「顔真っ赤にして否定されても」
title by 確かに恋だった
珍しく休日出勤の今日。
乗り気はしないけれど、社会人として責任のある身。行きたくないと心から思っていても、口には出せない。それが貴重な休みを削ることになったとしても。
でも、こんな状況ってあんまりだと思う。
出かけには爽やかに晴れていた空が、自宅の最寄り駅に着くと急に大雨。それも、地面に落ちた雨粒が跳ね返るくらいの。
「傘、忘れたなぁ。」
恨み言はできるだけ言いたくなくて、事実だけを口にしてみた。けれど状況は変わるわけもなく、無常に降り続く雨。
きっと彼なら、
「社会人なら、折り畳み傘くらい持ち歩けば。」
とか、バッサリ言うんだろう。少し眉をしかめながら、呆れた顔でそう言い放つ様子が頭に浮かぶ。
「梅雨だって分かりきってるじゃん。」
きっと二言目はこうだ。
家で待っているであろう和也のことを考えると、気分がさらに落ち込んだ。
今日は、一ヶ月ぶりに彼と過ごせる日。
新曲のプロモーションに忙しく、時間のとれない毎日が続いたここ最近。でも今日は和也の本当に久しぶりのオフだった。
テレビでしか会えない彼と、せっかく側にいられる貴重な日だったのに。こんなことなら、今朝の電話なんてとらなければよかった。
「高橋、明日のプレゼンの資料が見当たらない。至急会社へ来い。」
淡々と告げられる命令に、反論する間もなく電話は切られた。
「ん……。何かあった?」
ベッドの中から顔だけをちょこんと出して、目もほとんど開けないまま問いかけてきたのは、30代とは思えない可愛さを放つ和也。
いつも思う。神様は不公平だ。頭の回転は速く、自分の魅力は思う存分に利用し、極めつけにあの女子力!
雑誌の『自分より女子力が高そうな男子ランキング2位』という本人とっては不名誉かもしれない称号を発見した時は、「その通りだ!」と何度も頷いた。
普段はそれほどでもないが、寝起きの二宮和也の可愛さは半端じゃない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか手の中にあったスマホが奪われていた。
「会社から電話? 休日出勤ね。お疲れ様。」
そう言いながら再び私の手にスマホを握らせ、そそくさと布団の中へ舞い戻る。
「一緒にいられるはずだったのに、ごめん。」
「まだ眠いから、さっさと行きなさいよ。」
「でも……。」
「そんなこと言いながら、頭の中では仕事の段取りどうつけようか考えてるくせに。ほら、とっととやってきちゃいな。」
「和也……。分かった。じゃ、ゆっくり休んでてね。」
「いってらっしゃーい。」
そう言うと、寝室のドアがバタンと閉められた。その音に気持ちを切り替え、支度に取りかかる。ここ数日、一番の速さで準備を済ませて家を出た。
それがいけなかったのだ。いつもなら靴を履いた時に行う持ち物確認をしなかった。梅雨の時期なら傘を必ず持っていくのに。やむ気配のない雨にそっとため息をこぼした。
「幸せ逃げるよ。」
雨の音に紛れて聞こえた声に顔を上げる。そこにいたのは、さっきまで、私の頭の中を支配していた人。
「俺に迎えに来て欲しくて傘忘れたんでしょ?」
「なっ! そんなことない!」
「はいはい。そういうことにしといてあげる。」
「違うってば! 今朝は急いでたから忘れてしまっただけで、いつもは持ってるんだから。」
「でも、俺に迎えに来てもらって嬉しいでしょ?」
「風邪ひいてもらうと困るし、家にいてくれて良かったのに。」
「もう、あいはホントに素直じゃないんだから。」
あやすように言いながら私の腕を引いて、傘に閉じ込める。
その瞬間。
傘が二人を包み込み、微かなぬくもりが唇に触れた。
「え……。」
「迎えに来てもらって嬉しいでしょ?」
唇の端をあげてにやりと笑う確信犯の彼。
「そんなことない!」
「顔真っ赤にして否定されても……ね。」
彼の指が私の唇をなぞる。
「会えない間、寂しかったって顔にかいてあるけど?」
言葉が口から出てこない。
「さ、帰って続きしよ。」
「ちょっ! 続きって何よ!」
「ここで言ってもいいの?」
首をかしげた女子力全開の和也に、頬の熱は一向にさめる気配はない。
「冷えるから、早く帰ろ。」
差し出された傘を受け取りながら、こんなことがあるなら土砂降りの雨も悪くないなと思えた梅雨空の日。
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