「ホトトギス」 突然、ぽつりとごんべが云った。窓の外を見遣れば2月の青葉城は、ホトトギスの鳴く5月の新緑にはまだほど遠く、代わりに目を刺す様な鋭利な輝きをした雪が深々と積もっていた。 「ホトトギスなど、何処におるというのじゃ馬鹿め」 「いえ、鳴かぬホトトギスの話が御座いまして」 信長公は、殺してしまい 秀吉公は、鳴かせようと趣向を凝らし 家康公は、鳴くまで待つ、のだそうです。 冷えた茶碗を温め直し、またちょうどよい濃さと熱さの茶が差し出される。 「政宗様は、どう致しますか」 「どうすると、思う」 そうですね、と考える風にしてからごんべは手元の茶菓子をひょいと口に放り込んだ。 「鳴かぬなら、食ってしまえ、ホトトギス でしょうか」 「それはお前じゃろう」 私はホトトギスを食べるほど餓えてはいませんよ、とカラカラ笑ってまたひとつ菓子を口に運んだ。この男が餓えていない事など、無いといっても過言ではないというのに。いつでもその目は戦場の熱を孕んで爛々としている。この穏やかな空間にあってもそれが煙る事はないのだ。 「…鳴かぬなら、鳴かなくてもいい、ホトトギス」 「鳴かなくて、いいんですか」 「むやみやたらに鳴き喚かれるよりはマシじゃろうて」 「そうでしょうか」 「それに、鳴かぬのも個性。わしは個性豊かなものが好きじゃ」 この世にあって無個性なものなど無価値である。その時の一片一片を新しい歴史に、この自分の生きた様を鮮やかに記憶させる。それには無個性ではいけないのだ。 「確かに、政宗様らしいかもしれません。あの雑賀の者も」 「ああ、あやつは鳴かぬホトトギスなど目ではないぞ。三つ足の烏じゃからな」 二人で声を立てて笑えば、廊下の端でくしゃみをするのが聞こえる。噂をすればというやつか。来る客人に備え、湯を足して参ります、と席を立つのだった。 2011/02/05 |