ぎちぎちと音を立てるのは、畳だろうか、繋げた穴だろうか、それとも抱いた男が俺の肩を噛み締める音だろうか。 答えとしてはどれも正しいといえる。その中で一際なのが、この抱いている男が肩に歯を立てる音だ。 噛み付く合間に小さな息継ぎが聞こえる。まるでそっくり躾のなっていない獣だった。 己に縋り付く男の艶やかな黒髪を乱雑に掴み引き剥がすと、深く刻まれた歯型から細く唾液が糸をひき、うすらと目を彷徨わせる男が小さく呻く。 「お前なあ、こんな酷い噛み癖どこでつけてきたんだ」 「……どこで、とは……」 「まさか、殿にまでこんなに酷い痕をつけている訳ではあるまい」 首に回っていた手が殺気を持って動いたのをすかさず絡めとり、畳に両手とも縫い付ける。 より一層その牙は虎の如く鋭利になり、目の前の己の喉仏を食い千切らんとしている。これが恋仲の人間に向けるものだと誰が思うだろうか。 全く、この男を受け止められる相手は俺以外にはいないだろう。そのくらいの自惚れはあってもいいはずだ。 「いくら貴方でも……っ、言っていいことと悪いことが、ある」 「ああ、そうだな。悪い、ただの嫉妬だよ」 俺の知らない内に変化しているお前が憎い。 「嫉妬なんて……貴方らしくない」 「俺は嫉妬深いし欲深いぞ。知らないのか」 直政が口を開く前に、再び容赦なく腰を打ちつける。ぎちぎちと締め付ける乾いた音が再び水っぽい音を帯び始めると、噛みつけと言わんばかりに直政が日に焼けていない喉を反らせて見せた。 遠慮なくその喉に歯を立てるとびくりと体を震わせ、しかし急所を押さえられて強い抵抗は出来ない体が小刻みに震えては声にならない音を口から発している。 「俺以外にこんな弱点を見せるなよ」 噛み付いた痕を慈しむように舐めると、直政の喉が震えて呼気が漏れる。そして小さくふるふると頭を振ると、先ほど噛み付いた俺の肩の痕に手を触れる。思い切り噛み付き、皮膚が裂けた傷は別の人間の熱にびりびりと疼いた。 「こんな時にしか、貴方に傷痕を残すことが出来ない」 「ははあ、そういうことか。お前はまだまだだなあ」 子供をあやす様に頭を撫でてやるとより一層に拗ねた顔をして、傷口を抉りそうな勢いで指先に力を込めたところで、おざなりにしていた腰の動きを意図的にしていく。 待て、と聞こえたような気がするがここで待てなど出来るものか。頬に張り付いた黒い髪を唇で取り除いて口付けをする。 耳元で息をつめるのが聞こえて、直政がぱたりと力を失った。 「かゆい」 肩の違和感に身じろぎすると、隣の忠勝が不思議そうな顔をする。 「虫にでも刺されたか」 「いや、傷が疼いてかゆい」 「お主が肩に傷を?」 珍しいことがあるものだ、としげしげと眺めるものだから厭わしいと手を振った。 「いつのまにかような剛の者と仕合ったのだ」 「剛の者、なあ」 「違うのか」 そうだなあ、と答えをうやむやにしようとしたところで、先の戦勝を殿に褒められて高揚した直政が視界に入る。直政もまたこちらに気づいた、かと思ったところで他の家臣達に囲まれて姿が見えなくなってしまった。 最初の頃の無鉄砲で腫れ物扱いされていた直政はどこへいったのやら、今では譜代からも若手の家来衆からも信を置かれるようになった。 残念なことに、一人はぐれた直政を弄り倒すのが趣味だったのだが。 「……いや、相当な曲者に違いないな」 2016/02/21 |