ちゃうわボケ。

容赦ない指摘が棘となって突き刺さってくる。教えてくれるのは有り難いが、ならばもうちょこっと優しくご指南して頂けたらもっとあり、あ、ちょ、ごめんなさいちゃんとやります。ちゃんとやりますからその丸く束ねたプリントの束をお納めください。即座に土下座した。

「なんでこないなもんが分からんねん」
「すみませんねー、馬鹿で」

ほんまやで、と呆れながらも見捨てないで課題を見てくれる同級生は優しいのか厳しいのか。次どこやと面倒を見てくれる分には優しいのかもしれないがその手に構えるプリントの束は一切優しくないと思う。

事の発端は私にある。一学期終業式のHR。皆が明日から始まる夏期長期休暇、もとい夏休みに思いを馳せていた。わいわいがやがや。担任もまだ来ないことから若者の騒がしさといったら控えめに言って五月蝿い。が、しかしそんな喧騒もあと何度眺められるのかとあと数ヶ月後のことを考えると感慨深いものがある。高校最後の夏休みだ。そりゃ羽目も外したくもなる。担任が入ってきて、扉が開いてもほんのちょっとの耳障りな音は取り残されていたのに担任の夏休みの過ごし方だとか注意事項だとかの後に落とされた爆弾が騒音を一掃した。

「あと、課題提出してない奴が何人か居るようだが、提出してない奴は提出してから下校するように」

げ。

何人かから悲鳴が上がる。かくいう私もその一人で、悲鳴こそ上げなかったものの顔色は真っ白な自信しかない。何故、何故そんなもうパラダイス目前なこんな日にそんな地獄の宣告をするんだよ先生…。

そうして冒頭に戻る。

ラッキーなことに帰る寸前だった友人を取っ捕まえることに成功。「なんでやねん!」「アホか!」「自分でやれや!」などと喚き散らかしていたわりに来てくれた友人、もとい水上監督のもと課題を消化中である。やっぱり持つべきものは勉強ができる友達だね!グッと立てた私の親指が水上に折られた話は余談である。

理科英語数学とほぼほぼまっさらな状態で残っていたのは主に私の得意分野を除く謂わばラスボス級な天敵たちを見てもらっている。一人で対処できなかったから有難い。のだけれど視界の端にチラチラみえる紙の束がいつ振り下ろされるのかと気が気じゃないのでどっこいどっこいだろう。

「よーこんだけ溜め込んどったなぁ〜」
「先生何も言わないから」
「人のせいにすな、普通は期日までにやるんが当たり前じゃ」
「へいへい」
「せやからそこ違うて」
「ええー」

終わったー!お疲れ〜。などと周りから「じゃ、お先」と同士が裏切り者へと変わっていくなか私も水上の助けのお陰でラスト一枚へとこぎ着けつつあった。あと少しやな、と手元の束をバシンバシン振り下ろすのはなんでなのか。

バシン。

「水上さん、痛いんですけど」
「自分の胸に聞いてみてくださいー」
「さっきから痛いんですけど」
「さっきから手ぇ止まってるってことか?」

くっそぅぅー。

「はよ解けや。あと三問やん」
「なっがい暗号文だけどな!こんなの解読できるわけないじゃん!」
「暗号って、はぁーーー」

長い溜め息のあとヒントだけ言うから頑張ってみぃ。と一つ一つの単語を和訳してくれた。ふむふむ。

「『彼女はサンタさんを信じています。しかし、彼はサンタさんを信じていません。彼女は彼にサンタさんが居ることを証明したくて、夜に暖炉の近くで待ってました。しかし、やってきたのは父でした。彼女は悲しくて悲しくて、』「なんややればできるや「『アキレス腱固めをきめてやりました。』」なんでやねん!!!」

バシンッッ!!今日最大のツッコミが降ってきた。

「変化球もええとこやぞ!?何処の世界に父親にアキレス腱固めきめてまう娘が居るん!??お前こそ終わらせる気あるんか!??」
「彼女のショックは相当なものだぞ」
「話を作るな言うとるんや!」

