夜が明けないよう時計の針はとめよう
title by Catch sight of



 できるだけ物音を立てないよう、細心の注意を払って穴に鍵を差し込む。カチャっと鍵の開く音でさえも、大きく響く気がする。
 ふぅっと小さく息を吐くと、ゆっくりとドアを開け、中に滑り込む。そこには普段無いはずのパンプスが一組。

 リビングから漏れる明かりを頼りに廊下を進む。静かにドアを開くと、クッションを抱きかかえたまま、ソファーで眠るあい。
 今は深夜2時を回ったところ。きっとさっきまで待っていてくれたのだろう。

 テーブルに置かれたマグカップ。そこに入っていたであろうコーヒーの滴は、まだ湿り気を帯びているし、人の動きを感知してオフになる照明がついたままだ。

 眠るあいの眉間の皺を、優しく撫でる。寝室から肌かけ布団を運んで、そっとかける。早くベッドで寝かしてやれるよう、俺はさっとバスルームに移動した。
 シャワーを浴びながら考える。あいから連絡があったのは、今日の19時頃。

『顔が見たくなったから、今日お邪魔します。突然でごめんね。』

 簡潔な内容と、申し訳なさそうなスタンプ。滅多なことでは会いたいなんて言わない彼女。誘うのはいつも俺から。それはきっと仕事のことを気にしてくれているからだと思う。

 そんな彼女が、自分から言い出して家にまで来たということは、よっぽどのことがあったに違いない。そう思った俺は、できるだけ早く帰ろうとしたけれど、仕事はなかなか終わらなくて。言い訳しても仕方ないんだけど、こぼれ落ちる溜息を隠すことはできなかった。


 寝る支度を整え、リビングに戻る。肌掛け布団を鼻まで引き上げて小さく眠る彼女に、愛しさが募る。このまま抱き上げてベッドまで運んでもいいけれど、きっとあいは申し訳なさそうにするだろう。

「……あい」

 軽く頭を撫でながら声をかける。閉じられていた目がゆっくりと開き、驚きに包まれる。

「起こしてごめんな。風邪引くからベッドいこ。」

 小さく伝えると、腕を抱え体を起こさせる。肌掛け布団ごと体を引き寄せた。まだ完全には覚醒してないのだろう。いつもより素直に体重を預けてくれる。そのことが嬉しかった。

 ベッドに寝かせると、腕を回してあいの体を包み込む。頭のてっぺんに唇を寄せると、俺と同じシャンプーの匂いがした。

「……潤くん、お帰り。」

 目が覚めたのか、腕の中であいがもぞもぞと動く。少し体が離され、上目遣いでそう言われた。

「ただいま。何かあったの?」

 きっとあまり触れて欲しくないであろう話題。愚痴なんてほとんど言わない彼女。でも、俺には弱いところを見せてくれたらいい。

「何もないよ。……って言っても、今日の潤くんは騙されてくれなさそうだね。」

 あいが苦笑しながら呟く。諦めたような顔が少し悲しかった。

「会社でね、言われちゃったの。こんなミス、新人でもしないって。そのことは自分でもよく分かってるから、余計ショックで。」

 俺のパジャマを掴む力が強くなる。あいの無念さが感じられて、胸が痛くなる。

「だったら仕事で取り返そうって思った。だから潤くんに充電させてもらおうと思って。」

 無理矢理作った笑顔が突き刺さる。今までもこうやって辛いことを乗り越えてきたに違いない。

「来てくれてありがとう。」

 ゆっくりと頭を撫でる。眠るときはまとめていない長い髪を、上から優しく辿る。

「言っていいから。しんどいこととか悲しいこととか。何もできないかもしれないけど、側にいるから。」

 俺の言葉に目を見開いたあい。泣き笑いの顔になった彼女の額に口付けた。

「好きだよ。」

 その言葉をきっかけに、あいへキスする。初めは浅く何度も。そして徐々に深いものへと。お互いの舌が絡まり合い、どっちのものか分からなくなる感覚。こうやって二人溶けてしまえればいいのに。そしてら離れなくてすむのに。なんて考えが頭を支配する。

「……潤くん、明日も仕事でしょ。早く寝なくちゃ。」

 息も絶え絶えなのに、まだ気を遣ってそんなことを言う彼女。少し開いた唇も、真っ赤に上気した頬も、全てが俺を誘っているくせに。

「この夜が明けないよう時計の針は止めようか。」

 自分でもキザなことを言ってると自覚しているけど、もう止まらない。時計を気にするあいの上に重なると、枕元の時計の電池を抜いて見せつけた。

「今日は俺のこと気遣えないくらい乱してやる。」

 そう宣言すると、再び深く口付ける。俺がいることで気持ちが晴れるなら、いくらでも存在を刻みつけてあげるから。
 そんな想いを込めて、あいの息を乱し、体を跳ねさせた。


 俺にはどんな顔も見せて。その全てが愛おしいから。

 いつだって君の側から離れたくない。そう。時計の針を止めてしまいたくらいに。

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