初めてのこと 二人の話
[1/1]


事前にわかっているのと、唐突なのとでは、どちらのほうがいいのだろうか。
既に告知を受けた今となってはわからないが、どちらにしても、櫻井は同じように手元を狂わせていたに違いない。棚から取り出したファイルはご丁寧に頭にぶつかって床に落ち、中に入っていた資料を撒き散らかした。

「えっ櫻井さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫、ありがとう……」

ーー何やってるんだ俺。
慌てて駆け寄ってきた倉石に礼を言い、ため息を殺しながら資料を集める。三国が笑いを堪えているのは仕方がないとして、朝比奈に見られていなかったことが幸いである。


朝比奈からそれを告げられたのは先週のことだった。
櫻井の家に泊まった夜、付き合ってから二度目になる触れ合いを終えたベッドの中で言ったのである。

「七生さん、」
「うん?」
「……迷ったんですけど……やっぱり事前に言っておいたほうがいいかなと思って」

まだ微かに欲を残した真剣な眼差しで。

「……来週末、その……最後まで、しませんか?」

その意味を理解するのに一秒も掛からず、しかしイエスと答えるのには五秒掛かった。
嫌なはずがない。ノーという選択肢もない。自分から言い出せなかった情けなさと、朝比奈から誘ってくれた喜びが混ざり合っての妙な時間。
それもわかっているのか、朝比奈は嬉しそうに櫻井を抱きしめた。

「よかった……準備も一緒にしましょうね」

どこから一緒にやるつもりなのかとぎょっとしながら抱きしめ返す。

「……じゃあ、慣らすのは一緒に……」
「? その前は……」
「さすがに自分でやる」

確認しておいてよかった。
朝比奈はもしかすると本当に気にしないのかもしれないが、人一倍の羞恥心を保持する櫻井にはどこぞのタワーレベルに高いハードルである。
もう寝るかと枕元の明かりを消すと、朝比奈が小さく笑った。

「ん?」
「早く来週にならないかなって……自分から言っておいてですけど、一週間、そわそわしちゃうかもしれないです」
「……俺も……」
「ふふ。仕事に支障出ないように気を付けます……おやすみなさい」
「おやすみ」


朝比奈は見事に支障を出していないが、肝心の自身がこれである。
オフィスでならセーフだろうかと資料を揃えてデスクに戻り、パソコンと向き合って今度こそ息をついた。
確かに、今晩突然決定するよりはいろいろと準備ができて助かるものの、終業時刻が迫ると共に緊張が高まってくる。
ーー最後まで、





「はあ……」

とうとう夜、湯船に浸かって悶々とする。
二週連続で櫻井宅にしてもらったのは、少しでも緊張を抑えたかったからだった。朝比奈は先に風呂を済ませ、既にベッドで待っている。
自分で洗ったために少しほぐさざるを得なかったが、慣れない行為から快感を拾うことはできなかった。今まで弄ったことがないわけではないが、そこにもやはり虚しい記憶しかない。
櫻井が上手くできなくても、朝比奈はきっと抱きしめてくれるだろう。それでも、朝比奈が求めてくれることには全部応えたかった。

結局長めの風呂になってしまい、覚悟を決めて上がると部屋に向かった。ベッドには朝比奈がいて、のんびりと横たわっている。

「おかえりなさい」
「ただいま」

ベッドに腰かけると、起き上がった朝比奈に早速抱き寄せられてどきりとした。

「隼人、」
「ん……いい匂い」
「お前も同じの、使っただろ……」

見つめあって、吸い寄せられるように唇を重ねれば、そのまま優しく押し倒される。

「……は……すみません、余裕なくて……」
「そんなの、俺もない……」
「ふふ。じゃあ、もう始めてもいいですか?」
「ん……その、下の段に……ローション、入ってる……」

言えば、朝比奈が手を伸ばして引き出しを開けた。「電気消します」という声の後、部屋が暗くなって枕元の明かりが点く。
櫻井の身体を覆った朝比奈が安心させるように頬を撫で、じっと目を見つめた。

「……最後までって言いましたけど、痛かったりしたら無理しないでくださいね。いきなり全部、今日じゃなくていいですから……約束です」
「…………」
「……七生さん?」

求めてくれることには全部応えたいが、朝比奈に嘘もつきたくない。
本当に余裕がないのはいつも櫻井のほうだ。

「俺は……痛くてもいいから、最後までしたい……」
「っ……だ……めじゃない、です、けど」

櫻井の希望と自身の方針を天秤に掛ける朝比奈に少し笑ってしまう。

「……もう、少しほぐしてあるし、大丈夫だよ」
「え、」
「でもまだ全然、足りないから、手伝ってくれ……」

言いながら心臓の鼓動が速まっていく。
「もちろんです」と微笑んだ朝比奈の口づけはいつもより性急で、これから始まる行為を思い知らされるようだった。
触れ合うだけではない、身体を一つに繋げて交わる行為。
互いの唇を味わうと、着ていたものを全て脱いだ。初めて全裸で重なる肌は心地好く、それでもペニスが触れ合うのには息が漏れる。まだ芯を持ちきらないそこに、ローションを纏った朝比奈の指がねっとりと絡んだ。

