「なんだ?」
「実は…言ってなかったことがありまして。」

アジトへ行くのは、銀さん以外にも問題がある。

「私、土方さんと分かれた後に一度銀さんのところへ行ったんです。」
「なに!?」
「一人ではどうしていいか分からなくて…アドバイスを貰おうと。」
「……そう、だったのか。」

気まずそうにして首をさする。

「で?それがどうした。」
「そこで"さっちゃんさん"に出会ったんですけど…『二度と来るな』って言われまして。」
「はァ?"さっちゃんさん"って、あの猿飛か。」
「はい。もしかしたら銀さんに会いに行った時、邪魔される…というか妨害されるかもしれません。」
「あの女に邪魔される筋合いはない。」
「それが…私達と関わると銀さんに迷惑をかけるからって。」
「迷惑?」

怪訝な顔をする土方さんに頷いた。

「本来『変わり種』との接触は違法らしいんです。なのに銀さんは変わり種から得た品を売り、大金を得ている。」
「それのどこが迷惑をかけるんだ?アイツの行いが悪いだけじゃねーか。」

まぁ…そうなんですけど。

「私達が関わらなければ『変わり種』と接触することもないのに…っていう理由じゃないですか?」
“あの長屋周辺の人達から妬まれてるそうですし…”

土方さんは「知るか」と突っぱねた。

「その程度の話、気にするな。…だが、」

眉間を指で押さえる。

「その流れからすると、猿飛は俺達が『変わり種』だと知ってるんだな。」
「はい。私達の話を全て天井裏で聞いていたらしく…」
「ったく、どの世界でも厄介な女だ。…天人なのか?」
「天人でした。頭にキツネのような耳が。」
「はぁぁ…、…紅涙。」
「はい?」
「もし猿飛の妨害にあった時は逃げろよ。」
「え…」
「逃げて、坂田のところへ向かえ。」

私が…一人で?

「俺は力づくで突破する。護りながらじゃ全力で挑めねェから。」
「…わかりました。」

…でも、

「大丈夫…ですよね?」

相手は元御庭番衆。
火がつくと本気の殺し合いになることも…有り得る。

「土方さんに何かあったら私――」
「『大丈夫か』?誰に言ってんだ。」

土方さんは得意げに鼻を鳴らし、

「俺の腕は"銀魂"で知ってるはずだろ?」

そう言った。
…うん、土方さんは負けない。
負けそうになっても、最後は必ず勝ってきた。

「信じてます。」
「ああ。」


そして二人で銀さんのアジトへ向かう。
けれど、想定外の状況が私達を待っていた。

「なんだあれは。」

長屋に続く細いあぜ道を抜けたところで異変に気付く。
おそらく深夜であるこの時間にしては、何やら人が多い。
長屋の住人が全員出て来ているように見える。

「何かあったんでしょうか。」

人混みは皆、同じ場所を見ていた。
いや見ようとして見えないのか、どうにか見ようと必死に隙間を探している。

「…嫌な予感がするな。」
「嫌な予感?」
「ああ。大抵こういう時は……坂田が絡んでる。」
「……まさか。」

顔が引きつった。
そこに、

「痛ェって!」

聞き覚えのある大きな声が聞こえてくる。
この声は、

「銀さん…?」

土方さんを見た。
肩をすくめて「ほらな」と言う。
でも銀さんが痛がってるって…どういう状況?
ケンカに負けるような人じゃないのに……。

「放せよ!」

ガシャンと何かが倒れる音まで聞こえてきた。
相当暴れているらしい。

「一体何が…」
「おや、あんた達は昼間の。」
「「!?」」

声を掛けてきたのは、

「銀さんに会いに来たのかい?」

ここに住む女性だった。
銀さんと親しげに話していた、あの女性だ。

「何かあったんですか?」
「あー…まぁそうさね。銀さんに会いたいなら出直しな。」
「アイツがヘマをしたのか。」
「そうだよ。バカだよねぇ、あれほど気をつけなって言ってたのに。」

頬に手を当て、呆れたように溜め息を吐く。

「あんた達もこれ以上は近寄らない方がいいよ。今は真選組が来てるから。」
「真選組!?」

しーっ!と女性が人差し指を唇にあてる。

「捕まりたいのかい?『変わり種』は即ブタ箱行きだよ。」
「っ!」
「…坂田はバレたのか?」
「バレたって言やバレたんだろうね。とにかく独占し過ぎたのが悪かったのさ。」

独占?

