諦めない荒船と愉快な当真


お願いします、そう見事なまでのお辞儀を披露する後輩にちゅーと吸っていた紙パックが静かに凹んでいく。

「え、なにを」
「俺を弟子にしてください」

は?こいつなんてった?

「え、めんどくさ」

咄嗟に出たのがそれだった。こいつがアタッカーだとか自分がスナイパーだとかよりも弟子とか面倒わぁ〜、と一周回ってそういやポジ違うじゃんと着地する。

「風間さんならもうすぐ帰ってくるよ?」

アタッカーならば風間さんにだろうと親切心で教えてあげる。間違っても年下の歌川や菊地原じゃないことは明白だしスナイパーである自分も論外だ。もうB級に上がって大分経つのに風間さんに師事を仰ごうだなんて、なんて向上心が強いのだろう。うんうん。いいことだよ荒船。

「俺は貴女から教わりたいんです。弟子にしてくれるまで離れませんよ」

前言撤回。なんか変なもんでも食ったろこいつ。

「荒船荒船?自分のポジ言ってみ?そして私のポジも言ってみ?お前そんな馬鹿じゃなかったろ?ん?」
「俺、今はスナイパーなんですよ」
「はぁ?アタッカー止めたの?なんで??」
「マスターまで行ったんで他を極めようかと思いまして」
「それでなんでまさかのスナイパー」
「俺がどこしようと別に良いじゃないっすか」
「それもそうだね。それじゃ東さんか当真かレイジさん。選んでいいよ」
「鮎川さんで」
「え、何まさかの佐鳥がいい?泣かすなよ」
「鮎川さんで」
「選択肢にねぇつってんだろ」

駄目だ。こいつ梃子でも動かない気だ。風間さん早く帰ってきて。ヘルプミー。


◆ ◇ ◆


「姉さん荒船のことフったんだって?」

ニヤニヤ。なんとも軟派な笑みを浮かべて近づいてきたリーゼントに表情が死んでいく。もともと表情筋なんて仕事していないようなもんだったけどさらに更地になったようだ。おい待て。聞き捨てならないもんぶっ込んでくるな。

「語弊がある、語弊が」
「またまた〜〜」

当真はケラケラと軽快な笑い声をあげながら右隣のブースに荷物を置いて訓練の準備をしだした。ああ、今日はそこにするのね。私のことからかってたもんね。もう話の流れ的なね。うんうんと考えるのがダルくなってきて、思考を半分放棄してスコープを覗く。遠くにある的を当真に見立てて打ったら真ん中より上の方に当たった。やっべ、あそこ脳天じゃね?

「荒船に師事を乞われるなんてすげぇじゃないですか。師匠やってやったら?」
「他人事だと思って」
「まぁ、他人事ですから」
「このやろ」

適当な当真にイラッときて手に力がこもる。ミシ、と音は聞こえない振りをした。

そもそも教えるってどう教えるんだよ。あっち向いてこっち向いてか?もうちょい下とかもうちょい右とか?うーむ。人に教えられるほど説明上手くないしそれよりも私は感覚派なので言葉にして説明してくださいと言われても無理な気がする。自身の師匠である東さんを思い浮かべてみる。構え方。初動動作。引くタイミング。あれ?これ東さんにマニュアル作ってもらった方が早くね?

「まぁ私は教えられるほど上手くないもんで」
「んなことないですって。現に頭下げられたんでしょ?」
「荒船に教えられる気がしない。あいつ絶対一人でも上行けるって。私必要ないって」
「ええ〜。俺も姉さんに教えてほしいんすけど、ダメ?」
「イヤだよ」
「当真に教えるなら俺にも教えてください」
「ぅゎ、」
「今うわって言いました?」

いつの間に来たのか悩みの種がお疲れさまですと言いながらやってきた。他にも空いている場所があるというのにわざわざ遠くの方まで来るなんてどういうことだよ。ほらポカリ居るよあっち行きなよ。え、弟子の件諦めてない?だからってなんで居場所が分かったよ。え、ここ入り口から見えてる?もう心は既にスベチナである。

「お疲れ荒船、今日も室内なのに帽子被ってるとか洒落てるねちょっと待て当たり前のように隣に来るな構えるな次どうします?みたいにこっちを見るな」

普通に回避失敗。当たり前のように空いている左隣に座ってきてライフルを構えた奴は決まり顔で私を見てくる。キリッじゃねぇんだよ荒船さんよ〜。右隣の当真の笑い声は煩いし左隣の荒船は回避不能だし。あれ?これ囲まれた?

「俺は鮎川さんみたいに連弾で命中させたいんですよ」
「ツインスナイプ習得したいの?佐鳥んとこ行きなよ」
「アクロバティック決めながら撃ち落としたらカッコいいっすよね」
「大体やらかして風間さんに怒られてるけどね」
「どうやったら後ろにいる標的撃てるようになるんですか」
「勘」
「姉さん変態ですね〜」
「へ、へんたい…」
「あ、どっちかってーと野生?」
「珍獣扱いもやめて」

不名誉な烙印を押されて、思わず当真の頭をライフルで殴った。それでも楽しそうに声を上げて笑うこいつに私は軽く引いた。

こいついつ会っても楽しそうだな。

21.3.21