おはようからおやすみまでぜんぶ
title by EVER GREEN
「もしもし、突然電話かけてごめんね。悪いけど、30分後に迎えに行くから出かける準備しといて。あ、羽織る物持って行ってね。」
彼から電話がかかってきたのは、今からきっちり20分前。
とても急いでいるようで、私が話す間もなく電話は切られた。
突然かかってきて、突然切られた電話。
忙しい中で、いつも私の都合を思いやってくれる彼にそぐわない言動に首を傾げる。
しかも時刻は午後10時を優に過ぎている。羽織る物を用意しておくってことは、外出するのだろう。
こんな時間から出かけることがなかったということも、私の疑問に拍車をかける。
頭の中では、一体何なんだろうという疑念が渦巻いていても私の行動は早かった。
ラフな部屋着から外出着に着替える。
少し薄めの色のボーフレンドデニムに細めのボーダートップスを合わせた。
バッグには麻のカーディガンを潜ませ、玄関には履き心地抜群の歩きやすいミュールもスタンバイOKだ。
どこへ行くのか分からないが、動きやすい格好をしておいた方がいいと直感が告げる。
私はそろそろかかってくるであろう電話を握りしめ、連絡を待った。
「あい、着いたから下に降りてきて。」
予想通り、電話がかかってきた時から27分後という早めのタイミングで、待ちわびた声が耳に届いた。
「分かった。」と短く返事をして玄関を出る。
下を見ると何度か見た白のSUV車。雅紀くんの車だ。
数えるくらいしか乗ったことはないけれど、乗り心地の良さに眠ってしまいそうになったことはよく覚えている。
「いきなりごめんね。どうしても行きたいところがあって。乗って!」
「お邪魔します。」
そういうと、私は後部座席に乗り込む。万が一騒がれてしまった時のことを考えると、助手席よりもマシだろうという考えからだ。
初めて雅紀くんの車に乗った時にそう伝えると、捨てられた子犬みたいな顔で
「……ごめんね。」と謝られた。
今日も後ろへ乗った私に、眉を下げながら少し悲しそうな表情になる。
でも雅紀くんは、それ以上を口にすることはしない。私の覚悟を知っているから。
「出発してもいい?」
「うん。大丈夫。ところで、今日はどこに行くの?」
「この間ロケでさ、すっごい場所見つけてね。あいに見せたいと思ったんだ。」
その言葉に、会えない時でも私のことを考えていてくれたと嬉しくなる。
「一時間くらいかかるから、寝ててもいいよ。」
「せっかく会えたのに寝るなんてもったいない。」
「はは。じゃあ、喋りながら行こっか。」
そうして車内で楽しく話していたら、一時間なんてあっという間に過ぎた。
休み無く運転していた雅紀くんが、疲れていないか心配になる。
「運転ありがとう。大丈夫? 疲れてない?」
「うん。楽しかったから大丈夫。心配してくれてありがとね。」
赤信号で止まった隙に後ろを振り返り、笑顔で答えてくれた。
間近で見る雅紀くんの笑顔はキラキラしていて直視できない。
「えーと、この辺なんだけど……。あった! これだ!」
そう言いながらウインカーを出して左折する。
目的地に着いたようで、駐車場らしきところに車を止めると、雅紀くんは
「ちょっと待ってて。」と言い残し、暗闇に消えていった。
取り残された私はここがどこなのかを探るため、窓から外を眺める。
けれどそこに広がるのは深い闇。時計を見るとそろそろ日付が変わろうとしていた。
「あい、お待たせ。許可貰ったから行こう。」
「え? 一緒に行っても大丈夫?」
「ここではそんなこと気にしないでいいから、おいで。」
外では常に張り詰めている私の心を労るように、雅紀くんは優しい瞳をくれる。
胸がドキドキして動きがぎこちなくなった私の手を取り、車から降りた。
夏とはいえ深夜のこの時間。
ヒンヤリとした外気に、バッグに潜ませたカーディガンを羽織る。
「ほら、あい見て。」
雅紀くんに促されて視線を向けたその先には、月明かりの下に咲く一面の向日葵。
暗い中で見る向日葵は、引き込まれそうで幻想的だった。
「すごいでしょ? 向日葵って昼間のイメージあるけど、夜もなかなかいいと思わない?」
話しながら、雅紀くんは私の手を引いてどんどん向日葵畑の中へ進んでいく。
そして、四方八方全て向日葵に囲まれた場所へとたどり着いた。
「あい、ここでは誰も見てないから、思う存分甘えていいよ。」
自惚れかもしれないけれど、雅紀くんの目が愛おしそうに私を見つめるから。
右目から零れそうになる涙を隠すために、腕の中に飛び込んだ。
「あい、ごめんね。普段一緒に出かけることができなくて。」
「そうやって雅紀くんが気にしてくれてるだけで嬉しいから、大丈夫だよ。」
「車に乗るときだって気を遣わせてるし。」
「後ろから見る雅紀くんも素敵だからいいの。」
「あい……。」
雅紀くんが静かな声で私の名を呼ぶ。
それは深く深く胸の奥に染み込んでいく。
「ホントはずっと一緒にいたいよ。あいのおはようからおやすみまで全部を独り占めしたい。」
初めて耳にした彼の独占欲。
驚いて顔を上げると、恥ずかしさを隠すように拗ねた顔をする。
「でも、それはできないから。だから、せめて一緒にいる時だけでも、俺のこと見つめてて。」
「雅紀くん……。」
絡み合う視線に導かれるように、唇が重なる。
私たちを見ているのは、向日葵畑の上に輝く月だけだった。
ねぇ、雅紀くん。あなたはきっと知ってるんだろうね。
向日葵の花言葉は、『私はあなただけを見つめる』だって。
瞳で問いかけてみると、柔らかい微笑みで返事が来る。
二人の温もりが溶けあい、一つの影へと重なった。
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