喩えるならキスできそうな距離
title by 確かに恋だった
「ねぇ、寸止めってエロい?」
そんな彼女の言葉に、俺が持っていた新聞は足下に落下した。
今は、午後11時。夕食後の片付けや入浴などのルーチンワークを済ませ、後はゆったりして眠るだけという時に、その爆弾は落とされたのだ。
「突然、何?」
「昨日、女子会だったでしょ? その時に、実際するのと、寸止めするのと、どっちがエロいかって話題になってね。」
「なんて話してんのよ……。」
「女子が集まると、こんなもんよ。まだ可愛い方なんだから。」
あいは、夢も希望も無くなるようなことをさらりと口にした。さっきまでちびちび飲んでたせいで、酔っぱらっているのだろう。いつもより少しだけ、舌っ足らずな喋り方が腰にくる。
「翔はドラマとかでやってるでしょ、寸止め。どんな感じ?」
ずいっと顔を近づけて聞かれても困る。あれは演技だし、寸止めって言っても、ホントにしないための寸止めだから、そもそもの意味が違うと思う。
「そんなん考えたことねぇよ。」
「女子会では、ちょうど半分に分かれたんだよね。あー、考え出すと気になるなぁ。」
頭をわしゃわしゃしながら悩み出すあい。さっき乾かした髪がぐしゃぐしゃになっていく。明日の朝、セットしにくいって落ち込むのが目に浮かんで笑ってしまった。
「試してみる?」
「何を?」
「寸止め」
そう言って、あいの顎に右手を添える。視線は瞳に縫い付け、左手で腰を引き寄せる。
初めは驚きを浮かべていたあいの目に、徐々に欲が生まれるのが分かった。
「翔……」
言葉を発する時の息遣いさえ頬に触れる距離。でも俺たちの唇の間にはまだ数cmの空気が存在する。
「あい」
一言囁いてから、額を合わせる。さっきより近づいた距離。唇までの距離、数mm。それは喩えるならキスできそうな距離。
瞳だけでキスを強請るあいの目を見ながら、お願いを一つ。
「目、開けてて。」
キスするとき、いつも目を閉じる俺たち。でも、今日は何だか閉じたくない。
欲に溺れていく瞳を見ていたくて、視線を絡ませ合う。それはまるで、違う何かの交わりのようで頭の芯が痺れた。
「キスして。」
堪えきれず懇願した唇に、軽いキスを何度か落とす。耳に届くのは二人の息遣いとリップ音だけ。
ゆっくりと体を離すと、潤んだ瞳が俺を見つめてくる。これ、ヤバイ。
「どっちかエロいか分かった?」
「……どっちもエロい。ってか、翔がエロい。」
「何だよ、それ。」
「なかなかしてくれないんだもん。」
上目遣いで唇を尖らせる。そんな姿見せられたらたまんない。お望み通り、してあげるよ。
「あい、おいで。」
少し恥ずかしそうに、でも欲望には勝てずに近づいてくるあいの手を引き寄せ、深く口付ける。漏れる吐息すら逃さずに、自分の中に取り込んだ。
「この先は止めてやれないから。」
唇がほぼ重なりそうな近さで宣言する。小さく頷く君を抱きしめ、甘い夜の始まりだ。
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