「素直じゃないところもかわいい」
title by 確かに恋だった



 それは日曜日の夕方。国民的長寿アニメを見ながら、週末が終わることの寂しさにため息が出た。
 仕事が嫌いなわけではないけれど、自由に過ごせる週末はやはり気の持ちようが違う。

 明日からの仕事も頑張ろうと気持ちを切り替えて、食べ終えた食器を片付けようとしたその時だった。

 特別に設定された着信音が鳴り響く。ディスプレイに浮かぶ文字は『インザスカイ』。
 人のスマホを勝手に触ったのは、この電話をかけてきた人以外に考えられない。

 本名で登録すると万が一、どこかから情報が漏れるかもしれないからと偽名で登録していたのだが、彼がそれを知ってから、時々こうして勝手に名前を変更しているのだ。

 前回会ったのは、一ヶ月ほど前だから、その時に変更したのだろうと見当をつける。
 これまでも『チェスト』や『なで肩』など様々な登録名をしていたが、これも彼なりに私の寂しさを軽減しようと考えてくれたからだろう。

「もしもし?」
「もしもし、俺俺。」

「……俺俺詐欺ですか?」
「違うってば! 分かってるんでしょ?」

「インザスカイでしょ?」
「そういや、そんな名前にしたっけな。」

 ぶはっと吹き出した彼の様子が目に浮かぶ。後ろががやがやしているのは、人混みの中にいるせいだろう。

「明日、早い?」
「いつも通りだけど。」

「悪いけど、今日行くから泊めてよ。」
「ご飯、ないよ?」

「これから取材一件あって、その時弁当食べるから大丈夫。」

「分かった。」
「また連絡する。じゃ。」

 そう言って切られた電話。久しぶりの受話器越しの声に、耳につけたスマホをなかなか外せない。
 彼の声なんていつもテレビから流れているのに。私のためだけに生み出される言葉は、なぜこんなに胸をしめつけるのだろう。

「おつまみの準備でもしよ。」

 眠る前にはお酒を嗜む彼を思って、冷蔵庫の中を見回す。
 献立を考えながら食器を洗い、軽く掃除機をかける。

 彼が突然来るのはよくあることで、別に綺麗にしている必要はない。
 少しでも居心地のいい空間にという私の意地のようなものだ。

 何時に来るのかと、スマホと時計へ交互に目をやりながら考える。
 気持ちがふわふわしているのが自分でも分かる。そんなことを繰り返してしばらく時間が過ぎた。

「こんなことしていても仕方ない。」

 彼は律儀な人だから、連絡すると言ったのなら来る前に連絡をくれるだろう。

 いつも通りの夜を過ごそうとテレビの電源を入れると時折聞こえる彼の声。
 唐揚げを頬張っていたり、10秒でチャージしてみたりと忙しそうだ。

 これから本物に会えるというのに、彼の声が聞こえると画面に見入ってしまう自分が、何だか乙女ちっくで笑えた。

 お風呂から上がり、朝の髪をするするにするためにドライヤーでしっかり乾かした。私の生活には彼が溢れている。

 冷蔵庫から冷えた水を出してソファーに座ると、さっきまで見ないようにしていたスマホが視界に入った。

 そこには着信を告げるライトが光っている。
 逸る気持ちを抑えて画面を見ると『もうすぐ着く。』といういたってシンプルな文字が並んでいた。

 そわそわと落ち着かない自分を何とかソファーにつなぎ止め、深呼吸を繰り返す。
 何度目かの呼吸の後、ガチャリと鍵が開き、彼が滑り込んできた。

「おーす。お疲れ−。」
「いらっしゃい。」
「明日仕事なのに、悪いね。久しぶりに時間が空いたからさ。」

 そう言いながら首元のネクタイを緩める。テレビではよく見かけるスーツ姿。
 けれど、実際に見るのは初めてでどこに視線をやっていいのか分からない。

「先にシャワーする? それとも飲む?」

 赤くなる顔を隠すようにして問いかける。と、左腕がひかれバランスを崩した。
 彼の香水と汗の混じった匂いに包まれる。

「……何?」
「ん、充電?」

「そんなこと言うなんて珍しい。」
「あいに触れるの久しぶりだから。」

 いつもと違う彼に顔が上げられない。
 こんなにも直接的な言葉にされるのはほとんど無くて、どう反応していいかが和分からなくなった。

「あい、照れてんの?」
「そんなことない!」

 反射的に返した言葉は自分の気持ちとは裏腹なもので、自己嫌悪する。


「素直じゃないところもかわいい。」


 頭をぐりぐり撫でながらそんな風に言われて、さっきまで胸を巣くっていた暗い気持ちが晴れる。
 と同時に、頬の熱は増すばかり。

「顔には会えて嬉しいって書いてあるけど?」

 にやりと意地悪く笑う翔くんに一泡吹かせてやりたくて、緩んだネクタイを引っ張り唇が触れそうな距離まで近づく。

「嬉しくないわけないでしょ。好きなんだから!」

 挑むように言って、彼に口付けた。翔くんの大きく見開いた目と目が合うなり、耳の後ろに手が回され深くなるキス。

 私から仕掛けたはずなのに、溺れそうなほどの波が襲いかかってきて、目を閉じてそれを受け止めた。

「あい、明日早いだろうし、今日はゆっくり休もうと思ったのに。……覚悟してよ。」

 そう言いながらいつの間にか外されたネクタイを床へ落とし、Yシャツのボタンを外す。
 解放された唇からは吐息しかもれない。

「……待ってるって顔してるよ。」

「……待ってない。」

「素直じゃないところもかわいいって、さっき言ったじゃん。」

 最後通告が突きつけられ、私たちはシーツの海へと飛び込んだ。

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