「ふ……っ」
「ん……ここも触りながら、後ろほぐしますね」
「隼人の、も」
「ふふ、後でぜひ……今は、リラックスしててください。後ろ、触りますよ……」

ペニスを緩く扱きながら、爪先まで整えられた指が穴の縁に触れる。思わず息を呑んで、足に勝手に力が入った。周りや表面を擦るように動く指の腹に身を捩る。

「ん……、っ……、」
「は……少し、固くなってきました」
「言、わなくてい……」
「ふふ、すみません、嬉しくて……こっち、くすぐったくないですか?」
「はあ、……平気、ん……」

朝比奈のものにも触りたいのに、これではもどかしい刺激しか与えられそうにない。
不意にペニスの先端を擦られると声が上がりそうになった。

「ん、……ッ」
「あ、ダメです……唇噛まないで」

思わず結んだそこを朝比奈が唇で優しくほどく。口づけに夢中になれば、その間に縁をなぞっていた指は関節ほどまで中に入り、たっぷりと取られたローションが控えめな音をたてている。

「はあ、ぅ……く……っ」
「七生さんが気持ちいいところ、ちゃんと見つけましょうね……中、ちょっと擦りますね」
「う、ンんん……、ぁ……〜っ」

浅く出入りしていた指先がゆっくりと奥まで挿入される。それだけで僅かに腰が浮き上がるのが恥ずかしい。長さも太さもほとんど同じはずの自分の指では、こんなことにならないのに。
朝比奈は嗤ったりしないとわかっていても、まだしたこともないくせに先を想像して、はしたなく期待していることを自覚してしまう。

「俺の、入るかな……」

独り言のように熱っぽく囁かれ、指を締め付けたような気がした。

「んっく……ッ、ふ、ぅ……っ」
「ん、七生さん、……ね、口開けてください。あー、」
「ん、あ、ぁ……っふ、うン……っ」

開いた唇の隙間から朝比奈の舌が入り込み、受け入れて舌を絡め合う。唾液を交えて、唇を貪って、欲を煽る深い口づけなのに、身体の力は安堵したように抜けていく。

「ん゛っんん、ンん……!」

縁を拡げていた二本目の指が中に押し込まれ、重ねた唇の端から涎が溢れた。
そのまま指の腹が勃起したペニスの裏側を擦り上げる。

「ん゛ひゅ……ッ!」
「ん、ぁはっ……ここ、ですか、これ気持ちいいですか……?」
「はあッあうっ、く、ひ……ッぃ、あ、はや、隼人……っそこ、んんん……ッ」
「やですか? 痛い……? 気持ちいい?」

そんなことは蜜を垂れ流しているペニスを見ればわかりきっているだろうに。朝比奈は優しく問いながら、見つけた前立腺の場所を覚えるように、覚えさせるように何度も捏ねる。
言葉で聞きたい朝比奈の気持ちに応えて口を開くと、恥ずかしいほどに声が震えた。

「き、きもち、ぃひ、い、ぃ……ッ」
「ん、嬉し……もっと気持ちよくなってほしいです……っもっと聞かせてください、七生さんが感じてる声、いっぱい」
「んあっあッく、あ……っ」

いつの間にか根元まで飲み込んでしまった二本の指が奥のほうまで拡げていく。
どれだけの時間指を咥えていたのか、物足りなさげな収縮に合わせてローションが音をたてるようになった頃、ようやく中から引き抜かれる。唐突な喪失感に思わず腰が揺れた。

「は、ぁ……、」
「ん……、これじゃまだ痛いかも……もう少し慣らしましょうか」
「えぁ、あ……ッ」

再びローションを纏わせた二本の指、そして三本目の指が滑り込み、淫猥な音をたてながら中を愛撫していく。時折口づけながら、朝比奈の指は熱く濡れていく感触を確かめるように肉壁を押し上げた。
不意に朝比奈の唇が耳に触れる。まるで性器に触れられたようにぞくりとして身体が跳ねた。

