「いいなあ、稲ちゃんは」 こちらを見ずに彼が呟いた。じわじわと熱気の上る昼下がり。彼と並んで木陰に座る。彼の視線の先には、名将と誉れ高い本多忠勝・我が父の姿。 「何が、いいの?」 「忠勝殿みたいなかっこいい人が父上で」 暫く眺めているとぶわっと大男の体が宙に舞って、地に落ちた。次!と父上が声を上げるとまた一人男が円の中央に進み出る。一礼をし、共に武器を構え対峙する。 「強いし頭もいいしかっこいいし殿から信頼されてるしでも驕らないし優しいし皆から慕われてるしかっこいいし! いいなあ…」 「自慢の父上ですから」 「そうだよねえ、自慢だよねえ。あーいいなあ、俺も忠勝殿みたいな父を…いや、忠勝殿を父上と呼びたい」 「えっ…」 刃と刃のぶつかり合う鋭い音が空に響く。それが何故かとても遠く感じた。いやそれどころではない。これは絶好のチャンスなのではないか。さりげなく、そうさりげなく彼に告白する好機。私と夫婦仲になれば自然と父上と呼べる、と。よし。 「あの…っ、ごんべ殿! それならば、私と…!」 ドサッ 「次! 誰かいないのか!」 「はい! 御願いします!」 「…」 先程の男が地に伏せると同時にかけられた声に、彼は待ってましたと云わんばかりに飛び起きて行った。あんなに嬉しそうな顔をされては引き止め様もないじゃないですか。二人の武器がカツンと音を鳴らして打ち合いを開始する。 幼い頃からずっと追いかけてきた父の背中。自慢の父。本多忠勝の娘、という誇り。それら全ては本当に大切なものでこれから先も変わらないだろう。しかし。 「父上が恋敵になるだなんて誰が予想したかしら…」 2010/07/10 |