初恋が最後の恋
title by 確かに恋だった
「あ、キンモクセイの香り。」
あいの声に嗅覚を研ぎ澄ませる。半分だけ開けた窓から香るのは、確かに甘い甘い香り。秋になると可憐な小さな花をつけるキンモクセイだ。
「ホントだね。この匂いすると、秋って感じするなぁ。」
俺の言葉に、あいは疑わしそうな顔を向ける。
「ホント? 雅紀くん、昔、キンモクセイの香りのこと、トイレの匂いって言ってたよ。」
やっぱり覚えてたかと、俺は肩を竦めた。あいの言うとおりだ。
俺とあいはいわゆる幼馴染み。小、中と同じ学校で家も近く。30歳を記念に開かれた同窓会で再会し、連絡を取り合うようになった。そして半年前からつきあい始めたというわけだ。
事の起こりは、俺たちが小学2年生の時。あいが家に咲いていたキンモクセイを学校に持って来た時のこと。嬉しそうにキンモクセイの枝を手に抱えたあいが教室に入ると、そこら中に甘い香りが漂った。その香りに包まれたあいが、なんだかとても可愛く思えて。思わず口をついて出た言葉が、「これ、トイレの匂いじゃん。」
俺の言葉に悪のりした友人達が、「トイレの匂い!」と囃し立てたのは想像に難くないだろう。それからあいは泣き出すし、先生には怒られるし、散々だった。でも、キンモクセイを大事そうに抱えて涙を流すあいの姿は、20年以上経った今でも、鮮明に思い描ける。だって、きっとそれが俺の初恋だから。
「あー、そんなこと言ったね。」
苦笑いしながら窓際へ行く。ドアを開けてサンダルを引っかけ、あいの手を引いて外へ出た。もう10月ということで夜は肌寒い。風から守るため、あいの腰を引き寄せた。
「どこで咲いてるのかな。」
あいは首を傾げて辺りを見回している。それに習うように俺も探すが見つからない。
「キンモクセイってさ、気付かないうちに側に寄り添ってくれているみたいだよね。」
口にしてから、ものすごくクサイ言葉を言ってしまった気がして恥ずかしくなる。俺の様子に気付いたあいがクスクス笑うから、耳に噛みついておいた。
「雅紀くん、キンモクセイの花言葉って知ってる?」
「え、知らないけど。」
「この間調べたら、初恋とか、陶酔なんだって。」
ふふふと笑いながら話す彼女に、俺の胸が高鳴る。脳裏にキンモクセイを抱えたあの頃の影が浮かぶ。俺の初恋は、まさにキンモクセイと共にある。そのことを伝えたくて、あいの耳元に唇を寄せた。
「俺の初恋はあいだよ。」
身を震わせて離れようとする君を、今度は腕の中に閉じ込める。
「あの時、オレンジ色の小さな花を手に、涙を流す君に恋した。」
頭のてっぺんにキスを落としながら囁くと、ゆっくりと背中に腕が回された。
「……私はあの時、悲しかったんだよ。好きな男の子に、トイレの匂いって言われたんだもん。」
小さな声で主張するあいの背中を優しく撫でる。あの頃のごめんねも一緒に伝えたくて。
「今までもこれからも、キンモクセイの香りはずっとあいのものだね。」
「ふふふ。香りがする度、私のこと考えてくれる?」
弾むような声で問いかけるあいの顎に手をやり、上を向かせる。
「香りがしなくたって、いつでも想ってる。」
そう伝えると、吸い寄せられるように唇を重ねた。
きっと俺にとって、初恋は最後の恋になる。
今はまだ言えないその言葉を送り込むように、もう一度深く深く口付けた。初恋の香りに包まれて。
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