『一晩中泣いた』で正解や!とプリントを奪われ走り書きのように書かれた。あら可愛い落ちだこと。その後も残りの二問をヒントをもらいながらそれっぽい文章を作っては違うなど苦情をもらい、を繰り返しながらなんとか終わる頃には空の色が変わっていた。答えが分かってた水上が全部やってくれたらこんな遅くまで掛かんなかったのに、と最後の最後でやっぱり愚痴がポロリと溢れてしまえばそれやったら意味ないやろと軽く小突かれた。

「手伝っただけ感謝せぇ」
「ありがと水上くん良い奴」
「腹立つなぁ」
「まぁまぁ、そんな眉間に皺ばっか作ってたら将来取れなくなっちゃうよ」
「お前のせいやお前の」
「あらどうしましょう」
「腹立つなぁ」
「くッ!この借りはいずれッ…!」

鞄に荷物をつめ帰り支度をしながらの茶番劇。私は胸を押さえるような気持ちで感謝の意を表明した。夏休みが始まる前の課題を終えれたのは間違いなく水上のおかげだ。引き続き夏休みの課題も手伝ってもらおうなどと蛇な下心があっての思惑ではないぞ。



「…………ほな一週間後の祭り、一緒行かへん?」



ん???

何を言っているのか。荷物をつめていた手がぴたりと止まった。ついでに時代劇のような泣き真似も止まった。驚きで静止する私になど目もとめず、水上はぽりぽりと頬を掻いてある。若干赤い。そうして気まずい沈黙。え、なに。何この居たたまれなさは!? いったい何!?!?

「おいコラ」
「え、ぁはい!」
「返事は」
「……返事、」
「祭りやま・つ・り!」
「あああ!祭り!祭りね!勿論行かせていただきます!」
「よし」

ほな待っとるからはよ行ってこいや、とひらひらと手を振る水上は最後まで付き合ってくれるらしい。さっきのはいったいなんだったんだ。謎を謎のままそわそわとした気持ちを切り換えれる訳もなく、しかし待たせる方も嫌だったので急いで課題提出へと職員室に急いだ。

時間ギリギリ。久々に全部埋まったプリントを先生に提出すれば、まだ残ってたのかと別のことでお説教を受けた。解せぬ。最後までやらなきゃ帰れないって言ったのは先生なのに。ちらり。先生の視線が職員室の外で待っていてくれている水上の姿を確認して、それじゃ寄り道しないで気を付けて帰れよとお説教もそこそこに解放してくれた。時間も時間だったからかもしれない。

お待たせ。おう。と気にしていない素振りをみせながらも二人して声が変だった。見ない振り。知らない振り。他愛もない会話をつないだ。

部活でもないのにこんな時間まで学校に残ったことなんて一度もなくて、先程のことも相まって不思議な感覚が襲う。飛び出た校舎の上にはまだまだオレンジが目立つ空が広がっていて、遠くから聞こえてくる運動部の掛け声からは熱気がここまで伝わってきそう。高めの気温に吹く涼風が気持ちがいい。

「みょうじ」

ふわり。靡く髪を手で押さえた。

隣に並んでいた筈の影が後ろにある。校門を出たところで呼び止めた水上の顔を直視できず素っ気なくも何?と口を動かすだけ。私を見ているのか、夕焼けを見ているのか、はたまた地面でも見ているのか。やけに長い沈黙のあと、水上の声音がいつも通りに戻ったように聞こえた。

「祭りは浴衣着て来ぃや」

目と目がやっとあった。水上は私を見ていた。優しい瞳が瞼の裏に焼きつく。なんていう不意打ちだ。徐々に顔に熱が帯びだすのが分かる。熱い。とてつもなく熱い。氷水持ってこいと声を大にして叫びたくなるほど、熱すぎる。

「し、仕方ないなぁ」

目が泳ぐのを自覚しながらも、それだけをなんとか絞り出した。顔を見られたくなくて、直ぐに俯いてしまった。見えた影はずっとずっと、近い。明らかに私の様子が変だって気づきながらも、それでも突っ込んでこない水上は一体どれだけ分かっているのだろう。水上の表情をまともに見れないから私には真意を図るなんてこと出来ないけど。出来ないけど、これだけは私にも分かる。私達の距離は確実に、昨日よりも縮んでいる。それでも願わずにはいられない。

どうか、どうか夕日のせいにできるうちに、

─── 鎮まれ。


21.8.16 加筆修正