「何を…」
「あんた達みたいな人間をさ。ウチらにも回してくれりゃ誰も裏切らなかっただろうに。」

…ようは、妬みから通報されてしまったのか。

「銀さん…。」
「私で良かったら力になるよ。」
「え?」
「銀さんがあんな状態じゃアンタ達は誰にも相談できないだろう?私に言ってみな。」
「あぁ…えーっと…」
「必要ない。」

土方さんがはっきりと拒む。

「俺達は坂田に別れを言いに来ただけだ。」
「え、土方さ――」
「……。」

視線で『黙れ』と言われた。

「困り事はない。悪いな。」
「…なんだ、そうなのかい。」
「だが次に来る『変わり種』には、あんたのことを売り込んでてやるよ。」
「あら〜!それは嬉しいねぇ。ぜひよろしく頼むよ!」

女性は土方さんの肩をポンと叩き、機嫌よく立ち去った。

「…嘘がお上手ですね。」
「臨機応変が得意なんだけだ。ああでも言わないと俺達を通報しかねなかった。」

…確かに。
あの人が銀さんを通報したかどうかは別にして、
通報者の次の行動は『変わり種』との接触だろう。
もし私達が何の利益にもならないと知れば、腹いせに通報されることも……

「…出ましょうか、ここ。」

長居しない方がいいかもしれない。
土方さんを見た時、アジトを囲む人混みの間から少し様子が窺えた。

「痛ェって言ってんだろ!?」

銀さんは声を響かせながら、長屋の中から押し出されるようにして出てきた。
腕を後ろへ回され、身体をもじっている。
その腕を持つのが、

「旦那、そろそろ静かにしてくだせェ。」

真選組一番隊隊長、沖田総悟だ。

「っ!?」

ああ…っ、
こんな状況じゃなかったら声を上げて興奮してたのにっ!
今の彼は頭にケモ耳を生やす天人。

と言っても、

「なんか可愛い〜!」

フサフサした小さな尖った耳がとても可愛い。

「あの耳はタヌキだな。総悟がタヌキ…フッ。」

土方さんはどこどなく馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「意外ですね。どう見てもタヌキキャラじゃないのに。」
「なんだ"タヌキキャラ"って。」
「優しそうというか…臆病的な?」

これまでの皆は微妙に性格とケモ耳が合っていた。
だとすればタヌキというより、可愛くても実は凶暴な…

「アライグマじゃないですかね、総悟君。」
「『総悟君』はやめろ。」
「変ですか?」
「気持ち悪い。総悟でいい。」
「いやそれはさすがに…」

「どうするんですかィ?こんなにも野次馬を集めちまって。」

総悟君が辺りに目を向けている。
咄嗟に二人で身を潜めると、「俺のせいじゃねーよ!」と銀さんが声を上げた。

すると、

「お前のせいだろうが。」

長屋から新たに人が出てくる。
黒い髪を揺らし、煙草の煙を携えるのは…

「テメェは近所迷惑の塊みてェな野郎だ。」

「土方さん!?」
「…静かにしろ。」
「あっ、す、すみません…。」

天人の土方さんだ。
当然、彼の頭にはケモ耳がある。
猫耳っぽい形状だが、あの雰囲気を考えると豹…黒豹といったところだろう。

「近所迷惑はお前らのせいじゃねーか!こんな時間にゾロゾロ来やがって!」
「その声がうるせェっつってんだよ。軽犯罪法違反を付け加えられてェのか。」
「うぐっ、」

「副長!出てきましたよ、例の瓶。」

小走りに監察の山崎退…さんが駆けてきた。
彼の頭には細長く尖った耳が真横に伸びている。

「…アイツ、何の動物だ?」
「なんでしょう、…鹿?」
「鹿にしては長ェし尖りすぎてる。つーか邪魔だろ、あの耳。」
「あんな真横に耳が生える動物、見たことありませんよね…。」

謎のケモ耳を生やす山崎さんは、手に小さな木箱を持っている。
それを天人の土方さんに見せ、ふたを開けた。

「あれって…」

黒い小瓶だ。
黒い小瓶が入っている。

「坂田、お前これを高値で売りつけてたらしいな。」
「バッ…金なんて取ってねェよ!誰だそんな適当なこと言ってる奴は!」
「とぼけんじゃねェ。これの見返りに金品受け取ってんだろ?」
「だからキンはねェって!ピンだけだ!」
「あーらら。認めやしたぜ。」

この流れ…相当ヤバくない?
あの小瓶は私達に必要な物なのに……。

「ただの小瓶に価値をつけるなんて、とんだ詐欺師だな。」
「詐欺じゃねェ!俺は確かに何人もの奴らをそれで」
「旦那、あんまり嘘ばっか吐いてると唇をまち針で仮止めしやすぜ。」
「こわっ、何その裁縫宣言!こわいこわい!何かと怖い!やりそうで怖い!」
「うるせェ野郎だな。もういい。総悟、縫っちまえ。」
「へい。」
「へいじゃねーから!」

