少しだけ肌寒くなってきたね。もうすぐ秋だなんて、不思議だなぁ、つい先日まで凄く蒸し暑かったのに。……ああ、やっぱり切原もそう思うんだ。うん、私も、大人になるにつれて季節が巡るのを早く感じるようになったよ。
それにしても、あの切原がちゃんと留年せずに大学二年まで上がれるなんてびっくりだよ。ふふ、そんなに怒鳴らないで。バカにしてるわけじゃないから。純粋に褒めてるんだ。ちゃんと英語の勉強したんだなって。
でも、今回はタイミングが悪かったね。こんなことになるんだったら、帰省する前に切原の予定を確認しておけば良かった。そうすればきみは、ちゃんと私のために予定をあけておいてくれたでしょ。
やっぱり私も内部進学しておくべきだったかなぁ。地方じゃコンビニもスーパーもないし、電車もバスも全然来ないし……なにより切原にちっとも会えなくて本当につまらないよ。切原が隣にいれば退屈なんて言葉、すっかり忘れられるのに。中学でも高校でもきみと馬鹿みたいに遊んでばかりいたから、あの頃は本当に毎日がお祭りみたいだったな。
それより切原は最近どうなの?……へぇ、まだテニスやってるんだ。まぁそれもそうか、あんなに中学の頃から続けていたものね。

あ、そうそう、今歩いてるこの道、中学のときに切原とよく歩いた道だよ。ほら、あの美味しいケーキ屋さんがある大通りの近く。懐かしいなぁ。この交差点の近くにコンビニが………あれっ。なくなってる。潰れちゃったのかな。あそこのコンビニでよくアイス買い食いしたよね。なんだっけ、あのアイスの名前。二人で半分こするやつ。……だめだ、ど忘れしちゃった。全然思い出せない。まぁいいか。
そういえば、ほら、二人でよくアイスを立ち食いしてた公園あったでしょ。今あそこのそばまで来たよ。この公園といったら忘れられない思い出があるからね。……あ、切原も覚えてるんだ。うん、そうそう、高三の夏に、きみが私に告白した場所だよ。私は日付まで覚えてるからね。ふふ、なんでそんなに覚えてるのかって言われても、あんなに自信満々で告白されたら忘れようがないんだよ。
……ねぇ、きみはどうしてあのとき、あんなにも振られない自信があったの。だって私、常々言ってたよね、切原は乱暴だしすぐ女の子にもブチ切れるから絶対恋人にはしたくないって。
まぁ、今思うと、きみとは六年間も悪友として仲良くしていたから、ほとんど友達以上恋人未満みたいな関係だったけどね。
……なんにせよ、私があの時きみを振ったおかげで、きみは今のカノジョと出会い、付き合えたんだから、きみにとってはあの失恋も結果オーライなんじゃないの。
……。
……あのね、切原。
本当は、今日、きみに会えたら言おうと思っていたことがあったんだけど……。

「赤也!」

えっ……この声はもしかして、噂のカノジョ?………ああ、やっぱりそうなんだ。ふふ、なんでわかったのかって、そりゃわかるよ。きみのこと名前で呼んでたから。
というか、これからデートなんだよね?……なら、私なんかとお喋りしてる場合じゃないよね。ごめんね。私もう行くね。それじゃあデート、楽しんで。次に私が帰省する時はちゃんと切原の予定を聞くから、よろしく。
……。
え、まだ何か話すことがあるの?
…………ああ、さっき言いかけたことか……。
あれはね………その………昔、切原が私に告白してくれた日のことなんだけど………。
……あのとき、私、本当は、とても嬉しかったし、私も好きですって言いたかったんだ。でも言えなかった。きみがいつか私以外の人を好きになるのが怖かった。その証拠にほら、きみは大学に入ってから私のことを忘れて他の人を好きになったよね。だから私、やっぱりあのとき、きみを振っておいてよかったと思ってるんだよ。……うん、ごめんね、今更言うなんてずるいよね。でも、失うくらいなら自分から手放した方がマシだって思うのは、間違ってるかな……?

「赤也、まだ?」

ああ、ほら、カノジョさんが待ってるから、私はもう行くよ。ばいばい。また暇な時に予定を合わせて、一緒にどこかに遊びに行こう。ゲーセンとか、ボーリングとか。中学の頃みたいに、遊ぼう、友達として、親友として。それじゃあまたね。


私は電話を切った。


数年ぶりに訪れた故郷は、黄昏の通学路から潰れたコンビニの空き地まで、どこもかしこも初恋相手との思い出に満ち満ちている。
全てが、かつては彼と歩んだ道だった。残酷だ。今、私の隣には誰もいない。夕焼けが孤独な影をコンクリートに焼きつけている。もしかしたら切原も、私が地方の大学に進学して都会を去ったあと、この通いなれた道を独りで歩いて私の不在を噛み締めたのかも知れない。
もしそうだったならば、今きみの隣にいる顔も名前も知らないあの女の子は、ちゃんと私がいたはずの場所を埋められているのかな。きみの心にあいた穴は私の形をしているんだから、私じゃないと埋められないんじゃないのかな。……なんて、惨めにも程があるとわかっているのに、願わずにはいられない。ねぇ切原。どうしたらもう一度、きみの初恋を奪える?


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