喉に詰まるたったの四文字
title by EVER GREEN
目の前でテレビ画面を見ながら忙しく手を動かす猫背な彼。
小・中と同級生だった私たちがひょんなことから再会し、付き合い始めたのが3ヶ月前のことだ。
二宮くんに不満が無いわけではない。会える時間が少ないとか、自分の世界が強すぎて一緒にいても寂しいことがあるとか。
でもそんなことは付き合う前から分かっていた些細なことだ。
最近私の心に鉛のようにのしかかるのは、親友達の結婚式で耳にしたある言葉。
幼馴染み同士で結婚した親友達。お互いのことを思い合っていることが伝わる結婚式だった。
二人を昔から知っている私にとって、式は感慨深いもので常に涙腺が緩んでいる状態。そんな中で新郎へと質問がとんだ。
『小学校の時とは奥さんの呼び方が変わっているけど、どうしてですか。』
招待されているのは昔馴染みの友だちが多く、お酒の力も借りて聞きたいことを聞いてみようというテンションになっている。
『えー、私は特に意識してなかったけど、付き合い始めてから自然に変わっていったかな。』
そう答える新婦に対して、
『俺のものだって主張したくて呼び方を変えました。』
堂々と言ってのけた新郎。会場からとぶ冷やかしの声に顔を赤くしながらも、新婦と目を合わせて幸せそうに笑う。
そんな姿を見ながら嬉しくなる一方で少し胸が痛んだ。
私は二宮くんのことを名前で呼べない。恥ずかしいとか今更とかいうのもあるけれど、一番は自信がないからだ。
一般人である私が、華やかな世界で生きている彼の側にいてもいいのだろうか。
芸能界のことが分からない私が、彼の役に立てるんだろうか。
交際前にうんと考えて、自分なりに結論を出したつもりだったけれど、ふとした瞬間に不安が頭をよぎる。
私が彼の名前を呼んで、私のものだって主張しても、
ホントウニイインダロウカ。
一人で悩んでいたって答えは出ないし、どんどん深みにはまっていくことだって分かってる。
でも、疲れているであろう二宮くんにこんなこと言えなかった。
口をついて出そうになるため息を押し殺して雑誌を開く。
「で、あいさんは、何でそんな悲しそうな顔をしているわけ?」
ピコピコと器用に動く指先は変わらないまま。視線だって一つも動いていないはずなのに、声だけはとても優しい。
「結婚式の後から少し様子がおかしいって、紗英ちゃんから連絡あったよ。」
と、新婦の名前を口にする。
「親友が結婚して寂しくなっちゃった?」
「ううん。紗英が結婚したのは、とっても嬉しい。寂しくないって言ったら嘘になるけど嬉しい気持ちの方が大きいよ。」
「じゃあ、幸せそうな二人を見て、結婚したくなっちゃったとか?」
「えっ! 私たちは始まったばかりだし、まだ早いというか、いや、えっと……。」
焦る私の手がそっと握られる。あまり大きくない彼の手。
体温は高くないはずなのに、なぜが温かく感じて頬の熱が増す。
「俺は考えてないわけじゃないけどね。」
小さく呟いた彼の言葉に心臓が跳ねた。
「ねぇ、あい。俺はこんな仕事をしてるけど、あなたの前では一人の男だよ。」
握られた手を引き寄せられ、彼の腕に包まれる。
ゆっくりと耳元で囁かれると鼓動の速さはうなぎ上りだ。
「あいの悩んでること、顔を見ただけで分かりたいけど、まだまだ俺たちはこれからを積み上げていくんだから。言葉で聞かせて?」
「二宮くん……。」
「ふふ。まずそれ。呼び方から変えてみよっか。」
呼びたくても自分に自信がなくて呼べなかったあなたの名前。
でも、あなたがこれからと言ってくれるのなら、私も想いを伝えたい。
「かずなり……。」
やっと唇にのせることができた。
喉に詰まるたったの四文字が私から解放され、和也の耳へ届く。
「……やっと呼んだね、あい。」
微笑んだ顔は、今まで見たこともないような優しい顔。私は手を広げるあなたの背中に腕を回した。
「ずっと呼びたかった……。」
「これからいくらでも呼べばいいじゃん。時間はたくさんあるんだからさ。」
頭を撫でてくれる手が心地良い。瞳を閉じて背中に回した腕に力をこめると、聞こえる彼の心音。
いつもはゆったりとしたスピードのそれを、少し速く感じた。
「名前呼ばれてドキドキした?」
ちょっと意地悪したくて上目遣いで問いかけると、にやりと笑って返される。
「ドキドキさせた責任とってもらいましょうか?」
「え!?」
目を閉じる間もなく降ってくる唇に、為す術もなく翻弄される。
「和也……。」
声になることはなかったけれど、確かにあなたが受け取ってくれたと思えたから。
不安になったときは、あなたの名前を呟こう。
喉に詰まるたったの四文字は、愛しいあなたの名前。
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