あふれた思いがドアを叩く
title by EVER GREEN



 俺があいを認識したのはまだジュニアの頃。京都の舞台に女の子が出ていると聞いたときだ。その時は珍しいことをする子だなとくらいにしか思っていなかった。男ばかりの事務所に好んで入るなんて。
 彼女の存在が俺の中で変わったのは、ジャニーさんに「京都の舞台を一度見ておいで」と言われて行った時だ。ジュニアの先輩として一目置いていてた智くんと共演していた彼女。正直ショックだった。指の先まで流れるように優美に踊る姿。確かにジャニーズとしての踊りなのに、その枠にとどまらない。認めたくなくて女性だからできるんだと思い込もうとした。俺は男だから、あんな踊りはできないと。

 でも人生とは妙なもので、俺は彼女と同じグループになりデビューすることになった。京都で共演していた大野くんはもちろん、あいといつの間にか仲良くなっていたニノ、相葉くん、松潤。対照的に俺は彼女との距離を縮められないでいた。初めて見た時の劣等感が拭いきれなかったとも言える。
 だけどデビューからそう時間が経っていないある日、学校から帰った俺がダンスレッスンをしようとレッスン場を訪れたときだ。振り付け師の罵声が聞こえてきた。廊下まで聞こえる声で怒られるなんて一体誰だろう。興味本意でドアを少しだけ開けて中を覗く。そこにいたのはあいだった。

「ちゃんと指先まで意識しなさい」
「背中が曲がってる」
「表情がかたい」

 リズムの取り方や体の動きとは別の次元での注意がひっきりなしに飛ぶ。彼女の踊りはこうして作られていたのかと納得させられた。女性だからではない。厳しい練習量に裏付けられた踊りだったのだ。自分の幼稚な妬みを反省している俺の耳に、その日一番の声が飛び込んできた。

「あんたは女なんだから、他の人の倍できないと認めてもらえないよ」

 非情とも言える宣告に、彼女はただ頷いた。流れる汗も激しい呼吸も気に留めずひたすらに舞い続ける。まるで踊り続けなければならない靴を履いてしまった少女のように。
 何でそんなことを言われてまで踊るのだろう。そこまでしてしがみつきたい場所なのか? 自問自答を繰り返しながら、目はひたすら彼女を追い続けた。

 あいの努力を目にした日から、彼女をずっと見ていた。時間が空けばヘッドフォンを身につけ、少しのスペースでもステップを踏む。全員でのレッスンは一番最初に来て、一番最後に帰る。彼女は踊らされているんじゃない。踊りが好きなんだ。だからこそ上手くなりたいし、厳しい練習も苦にならない。
 俺は負けたと思った。踊りで彼女には勝てないと。そして羨ましいと感じた。夢中になれるものを持つ彼女が。俺には何がある? そう考えてたどり着いたのがラップだ。体で表現する彼女とリリックで表現する俺。お互いの場所で高めあえばいい。

 俺は自分でラップを書くようになり、言葉で表現する難しさと喜びを痛感する。

「翔くんの書く詞って、心に響くよね。ストンって入ってくる」

 楽屋で交わされた何気ない会話。でも、俺は報われたような気がしたんだ。彼女の踊りに触発されて本気になったラップ。アイドルがラップなんてと言われた時もあった。認められなくて悔しい思いばかりしてきた。そんな時思い浮かんだのは、キツイ言葉にも怯まずに踊り続けた彼女。その彼女が俺の書く詞を称賛してくれた。
 途端に理解する。俺が強烈にあいを意識した理由。とっかかりは踊りの劣等感かもしれない。それが努力を重ね続ける彼女への尊敬へと代わり、切磋琢磨する仲間になった。そしていつしか共にありたいと願うようになっていたことを。

 ここ数年で彼女は女の子から女性へと成長していた。蛹から脱皮した蝶のように艶やかに。無意識のうちに目で追う自分に気づいて愕然とした。仕事仲間で、同じグループだ。恋愛感情を抱いてもいいことはきっと一つもない。下手すりゃ解散の危機だ。
 それでも育ってしまった思いはどうしようもできず、日々大きくなる一方だった。

「翔くん、あいのこと好きでしょ?」

 身動きの取れない俺に刺激を与えたのは智くんだった。突然の質問に答えられずうろたえる。俺の様子を見てくすっと笑うと、「みんな知ってるよ」とさらに爆弾を落とした。

「え? みんな知ってるって? なんで?」
「だって翔くん分かりやすいもん。昔から強烈にあいのこと意識してたでしょ? その頃から好きだったんじゃないの?」

 何てことだ。俺が自分の気持ちに気づく前から、みんなに思いを知られていたなんて。頭を抱え込む俺の腕をそっと撫で、智くんはとても優しい声で呟いた。

「言っても、いいんじゃない?」

 意味が理解できなくて動きが止まる。思わず顔を見上げると、目を細めて柔らかい表情をくれた。

「好きだって、言ったらいいんじゃない」

 ゆっくりとしみわたった言葉を自分の中で反芻する。え? でも、気まずくなったらとか嫌だとか、困らせたらとかどうしようとかそんな思いが頭を駆け巡る。

「頭だけで考えるのは翔くんの悪い癖。正直になったらいいよ」

 額をつんと押されてよろめく。わずかな衝撃に我に返った。

「みんなに迷惑かけるんじゃ……」
「バーカ。嵐をなめるんじゃないよ」

 そんなこと初めて言われた。いつもどこかで嵐は俺が引っ張っていかなきゃって思ってた。俺が仕切らないと、俺がみんなの思いを伝えないとって。確かにそんな時期もあったのだろう。でも、今は違う。俺たちはグループなんだ。そしてやっぱり智くんがリーダーなんだ。

「好きにやらせてもらうよ?」

 ニヤリと笑って伝えると、「任せとけ」と頼りになる笑みが返ってきた。

「あい、今自分の楽屋にいるから」

 智くんから受け取った言葉のプレゼントに、俺はすぐさま足を進めた。ドアをノックして返事も聞かずに入る。あいは相変わらずヘッドフォンを身につけ、小さくステップを踏んでいた。あぁ、これが俺の好きになった彼女の姿だ。一つのことを極めようと努力し続ける愛おしい姿だ。

「あい」

 俺に気づいた彼女に呼びかける。ヘッドフォンを外したあいと目が合った途端、あふれた思いがドアを叩くように溢れた。

「好きだ」

 何の捻りもないストレートな言葉しか出てこない。これが俺の正直な気持ちで、どうしても君に伝えたかったこと。

「もちろん、メンバーのこと、皆大事に思ってる。でも、あいはやっぱり特別なんだ」

 目を丸くする彼女に畳み掛ける。

「ただの高橋あいとして俺の側にいて欲しい」

 ダラリと下げられたあいの手を取り、両手で包み込む。伝えきれない思いが流れ込めばいいのに。

「翔くん……」

 呟いた彼女の瞳から零れた涙に気が動転する。やっぱり困らせてしまったのだろうか。おろおろする俺を、泣きながら彼女がくすりと笑った。

「……好きなのは私だけだと思ってたから、嬉しいです」

 恥ずかしそうに呟いた彼女を咄嗟に抱きしめた。腕の中の温もりが現実だって思わせてくれる。

「あい……好きだよ」

 囁いて彼女の顎に手をかけた。上を向かせた唇に、そっと自分のを重ねる。初めてのキスは甘く甘く痺れるように心に残った。


 長い間積み重なった思いが実を結ぶ。

 大好きな仲間と、愛しい君と、刻んでゆくこれから。

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