総悟君がポケットを探る。

「あったあった。それじゃあ、」

ガシッと音が鳴りそうな勢いで銀さんの頭を掴む。
にんまり笑い、覗き込んだ。

「じっとしててくだせェよ。違うとこに刺しちまいやすんで。」
「バッ、おまっ、なんで針持ってんの!?やめっ、放せこの野郎!」

頭を振り、身体をもじって抵抗する。
その時だった。

「……あれ?」

大きく揺れる銀髪の中で何かが見えた。
それは髪と一緒に揺れ、頭頂部でパタパタと動いている。
まるで頭に、

「……おい、紅涙。」

くっ付いてるみたいに。

「あれ、…見えたか?」

犬のタレ耳が。

「……見えました。」

土方さんも見たのなら…見間違いじゃない。

「アイツ……、」

銀さんは、

「……天人、だったんですね。」

この世界の住人だった。
私達と同じ境遇みたいな口振りだったのに、
何もかも見てきたような口振りだったのに、

銀さんは元からここにいた、天人だった。

「じゃあ…私達が聞いた話は全部……」
「嘘だった、ってことだろうよ。」

土方さんは苛立った様子で溜め息を吐いた。

「無駄なことさせやがって。結局どこの世界でも最低なクズ野郎だな、アイツは。」

そんな……

「また…一から?」

振り出しに戻ったってこと?

「ああ。考え直しだ。」

土方さんは懐から煙草を取り出した。
街で貰ったこの世界の煙草だ。
パッケージを開封して、一本取り出す。

「…何するんですか?」
「吸うんだよ。ったく、我慢して損した。」

口に咥え、ライターを擦った。

「ッ待ってください!」

火がつく直前で止める。

「まだどこまでが嘘かは分かりませんよ。」
「全部嘘に決まってんだろ。」

……、


『分からなかった時は天人のテメェを殺せ。そうすりゃこの街で生きていけるから』


…ううん、

「きっと、全てが嘘じゃありません。」
「まだ坂田を信じる気か?」
「……はい。」

あの時見た目に嘘はなかった。
適当な応対のようでも、言葉に迷いがなかった。

「あれだけ私達に話せたのは、これまで本当に体験したからじゃないですか?」
「……。」
「何が嘘で真実かは分かりませんけど、銀さんに言われたことは守っておきましょう。」

念のために。

「……チッ、わァったよ。」

煙草をしまう。
そんな私達の背後で、

「確かに興味深い人達ね。」

小さな声が聞こえた。
この声は、さっちゃ――

「振り返らないで。」

制止され、土方さんと横目で見合う。
さっちゃんは小声で続けた。

「少し顔を貸してちょうだい。裏のあぜ道を抜けたところで待ってるわ。」


さり気なく人混みから抜け出し、二人で指定された場所へ向かう。

「ここよ。」

さっちゃんは民家の陰に立っていた。

「これをアナタ達に。」

差し出された物を見て目を丸くした。
先ほど押収されていた、あの黒い小瓶だ。

「どうしてこれを…」
「銀さんからの預かり物。」
「!」
「だがさっき真選組に押収されたはずだろ。」
「この手の小瓶は何本もあるのよ。大切なのは中身なんでしょ?」

小瓶の中は当然、空だ。
私達が銀さんに伝えることで初めて『繋いだ物』を入れる手筈だったから。

「それじゃあさっちゃんさんが調達してくれるんですか?」
「いいえ。私は何かあった時に渡すよう頼まれていただけ。」

「それ以上の仕事はしないわ」と髪を払う。

「…アイツはどうなるんだ?」
「無罪放免で釈放。接触を裏付ける証拠なんてないもの。」
「なら裏付けなしに真選組は動いたのか?ましてや逮捕にまで踏み切って…」
「動くしかなかったのよ。幕府が信頼する人間から密告されたら放っておけないでしょ?」

幕府が信頼する…人間……?

「まさか…」
「まさか猿飛、お前が坂田を…」
「勘違いしないでもらえる?私は銀さんを助けたの。」
「助けた…?」
「これ以上変わり種と関わり合わないよう匿ってあげただけ。痛い目を見ないうちにね。」

さっちゃんは赤い眼鏡を押し上げ、

「わかったら金輪際、銀さんに近寄らないでちょうだい。」

私を冷たい目で睨みつける。

「次に約束を破ったら、私が始末屋の名にかけて跡形もなく消してあげるから。」

ふわっと風が吹き、さっちゃんは姿を消した。

「…坂田のヤツ。」

土方さんは手元の小瓶に目を落とす。
この小瓶が銀さんの話に真実味を出した。

「そこに入れましょう、ガソリン。」

私達を繋いだ物。
銀さんが導いてくれた、唯一の手掛かり。

「…そうだな。」

これを使って、必ず元の世界へ戻る。

「でもどうやってガソリンを手に入れますか?」
「金は使えねェし、盗むのは犯罪だしな…。」

小瓶を見つめ、二人で思案する。
しばらくすると、

「…そうだ、」

土方さんが薄く笑った。

「お前の行きたがってた場所に行こう。」





※天人山崎の動物は…
『スプリングボック』


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