夕暮れの帰り道、いつも私達はじゃれあいながら通学路を歩んでいた。雨の日も風の日もそれは変わらず傘をさしながらでもけんけんぱなんてしてみたり。おかげでいつも靴は泥だらけになってしまいよく母親に怒られた記憶がある。それから小学校を卒業後、公立中学に進んだ私と違い彼は私立中学に入学したので近所に住んでいても彼と顔をあわせることはもうなかった。だからこそ、こんなことがあるのかと私は驚きを隠すこともなくただただ目の前にいる彼の顔を穴があくほど見つめてしまったのだ。

「表札を見た時はまさかと思ったが、こんなことが本当にあるものなんだな。正直驚いたのだよ」

小学校を卒業してから早二十年。三十路を過ぎてもお一人様である寂しい私の隣の家に彼が入居することになった。相変わらず堅苦しく真面目そうな彼は小学校の時と変わらない。ただ、確実にあの頃とは違うことがあった。

「あなたのお知り合いなの?」

「ああ。彼女は小学校の同級生だ。卒業以来会ってなかったので、同じマンションに住んでいるとは知らなかったのだよ」

彼の隣にいた女性が彼の返答に大きな瞳をぱちぱちと瞬きながら頷くと、今度は私に向かって人の良さそうな笑みを浮かべてくる。その女性の後ろでは彼によく似た男の子が恥ずかしそうに女性の服をぎゅっと掴みながらこちらの様子を伺っていた。

「俺の妻と子供なのだよ」

照れくさそうに彼が女性と男の子を私に紹介するので私も愛想笑いと自己紹介を返した。話を聞くと新居を建てるのでそれまでの仮住まいでこのマンションに引っ越してきたようだ。何故だろうか、同級生に結婚を先越されると行き遅れたような気がしてちょっとだけ寂しく思えた。


仕事が終わり帰り道を歩いていると後ろから声をかけられたので振り向いた。急ぎ足で私の隣にやってきた彼は私の顔を見るなり懐かしいと呟く。あの頃と違って外は夕暮れではなくすっかり暗くなってしまったが、先に下校する私を彼があとから追いかけてくるのはお決まりだった。

「緑間って結婚できたんだね」

「どういう意味なのだよ」

じろりと睨まれるがちっとも怖くない。だって、堅苦しくて真面目で女性に対して恋愛感情なんてものを全く持ち合わせていないあの彼がまさか二十年後に結婚して子供もいるとは誰が想像しただろうか。私の率直な感想は間違っていないはず。

「そういう苗字こそ良い縁などないのか?」

ズバッとこの歳の女性に絶対に触れてはいけないことを彼は平気な顔をして言ってくる。最も、彼にそんな気遣いなどできるわけがない。

「良縁があったならとっくに結婚しているわ」

そういえば彼は私が失恋した時もフラれたのかと直球に言ってきたっけ。それならこのデリカシーのなさにも納得がいく。

「これから先、良いご縁があるといいのだよ」

帰宅するサラリーマンに追い抜かされながらも私と彼はのんびりと並んで帰路を歩く。あの頃のようにけんけんぱしたり、じゃんけんして負けた方が荷物持ちとか、傘を振り回したりなどすることはない。これが大人になることなのか、今更ながらそう思った。

「そうだね。そうなると、いいな」

実のところお一人様でもそれなりに楽しいけどね。所謂、独身貴族というやつだろうか。そりゃあこの歳で女一人の稼ぎでマンションを購入できるのだから悪くない人生を歩んでいる。だけど、それを言ってしまえば彼には負け惜しみに聞こえるような気がしてとりあえず黙っておいた。

「そういえばさ、緑間はいつ結婚したの?」

堅苦しく真面目な彼があんなに人の良さそうな女性と結婚でき、子供もいる。あの彼が女性と交際するなんて想像できないし、少しだけ気になった。

「もう五年くらい前になるのだよ」

暗い帰り道でも分かるくらい彼の顔が耳まで真っ赤に染まってしまう。なるほど、彼は意外と分かりやすい。

「幸せそうで何よりだよ。遅くなっちゃったけど、結婚、おめでとう」

前を向いたまま彼は薄っすらと唇に弧を描きながら照れくさそうに返事をする。それからは何も言わず足並み揃えてただただ帰路を進んだ。やがて、マンションに辿りつく。すると、エントランスの前で彼の妻と子供が彼の帰りを今か今かと待ち望んでいた。彼が子供の名前を呼ぶと子供が嬉しそうに走り寄り彼の腕の中へ飛び込んでいく。その様子を妻が微笑ましそうに眺めていた。

「結婚、か」

こうして幸せそうな家族を見せつけられちゃうとそれも悪くないように思えてしまう。そろそろ真剣に考えてみるか、なんて。


季節は幾日も巡り、気がつけば春になっていた。初めての教室には一人一人座席が指定されており少年は自分の名前が書かれた席に座る。ふと、少年の隣の席に座る少女の姿に少年は何処かで似た顔を見たことを思い出した。一方少女も少年の視線に気がつき、少女もまた少年を何処かで見たことを思い出す。

「あのさ、ママの知り合い?」

少女は母親のアルバムにそっくりな顔をした少年がいることを思い出した。少年は少女の言葉にハッとし、この少女を同じく父親のアルバムで見つけたことを思い出したのである。

「もしかして、あのアルバムの?」

それから少年と少女は初めての友達になった。少年には兄がおり、そして少年の家は少年が生まれる前に新居を建てたものだとか。少女はまだ一人っ子。母親の結婚が他人より遅かったので兄弟はいないらしい。そんなこんなで少年と少女は夕暮れの帰り道に仲良くじゃれあいながら帰った。影が踏まれた方が負けなんてよく分からないルールを作って遊んでいる。その姿はまるでいつぞやの二人のようにとても楽しそうで微笑ましかった。

きみの影踏み



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