「マジでめっちゃ腹いたい」 邸の一室で安静に、と横たえられている男がそう呻く。 それもそのはずだ。彼の左腹は肉を深く抉られ、その身を多少軽くしていた。 この邸の主・ごんべは先の戦で敵の太刀をその身に受け、戦線離脱の重症を負った。主君・豊臣秀吉から功労に労いを頂いたはいいが、それで腹の傷が塞がる訳ではない。自ら選択したことだとはいえ、痛みに顔が歪むのが抑えられなかった。 褥の横に座る大谷吉継は、その様相に平素の表情を崩さないながらも、憤りを感じていた。 ごんべの腹の傷は、吉継を庇ったがゆえに出来た傷である。油断があった訳ではないが、敵の方が一枚上手で策よりも動きが早かった。兵は神速を尊ぶとはまさにこのことだ。 「お前は痛みを厭うくせに何故人を庇う」 ごんべは武人であるくせに、怪我を、痛みを嫌った。それが悪いことではないし、怪我を負わずに打ち勝てるのであればそれが最善で、それを成せる技量がごんべにはあった。 今回のことも、わざわざごんべが吉継を庇うなどしなければ、彼は傷のひとつもなく戦を勝利に導いていたことだろう。 「俺などに構わずいればよかったものを」 「結局はどちらかがこういうことになる状況だったぞ、あれは」 「その流れのまま、俺が伏せれば良かったことだ」 吉継の言葉にごんべが少しむっとした表情を浮かべた。 流れ流れと吉継の言葉はいつもそれに徹している。流れがあればお前は怪我をしても、死んでも構わないというのか。 ごんべと吉継は豊臣の家に来てからの付き合いではあるが、それなりに深い関係になったと思う。それでもごんべと吉継の思考に関しては決定的に違うものがあり、口論になることもしばしばあった。そしてその内容は総じてこの吉継の「流れ」という言葉にごんべがつっかかる形で。 苛立つと手の早いごんべがいつものように吉継の胸倉を掴む。 が、その手は掴んだと思えば、脱力してぱたりと吉継の膝の上に落ちてしまった。 「やめだ、もう腹に力が入らん」 「大人しく寝ているんだな。傷はちゃんと塞がると言っていた」 「マジかよ、この傷でも塞がるのかよ薬師すげえな」 「それ以上に人間の再生能力とお前の生命力に脱帽だ」 ふ、と吉継の言葉尻が優しく笑んだ気がして、ごんべは再び吉継の白い衣に手を伸ばす。顔の半分を覆っている上衣の襟口を引っ張り下げようとすると、吉継が身を引こうとするが遅かった。 「そんなに唇、噛み締めてんなよ」 吉継の下唇は強く噛み締めていた痕が赤黒く残っていた。 目の前で倒れるごんべを見て、そうさせてしまった己に腹が立って唇を噛んだ。その怪我の具合に焦り唇を噛んだ。一命を取り留めてからもはがゆさと不安で唇を噛んだ。 「お前のこの白い衣装が汚れなくてよかったなあ」 先ほどまで苦痛に耐えていたごんべの顔が、心底、というように穏やかに笑む。そんな顔でそんなことを言うのは卑怯だと吉継はまた唇を噛みそうになる。 それを、噛むな、と言うように胸倉を引っ張られて、ごんべの唇に重ねられた。 「お前を守りたかったんだよ」 「わかっている。すまない」 「お前の流れに俺が意地を通しただけだ」 「ああ。……ありがとう、ごんべ」 早く良くなってくれ。そういって今度は吉継から口付けを落とし、ごんべは満足したように目蓋を閉じた。 2015/12/17 |