祈りを込めた指輪
title by 花涙
「また適当に返事して!」
そう言って頬を膨らませた彼女の顔を見たとき、あー、またかって正直思った。できるだけ何もしていない時間を作りたくない俺は、手持ち無沙汰になるのが嫌いだ。だから常に手元には何かある。スマホだったりゲーム機だったりパソコンだったり。それは彼女と話をしている最中でも同じで、時折こうやってケンカになる。
弁解させてもらうなら、いつも適当に返事をしている訳じゃない。ほとんどの場合がきちんとした答えを返しているし、話だってちゃんと聞いている。それでも、ほんの時たま、ゲームが佳境に入った時なんかに返事が疎かになるのは仕方ないと思うんだ。もちろん申し訳ない気持ちもある。けれども、そろそろこれが俺だって分かってくれてもいいんじゃないかとも思うんだよね。
「ごめん。もう一回話してくれる?」
ここで黙ってしまうと良くない雰囲気になるのは、今までの経験から学習済みだ。何たって、俺たちはこうやって三年も過ごしてきたのだから。
「だから、明日どこか出かけないって聞いたの。なのに和くんったらいいんじゃないって適当に返すし」
「明日? ……明日の午前中、休日出勤。言ってなかったっけ?」
俺の言葉にあいの周りの空気が冷えるのを感じた。マズイ。これは絶対伝えてなかったんだ。
「……聞いてない。久しぶりに出かけられると思ってたのに!」
案の定怒り出した彼女。ここで言い訳をすると、十中八九いい結果を生まないと俺は知っている。だから俺は黙り込んだ。
「楽しみに……してたのにな」
怒りが一周したのか、しょんぼりした声で俯く彼女。年末が迫り、お互いに仕事が忙しくなって。二週間ほど会えなくて、今日久しぶりに彼女が家に来てくれた。俺だって会えることを楽しみに仕事を頑張ってきたんだよ。明日だってずっと一緒にいたいに決まってる。どうしようもない事情があるって分からない彼女じゃない。
「……ランチしよ。会社の近くまで来てくれるでしょ?」
許しを請うように問いかけると、気まずそうに立ち上がる彼女。キッチンへ行き、コーヒーメーカーでコーヒーを作る。普段はインスタントなんだけど、この時はわざわざメーカーを使って入れる。そして俺はブラックの飲めない彼女のために砂糖を用意する。彼女が持ってきた二つのマグカップの内、一つに砂糖を入れれば仲直りしようの印だ。
これは俺たちの仲直りの儀式。素直に言葉にできない二人が編み出した、ごめんねの合図。少しの作業と無言の時間が、お互い落ち着くきっかけとなる。気がつけば定着していたこの儀式。なんでこんな回りくどいことをしているのだろうと時々、思うこともある。
もともとめんどくさがりの俺。人と関わるよりも一人でいた方が楽だし、無駄も少ない。もちろん仕事や社会生活を送る上で必要な挨拶や礼儀なんかは心得ているつもりだ。でも、恋人という存在は絶対に必要なものではない。むしろ効率的な生活を送るにはイレギュラーなものだと言えるだろう。それでも俺はあいがいない毎日はもう考えられなくなっている。
「そっか」
小さく呟いた俺の声を拾ったあいが、視線を俺に向ける。それだけで何が言いたいのか分かるくらいの日々を過ごしてきたのだなぁと、勝手に笑みが零れた。
「あい、結婚しよっか」
突然のプロポーズに目を丸くする彼女。長く一緒にいるけれど、そんな顔は珍しいななんて考えながら、言葉を続ける。
「俺って基本めんどくさがりじゃん。一人でいた方が楽だし。でもあいのことは違うの。めんどくさくてもいいの。一緒にいたい」
小さく微笑んで彼女の両手を取る。
「楽しいことも、悲しいこともあいと一緒に感じたい」
あいの左手の甲に軽く口づけて手を離す。ゆっくり立ち上がると、仕事机の引き出しから小さな箱を取り出して彼女の隣へ戻った。
「ここは俺だけの指定席にして」
左手の薬指にキスをする。言葉を紡ぐことのできない彼女と一度目を合わせると、静かに薬指へ指輪を通した。
「あい、愛してる」
頬に手を添え唇を奪う。まだ返事聞いてないなぁと思ったけれど、唇から漏れる甘い吐息が返事だって確信してるから。遠慮無く咥内を舐め回し、彼女の呼吸が少し速くなったのを合図に唇を離した。
「和くん……」
「ん?」
「……よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いされます」
お互いに頭を下げ、顔を上げたところで目が合った。どちらともなく吹き出すと笑いが止まらなくなった。
「よろしくお願いしますって変だった?」
「変だけど、あいらしいんじゃない」
抱き寄せた腕の中で笑う彼女が、そっと唇を耳に寄せた。
「私も……愛してるよ」
込み上がる愛しさを押さえきれなくてきつく抱きしめる。再び奪った唇を容赦無く舌でかき回した。
「確かめさせて……」
懇願するように囁いて、寝室のベッドになだれ込んだ。組み敷いた彼女の頬は俺を誘うように赤く色づいている。明日が仕事だってちらりと頭をよぎったけれど、もう止められない。体中甘い彼女を余すことなく堪能し、愛を確かめた。
翌朝隣で眠る彼女の薬指には、祈りを込めた指輪。
君とだけは離れたくないっていう、俺の願いにも似た祈り。
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