Wednesday Morning, 3 A.M
プロシュート/ギャングになる前の最後の朝/別れ話
目が醒めた。
別に寝苦しかったわけでも、物音に起こされたわけでもない。自然と瞼が開いた。
普段ならば、カーテンから漏れ出す光で部屋は明るくなっているはずだが、薄手の貧乏くさいカーテンの向こうからは街灯の光がほんの少しだけ顔をだしている程度だった。餌を探すために飛び回る鳥の囀りも、朝刊を運ぶ新聞屋が自転車をこぐ音も聞こえない。
「(今何時だ)」
気だるい体を動かすと、自分の傍にある温もりに触れた。
柔らかな女の体が下着だけの姿で横たわっている。恋人の#name#だ。
プロシュートが動いても、熟睡しているのか口元を少し動かした程度の反応しか無い。
腑抜けた顔ではあるが、惚れた女のものとなると愛しかった。ーーなどとは、調子者の彼女には決して言ったりしないが。
しばらく彼女の顔を見ていたが、ベットの真上にある時計の秒針の音が耳に触った。
いつもならば気にも留めない音だというのに、今日はやけに煩わしい。
壁に掛けられた時計へ視線をやると三時を少し過ぎていた。ずいぶんと曖昧な時間だ。夜と言うには遅すぎて,朝と言うには早すぎる。
秒針の動く音をしばらく聞きながら天井を眺めていると、定期的なリズムに混じり、#name#の可愛らしい寝息ーーいびきともいうーーが聞こえてきたため、視線を傍らへ戻した。
「(俺より早起きするって言ったのはどこのどいつだ)」
暖かい頬に口づけをした。感触を確かめるような軽いキス。女の唇は少しカサついていた。そうであろう、昨日あれだけ喘がせたのだから。
次に唇の肉の柔らかさを確かめる様にほんの少しだけ力を入れて厚ぼったい唇で甘く食む。
彼女と一緒するのはもっぱら情熱的なキスばかりだが、実の事、プロシュートはこの甘く優しいキスをするのが一番好きだった。彼女が起きてときには決してしないキス。自分だけが知っている秘密の口づけ。
ーーなんたる様だ。なごり惜しんでいやがる。
プロシュートは自分の女々しさに唾を吐きかけたい気分になった。いつの間に己はこんなに未練がましくなったのか。全ての原因は目の前の女だ。
美人でもない、羽振りなんざよくない貧乏女だ。最初はそのあたりにいる女と同時だったというのに、このどこにでもいる女にこうも惹かれたのか、甚だ疑問だった。
彼女には朝になったら寝ていようが何だろうが家を出ると言ってある。絶対に先に起きると意気込んでいたが,やはり自分の方が早かった。
もう朝なのだと自分に言い聞かせ、十分に堪能した唇から離れゆっくりと起き上がった。部屋の空気が再び火照り始めていた体を一気に冷やしてくれた。
*少しずつ音を立てながら身支度をしているというのに女はまったくおきる気配を見せない。それでいい。余計な言葉を言われなくて済む。余計な思いを抱かなくて済む。そう言い聞かせながら髪を整えた。
*
昨日の晩,彼はギャングになった。
殺したい奴を殺すためにギャングになった。
そして彼は実行した。
街のどこにでもいるチャチなチンピラではなくなった。
ある男の脳天に弾をめり込ませた瞬間,もう彼女とはもう一緒にいられないと思った。以前から己は彼女の側に己はいるべきではないと思っていた。汚い事に手を染めてきた己が抱き込んでいるべきではないと思っていた。
たがこの甘やかな幻を手放すことを、己の中のなにかが嫌がっていた。
*
身支度を終えた。いつもより念入りだった。
鏡の前の自分の顔は決意に満ちた表情をしていた。そのままベットに近づくと依然眠ったままの#name#の耳に顔を近づける。
「あばよ#name#,永遠に。――――愛してるぜ」
それだけ言い、最後の口付けを落として部屋を出た。
扉の前でもう一度煙草をつける。これでいい。これで終いだ。もう振り返ることはない。
胸をはり,肩で風を切るように車に乗り込んだ。
静かだと余計なことを考えてしまうのですぐにラジオをつけた。
スピーカーから流れてきたのははサイモンとガーファンクル。ギターの前奏から始まるその曲は朝に聞くにはいい旋律だ。重なりはあう声はずれる事なく寄り添うように紡がれる。
ただ、その歌詞が今の自分と酷く重ななるような気がして、タバコを強めに吸いながらすぐにスイッチを切った。
*
(彼女はその晩,ずっと寝付けないでいた)
(となりに横たわる温もりがこれで最後だからだ)
(水曜日の午前三時,彼が落としていった口付けを一生覚えているだろう)
タイトル『Wednesday Morning, 3 A.M(Simon & Garfunke)l』より
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