さえずる小鳥の黙らせ方
title by EVER GREEN



「ねぇねぇ。こんなメール来たんだけど」

 あいにスマホを押しつけられたのは日付が変わりそうな時間。特に会話もなく、俺はパソコン、彼女はテレビと思い思いに過ごしていた。

「何だよ、突然」

 単に情報収集のためネットを見ていたから、すぐにそちらに目を向ける。これが作業中だったりするとスルーしてしまうこともあるけれど、今回は大丈夫だ。

 彼女のスマホを手に取り、画面に目を遣る。そこには一通のメール。

『こんな時間に突然メールしてごめんね。俺、グループAのSって言います。キャスターやってるんだけど、色々悩みもあって……。よければ聞いてもらえませんか?』

 続きにはいかにも怪しそうなアドレスが記載されている。明らかな出会い系サイトへの誘導だ。

「この間きた。偽物から」

 からかうように唇をあげたあいが言い放つ。明らかに面白がってるな、コイツ。

「暇人もいるんだね」

 バカバカしいとスマホをあいの手に押しつけた。

「こんなのもあるんだけど」

 彼女は軽快にスマホを操作すると、再び俺に寄こした。

『何度もごめんね。AのSです。誰にも弱音なんて吐けなくて。君になら甘えられそうな気がするんだ。俺を助けてくれませんか?』

 あからさまな勧誘に眉を顰めた。こんなのにひっかかる人っているのだろうか。芸能界という場に身を置く人間が、見ず知らずの人に簡単に心を開くとでも? たった一言が命取りになる世界なのに。

「何でこんなんとってんの?」

 二通の迷惑メールはご丁寧にも保護されている。めんどくさがりの彼女にしては珍しいその行為が気になった。

「え? 面白いかなと思って」

 あっけらかんと答えるあい。そこに他意は感じられなくて、単純に俺に報告したかったからだと物語っていた。

「消すよ」

 返事が聞こえる前に保護を解除する。そこで制止の言葉が入れば止めるつもりだったけど、何も言わないってことはどうでもいいのだろう。スマホをテーブルに置き、彼女の腕を引き寄せる。

「本物いるんだから、偽物のメールなんか保護してんじゃねぇよ」

 例え機械的なものでも、男を匂わすメールを後生大事に保護してるなんて気分が良くない。

「……翔は何にも言わないからさ」

 小さく呟いた言葉は、つい出てしまったという感じで。気まずそうに顔が背けられた。

「何、心配してくれてんの?」

 覗き込むと、強引に身体を捩らせて目を合わせない。

「別にそういうわけじゃ……」

 何も言わないのはあいだって一緒じゃん。もっと会いたいとか、寂しいとか、コイツは絶対口にしない。

「こうやってあいと過ごしてたら、嫌なこともどっか行っちゃうから」

 わざと可愛らしく言うと、口をパクパクさせて頬が染まった。

「だ、だからそういうことだって、言わなきゃ分かんないでしょ」

 目をきょろきょろさせて尚も反抗しようとする彼女。

「俺は、言葉よりも行動で伝えてるつもりなんだけど」

 右手で顎を固定し、俺の方を強引に向かせる。たじろぐ様子が可愛くて、食べてしまいたくなった。

「そんなの! 言ってくれなきゃ……不安になることだってあるもん」

 最後の抵抗なのか、言葉尻は小さなものになる。

「反論ばっかりする口は塞いじゃう」

 そう宣言してニヤリと笑う。さえずる小鳥は口を塞げば黙るんだ。目を見開いて後ろに下がった彼女の後頭部を左手で支え、退路を断った。
 わざとゆっくり近づき、視覚でこれから起こることを予測させる。案の定、目を強く瞑った彼女の瞼に唇を落とした。俺の行動が予想だったのかあいは驚いて目を開く。そこですかさず唇に口付ける。初めから深く、咥内まで進入して動き回った。驚きから出るくぐもった声が、徐々に熱を帯びたものに変わったところで唇を解放した。

「好きだよ」

 目を合わせて伝える。不安に思うことも心配になることもあるだろうけど、この気持ちだけは信じて欲しい。想いを込めて、強く抱きしめた。


 後日、仕事の合間を縫って彼女にメールを送る。

『こんな時間に突然メールしてごめんね。グループAのSです。色々悩みもあって……。彼女となかなか会えなくて寂しいんですけど、どうしたらいいですか?』

 返ってきたのは、とても可愛い彼女の本音。

『彼女も寂しいと思うから、会ったときにいっぱいキスしてあげたらいいんじゃないかな」


 素直に言葉で言えない俺たちの、不器用な想いの伝え方。

 唇を重ねれば、きっと感じられるから。

prev / next
better tomorrow