最近やたらと見られとる、気がする。隊の皆で談笑しとる時も本部や学校の廊下ではち合わせした時も視線がずっと煩いのは気のせいじゃないはずだ。チラッチラッと隠れて見とるならまだしも穴が開くんかってぐらいガッツリじっくりじーっと見られとる。ガン見である。正直鬱陶しくて仕方ない。何かしてもうたか?かと原因を思い返してみるも全くと言っていいほど思い当たる節などなく、さらに頭が痛くなるばかりだった。

その日もスナイパーの合同訓練が終わって自隊の作戦室に戻ってきた時のこと。珍しくがらんとしとった。いつもはボケとるつもりもないんにボケて笑いをとっとるイコさんも無限に笑い転げノッかってくる海もツッコミの連射しとるマリオも居らん。居んのはこっちの姿を認識した途端眉間に皺をこれでもかと寄せ睨み効かせとるブロッコリー先輩だけや。ブロッコリーちゅうか目ぇがブッコロリーなんやけど。ほんまなにしたんかなオレ。

「えーーーっと、水上先輩?」

不可解な行動がここまで続くともう自分の記憶を辿る以外には本人に直に聞くしかない。そう意を決してそろりと声を掛けた。いつもならこんな慎重にならんのになんや腹立つほど可笑しいわ。もう笑いを通り越して真顔になんで。どう聞き出そうかと笑えないまま思案しとると小さな声でぼそり。

「……………………………………………やっぱ似とる」


たっぷり溜めたあと。そう、本当に小さすぎる声でボソッと聞こえた。はい?似とる?似とるって誰が?何が?俺が?誰かと?何に?俺ん頭ん中は疑問符のオンパレードになっとるのにそんなこと意にも介さずじっくりじくじく妬みの視線や分かるぐらいの不機嫌な目でブッコロリー先輩は見てくる。

「やっぱめっちゃ似とる腹立つほど似とる。隠岐くぅーん整形とか興味ない〜?」
「今んとこないですねぇ〜」

こないなことまで言われる始末や。ここまでで分かったんは全然俺のせいやないってことかいな。今までのガン見も不機嫌な雰囲気も全部俺の知らんとこで発生しとったちゅうことが知れただけでもええかな。いや、よくはないな。今後に支障きたす前に解決せな。

「誰に似てますのん?」
「俺の大ッ嫌いな奴」
「えーーー」

この先輩に遠慮という文字は無いらしい。流石ブッコロリー先輩。




ちゃりんちゃりん。

なんとも耳に残る軽快な音が楽しげに転げていった。金属と金属の弾んだ音に、巻き戻るように元凶を確認すれば小銭を追いかけ手を伸ばす女性徒の姿が。小銭は自販機前に居った自分の足元まで転げてきて、なんの気なしにそれらを拾い上げ渡そうと上体を起こす。掌に数秒先で丸い瞳とかち合う。すみません、と愛想笑いを浮かべる彼女の声が自分を認識した途端ぴたりと不自然なタイミングで止まった。ん?とこちらもそんな不自然さに若干の戸惑いを滲ませて小銭を握りこんだまま、「なまえ、」と彼女の名前であろう名前を呼んでいる人物へ、声に導かれるように視線が移る。

え、この人は。

初めて会ったんに、その人が誰なのかすぐに分かったんは水上先輩から話を聞かされていたからだろうか。数日
前のなんとも酷い言い様を思い出す。不愉快を隠そうともせず外見が俺によく似た嫌いな人がいるのだと、そう言いきった。なんや自分を否定されとるようでイヤなんやけどなぁ。そう思っとたんに。

─── これは、似てるというか、

その姿を見た瞬間、掌の冷たい感触が強くなった。

─── 鏡を見とるみたいや。




正直その後の事はよく覚えていない。冷たい感触がなくなっとったから拾った小銭は無事に彼女に手渡せたようだが、それにしたって仕方ないやん。あんな自分に似てる人には早々出会わないのだから。普通ではない出来事に遭遇してしまった、言うなれば現実離れした小説の中に放り込まれたような、そんな錯覚に落ちてるようだった。

夢の中やと言われた方がまだしっくりくるわ。ドッペルゲンガー。鏡合わせ。えーっと、世界には似た人が三人居る、やったっけ。だから仕方ない、と思う。誰に言うわけでもない言い訳を頭の中でつらつらと並べ、悶々とした日々を送ること数日。「あ、」と呼ばれたわけでもない思わず、といった母音に俺も思わず振り向けばあの日の二人が居った。自分によく似た女の人と一緒に居った人。偶然?偶然って続いたらなんて言うんやたっけ。いままで出会わなかった筈なんにこうも続くと何者かの意図を感じてしまう。それも錯覚か。