「ふっ、」
「は……やっぱり、七生さんて」
「んん、」

耳元に唇を寄せたまま吐息混じりに話す朝比奈の声に震える。

「ふふ、耳弱いんですね……。あ……、ん、」
「んっァあ、っ、くふ……ッぅ、あぁ……っ、」

食べられたと言うのが正しく、朝比奈の唇に包まれた耳が温かい咥内で舌に犯されていく。舌が蠢く水音と、朝比奈の吐息と甘く漏れる声、全てが直接脳に届くようで、顔が熱くて仕方ない。くすぐったいような、ぞくぞくとした快感と興奮が全身を巡っていく。 
ーー知らない、
耳でこんなに気持ちよくなるなんて知らない。
そうして気を取られているうちに、中はすっかり蕩けて三本の指を締め付けている。
気持ちよくて恥ずかしくて、自分がどんな顔をしているのかもわからない。

(こん、なの……っ)

ーーもう、

「はあっ……七生さん、顔とろとろ」
「んはあ、はぁ、あ……っ」
「ふふ、……ふう」
「ぅんン……ッ」

耳の奥に息が入り込むだけで反応してしまう。

「は、隼人ッ……」
「んふふ、すみません、つい」

ようやく耳から唇を離した朝比奈は嬉しそうで、今の今まで追い詰められていたことも忘れてなんとなく満たされた。

「このくらいなら平気なのに、もうちょっと近づくと感じちゃうんですね……」
「んっ……」
「……他の人とこんな距離になることないかもしれないですけど、ダメですからね。そんな反応したら」
「あ、しない、ならない……ッ指、あ、ぁ」

中の弱いところを擦ってくる指に、思わずその腕を掴む。

「あ、んん……んッ……」
「はあっ……指、もう嫌ですか?」
「う、あ」

また耳、と顔を逸らすと余計に唇が押し付けられた。
ローションと先走りで濡れた尻に、いつの間にかコンドームを纏い固くなった朝比奈のペニスが擦れる。

「んっ……はあ、もう入れたい……七生さん、俺の、入れたいです……」

耳の奥に低く吹き込んで、腹を押すように撫でる手に、勝手に口が開いていった。
ーー隼人のが、ここに入る、

欲しい。

「はあっあ、ぁ、ぁ……ッれ、てぇ……ッ」
「っふ、はい……ッ」

口づけて、そのままペニスの先端が縁を押し拡げた。張り出したカリがじっくりと押し込まれていくのに、舌を吸われながら朝比奈の背を抱き寄せる。

「ん゛、あふ……んぢゅ、ぅふ……、〜ッ……あ゛……ッ」
「はーッ……はあっ……ッぅ、あ゛……く……ッ」
「ッは、っう」

ーーはいってる、

指で拓かれたよりもっと奥、朝比奈のペニスが腹の中にあるのがわかる。挿入して尚、櫻井に欲情して固いまま、熱く脈打っている。
いつも穏やかに笑っている顔が快感に歪んで、汗ばんで、きつく眉根を寄せて、絶頂を堪えながら櫻井を見下ろしている。

「ッ七生さん、かわい……中ビクビクして、はあ、すごいです……」
「はッ、はあっ、ぁっあ、」
「大丈夫、まだ動きませんから……ん、俺の、ゆっくり慣れてください……キスしましょう、ね」
「んん、んぐ……ふ、ぅうっ……」

唇を重ねれば、勝手に収縮した中が初めて知るペニスをみっともなく締め付ける。それこそずっと待っていたように、離したくないように。朝比奈が苦しいとわかっていても、緩め方さえわからない。でも抜かないでほしい。

「ん゛……ッは、っく、う……ッ」
「は、やとッ……ごめ、ァ、ッんン、」
「はあっなんで……謝るんですか、こんなに、幸せなのに」
「は、」
「七生さんとセックス、できて嬉しい……繋がれて、気持ちいいですっ……大丈夫です、ちゃんと気持ちよく、しますからね……もうちょっとだけ、我慢してください……っ」

微笑んで塞がれた唇に胸が締め付けられる。
口づけながら、徐々に朝比奈の腰が動き始めた。挿入時よりも大きくなったペニスが過保護に慣らされた内側を擦り、滑らかに出入りする。
ーーセックスできて嬉しい。繋がれて気持ちいい。
幸せだ。

「んあ、気持ちい、んッ隼人と、嬉しッ……! 気持ちいい、俺も……っ」

もつれそうな舌で囁くと、嬉しそうにした朝比奈が腰の動きを速めた。

「ッん、じゃあもっと、気持ちよくします……ッ!」

太股の間に身体を入れ、櫻井に覆い被さって腰を振る。

「あァッ! そ、こっ当たっひ、ぅ゛……〜ッ!」
「んん……ッ七生さ、すご……っ」

散々指で捏ね回した膨らみを抉りながら耳を舐められて、櫻井のペニスから悦ぶように先走りが飛んだ。射精したのかもしれないと思うほどの快感から逃れるように頭を振る。前立腺を擦り上げてそのまま奥を突かれるのも、前立腺だけを何度も突き上げられるのも気持ちいい。
本当は好きな人に、朝比奈に抱かれているというだけでなんでもいい。それなのに、いっそひどいほどに気持ちよくしようとしてくれている。過ぎた快感は拷問に近いことを頭の片隅で知った気がした。

