空色さんぽ道
title by 花涙
それは彼の一言から始まった。私と彼の空色さんぽ道。
「来週木曜日、休みが取れそうなんだけど、あいの都合はどう?」
昼休みにスマホを見ると入っていたメール。簡潔だけど、忙しい中連絡してくれたことが嬉しくてすぐさま保存する。そして頭の中に仕事の進捗状況を思い浮かべた。今週は忙しいけど、それも金曜日には片付くはず。これを過ぎれば、一週間ほどは急ぎの仕事は無かったと思う。
そうと決まれば早いほうがいい。私はスマホをポケットにしまうと、総務課へ直行した。
すぐさま行動したことが功を奏したのか、それともただ単に繁忙期じゃなかったためか、有給はあっさり認められた。嬉しくてロッカールームに入ると、すぐに返事を送る。
その後、スマホはできるだけ意識しないよう、ポーチにしまってデスクへ向かう。これは私が自分で決めたルール。ずっと手元に置いてあるとどうしても無意識に見てしまうから、仕事中はケジメをつけるようにしている。大野くんだって仕事に集中してるし、そんな彼を尊敬している。だからこそ私もそうなりたいと思っている。
背筋を伸ばしてイスに座る。そこからは雑念を追い払うように集中し、パソコンへ向かって仕事を進めた。
気がつくと後少しで終業時刻。残りの仕事を確認し、明日以降の作業の目処を付ける。今日は定時に上がっても問題なさそうだと判断し、デスクを片付け始めた。
帰り道、夕焼け空が綺麗で思わず見とれる。太陽から放射状に伸びた筋が、周りの雲を照らしている。オレンジに燃えるような空が神秘的に思えた。すかさずスマホのカメラを起動し、何枚か撮影する。その中で一番綺麗に撮れたものを大野くんへ送信した。
私たちは、日々の中で感動したことや気になったことを、撮影して互いに送りあっている。それは美味しそうなランチだったり、猫が伸びをしているところだったり。大野くんからは釣れた魚や海の波。そこにはたくさんの言葉はないけれど、同じものを見ている感覚になれて、私は嬉しかった。
いいものが見られたと気分良く歩いていると、バッグの中でスマホが震えた。画面を見ると、
「眩しくって、目を細めちゃった。」
と一言。それが彼らしくって、唇だけでふふと笑った。
そんなやり取りをした日からしばらく経ち、待ちに待ったお休みの日がやってきた。大野くんによると、10時頃に我が家へ着くらしい。何となく落ち着かずに家の中をうろうろする。意味もなく鏡を覗いて髪をなおしてみたりして、自分の中にこんな乙女心があったのかと少し笑ってしまった。
インターホンが鳴ると同時に鍵を開けに行くと、
「すげぇ早いね。」
と笑われてしまったのは、ちょっと悔しかったけど。
家に来た大野くんと、コーヒーを飲んでまったりしていた。最近あったことや、食べて美味しかったものなどの話を頷きながら聞いてくれる彼。言葉数は多くないけれど、優しい笑顔が私の疲れを癒してくれる。
「ちょっと散歩いこっか。」
彼がそう言い出したのは、11時ちょっと前。今まで家に来たことはあっても、外にはほとんど出たことなかったから少し戸惑う。けれど彼は普段と変わらず自然体で、私の肩の力も抜けた。
「すぐ帰る?」
「うーん。多分?」
なんて会話をしながら、玄関を出る。今日は10月にしてはぽかぽかと温かく、長袖一枚で過ごせる陽気だ。帽子を被り直して、河川敷の道をてくてく歩く。
「ちょっと休憩しよ。」
と言う彼の言葉で、土手に腰を下ろした。太陽の熱でほどよく乾かされた草は、少しだけ温もりを持っている。手をつくと短くなった草が掌にくすぐったい。
遠くの方でバッタがピョンと跳び、またどこかへ隠れた。穏やかだなぁと考えていると、隣に座った大野くんがゴロンと寝転んだ。
「あったかくて気持いい。寝ちゃいそう。」
「ホントだよね。寝ててもいいよ。起こしてあげるから。」
「あいも寝転んでみな。きっと寝ちゃいそうって思うから。」
悪戯っぽい顔で言われたので、挑発に乗ることにする。ゆっくり体を倒すと、草の匂いが鼻を擽る。風に揺れるススキの音が耳に届く。空は見渡す限り真っ青で吸い込まれそうになった。
「確かに、大野くんの言う通りかも。」
小さく笑って伝えると、突然左手が包まれた。少しゴツゴツした男らしい手の感触に、鼓動が早くなる。
「あ、飛行機だ!」
それを誤魔化すように右手で空を指さす。そこには真っ青な空を飛ぶ飛行機。青と白のコントラストが目に眩しい。
何だか目を離せなくて見つめていると、普段と違った軌道をとっている。一筋の飛行機雲を引き連れたそれが描いたのは大きなハートマーク。
「大野くん、ハートマークだよ!」
興奮した私はスマホを取り出す。カメラを起動する時間も惜しくて、気持ちだけが焦る。
不意に私の顔が影で覆われた。そしてゆっくり落ちてくる唇。私の目に飛び込んできたのは、真っ青な空に描かれた白いハートマーク。そしてそれをバックにした大野くんのアップ。
「あいにね、見せたいと思ったの。」
何事もなかったかのように離れていった、大野くんの声が耳に届く。でもそれが頭に到達するまで、少し時間がかかった。
「仕事でさ、今日飛行機雲でハートマークを描く撮影があるって聞いたから、場所調べて貰ったの。そしたらさ、あいの家の近くで見えるって。だから一緒に見たいと思った。」
一気に言って、私の腕を引き上げて座らせる。まだ握ったままだったスマホを取り上げると、顔を寄せて写真を撮った。
そこに写るのは、青空に描かれたハートマーク。そしてその中でとびっきり笑顔の大野くんと、呆然とする私だった。
「今日、雨が降るとか思わなかったの?」
「あー、考えもしなかったな。」
「見えないかもとかは?」
「うーん、見えなかったら仕方ないかなって。」
「あいと見れて良かった。」
目尻を下げて貴方がそう笑う。
今すぐにでも抱きつきたいのをグッと我慢する。帰ったら一番に抱きつこう。そしてありがとうってキスしよう。
そんなことを考えながら後ろを振り向く。そこにはもう薄くなってしまったハートマーク。
「帰ったらキスしよっか。」
耳元で囁く言葉に、小さく頷く。でも、今はもう少しだけこの幸せを感じていたい。
貴方と幸せへ歩く、空色さんぽ道。
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