特別話すこともなくお互い愛想笑いを浮かべ気まずい雰囲気のなか会釈して立ち去る。そんなことが数回重なった。「…なまえ」「だからごめんって」「私じゃなくてあの子に言いなよ」なんて会話が背中越しに聞こえてくることもまた数回。そんな流すようなやりとりを数日重ね。なんとも言えない感覚が消えてきた頃。

あ。

ほんまに見かけん日がないんやけど。狭い学校の中、今のいままでが可笑しかったかのようによう目につく。今回は自分の方が先に見つけたようで相手はまだこちらを認識してはいない。進行方向に居るし放っといてもいずれは見つかる。挨拶だけでもしておくべきか、あからさまに避けるような相手ではないし、というか、

珍しい、一人や。

「あ」

あ、見つかった。

「どぉも」
「あはは、なんか毎度ごめんね〜」

つい声が出ちゃうんだよね〜。と申し訳なさそうに笑う自分と似ていない方の、多分、先輩。声が出てしまうというのはなんとなく分かる。愛想笑いを浮かべながら困ったように頭を項垂れる先輩に近づきながら俺も、「ええですよ」となんと声を掛けるべきか悩んだ末に吐き出した言葉を笑って並べた。

裏庭から本校舎に繋がる小さな廊下でただばったり会った知人というよりは顔見知り程度の先輩。どうもどうもと会釈して今回も終わり。そう思っとたんに、外れん視線に動きが止まる。ん?

「やっぱり似てる〜」

キャーなんて黄色い歓声でも聞こえてきそうな響きやった。今日はお連れさんが居らんせいかここぞとばかりにがっつり見られとる。目と目は合わんに顔面凝視されとるとかなんや器用やな。

「いや、先輩?」
「もう顔全体的に?でも目元が特に?雰囲気が似てるのかな?」
「あの〜」
「もうマコちゃんが男装してるみたい!萌える!」
「………」

若干遠い目になりながら目の前で騒ぐ先輩を見守ることにした。先輩にからかわれとる後輩なんて案外こんなもんやろうしな。

キャーキャーと目の前でちょろちょろして一頻り騒いで落ち着いたのかハッと我に返ったらしい先輩とやっと目が合った。そして流れでる冷や汗。すごい、漫画みたいや。なんて呑気にそんなことを思う。あ、あの。と口籠る先輩に気にしていないことを伝えようと手を軽く上げたところになんや前方から凄いスピードで近づいてくる見知ったブロッコリー。

「隠ぉぉ岐ぃぃ!」

うわぁ…なんや来よった…。

もとい、水上先輩。いやいやなんなん?見たことない形相なんやけど。俺なんかしたかな?

「え、なに。水上くん?」

ただならぬ爆音にか怒号にか、或いは名前を呼んでいたことから知っている人物だったからか先輩も水上先輩へくるりと振り返る。ゼェハァと何処から走ってきたのか知らないが水上先輩は息を上げながら「なん、なんで、お前、ら、二人が、一緒に居んねん!」と最後はただの叫び声に近い暴言で必死さが伝わってくる。というのに先輩はそんなことなんのその。どこ吹く風で必死な水上先輩の横で、

「君、水上くんの知り合いだったの?」
「ええ、まぁ。ボーダーで同じチームなんですよ。二年の隠岐いいます。今更ですけどよろしくお願いします」
「そっかぁ〜。私、三年のみょうじっていいます。ホント今更だけどよろしくね〜」
「よろしくせんでええわ」

この場において水上先輩のツッコミだけが正常やった。




水上先輩のクラスの人、と判明したみょうじ先輩は「じゃあまたね〜」とここ数日の気まずさが嘘だったかのように颯爽と去っていった。あの自分と似た人が一緒でも次もああなのだろうか。ほんの少しの疑問は残るものの悪い人ではないしなぁ、となんとも言えない気持ちは拭えないままだ。

「そんで、ホントはなんで一緒やってん」

まぁ今はこのなんでか(怒)なブッコロリーになっとる先輩の鎮火が先か。何度偶然会おた言うても一向に納得してくれへんし。どうしたもんかな。

「そやから何度も言うてるやないですか。偶然やって」
「そやったらなんで知り合いなん」
「あー…」

目の前で自己紹介してたんやし知り合いという知り合いではないことぐらい察せれると思うんやけど。いつもの水上先輩やったらこんなしつこく聞いてこんのになんや違和感あるなぁ。

─── 腹立つほど似とる。
─── 俺の大ッ嫌いな奴。

そしてこの分かりやすすぎる探り方にみょうじ先輩の俺に対する先程の反応。総合的に考えて必然的に結び付いた結論にこの目の前の先輩にただただ呆れた視線を送ってしまう。

「……水上先輩」
「なんや、喋る気ぃなったか?」
「あのみょうじ先輩のこと、好きなんですか?」
「………」
「好きなんですね」

目を逸らすんはもう肯定ですよ。


23.8.14