「も、おッあぁ、アあッあッい、ぃ」
「んッイきそうですか? ッぁまだ、ダメっ……一緒にイきたい、はあッもう少しだけ我慢、しててください……ッ!」
「あッ! アッ! あっあっあっあっあっあっ……!」

身体を抱き潰した朝比奈が高速で腰を打ち付ける。意識半分、肌がぶつかる音が水音と混ざり合って響き、耳を犯す舌や荒い息遣いと重なって脳が溶けそうだった。

「んッ好き、好きです七生さんっ……はぁ、好き、大好きです……ッ!」
「あっ、っれも、俺もッ、あっあっぁン゛ん、好き、あっあっ好きっ、ァっあ! あぁ、はっ」

こんなのはやっぱり拷問だと思った。自分と朝比奈のペニスが張り詰めていくのがわかる。底なしに優しい朝比奈がたまにする意地悪は容赦がない。今にも溢れそうなのに、我慢しろと言いながら弱いところをいじめて、嬉しい言葉をくれて、気持ちいいところだけを突くなんて。
ーー出る、

「あん゛ん……ッもっがまッできなっ! 隼、人ぉ……ッ!」
「はあッい、ですよっン、キスして、んん……ふッもう、俺も……ッあぁ、七生さ、イく、ぃくッ、イっ……ッ!」
「んうぅ、あッアっあっはあぅ゛ぅう……っあッ!」

朝比奈にしがみついたまま射精し、恥も何もかも忘れて声を上げた。濡れたペニスが絶頂の余韻で腰を振る朝比奈の腹に擦れる。

「あっぁ、あっ、あっ、あっ……!」
「んっ、んッ……! はあ、あ……すみませ……は、まだ、出て……っ腰、止まらない……」
「〜っあ……ッ」

コンドームの中に射精する朝比奈の腰はゆったりと動いたまま、櫻井のペニスからも押し出されるように残った精液が飛ぶ。

「ん、可愛い……ぁ、中、痙攣してる……」
「っはあ、ンん……あ、は……ッ」
「は……今耳いじめたら、またイっちゃいそうですね」
「や、」
「ふふ、そこまで意地悪じゃないです、また今度にしますね……」

身体が落ち着くのを待ちながら何度も口づける。これで交わりが深くなったらそれこそまた昂ってしまう気がしたが、朝比奈もわかっているのか戯れのような触れ合いだった。啄む音が心地好くて、快楽でもやの掛かっていた頭がだんだんと冴えてくる。

「はあ……ん、抜きますね、ゆっくり……ン」
「んん、ぁ……、っは……っ」

コンドームとアナルをローションの糸が繋いで、コンドームを外した朝比奈のペニスが剥き出しになるところを直視してしまった。しかもその腹には櫻井の精液が飛んでいる。

「……そんなに見られるとなんだか恥ずかしいです……」
「あ、違っ……いや、悪い、やっぱり俺も、着ければよかったと……」
「? あ……ふふ、七生さんの。嬉しい」
「やめてくれ……ん、ふ」

甘い口づけに絆されて力を抜く。

「は……ほんとに全然、余裕なくてすみません……気持ちよかったです、ありがとうございます」
「ん……俺も、気持ちよかった……すごく」

ーー最後までできた。
人生で初めてと言えるほど恥ずかしい声も姿も晒したに違いないが、終わってしまえば朝比奈になら構わないと開き直れる。それは朝比奈が全てを知っても、見ても、こうして優しく抱きしめてくれるともうわかっているからだった。
櫻井を愛しげに見つめていた朝比奈が柔らかく微笑んだ。

「……七生さんの初めて、いっぱいもらえて嬉しいです。二人で、もっといろんなことしましょうね」 
「ありがとう……」
「……その、いろいろ含めて、いろんなことですよ」

念を押すように言う朝比奈に察してやや頬が熱くなる。

「……隼人とできるならなんでもいい」
「ふふ、嬉しい……俺もです」
「シャワー、先に浴びるか?」
「まさか、一緒に行くに決まってます。立てますか?」
「ん……たぶん」

なんとか立って一緒にシャワーを浴びたものの、初めて二人で浸かった湯船は狭かった。

「足の間に入れば大丈夫じゃないですか?」
「いや、それは……」
「それは……?」
「……なんというか、変な気になりそうで……」
「なってほしいです」
「……、」
「ふふ、どうぞ」



*END*

* 最初 | 最後 #
栞を挟む

1/1ページ

LIST/MAIN/HOME

© 2018 甘やかしたい