ぱたぱたと女中達がせわしなくしている気配を感じて戸を開けると、ちらちらと陽光を受けながら小さく煌めくものが目に留まった。


「うわ、寒いと思ったら雪か」


 数日前の陽気とはうって変わり急に冷え込んだな、とは思っていたが、まあ見事な雪景色だ。と言ってもまだうっすらと屋根や庭を白染めしている程度なのだが、この気温に相まって見ているだけで芯まで凍えるようだった。


「ごめん、ちょっと厚手の羽織とかあったら持ってきてくれる?」
「はい、只今」


 忙しいのを承知で侍女に声をかけると、侍女はぺこりと頭を下げて来た道を小走りで戻っていった。申し訳ない。本当に申し訳ない。だが俺はこのままでは部屋の外に出る事は叶わないのだ。許してほしい。





「清正が着込むほどの寒さか。死ぬかも」
「俺の格好で気温を計るな」

 槍の手入れをしている清正の横、火鉢で足を暖める。少し廊下を歩いてきただけで足先の感覚がなくなってしまった。氷が溶かされていくように、じくじくと感じる熱気がこそばゆい。


「いくらなんでもお前は着込みすぎだ馬鹿」


 ぐい、と打掛の端を引っ張られて、慌てて両の手で上を押さえた。


「わー馬鹿寒いって言ってるだろ!大体7枚しか着てないよ!」
「十分だ馬鹿」


 呆れたように清正は一番上に羽織っていた打掛を力ずくでひっぺがした。こいつは鬼か。鬼の子なのか。あと馬鹿馬鹿いうな馬鹿。


「清正ほんとう寒いこれさむい」
「お前ただ着物重ねてるだけで全然防寒になってねえよ」


 ほら、と突然両の手首を捕まれた。


「うわ、清正の手あったけえ」
「手首や足首を暖めておけばこんなにみっともなく重ね着しなくても十分体は暖まる」


 清正に掴まれている部分からじわじわと体温が上がっていく。まるでそこから清正の熱が血管を通して体全体に広がっていくようで、とても心地が良い。それと同時に妙な気恥ずかしさを覚えて、また違う熱が体温を上げていくのを感じた。


「俺の方が冷えてきたな」
「ふはは、お前の体温は俺が頂いた」
「馬鹿、火鉢寄越せ」
「だが断る」


 ぎゃいぎゃいと火鉢の取り合いをしていると、廊下をだんだんと踏み鳴らして歩いてくる人物に気づいた。あ、と思ったのと同時にすぱんと小気味良い音を立てて清正の部屋の襖が開け放され、この寒さに微塵も堪えていない風の正則が顔を覗かせた。


「清正ー!と、ごんべもいたのか!」
「よっしゃ無駄に体温高そうなのが来た」
「正則、早く戸を閉めてこっちにこい」


 二人に手招きをされ、正則は何を訝しむ事もなく人懐こい顔で部屋の中心へ歩を進めた。と、二人の射程圏内へ踏み込んだ瞬間に両側から両手を掴まれ強制的に二人の間へ座り込む形になった。両の手はそのまましっかと掴まれている。


「つっめてえ!やめろよ清正!ごんべー!」
「はああ、あったけえ。子供体温正則」
「夏は暑苦しいが今だけは感謝だな」


 清正がさらりと酷い事を言ったが正則は気にする風もなく(きっと気づいていないだけだが)ぎゅっと二人の手を握り返し童の様に笑い転げた。


「うはは、俺達ガキみてえ」


 小さい頃はよく手を繋いで歩いたものだ、と思い出す。三成も含めて4人で歩くと皆各々に歩幅も速度も違って数歩進んでは誰かしらが転ぶのだ。といっても、主に転んだのは歩くのが遅い俺と鈍臭い正則だったが。


「そういえば、何か用があって来たんじゃないのか」
「あ、そうだった。おねね様がおしるこ作ってくれて」
「「馬鹿それを早く言え」」


 俺と清正が同時に凄い速度で立ち上がると両手を塞がれたままの正則はそのままひっくり返る体勢になりながら、両腕を二人に引きずられていく。痛いだの尻が冷たい否熱いなどと喚いているが今はそれどころではない。おねね様特製のおしるこが待っているのだ。清正と二人で目を合わせてこくりと頷く、と同時に勢いよく廊下を駆け出した(もちろん正則を引きずったまま)


2012/03/10


「「おねね様!」」
「あ!頭デッカチ!てめー何一人で先に食ってやがんだ!」
「うるさいのだよお前らが遅いから冷めてしまう……というか、お前達、ソレはなんだ」
「あらあら!小さい頃を思い出すね!仲が良いのはいい事だよ!」

(べ、別にはぶられて寂しいなど思ってはいない!)

and all...