恋い願う視線
今日は二宮くんと五回目のデート。春の人事異動で地方の支社から東京の本社へ異動してきた私。同じ部署で働く同期の二宮くんに色々教えてもらううちに、好意を持つようになった。気づかれてしまったら気まずくなるし、どうもこうも身動きが取れなくなっていた私に二宮くんが言ったんだ。
「高橋さん、俺のこと好きでしょ?」
彼がそう問いかけたのは会社の資料室。二人で会議に使った資料を片付けていた時のことだ。慌てて否定しようとしても声が出ない私に、「嘘つかなくていいよ。俺も好きだから」とサラリと言ってのけた二宮くん。
「今日から俺の彼女ってことで」
言い放った後、唇を掠めとられた。会社でこんなことするなんて! それよりも、わ、私が二宮くんとお付き合いすることになるなんて!!
パニック状態の私を見てクスリと笑った彼。
「落ち着いたら帰ってきな。あいに片付け任せたことにしておくから」
呼び捨てという爆弾を落として、一人デスクのある部屋へと戻っていった。
あの日から早一ヶ月が過ぎた。社内恋愛が禁止されていないとは言え、仕事のやりやすさ、何より気恥ずかしさから私たちは交際を公にしていない。特別隠しているということではないけれど、敢えて触れ回らないようにしている。元々営業と事務という職種の違いから帰宅時刻の違う私たちが、帰りに一緒になることもなく、二人で会うのは週末や休みの日がほとんどだった。
今日は映画を見てゲームセンターへ行った。ゲーム好きな彼はどんなゲームもそつなくこなし、UFOキャッチャーでは私が欲しかったぐでぐでしたやる気のない卵の枕を、いとも簡単に取ってくれた。
「二宮くん、これ、ありがとう」
大きめの袋を抱えてお礼を告げると、「あんなの簡単じゃん」と素っ気ない返事が返ってくる。最初はそのぶっきらぼうさに驚いたけれど、最近ではこれは照れ隠しなんじゃないかなと秘かに思っている。だって、「ほら」と私の手から袋を奪って持ってくれるのは、優しさだと感じるから。
「ねぇ、あい」
隣を歩く彼に名前を呼ばれて顔を見上げる。目が合うと、少し気まずそうに逸らされた。
「ウチ、くる?」
その言葉に私の思考回路は停止する。私だって中学生じゃない。れっきとした大人で、アラサーの女性だ。彼の意図することは理解したつもりだし、今までそういう雰囲気になりかけたことが無いわけではない。それでも今までのデートで家まで誘われた事はなく、私も招き入れたことはなかった。
「そろそろ次に進みたい」
恋い願うような視線を向けられて、否と答えられるだろうか。私には無理だ。だって求めているのは彼だけじゃないのだから。
言葉少なに彼の家へと足を進める。そっと繋がれた手の温もりだけが、ふわふわとした思考の中で現実を感じさせてくれた。
二宮くんがガチャリと玄関の鍵を開ける。腕を引っ張られてドアの中に引き込まれた。と思ったら性急に口付けられる。隙間無く重ねられた唇が酸素を求めて開く。それを狙っていたかのように舌を差し込まれ、隠微な音が部屋に響いた。
「ごめん。俺、がっつきすぎ」
ようやく解放された唇で彼が小さく言葉を紡いだ。唾液で濡れてキラリと光るそこに、男の色気を感じて体が疼いた。
シャワーを浴び、彼の部屋着を借りてリビングへ戻る。「先行ってて」と欲を押し殺したような声で示されたのは、彼の寝室。心臓が口から出るんじゃないかと思うくらいの緊張と共に、私はベッドに腰掛けて彼を待った。
「あい」
下だけ身につけた二宮くんが、頭をタオルで拭きながら隣に座る。気遣うように触れた手に、肩がピクリと跳ねたのは許して欲しい。
「できるだけ優しくする。でも、あんま自信ないかも」
飄々としている普段の様子からは、想像も出来ないくらい苦しげな表情を浮かべた彼。あぁ、二宮くんも緊張してるんだなと思うと、少しだけ体の力が抜けた。ゆっくりと押される力に身を任せるようにベッドへ倒れ込む。そして彼は優しく激しく私を抱いた。
私たちの距離を縮めたのは、彼の恋い願う視線。
もっと近づきたいと望む気持ち。
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better tomorrow